『G』の日記   作:アゴン

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書きたいことを書こうとしたら過去最高の長さになってしまった。

くどかったらスミマセン。


その188

────違う。最初に彼を見付けた時、私の胸中を渦巻いていたのは疑問と疑惑だった。

 

伸びた背丈、頭髪も黒髪から紫の色へと変わり体つきも逞しくて顔付きも大人びていた彼、正直な所、私は声を掛けるまで彼が幼馴染のアイツだと確信を持てなかった。

 

なら、私はどうして彼に声をかけたのだろうか。それは多分……似ていたからだと思う。あの公園で初めて出会ったアイツと、同じ顔をしていたから、だから気になって声を掛けたのだと思う。

 

『あれ? シュウジ?』

 

『────え?』

 

私の呼び声に驚いた様に振り返る彼、その顔はやっぱり私の知っている彼とはどこか違っていたけれど………うん、やっぱりそうだ。

 

彼は彼だった。今までコイツの身に何が起きたのかは私には分からない。どうしてこんなに体つきが変わっているのか、どうして髪を紫色に染めているのか、どうして自分一人だけ成長した様に変わってしまっているのか。

 

疑問は沢山ある。聞きたい事も沢山ある。というより、訳の分からない事しかないが、一つだけ確かな事がある。───今、ここにいるコイツは、このバカは、私の………大事な幼馴染みが苦しんでいるという事。苦しんで、泣きそうになっているのに、強がっている事だ。

 

だったら、私がやる事は決まっている。私はアイツのアイドルだから、アイツは私の一番のファンだから。

 

「───こころ、ここあ、そして虎次郎。よく聞いて」

 

「お、お姉さま?」

 

「私はこれから行かなきゃ行けないところがあるの。とても危険な場所でアンタ達を連れてはいけない、向こうの橋を渡った所にお母さんが来ているみたいだから、アンタ達だけでそこへ行きなさい」

 

「お姉ちゃん……」

 

瞬間、遠くから爆発の音が聞こえてくる。大きい音だ。煙も立ち上っているし、悲鳴も聞こえてくる。きっと、あの巨大ロボットが暴れているんだ。そして、あの化け物を止める為にあのバカが必死に食い止めている。

 

アイツに言われて逃げてきた。母にも連絡を入れたし、あとはこの子達を安全な所に逃がすだけ。姉として最低な事をしているのは分かっている。本当は一番この子達を優先しなければいけないのに、私はその責務を放棄しようとしている。

 

「───もう、しょうがないですわね。お姉さまは」

 

「こころ?」

 

「どうせ、シュウジ関連なのでしょう?」

 

「お姉さまはシュウジ兄ちゃんの事になると目の色を変えますからねぇ」

 

「うん、わかりやすい」

 

「アンタ達……」

 

「行ってくださいお姉さま、きっと彼も待っていますわ」

 

「私達の事なら心配しないで下さい」

 

「ふぁいと~」

 

そんな私の我が儘をこの子達は笑って受け入れてくれた。本当は不安なのに、怖くて仕方がないのに、それでも私の為にと、恐怖と不安を抱きながら歯を喰い縛って耐えている。

 

ありがとう。ただ一言それだけを口にして、私はこの子達を抱き締めた。私の負担にならないよう、日頃から家事の手伝いをしてくれた優しい子達、私の我が儘を笑って受け入れてくれた妹弟(きょうだい)達、言いたいことも呼び止めたい気持ちも圧し殺して私を送り出してくれるこの子達の好意に甘え、私は燃え上がる炎の出所に向けて走り出した。

 

「アイツを連れて絶対に戻ってくるから!」

 

既に騒ぎは大きくなっている。悲鳴の数も大きさも増していき、焦りと恐怖が私の心の内で大きくなっていく。

 

────それでも、私の足は止まることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────昔、テレビでしか見たことがなかった。人並みの大きさしかないヒーローが、仲間達と一緒に悪の巨大ロボットへと立ち向かう話。ピンチになったら自分達の巨大メカが駆け付けて、合体変形をして逆転する王道の戦隊ヒーローの物語。

 

それを、自分が体験するとは思わなかった。ただテレビの戦隊ヒーローと違うのは今この場には自分一人しかおらず、駆け付けてくれる仲間も頼みの綱である味方の巨大メカもいないという事。正真正銘生身一つでこの黒くなった如何にも悪の組織の巨大ロボットらしい怪物とガチンコな殺し合いをしなくてはならないとか、ふざけるにも程がある。

 

“嗚呼、嗚呼! 聞こえてきますわ。貴方の鼓動が、貴方の焦りが、貴方の輝きの音が! もっと見せてください。もっともっと私を昂らせて下さい! 絶望と希望の狭間で悶える貴方の足掻きの様をもっと………もっと!”

