『G』の日記   作:アゴン

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書きながら消し、書きながら消して漸く進められた今回。

楽しんでくれれば幸いです。


その190

 

 

 

 

────静かになった。

 

矢澤にこが次に目を開けた時には荒れ狂っていた大気は鎮まり、御伽噺の様な光景もSF染みた巨大ロボットも全てが消え失せていた。

 

眼前に広がるのは何処までも広がる空、曇天は砕かれ、雲は切り裂かれ、其処には傾き日が沈み始める夕焼けの光景がただ広がっていた。まるで今まで目にしていたものが夢だったかのように。

 

しかし、それは間違いなく現実だった。辺りは未だに瓦礫の山で覆われ、遠くからはサイレンの音があちこちから耳に入ってくる。普段の日常とは全く異なる惨状、彼女はあの光景がつい先程まであったモノなのだと理解する。

 

「────シュウジ?」

 

次に彼女は気付いた。幼馴染みのアイツが、血だらけになってまで頑張った彼の姿が無い事に────このままではいけない気がした。胸に涌き出てくる焦りと不安を覚えたにこは戸惑いながら変わり果てた街を行く。

 

彼は何処に消えた? 決まっている。僅な思考を巡らせ、答えを見出だした彼女は迷うことなく其処へ向かう為、足を前に進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────カン、カン、カン。

 

音を鳴らせて金属製の階段を昇る。通路を歩き一番奥の部屋の扉を開ける。夕焼けの光が部屋の中へと注がれ、舞い上がる塵が光を反射する。

 

「………やっぱ、そう言う事だよな」

 

寝室へと入りそこで横になっている男を見て彼───シュウジはどこか納得した様子で頷いていた。

 

寝室に敷かれた布団の上で仮眠を取っている青年、それは間違いなく嘗ての自分で、今も気持ち良さそうに眠っている。外があれだけ騒がれているのに、住まいの屋根が吹き飛んでいるのに、目の前の男はそんな事など知る由もなく寝息を立てている。

 

ここまでくれば最早疑いようがない。目の前の“向こう側に行く前”の修司(自分)は同一の存在たるシュウジ(自分)がいる事で強制的に眠らされているのだと。そしてそれこそが先のサクリファイとの戦いでグランゾンを出せなかった理由なのだとシュウジは察した。

 

全ての始まりはグランゾンがシュウジを己の乗り手だと誤認した事から始まった。世代を越えて、更に突然変異として生まれてきたシュウジの肉体にはグランゾンを起動するに足るシュウ=シラカワの因子が過去最高レベルで渦巻いている。祖母であるサフィーネが見誤る程、故に彼女はグランゾンが誤認起動するという未来までは読めなかった。

 

“向こう側”へ送られたシュウジがグランゾンと共に幾つもの困難を越えて力を得て、成長し、進化し、シンカを得てゼロとなり理を越えて元の世界に帰還し………。

 

そこで折れてしまった。自身の起源を知り、幼馴染みと出会い、自分の居るべき場所が此処だと思い嘗てのシュウジ達は次のシュウジを向こう側へ送り出していた。

 

それが何回繰り返されてきたのかは分からない。ほんの数回なのか、はたまた百回以上なのか、今回が初めてなのか………それとも天文学的数値の回数を繰り返して来たのか、それは定かではない。

 

実際、回数は問題ではなかった。理由も、心が折れたのか、それとも何か訳があったのかはこの際重要ではない。大事なのは今この瞬間、自分もまたその選択肢に突き付けられていると言うこと、今この瞬間が自分が選べる最後の選択なのだと。

 

向こう側の世界へ戻り、宇宙の大崩壊を阻止するのか、それともここにいる修司(自分)を向こう側に送り出してシュウジ=シラカワとして戦わせるのか。

 

だが、その繰り返しの回数には限度がある。ある時は黒歴史の一つとして記されてきたシュウジとグランゾン、幾度と繰り返されてきたその行いはしかして向こう側に正しく反映されはしなかった。嘗ての螺旋王が語ったグランゾンの姿を見たという話も恐らくは其処から来ている時間的矛盾の一種(タイムパラドックス)なのだろう。

 

何度やり直しを繰り返してきても………宇宙の大崩壊は止められない。ここでまた修司()を向こう側に送っても、それは単なる時間稼ぎであり問題の先送りでしかない。

 

