───地球には、ボッチがいる。
「───そうですか、Z-BLUEは地球に降りましたか」
『アタシ等も直に彼等と合流する。一応そこで皇国との決戦に挑むつもりだが……アンタはどうする?』
「事ここに至って私が彼等に対して出来ることはありませんよ。後は私に出来ることを粛々と熟すだけ」
『そうかい。なら精々祈ってておくれよ、地球人が侵略者を打ち負かす事を』
「生憎と私は現実主義でしてね。求めるのは結果とそれに伴う過程のみ、尤もそれらも間もなく明らかにされるでしょうけどね」
『過程ね。やっぱりアンタは変わったよ。少なくとも破界事変の時よりもずっと人間らしい、それもアンタの友人の影響かい?』
「否定はしませんよ。その代償にとても痛い一撃を受ける事になりましたが」
『そうかい、それは何よりだ。────じゃあ、そっちは宜しく頼むよシュナイゼル元宰相閣下』
「そちらも、トライア博士」
簡易に造られたテント型の通信拠点、これから始まる地球と皇国との最終決戦を前に最後のやり取りを交わしていたシュナイゼルとトライア=スコート、情報交換というより互いを気にかけた軽口混じりの会話は、その言葉を最後に終わりを迎える。
ブツッと途切れる映像と音声、電源の通信端末の席から立ち上がると、傍に控えていたガドライトに向き直る。
「そう言う訳だ。申し訳ないが君もここで前線の維持に注力してくれ」
「構いませんよ、何せこっちは妻子を持った身だ。確かに連中とドンパチかませないのは少しばかり心残りだが、比較的安全な場所で戦えるんだ。それはそれで有難いってもんでさぁ」
「比較的安全……ね」
軽い口調でそう言うガドライトだが、彼が言うほど戦況は思わしくない。圧倒的な物量差、軍事技術一つとっても隔絶された力の差、嘗てスフィアリアクターとして活動していたガドライトを以てしても相手は強大。
一つの戦場での状況で言えば、万に一つも此方に勝ち目はない。しかしこの戦線の指揮を任されたシュナイゼル=エル=ブリタニアは、こと負けない戦いをするのに当たって、この地球圏に於いて右に出るものはいない。
相手は強大、力も数も全てが劣っている。勝ち目など初めからなく、自分達に出来るのは精々奴等がZ-BLUEに向かわせない為の足止めと時間稼ぎ程度。
「───だからこそ、
それは元皇族とは思えない獰猛な笑みだった。勝てる見込みの無い戦い、それはこれまで空虚な自分では考えられなかった選択。優れた頭脳を持つが故に、逸脱した才覚を持つが故に、彼の胸中はいつも空っぽのままだった。
───彼と出逢い、全てが変わった。当時はまだ凡人の枠を出なかった彼が、戦いを重ねる毎に逆境に追い込まれる度に彼は成長し、進化していった。それを目の当たりにしたシュナイゼルが初めて抱いた関心と挑みたいという欲求、何かを成したいと強く願った欲望。それら全てが彼の空っぽだった胸中を埋めて、自身をより高みへと至らせた。
戦況は最悪。しかし挑むには易し、何よりシュナイゼルの内には未だにあの魔人に挑みたいという欲求が今も燃え盛っている。彼を相手にすると思えば、この程度の逆境など苦境には値しない。
その頭脳で何百、何千もの勝つ為の策を巡らせていく。相変わらずおっかない人だ。ガドライトは目の前で薄く頬笑むシュナイゼルに心底敵に回さないで良かったと安堵する。
「さて、それでは始めるとしよう。地球を皇国の手から解放させる最後の戦いを」
通信用のテントから外に出る。二人の眼前に広がるのは広大な大地とその遥か前方から視認できる大きな土煙。
間もなく地球最大最後の戦いが始まる。その後に待つ宇宙の終焉、絶対的絶望の中シュナイゼルの胸中には恐怖というモノは微塵も無かった。
空に一筋の流星が流れていく。遥か彼方を行くソレをシュナイゼルは微笑みを浮かべて見送った。
◇
────地球と皇国、二つの巨大な個がぶつかり合う。その僅か数時間前、戦場より遠く離れたその地でマリーメイアは未だ薄暗い空を見上げていた。
「───もう、私に出来ることはないのですね」
少女は無力な自分というものを嫌っていた。何も出来ず、弱者のまはまでは淘汰されるだけだと、踏み躙られ凌辱されるだけなのだと、幼少の頃よりデキム=バートンに洗脳紛いの教育を施されてきたマリーメイアは、何も出来ない自分に心底苛立っていた。