 

しかも超の付く変態のおまけ付きとか、本当に勘弁して欲しい。自分を踏み潰そうと迫り来るヘリオースの足裏、後ろに跳んで避けつつ今度は此方の番だと周囲の建物を伝って跳躍し、自分は握りしめた拳を黒く染まった奴の顔面に叩き込んだ。

 

拳を通して全身に伝わってくる黒化したヘリオースの硬さと重さからマトモにダメージが入っていない事が伝わってくる。出来たことは精々その巨体を一歩退けぞらせただけである。

 

グランゾンは使えない。この世界に飛ばされてからグランゾンの様子を見ようとワームホールを開こうとしても、一向にその様子がない。グランゾンとの繋がりは断たれた訳ではないから、恐らくはこの世界に跳ばされた事が原因なのだろう。

 

仮に使えたとしても、それはこのヘリオースを人気の無い所へ移してからの話だ。もしここでグランゾンを出してしまえばそれこそ向こうはやる気を出して更に激しく暴れまわるだろう。

 

この街を、この世界を、これ以上壊させはしない。幸い重力制御は生身でも扱える。コイツを相手に頼りになれるほどの強力なモノではないがそれでも何も無いよりはマシだ。

 

一歩後退るヘリオースにおまけの回し蹴りを叩き込む。衝撃と重さ、手応えはやはり感じないが、それでも勢いは此方が取った。自分の攻撃を受けたヘリオースが更に仰け反り、倒れようとしている。

 

「させねぇよ」

 

しかし、そうはさせない。この街で巨大ロボットが倒れればソレだけで大きな被害が出てきてしまう。手を突き出し、傾けているヘリオースの動きをグラビトロンカノンの応用で止め、そのまま宙へ浮かび上がらせる。

 

(よし、この質量なら問題なく運び出せる。後はこのまま人のいない所へ移動すれば………)

 

問題はその場所だ。太平洋のど真ん中か、それとも空か、何れにしてもこのままでは騒ぎを聞き付けた野次馬か集まって来るだろうし、そうなれば戦いの被害は肥大化していくばかりだ。

 

速くここから離れよう。にこちゃんの事も、自分の事も考えるのはそれからだと、ヘリオースと一緒に自分も重力制御で飛び、街から離れようと空高く浮かび上がったのだが………。

 

「あらあら、いけずですわね。私もいるのにもう終わらせるつもりですの?」

 

「っ!」

 

背後からの声に俺は躊躇なく蹴りを放つ。しかしその蹴りは空を切るだけで、声の主には当たらなかった。

 

「テメェ、もう実体化を!」

 

「はい。時間は掛かりましたがお陰さまで私もこの通りです。尤も、大した力は使えませんが、それは貴方も同じこと、まだ少しモノ足りませんが、今はこれでよしとしましょう」

 

先程まではただの影でしかなかったサクリファイが確かな形を得て、恍惚の笑みを浮かべて自分の懐に潜り込む。不味い、このままコイツをこの世界に馴染ませてしまったら、それこそこの世界が悲鳴を挙げてしまう。

 

何とかしなければ、そう思考するよりも早くサクリファイの拳が自分の腹部に置かれ。

 

「不動───砂塵爆」

 

「っ!?」

 

瞬間、衝撃が自分の身体を貫いた。痛みと驚きで思考が乱される。口から血反吐が込み上げてきて思わず重力制御を解きそうになるが、歯を喰い縛りどうにか堪える。

 

しかし、これだけでは終わらなかった。吹き飛ぶ身体に力を入れて何とか踏み留まらせるが、次に自分が目にしたのは自分の眼前を覆う拳の嵐だった。

 

「猛羅───総拳突き」

 

「チィッ!」

 

この拳の嵐を回し受けで捌いて見せるが、威力も重さも鋭さもヤムスク11でやり合った時より遥かに増していた為、何発か身体に直撃してしまう。この女、少し見ない内にまた力を増していやがる。

 

もしかしたらもう格闘戦では自分に勝ち目は無いのかもしれない。そう思えるほどにサクリファイの力は出鱈目な程に増していた。

 

「イィ、イィですわ。もっと貴方の血を見せてください。貴方の苦悶を、貴方の慟哭を、私はそれを受け入れましょう。貴方の絶望も希望も、全て私が愛しましょう」

 