────もう、シュウジに残された選択肢は無かった。

 

幼馴染みの夢を見たいと思ったから、彼女の歌をもう一度聴きたいと願ったから、シュウジ=シラカワの選択肢は初めから一つしか有り得なかった。例えそれが二度と故郷の世界へ戻れない事を意味しているのだとしても。

 

宇宙の大崩壊を防ぐ方法、それは12に分かたれたスフィアを用いての時空修復に他ならない。人の感情を、可能性を用いて向こう側の世界をあるべき姿へと戻す。

 

それは即ち、この世界との繋がりを断つという事、第二次大戦の時にサフィーネ=グレイスが理を越えて生まれた綻びを修繕すると言うこと。それはこの世界との繋がりを完全に遮断する事を意味している。

 

つまるところ、シュウジにはそれしか無かった。向こう側の戦士達、Z-BLUEを信じて此方側へ残る選択肢を選んでもそれは二人の白河修司(シュウジ=シラカワ)という負債をこの世界は負うことになる。いや、下手をすればこのまま修司の方が永遠に目が覚めなくなる………なんて事態が起こりかねない。

 

歪みを残さず、後腐れなく、綺麗さっぱり問題を解決するにはやはり一つしかない。名残惜しい気持ちはある。心苦しい気持ちはある。本音を言えば戻らず、ここで平穏に過ごしてしまいたい。幼馴染みの彼女の為に残りの人生を費やしたい。

 

だけど、それと同じくらい向こう側に大事なものが出来てしまっていた。シオやラトロワ、リモネシアの皆、ヒビキや向こう側で出会えた人達、彼等を自分とは無関係だと切り捨てるにはシュウジは向こう側に居すぎてしまっていた。

 

見捨てるという選択は出来ない。嘗てのサフィーネがシュウではなくシュウジを選んだ事と同じ様に、シュウジもまた選ぶ時が来た。

 

────心が締め付けられる。寂しさで泣きそうになる。幾つもの修羅場や死を経験してもやはり自分は情けないままだなと、シュウジは自嘲する。

 

「────博士、一つ質問してもいいですか?」

 

『────何でしょう?』

 

「俺がこの世界から去ったら、この世界はどうなります?」

 

『────世界にはあるべき姿を保つ為の修正力というものがあります。本来ならば有り得ることはない事象、あってはならない現象を無かった事にするためにその力は働きます。今貴方が世界から修正されないのは既に貴方の存在自体が一つの世界よりも強大だからに他なりません』

 

「じゃあ、その俺がいなくなったら?」

 

『修正力は働き、貴方の────シュウジ=シラカワがいたと言う事実は抹消されます。あらゆる記録から、あらゆる記憶から、そしてあらゆる事象から、貴方は最初からいなかった事にされます』

 

「────そっか」

 

普段なら淡々と事実だけを告げる博士だが、何故かその口調は少し感情の色が見えた気がした。それが同情からなのか、それとも別の意図があるかは分からないが、それでも自分に何かしら感情を抱いている彼にシュウジは何処か安心していた。

 

その時だ。眠っている自身の枕元から携帯の着信音が鳴る。誰だと不思議に思ったシュウジが携帯を手に取り画面を覗き込むと、其処に映し出されている名前に心臓が高鳴った。

 

───相手からの電話を受け取るのに然程悩みはしなかった。

 

「………もしもし?」

 

『シュウジ! アンタ無事!? 今何処にいるの!?』

 

「母さん」

 

それは、自分を産んでくれた女性の声だった。若くして父と結婚し、子育ても碌に出来ず、働く事にばかりで祖母に任せきりだった自身をいつも責めて悔やんでいた母の…………慌てに慌てた声だった。

 

『今、父さんと一緒にそっちに向かってるんだけど、そっちは今どうなってんの!? ニュースは何処も似たような事しかやってないし、被害状況が分からないの! アンタは怪我とかしてない? 矢澤さん所の子供達と一緒ならこれから言う所に合流して欲しいんだけど!?』

 

────笑みが溢れた。自分を心底心配してくれる母を、近くで運転しているだろう父の声を耳にしてシュウジは改めて思い知り、そして思い出した。自分が如何に恵まれていた事を、自分がどれだけ幸せだった事かを。

 

幼い頃、父と母が忙しかったのは自分を育てる為にその身を犠牲にしてくれたこと、休みの日には必ず家族皆で外出して、近くのファミレスで外食した事。

 