遠くの大地では間もなく大きな戦いが起きようとしている。今後の世界の道行きを決める人類史上最大規模の戦いが。
そこに自分の出る幕は無い。如何にトレーズの娘という肩書きがあっても、結局自分は所詮力なき小娘に過ぎない。リリーナ=ドーリアンの様なカリスマ性もなければ、マリナ=イスマイールみたいに行き場なくした人々の心の拠り所になることも出来ず、足の不自由さをモノともしないナナリーの様に誰かの為に笑顔を振り撒くことも出来ない。
世界を巡って知ったのはただ自分の非力さだけ、1日を必死に生き延び、それすらもレディやブロッケン達の助けがあって漸く出来た事だ。彼女を今まで護っていた二人の老人もやる事があると言って数日前から行動を別にしている。
マリーメイアがやった事と言えば、立ち寄った難民キャンプでも出来た事と言えば、食料の配膳や小さな雑務程度。
何て、自分は小さいのだろう。デキム=バートンで培った英才教育は人の上に立ち、人を動かし、世界を動かす帝王学のソレ。自分を特別な存在だと認識させ自己を歪めていたその思想は、この旅を以て完全に砕け散った。
自分は弱い。この世界で誰よりも、何よりも脆弱な取るに足らない一つの命。でも、それで良いのだとマリーメイアは思った。
“この世に強者なんていない。人類皆が弱者なんだ”
何処かで誰かが叫んだそんな言葉。深く、重く、それでいて慈愛に満ちたその言葉、未だ未熟な身なれどマリーメイアはその言葉の意味を何となく理解した気がした。
自分は弱い。でも、それはきっと自分だけの事じゃなく、全ての命に対して言える事なのだろう。誰も自分一人で何かを成し遂げたものはいない。マリーメイアが敬愛する【彼】も最初は何も出来ず、ただ状況に流されていただけだと聞く。
この旅はマリーメイアが自分の弱さを、非力さを知る旅だった。誰かを頼り、誰かに縋り、それでも誰かの為に足掻く自分を見付ける為の旅。
悔しさはある。許せないと思う自分がいる。しかしソレ以上に誰かの為に何をしたら良いのか、必死に考える自分がいる。未熟な自分を支えてくれた人、叱ってくれた人、皆に対して何が出来るのか。
その答えはきっとこの戦いの先にある。
「マリーメイア様、此方にお出ででしたか。あまり出歩かれてはお体に障りますよ」
「ありがとうレディ、でももう少し空を見ていたいの───夜明けの空を見ていたいから」
「なら、せめてこれを呑むと良いである。温かいココアは冷えた体に良く染み込む」
「ありがとうブロッケン。貴方にも随分助けられちゃった」
「なに、シュウジ殿の命令でもあるし、これでも我輩は紳士を務めているのであーる。礼は不要でありますぞ」
自分の様子を思って声を掛けてくる二人、そんな二人の優しさが嬉しく思い、渡されたココアの入ったコップを手に取り一口すする。
温かい甘味が口に広がる。ココアの甘さが口の中に広がってくると同時にその時は訪れた。
「───マリーメイア様、作戦が開始されました」
「………そう」
「果たして、Z-BLUEは皇国に打ち勝てるのであろうか」
レディから告げられる戦いの開幕、遠くで始まった戦闘。音は聞こえない、光も聞こえない、過ぎていくのは時間だけ。マリーメイアの不安を代弁するブロッケンだが、それに答えられるモノはこの場には───。
「大丈夫ですわ」
「だって、Z-BLUEには、この地球には、とーっても怖い魔人さまがいるんですもの」
不安を吹き飛ばすような───年相応の少女の笑顔、マリーメイアの純朴なその笑顔にレディ達も自然と笑みが溢れた。
ココアをもう一口飲み込んで空を見上げる。すると其処には一筋の流星が瞬き。
「───どうか、私達に未来を下さい」
これまでの事、これからの事、考え出したらキリがない。故に、彼女が願うのはたった一つ。
両手に包んだコップを手にマリーメイアは祈り続けた。
◇
────ユーラシア大陸、セントラルベース。
『フフフ、漸く来ましたかZ-BLUEの皆さん』
『来たぜサルディアス!』
『此処までの道中でお前が用意したエグい罠の数々は、俺達が全部破壊しておいたぜ!」
『人の良心に漬け込んで利用する容赦のない策略の数々、どうやらそちらもいよいよ本気になったと言うわけだな』