「この、サイコパスがぁ!」

 

自分に勝ち目は無い。そう心の何処かで思いながらも俺は奴に拳を振り抜いた。ここで自分がやられたら、街は、世界は、にこちゃん達はどうなる。火を見るよりも明らかな悲惨な未来を回避するべく、俺は握った拳を奴に向けて振り続けた。

 

しかし、当たらない。まるで此方の動きを読めている様に、全てお見通しだとばかりにサクリファイはウザったい笑みを浮かべながら俺の拳をわざと紙一重で避けていく。

 

やはり、この女受け入れると称して自分の技を吸収していやがる。それもただ吸収するだけではない。自分の技や動きを受け入れる上で最も鋭く、強く、重く、そして効率良く最適化している。余分な無駄を弾き、あらゆる雑を削ぎ落としていく。

 

その先に待っているのは理想の具現、つまりはこの女、自分という動きをトレースして第二のガモンさんに至ろうとしていやがる。ゾッとしない話だ。そうなる前に何としてでもコイツを倒さなければならない。奮う拳に更に威力と速さを乗せて打ち込むが………それでも奴には当たらない。

 

「ウフフフ、隙あり♪」

 

そんな自分の拳をサクリファイは受け流し

 

「胴回し………踵落とし」

 

勢いを乗せた一撃を俺の脇腹に捩じ込んできた。砕ける音が聞こえる。耳障りで、嫌な音。不味い、不味い不味い不味い不味い不味い不味い!

 

今のは受けてはダメな一撃だった。何時もなら避けれた筈なのに、焦りと不安が自分の動きを阻害してしまった。

 

我慢していたモノが口から吐き出される。赤黒く、ドロッとした液体が口一杯に広がっていく。ヤバい、早く体勢を立て直さなくては……。

 

「ヘリオース」

 

瞬間、頭上から伝わってくる熱量に俺は顔を上げる。そこには自分の重力制御から逃れ、天に向けて手を上げるヘリオースが小さな太陽を出現させていた。

 

(ふ、ふざけるな! そんなモノをここで使ったら!)

 

自分だけではない。下手をすれば下の街全てが消し飛びかねない。下にはまだ避難どころか事態を理解していない人達が一杯いるんだぞ!

 

しかし、そんな自分の心中とは裏腹に奴の顔には満面の笑みが張り付いていた。この女………まさか!

 

「さぁ、頑張って下さいね」

 

瞬間、あろうことかこの女、ヘリオースの一撃を自分にではなく街に向けて落としやがった。ゆっくりと緩やかに、嬲り殺しとばかりに超質量のエネルギーの塊が街に向かってゆっくりと降下していく。

 

「くそったれがァァァァぁっ!!」

 

有らん限りの叫びを上げながら、俺は燃え上がる太陽に向けて飛び付いていく。その降下速度から追い付けるのは簡単だったが、問題はそこからだった。

 

「このォォォォォォぉっ!!!!」

 

受け止める手の皮膚が焼ける。体の内にある水分は蒸発し、至るところから血煙が立ち上っていく。痛いとか熱いとかのレベルじゃない。焼失の苦しみがそこにはあった。

 

だけど、この手を放すわけにはいかない。自分の下には街が、自分が生まれ育った故郷が真下にあるのだ。

 

「この街には………落とさせねぇ!」

 

気力を、死力を振り絞って耐えて見せる。しかし、そんな自分の思いとは裏腹に太陽はゆっくりと降下し続け………。

 

「弾けなさい」

 

瞬間、俺の視界は白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────街は、混乱の渦にあった。突然都市部上空で起きた大規模爆発の衝撃により多くの建物の窓ガラスは破砕され、幾つもの家屋が倒壊の危機に瀕していた。予期などされていなかった。前触れなど全くなかった。

 

予想もされず、突発的に起こった突然の大災害。人的なのか、それとも自然的なのか、混乱と混沌で情報は錯綜し、パニックだけが街を支配していた。

 

しかし彼等は気付かない。あれ程の爆発だったのに、都市を丸々覆う程の爆発と衝撃だったのに被害がその程度で済んでいる事を(・・・・・・・・・・・・・・・)、怪我人もいるだろう、致命傷も負っている人も少なからずいる。しかし街が形を保っている奇跡に街の人々は誰一人気付くことはなかった。

 

「おかあさん、おかあさん!」

 

パニックに陥った人々が横行する中、泣きじゃくる少女の声が掻き消されていく。助けて、誰でも良いから助けてください。幼いながらも必死に助けを求める少女の声はしかし人々には届かない。

 