若い内ならもっと自分の為の事をすれば良いのに、父と母はそれら全てを擲って自分の為に費やしてくれた。祖母が亡くなった後も自分を愛し、育ててくれた。

 

────そして。

 

(あぁ、そっか。俺、その為にバイトしていたんだ)

 

自分が、何の為にバイトをしてきたのか。寝室の壁に掛けられたカレンダーを目の当たりにしたシュウジは自身の内に最後の悔いが生まれた事を自覚する。

 

カレンダーに記された三つの赤い丸。それは自身が父と母に対して送る最初のプレゼント、家族旅行の決行の日だ。その前日にバイトのお金が目標金額まで溜まり、父と母の有給が重なる唯一の日。それはこれ迄働き詰めで碌に休んでこなかった二人に対するシュウジのちっぽけな贈り物だった。

 

(あぁ、くそっ。後悔ばかりじゃねぇか)

 

電話越しから聞こえてくる母の声に、シュウジの目から大粒の涙が溢れてくる。決めた筈なのに、そうあるべきだと自分に言い聞かせたのに、押し込めた本心が喉の奥から出てきそうになる。

 

…………でも。

 

「大丈夫だよ母さん。俺は、大丈夫」

 

シュウジは喉の奥から出てきそうになる言葉を必死に圧し殺した。無理矢理にでも笑顔を浮かべ、壁に寄りかかり、顔を上げて彼は言葉を紡ぎ出す。

 

「────母さん。俺、ずっと言えなかった事があるんだ。本当はもう少し後に言うつもりだったけど、今しかないから」

 

『────え?』

 

自身を産んでくれた事、自身を犠牲にして毎日自分の為に働いてくれた事、面倒を見てこなかった自身を責めながら、それでも寂しくない様に構ってくれた事、自分の為に本気で叱ってくれた事。

 

産んで、育み、見守ってきてくれた全てに対して。

 

「───ありがとう。俺、二人の息子で本当に良かった」

 

『────シュウジ?』

 

通話越しからでも伝わってくる母の唖然とした様子、普段とは違う自分の息子に彼女が問い詰めるよりも速く、シュウジは通話を切った。

 

「本当、俺ってばつくづくどうしようもないよな。二人の為の親孝行(プレゼント)も碌にしてやれないなんて………」

 

自分の不甲斐なさを痛感しながらも、しかしとシュウジは振り返る。眼下に眠るもう一人の自分にシュウジは聞こえていない事を理解しながらもそれでも言葉を紡いだ。

 

「ここから先は、お前だけの人生(モノ)だ。精々好きに生きろ。…………でもな」

 

そういってシュウジは修司の額を軽く小突く。多少強めにやったから起きてからのコイツの反応が楽しみだと笑いながら、懐からある一冊の手帳を取り出した。

 

「悪いが、こっちの新しい方は貰っていく。此方の古いのは置いていくから…………好きに使え」

 

大切に、慈しむ様にその手帳を彼の枕元に置いたシュウジはその部屋を後にした。既に、この部屋は……もう、白河修司の部屋ではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、ここへ来ちゃうよな」

 

シュウジが最後に訪れたのは自身の原点とも言えるあの公園だった。既にその面影はなく、ヘリオースの一撃の所為で見るも無惨なモノへと変わり果ててしまっている。

 

既にサクリファイはあの一撃でヘリオースと共に向こう側へと追い返している。またもう一度奴が向こうから這い出てくるかは分からない以上、シュウジにはもう悠長していられる時間はない。早いところ向こう側に戻って奴との決着を着けなくてはならない。

 

後ろ髪を引かれる思いでグランゾンを呼び出そうとする。今度は上手く呼び出せそうだ。眼前に広がるワームホールを見て安心したその時。

 

「シュウジ!」

 

彼の背中に声が掛かる。嗚呼、何でだ。何故今なんだ。自分の行動の遅さに歯噛みしながら振り返る彼の目に写るのは。

 

「アンタ、一体………何処に行くつもりよ」

 

息も絶え絶えになりながらも、それでももう一度シュウジに会うために全力を尽くした幼馴染みの少女が、そこに立っていた。

 

 

 

 




次回、シュウジの初恋(別れ)



喩え夢幻であっても、残ったものは確かにあった。



それでは次回もまた見てボッチノシ

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