『えぇ、何せ此方のスフィアリアクターは皇帝陛下を含めて僅か三人。そしてここはラース・バビロンに続く最大の関門にして唯一地上からの通り道、後が無いのは此方も同じ』
『何だって!?』
『
『貴女には分かるのでは無いですか? セツコ=オハラ、憎しみの対となる哀しみの乙女のスフィアリアクターである貴女なら、彼の存在の有無を認識出来るのでは無いですか?』
『────確かに、ラース・バビロンからバルビエルの憎しみが感じられない』
既にリアクターが一人減っているという事実、サルディアスの得意なブラフによる情報操作かと思えたが、セツコの反応からしてどうやらそれは間違いではないようだ。
巨蟹もいる、金牛も射手もここから離れた地のラース・バビロンにて自分達を待ち構える形でそこにいる。しかし最終決戦とも呼べるこの日に【怨嗟の魔蠍】のスフィア保有者であるバルビエルの気配だけが微塵も感じられないのだ。
『───成る程ね。どうやら皇帝アウストラリスは既に二つのスフィアを手にしているのか』
サルディアスの言わんとしている事を察したアサキムが嘆息混じりに呟いた。その言葉を意味するのは皇帝がバルビエルを討ち、スフィアを強奪したという意味に他ならない。
『まぁ、仕方のない結末なのでしょうねぇ。元の名前を捨て、傀儡として生きることを由とし、彼が唯一捨てきれなかった憎しみもかの魔神が砕いてしまった。憎しみを力にするものがその憎しみを抱かなくなり、残ったのは惨めな自尊心だけ、彼が破滅するのも時間の問題だった訳です。皇帝陛下が自ら手にかけたのがせめてもの情けって奴ですよ』
『そんな、バルビエル』
『サルディアス殿、戯れはその辺にしておきましょう。我々はこのセントラルベースの守護を任された。ならばその任を全うするのみ』
『そうでしたね。失礼しましたダバラーンさん、上司が先に逝かれた事で私も少々ナイーブだったみたいです』
『でも、それもこれまで。励むとしましょう』
ダバラーン、尸刻、サルディアス。皇国の………いや、サイデリアルの主力部隊の副官達が戦闘体制に入る。ここまで来た以上余計な感傷は不要、彼等はZ-BLUEに対して特大の敵意で以て迎え撃つ。
三つの戦力を一つにし、防衛力も殲滅力も格段に増したサイデリアル最強の戦闘部隊。ここを越えなければラース・バビロンで待つ皇帝には到底届かない。
『さて、まずはお前達を打ち倒し、奥で控える魔神を引摺り出す事にしよう。我々にとって寧ろそこからが本番』
『やれるもんならやってみろよ!』
『あんた達を倒し、あたし達はラース・バビロンへ向かう』
『皇帝を倒し、地球をお前達から解放するために!』
『行くよ! サイデリアルの副将ども!』
魔神、グランゾンは対皇帝への切り札。向こうがそう思い、余計な詮索をされる前にセントラルベースを攻略する。激闘は必死、ここから先は僅かな気の緩みが命取りになる。展開される敵部隊、天と地を埋め尽くす圧倒的物量を前に、ヒビキは空を駆ける流星を見る。
(シュウジさん、後は任せます!)
「ヒビキ君!」
「ボサッとするなよ!」
「あぁ、行くぞォォ!」
ジェニオンのブースターに火を灯し、ヒビキは敵部隊へ吶喊する。
今ここに、地球の行く末を賭けた最後の戦いが始まった。
◇
─────ラース・バビロン。玉座。
静まり返る空間、聞こえてくるのは遠くから聞こえてくる微かな戦闘の音と自身の息遣い。余分な近衛は全て防衛機構に割り振られ、この玉座には皇帝アウストラリスと側に控える様に立つ一人の女性のみ。
シオニー=レジス。嘗てはリモネシアの外務大臣で今はシオと名乗る者、用意された綺羅びやかなドレスを身に纏った彼女は、何かを待っているように瞑目する皇帝に僅かな苛立ちを含めて問い質した。
「───一体、今更私なんかに何の用件があるって言うのよ」
彼女の物言いに咎める者は此処にはいない。そんな彼女の問い掛けを皇帝は一瞥せずに答える。
「何度も言った筈だ。お前は奴を呼び寄せる餌だと」
「彼なら来るわよ、私なんかがいなくても。───ここに他のリモネシアの人がいる。それだけで彼は幾らでも無茶を重ねてしまうんだもの」
あの日、彼の日記を読んだ事でシオはシュウジという人間を理解してしまった。