「花……丸、私の事はいいから、あなたも早く逃げて」

 

「イヤだぁ、イヤだよぉ、おかあさん!」

 

崩れ落ちる瓦礫から娘を庇い、自身が瓦礫の下敷きになってしまった母親、幸いにも体は打ち身程度で済んでいるが、重い瓦礫に挟まれて身動きがとれないでいる。

 

しかし頭部は少し打ったのか、額からは血が流れている。医学の知識など皆無な少女にはそれが大事なのかすら分からない。不安と恐怖で一杯になりながらもそれでも母親を助けようと少女は涙を流しながら瓦礫を退かそうと必死になる。

 

尖った瓦礫の破片で手を切りながらも、それでも少女は懸命に瓦礫を退かそうともがいた。どれだけ頑張ってもびくともしない瓦礫、いよいよ少女も力尽きようとしたその時だった。

 

「君、ちょっと退いてくれる」

 

聞こえてきた男性の声、何だと思い少女は振り返り………そして絶句する。

 

焼け爛れた皮膚、身体中の至る所から血が流れ、脇腹は赤黒く腫れ上がっている。明らかに普通の状態ではない男性は、瓦礫の隙間に片手の指を差し込むと、人を覆い被さる程の巨大な瓦礫を一呼吸で退かしてみせた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ、ありがとうございます。その、大丈夫ですか?」

 

「はい。俺なら大丈夫です。ここは危険ですから、早く避難を」

 

男性に言われるまま、母親は礼を述べた後、娘を連れてその場から立ち去っていく。

 

折角の家族旅行なのに申し訳ない事をした。自分をじっと見て視線を外さない少女を見えなくなるまで見送った後、男性は────シュウジは、自身の前に降り立つヘリオース(巨人)サクリファイ(化け物)に向き直る。

 

既に周囲に人の気配は無い。逃げ延びた人々が遠くへ避難している事を祈りつつ、シュウジは拳を握り締めて身構える。

 

「───美しいですね」

 

「……………」

 

「傷だらけになろうと、致命傷を受けようと、故郷とそこに住む人々を守る為に戦う。確かに今の貴方は守護者足り得ているのかもしれませんね」

 

「ですが、もっと。もっと私は見たいのです。貴方の発するモノを、美しさも醜さも、強さも弱さも、堅牢も脆弱も、その全てを私は見て、愛して、受け入れたいのです」

 

頬を朱色に染めて高らかに謳うサクリファイ。……以前から思っていたが、この女少々自分の欲求に素直すぎるのではないか? やはりアドヴェントや他のテンシをその身に吸収した事で箍が外れたのかもしれない。

 

まるで獣ではないか。ドンドン人としての………いや、知的生命体としての感性が欠落していくサクリファイに、シュウジは渾身の跳び蹴りを繰り出した。

 

ガモンとの組手の時よりも速く鋭い一撃、しかしサクリファイはそれを何事も無いように手の甲で軽くいなし、シュウジの身体を弾き飛ばす。

 

「ヘリオース」

 

「っ!!」

 

瞬間、弾き飛ばされ無防備となったシュウジにヘリオースの巨大な拳が突き刺さる。痛みと衝撃で意識が飛びそうになる。それだけはダメだと歯を食い縛って耐えるシュウジだが、地面に叩き付けられてしまいこれ迄耐えてきた全てが声に出して溢れさせてしまう。

 

「ぐ、が、あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

シュウジの悲鳴、骨は砕かれ、死に体と化した彼の断末魔はサクリファイの欲望を強く刺激させた。目尻をとろんと蕩けさせ、身震いする自身を抑えるようにサクリファイは己を抱き締めた。

 

ヘリオースの放った一撃により地面は陥没、水道管は破裂し、アスファルトに磔にされたシュウジに大量の水が降り注がれる。このままでは溺死してしまう。何とか立ち上がるシュウジだが、その目には先程までの力強さは無くなっていた。

 

息も絶え絶えで口の中は鉄の味が充満し、左腕に感覚は無く、一つ呼吸をするだけで全身に激痛が走る。

 

もう戦える状態ではない。それなのにシュウジは拳を握り締めるのを辞めない。これが自分の意志なのだと、もう一度シュウジは構えを取る。

 

サクリファイはそれを見て美しいと思った。死に体でありながらそれでも抗う姿を辞めない彼が、美しくて、眩しくて─────そして。

 

「ウフフフ、アハハハハハ、アッハハハハハハハハハ!!」

 

とても愉快だった。

 

「凄いですわ。流石ですわ! これだけ打ちのめされても、あれだけ痛め付けても、どれだけ嬲っても、貴方は何度でも立ち上がりますのね!!」

 

「当然ですわ! だってこの世界は貴方の故郷ですもの! 守りたいでしょう? 壊させたく無いでしょう? 触ったらそれだけで崩れてしまいそうな脆い世界、それは貴方にとってかけがえのない世界なのでしょう。それがどんなに偽りに満ちた世界であったとしても!」

 

「……ん、だと?」

 

「惚けるのは止して下さい。貴方も気付いているのでしょう? 貴方はご先祖……いえ、シュウ=シラカワの計画によって産み出されたデザインベイビー、その血縁。立ち塞がる怪物を破壊し、あらゆる悪徳を滅却する為に、貴方達は創られた」

 

「──あぁ?」

 

「貴方達に故郷はない。いえ、元から存在してなかった。在るのはただ用意された箱庭だけ、全ては来るべき時が訪れる迄の飼育小屋に過ぎない。そんなモノを健気に守るなんて、何て美しく、何て健気で、なんて………滑稽なのでしょう」

 

「お前が決めるな! ここは俺の生まれ育った場所だ! 大事にして何が悪い! 大事に思って何がいけない! これは博士やフィーネ婆ちゃんの思惑じゃない。俺自身の意志と気持ちだ!」

 

「その大事な場所も、宇宙の大崩壊で全てが消え失せます」

 

「………っ!」

 

「一万二千回繰り返されてきた宇宙の終焉、今回行われるのはその集大成、一億と二千万年の果てに訪れる大崩壊は全ての並行世界を破壊し尽くします。当然、それはこの世界も例外ではありません」

 

「………嘘だ」

 

 

「勿論、嘘になる筈でした。如何に宇宙の大崩壊と言えどこの観測宇宙は私達の宇宙とは隔絶された世界。僅かな影響を受けることはあっても理の壁によって阻まれたこの世界に崩壊の巻き添えを受けることは有り得ませんでした。貴方の愛しの祖母、サフィーネ=グレイスが来るまでは」

 

「っ!」

 

「サフィーネ=グレイスはシュウ=シラカワ達と同じ向こう側の人間、理が異なるモノが無理矢理壁を越えてしまったら綻びが生まれるのは必定。貴方の愛する世界は貴方の大好きな祖母の所為で滅びの時を迎えるのです。本来なら滅びる事もなかったのに。何も変わらず、穏やかに、健やかにこの世界は巡り続けていたのに、可哀想な事です」

 

────今まで考えて来なかった。いや、考えたくはなかった最悪の真実がシュウジの心に深く突き刺さる。全ての元凶は自分の血族に有った。シュウ=シラカワが自分の血族を創り出さなければ、サフィーネ=グレイスがこの世界に来なければ、この世界は消滅の危機に晒される事はなかった。

 

自分は、自分の血族は全てがシュウ=シラカワの企み通りだった? 大好きな祖母のあの優しい笑顔は、あの日々は、全てが嘘だった?

 

───心が凍り付いていく。身体から力は抜け、立っていられなくなったシュウジは膝から崩れ落ちてしまう。

 

………もう、何も考えたくはない。もう、疲れた。残酷過ぎる真実に戦意と生きる気力も失ってきたシュウジに、最早それをはね除ける力は残されてはいなかった。

 

崩れ落ちるシュウジを見てサクリファイは満面の笑みを浮かべる。

 

「悲しいでしょう。辛かったでしょう。ですが心配は入りません。貴方もこの世界も全て私の内に沈めましょう。貴方は充分戦いました。後は何も考えず────悦楽の海で溺れましょうや」

 

サクリファイの手がシュウジへと伸びる。────そんな時だ。

 

「シュウジぃぃぃぃぃっ!!!」

 

「あら?」

 

ツインテールの髪を揺らした幼馴染が、サクリファイに渾身のドロップキックをぶちかました。当然当たることはなく、彼女の蹴りは空を切るが、そんな事など構うことなく矢澤にこはシュウジを庇うように両手を広げ、サクリファイの前に立ち塞がった。

 

「────にこ………ちゃん?」

 

「ごめんシュウジ! 色々あって遅れちゃった!」

 

見れば彼女の身体もボロボロだった。服のあちこちは破れ、膝からは血を流し、髪や顔が砂埃で汚れている。普段からはスクールアイドルとしての意識の高さで身嗜みには人一倍気を使っていた彼女が、息を切らせてここまで走ってきたのだ。

 