彼は普通の人だった。与えられた力に困惑し、振り回され、利用され、それでも懸命に生きてきた一人の人間だった。彼を魔人にしてしまったのは自分達だ。自分達に関わった所為で彼は世界の敵となり、たった独りで戦い続けた。
彼をそこまで追い詰めた自分が許せない。何も知らず、ただ側にいるだけでしかなかった自分が許せない。彼を……呑気な旅人だと蔑んだ自分が許せない。
───何より、自分の故郷を捨ててこの世界に戻ってきた彼に、嬉しいなんて気持ちを抱いてしまった自分が許せない。消えてしまいたかった。浅はかで、無知で、恥知らずな自分を………誰かに殺して欲しかった。
自決なんて出来なかった。どんなに大層な言葉を口にしても、所詮自分はただの賢しいだけの小娘にすぎなかった。自ら命も断てず、臆病なままで今日という日を迎えてしまった。結局、自分はあの日、自らの故郷を壊した日から自分という女は何一つ変わっていないのだ。
臆病な自分が嫌い、浅はかな自分が嫌い、弱くて醜い、誰かに頼らなければ生きていけない自分が────大嫌い。
「自戒はそこまでにしておけ」
「…………」
まるで此方を見透かしているような皇帝の口振り、いや、事実彼は分かっていた。ラース・バビロンに幽閉されていた彼女の事を、その眼でアウストラリスはシオという女を見極め続けていた。
「シオニー=レジス。故郷を破壊し、自戒と嫌悪に満ちた哀しき女よ。汚泥にまみれながらも尚、お前という女は美しい」
「─────はあぁっ!!??」
確かに、シオニー=レジスという女は愚かかもしれない。アイム=ライアードに言い様に踊らされ、自らの故郷を破壊し、今日という日まで生き延びてきた。
それはただ生き恥を晒し続けた日々かもしれない。しかし、その中でも彼女は自分に出来る事を精一杯やり遂げてきた事を皇帝アウストラリスは知っている。
若くして外務大臣なんて大役を務め上げ、国の為に憂い、働き、権力者たちを相手に戦い続けてきた。故郷を壊してしまった事もそれを受け止め、彼女なりに背負いながら懸命にリモネシアを復興しようとしてきた。
彼女の努力は無駄かもしれない。彼女の研鑽は無意味かもしれない。挫折と苦悩に溺れながらもそれでも足掻く彼女に、アウストラリスはその在り方を美しいと感じた。
「シオニー=レジス、俺が認めた美しい女よ。悔やむのもいい、嘆くのも良い、だがその歩みだけは止めるな」
「────あ、え? え?」
目の前の皇帝から美しいと評されたシオは未だ混乱の中にいる。伝えたい事は済んだ、全ての憂いを取り除いた皇帝は───。
「来たか」
玉座から立ち上り、頭上を覆う天蓋を仰ぎ見た。
◇
その流星は地球各地から観測されていた。白い尾を引き、地球という引力に引かれながら飛翔するその姿は、正に流れ星。
それがただの流れ星ではないと気付く頃には既に何もかもが遅かった。サルディアスを始めとした幹部達も、ソレの正体に気付く頃には全てが手遅れだった。
軈て流星だったソレはラース・バビロンに到達した瞬間を見計らって自ら自壊する。当然、直前で気取られ、防衛機構が迎撃のミサイルを射ち放つ。
【欲深な金牛】のスフィアリアクターであるエルーナもプレイアデス・タウラの火力を以て迎え撃つ。放たれる弾幕、しかし一手遅かった。
誰もが流星だと思われていたソレ、その正体はミスリルが誇る巡洋艦トゥアハー・デ・ダナンの武装であるトマホーク巡航ミサイルを改造したものである。
本来ならば長距離の目標を攻撃、破壊するためのソレを
第二幕を張ろうとした瞬間、突然ミサイルは爆散する。自爆したのか? 疑問に思うエルーナルーナだが、次の瞬間それは間違いだと思い知る。
広がる爆炎の中落ちていく───否、ラース・バビロンに突っ込んでいく一つの人影、爆風の勢いを利用して。
「
次元力で固められたラース・バビロンの防御システム、一瞬の均衡、星の力を吸い上げて組み上げられたその防御システムは。
一人の人間の手によって、容易く貫かれた。
◇
─────嗚呼、そうだ。君は、貴方は、いつだってそうだ。
自分よりも他人が大事で、それなのに自分がしたいだけだと開き直る。そんな身勝手な君が、私は誰よりも嫌いで。
でも────。
「待たせたね、でももう大丈夫」
そんな貴方に、私は何度も救われた。
「俺が、来た!!」
次回、開幕! 究極の
それでは次回もまたみてボッチノシ