人波の流れに逆らった事で身体中をぶつけ、爆風により幾つもの傷を作り、それでも彼女はシュウジの所へ戻ってきた。

 

「───にこちゃん、どうして?」

 

「決まってるでしょ、アンタを助けに来たのよ!」

 

「………俺の事はいい、俺は大丈夫だから、にこちゃんは早く此処から────」

 

「放っておける訳ないでしょ!」

 

「…………っ」

 

「そんなにボロボロになって、血も一杯出てるのに、傷だらけで………そんなアンタを放っておいて私だけ逃げるなんて、そんなの絶対イヤ」

 

どんなに逃げろと諭しても、彼女はそれを聞き入れなかった。

 

「ふふ、フフフフ。まぁ、なんて可愛らしいのでしょう。恐怖と混乱、不安と絶望で今にも泣き出しそうなのに、気丈に振る舞えるとは」

 

「アンタね、シュウジを虐めたのは!」

 

「えぇ、彼の全てを受け入れたくてついやり過ぎてしまいました」

 

何の力もなく、何処にでもいる普通の女の子。吹けば消し飛びそうな脆弱な存在が目の前にいるのにサクリファイの表情には一欠片の苛立ちの色はなかった。

 

寧ろ、良い獲物がやって来たとサクリファイの笑みはより深くなる。より濃く、より深く悦楽と享楽、そして快楽を貪る為にその口を開く。

 

「しかし、良く彼を貴方の幼馴染だと分かりましたね? 不思議ですねぇ、どうしてです?」

 

「はぁ? 幼馴染の私がコイツの事を見間違う筈がないじゃない」

 

「嘘」

 

「っ!」

 

「本当は誰よりも彼が彼とは違うことを知ってるのに、自分の知ってる彼とは違う事に気付いている癖に貴女はそれを見ないフリをしている。不安で胸が一杯なのに必死にそれを隠そうとしている。なんて惨めで哀れで────可愛らしいのでしょう」

 

だからこそ、私は全てを受け入れたいのです。そう続けるサクリファイの言葉は確かににこの確信を突いた。本心を抉り、本音を暴き、彼女の心の内をその話術で剥ぎ取って見せた。

 

しかし。

 

「はぁ? バッカじゃないの?」

 

「────なに?」

 

「何度も言わせないで、私が此処に来たのはコイツを助ける為、私の知ってる白河修司を矢澤にこが助けに来た。そこに余計な考察や推察なんて入る隙間もない、あるのはたった一つの完全無欠の事実(シンプルな答え)だけよ!」

 

彼女の、矢澤にこの瞳は微塵も揺るがない。自信に溢れ、己を鼓舞し、周囲の人間すら魅了する。スクールアイドルグループであるμ'sの一人、傷だらけになろうとも尚揺るがない最強最かわの少女の姿がそこにあった。

 

「────??」

 

「理解出来ないって顔をしてるのなら分かりやすく教えてあげる。“自分の(ファン)は自分で守る!” 女の子なら誰でも知ってる事よ、理解した? お・ば・さ・ん!!」

 

「────にこ、ちゃん?」

 

何故だろう。そんな事を言っている場合でも場面でもないのに────自信満々で、どんな存在を相手にしても決して退かない彼女の背中を見て、シュウジの凍り付いた心に暖かいモノが宿った気がした。

 

「ち、違うから! 恋っていってもスクールアイドルとファンという………その、アレよ! ファンサービス的な好意よ! そう言う事にしておきなさい!」

 

「────あぁ、うん。分かってる」

 

顔を真っ赤にさせて誤魔化すにこにシュウジは取り合えず同意する。しかしそんな彼女に対しシュウジは自分の胸に宿る暖かい気持ちを確める様に胸元に手を置いた。

 

この気持ちは───一体何だろう。それ処ではない筈なのに、何故かシュウジには無視できなかった。

 

「─────恋? 何ですか、それ?」

 

瞬間、矢澤にこの身動きが突然動かなくなる。地に付いた脚は釘で打ち付けられた様に微動だに出来ず、全身は蝋で塗り固められた様に停止する。

 

心臓すら満足に動けなくなった彼女は額に大粒の汗を流しながら自身に向けて発している殺気の源へ凝視する。

 

其処にあるのは────暗闇だった。大きく開かれた目に色はなく、あるのは底抜けの闇だけ。これまで見たことの無いサクリファイの様子ににこだけでなくシュウジですら凍り付く。

 

「恋? 知らないですね。分からないですね。それは必要な感情(モノ)ですか? いいえ、いいえ。そんなモノは必要性が無い。在るのは全てを受け入れる深き愛唯一つ。恋なんていらないのです。知らないのです。いらないのです」

 

「な、なんなのよ。コイツ」

 

「ですので、────あなた、いらないです」

 

「───え?」

 

「にこちゃん逃げろぉぉぉっ!」

 

瞬間、知覚できない程の速さでにこの前に現れたサクリファイがその手を大きく振り上げる。逃げる暇は無い。このままでは彼女に直撃する。最悪の未来を前にシュウジが耳にしたのは。

 

『───シュウジ、今貴方に一つの真実を伝えましょう。グランゾンの奥底に眠る記憶の海、ささやかでありふれたある女の後悔の話を』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────漸く、悲願が成就する。シュウ様が己の命を賭して私に委ねた願いが、遂に実を結ぶ時が来た。

 

この世界に来て80年近い時が流れた。シンカの力も会得できず、ただ時代に流れて見守る事しか出来なかった私に廻ってきた最初にして最後のチャンス。

 

白河修司。シュウ様の因子を代々から受け継がれ、遂に誕生した最高の適合者。今はまだ因子は眠っている状態だけど、それでもこれ迄の者達とは隔絶された可能性を秘めた超特大の麒麟児。

 

三代に渡って紡がれてきた彼の因子が、今最高の形として私の前に現れている。これ程の可能性を秘めた子は、今後千年経とうとも現れはしない。そう確信できるほどにこの子の………白河修司の可能性は飛び抜けていた。

 

これを逃してはならない。この機会を手放してはいけない。病に身を侵され、寿命という制限時間のある私に最早悠長していられる時間は残されていない。

 

そう、仕方ないのだ。仕方なくて、どうしようもなくて………だから、迷ってはいけないのだ。この子を向こう側に送り、覚醒を促しシンカへ至らせ、待ち受ける絶望達のカウンターとして戦って貰う。それこそが私達に残された唯一の希望なのだ。

 

───だから。

 

『お婆ちゃん、どうしたの? どこか痛いの?』

 

だから、そんな眼で私を見ないで。

 

『………どうして、そう思うんだい?』

 

『だって、お婆ちゃん。泣きそうな顔してる』

 

私に、そんな眼を向けないで。私には哀れむ資格はないの、地獄に落ちて永遠の責め苦を受けるべきなの。貴方みたいな子供を死地に追いやる………悪くて悪くて許されない。醜悪な罪人なのだから。

 

だから、あなたが私を哀れむ必要なんてないの。あなたは私を憎み、蔑み、生き続ける事を定められた子。

 

だから!

 

『いたいのいたいの、とんでけー! お婆ちゃんからとんでけー!』

 

『────っ!!』

 

『だいじょーぶだからね、お婆ちゃんの痛いところは全部ボクが飛ばしてあげるから!』

 

『あぁ、あぁぁ………』

 

────私は、シュウ様から全てを託された。託されて、紡いできて、今漸くその時がきた。

 

長かった。80年近い時の中をただひたすら待ち続けた。あの人の想いに応える為、ここへこれなかったモニカ達の無念に報いる為、必ず役目を全うしなければならなかった。

 

『お婆ちゃん?』

 

『ごめんね。ゴメンね』

 

─────出来ない。

 

この子から、この子の優しさを、幸せを奪う事なんて………私には出来なかった。

 

『お婆ちゃん、泣いてるの?』

 

『ゴメンね。ありがとうね、お婆ちゃん。もう大丈夫だから』

 

私は失敗した。失敗して、失敗して、失敗した。

 

私は許されない。モニカ達の、シュウ様の想いを蔑ろにして、裏切って、私は取り返しのつかない失敗をした。

 

私は許されない。絶対に、誰が何と言おうとも、私は決して許されてはいけないのだ。

 

───だって。

 

『お婆ちゃん、修司に会えて、貴方に会えて………幸せよ』

 

こんなにも、私は救われて────幸福(しあわせ)なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────嘗て、貴方の祖母は一つの決断をした。それがどんなに罪深くて、許されない事だとしても、彼女は一つの結末を手に入れた。自らの意思で、自らの想いで。

 

────長い間、この世界に居続けた所為なのか、それとも年老いた事で情が移ったのかは定かではありません。ですが、一つだけ確かなのは。

 

────貴方の祖母は、サフィーネ=グレイスは、想い人との約束ではなく、今を生きる貴方を選んだ。貴方の未来を、貴方の幸福を選んだ。

 

────唯一誤算だったのは、貴方の因子が彼女の予想を上回る程高かった事、貴方のグランゾンが自らの操縦者だと誤認する程に。

 

────あなたが向こう側の世界に来たのは完全なる偶然、あなたは本来はこちら側の世界で生を謳歌する筈だった。

 

────なぁ、博士。一つ質問いいかな? お婆ちゃんがあの選択をした時、アンタはどう思った?

 

────私は所詮シュウ=シラカワの人格を倣った仮想人格に過ぎません。ここでどんなに言葉を重ねた所で、意味はないでしょう。が、敢えて言わせて戴けるのなら。

 

────どのような選択であれ、悩み、苦しみ、その果てに掴み取った彼女の決断を、私は………誇りに思います。

 

────そっか。

 

嘗て、女は一つの決断を下した。想い人の約束を裏切り、彼女は想い人よりも幼く小さな命を選んだ。

 

その決断に後悔が無いと言えば嘘になる。罪悪感が無いと言えば嘘になる。彼女は己の決断を、死ぬその直前まで苦しみ続けた。

 

しかし、それでも彼女はその決断を撤回しなかった。一度決めた決断を最期の一瞬まで貫き続けた。その在り方はとても歪で、醜悪で、それでいて………美しかった。

 

彼女は何を遺したのか、何処から来て、何処へ向かうつもりだったのか。それは今でも分からない。唯一つ、彼女が全うしたのは。

 

誰に対しても決して揺るがない、彼女自身の愛の在り方だった。

 

 

────胸に灯る暖かさが、この瞬間熱さに変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────なに?」

 

「シュウ……ジ?」

 

その変化は唐突だった。

 

サクリファイは掴まれていた己の腕に気付かず、矢澤にこは幼馴染が目の前に自身を庇うように立っている事に今まで気付けなかった。

 

速さの問題ではなく、ただ認識出来なかった。彼が動いたという実感がこうして目の前にいるのに掴めていない。

 

「何ですか、その輝きは? 何ですか、この熱さは?」

 

彼が身に纏う淡い輝きとそこから発せられる熱気、それはこれ迄のシュウジとは明らかに異なっていた。

 

「───にこちゃん、ありがとう。ここまで来てくれて。俺はもう、大丈夫だ」

 

その瞳に陰りはなかった。

 

「サクリファイ、アンタは尊敬出来る人って………いるかい?」

 

「何を、言っている?」

 

「俺にはいるよ。沢山、皆凄い人達ばっかりだ」

 

────男は、絶望を知った。

 

────男は、希望を知った。

 

哀しみを知り、怒りを知り、楽しみを知り、喜びを知った。

 

恩人と親友が亡くなり、哀しみと虚しさに溺れそうになったが、リモネシアの人達のお陰で立ち上がれた。────沈黙の巨蟹、悲しみの乙女。

 

時代の流れで気持ちが揺れ動いても、シオニーを助けるという目的を成し遂げた。────揺れる天秤。

 

喩え世界の敵になろうとも、彼は真実を追い続けた。────偽りの黒羊、知りたがる山羊。

 

世界の悪意が牙を剥いても、愛機のお蔭で乗り越える事が出来た。─────傷だらけの獅子。

 

怒りと憎しみに染まろうとも、強い欲望があろうとも決して呑み込まれる事はなかった。─────怨嗟の魔蠍、欲深な金牛

 

 

祖母の大きな愛と、幼馴染みの応援で、今一度彼は立ち上がる。────尽きぬ水瓶、立ち上がる射手。

 

故に、喩え全てが夢幻で終わろうとも、進み続けると決めた。────夢見る双魚。

 

そして今日も、矛盾を抱えながらもシュウジ=シラカワ(白河修司)は限界を超える。彼もまた、ありふれた人間の一人なのだから。────いがみ合う双子。

 

────それは、シンカとは全く別の人間の可能性。多元世界に渡り、翻弄され、それでも育み、芽生えたモノ。

 

─────それは、人間の極致。独り(ボッチ)であっても孤独ではないシュウジが、多くの人達に出会い、学び、糧にしてきた事で得られたもう一つの到達点。

 

兆しから極みへ、シュウジは新たな境地へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




スキル
ボッチの極意(極み)気力150以上で発動。

全ステータスと気力が限界突破し、倍以上になる。
毎ターン直感、不屈、鉄壁、加速、直撃、闘志、熱血、魂、努力、幸運、覚醒の効果が宿り、タッグコマンドが単独で使用可能になる。

尚、この時の熱血、魂の効果は重複される。



────最後の強化なので思いきってぶっ壊れにしてみた(笑)

それでは次回もまた見てボッチノシ
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