『G』の日記   作:アゴン

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長年通っていたTSUTAYAが来月一杯で閉店……これがコロナショックか。


その226

 

 

 

 シャリオと彼の機体によって引き離された神殿との距離は、シュウジの尋常ならざる脚力を以て零に縮められた。圧倒的な速力から生み出されるスピードは前面に打ち出された弾幕を全て打ち落とし、指揮官であるボルボナ=フォーグナーをほぼ無傷でコックピットから引きずり出す等の人並み外れた力を見せ、遂にその足は神殿内部へと踏み入れた。

 

肩にボルボナを担ぎながら長い神殿の通路を進む。背後から追走の様子が無いことを確認したシュウジは周囲に人の気配が無いことを確認すると、ボルボナを通路の壁へと預けるように下ろす。

 

「──と、悪いな。乱暴に扱って、一応怪我が無いように気を付けたが………どこか、痛むところはないか?」

 

「………お気遣い痛み入る。だが、それ以上に疑問がある。蒼のカリスマ、我等が大恩ある魔人よ。何故私を生かした? 何故、ジルクスタンを滅ぼそうとしない」

 

「あぁ?」

 

「我が国の巫女、シャムナ様はこの世界との訣別を選択した。新たな世界で今一度ジルクスタンを立て直そうと、世界中の人の命と引き換えにこの世界からの脱退を決意した。貴殿からすれば酷い裏切りの筈、ならば貴方の魔神で何もかも吹き飛ばそうと考えようと……そう、思われる筈です」

 

「いや思わねぇよ。どんだけ物騒な奴扱いされてんだよ俺は。確かにテロリストと呼ばれてますけども」

 

 切羽詰まり絞り出すように己の内情を溢すボルボナにシュウジはいやいやと首を横に降る。確かにシャムナの企てる事は凶悪の一言に尽きるが、だからと言ってその国ごと滅ぼすといった乱暴極まりない手段を取ることはない。シュウジがするのは精々彼女をそうさせる根拠となっているモノを破壊するだけ、別にジルクスタンそのものをどうこうする意思はないと伝えると、ボルボナは安堵の溜め息を吐き、その表情を幾ばくか明るくさせた。

 

「そう、でしたか。少し安心しました」

 

「その様子だと、どうやらアンタはシャムナとは違う考えみたいだが?」

 

「えぇ、我がジルクスタンは兵士の国。争いを生きる種として今日まで生き繋いで来ましたが、サイデリアルとの決戦以降戦乱は全くと言っていいほど無くなりました。戦いという生きるための術を失い、途方に暮れていた我々でしたが、シャムナ様が計画を話した時に思ったのです。いい加減ジルクスタンも、我々も変わるべきなのだと」

 

 ポツリポツリと話すボルボナ、彼は彼なりにジルクスタンに対する深い愛情と視野を持ち合わせていた。これ迄の国の在り方を変える。それは口にする以上に簡単な事ではない、批判も葛藤も当然あった。けれど、国を繋いでいく以上何れ何処かで根本的な部分を変える必要があるのも事実。

 

幾度となくボルボナはシャムナに進言した。国連に加盟しようと、度重なる大戦で本来なら潤う筈の国庫が、今は国民を飢えさせないよう維持するだけで精一杯。いい加減戦うこと以外の生きる術を身に付けるべきだと、彼はそう忠言した。

 

しかし、返ってきたのは決まってそれは“次の世界で行う”という達観の返事だけだった。戦うこと以外知らない自分達が次の世界へ逃げた所でどうにかなるわけではない。けれど彼女は言った。全ての理は次の世界で造ればいい。

 

世界を生み出すなどそれこそ神の所業、支払われる命は多大だが………成る程、彼女の言葉が真実ならば確かにそれに見合う価値はあるのだろう。

 

「だが、そうは思えん。そんな都合の良い話など在るわけがない。確かにアマルガムのレナード=テスタロッサはそれを為そうとした。自分の都合の良い世界を、自分だけに優しい世界を」

 

「しかし戦いとは、思い通りにならぬもの。だからこそ私は戦うことに真摯にあろうとした。それさえ出来なければ我々は匹夫にも劣る獣、畜生に成り果てるというのに………」

 

 ボルボナの呟きは哀愁で満ちていた。ジルクスタンという兵士の国で戦ってきた彼だからこそ生きるということに貪欲で、真摯に向き合ってきた。生きること、それこそが戦いなのだと。

 

しかし、今のジルクスタンにその理念はない。あるのは新しい世界で始まる新しい人生についてだけ、誰もそこに疑問を抱くことはしない、するだけの気力がない。今のジルクスタンの国民達が抱くのは“早く楽になりたい”という疲弊した想いだけ。

 

戦いに明け暮れ、戦いに疲れた兵士の国の末路。そんな疲弊した国を少しでも良くしようと、ボルボナは自身を慕う部下達と共に、祖国を変えようと様々な手段を用いて今日まで活動してきた。

 

だが、それももう遅いのかもしれない。結局シャムナの意思を変えることは出来ず、目の前の魔人を呼び寄せてしまった。ジルクスタンの滅びは覆らない、喩え新たな世界へ至れたとしてもそれはもう自分が愛したジルクスタンではない。

 

もう、いい加減疲れた。戦う意味と意義を見失った今、ジルクスタンに先はない。通路の窓から見えるジルクスタンの光景を目にこれ迄の日々を思い返していると。

 

「なら、今度こそ変えれば良い。アンタのその気持ちを今度こそあの巫女様に伝えてやれよ」

 

「なに?」

 

「要するに、あの巫女には自分の理想が叶う装置があるから話を聞いて貰えないんだろ? だったら、話は簡単だ」

 

 そんな装置なんぞ、ぶち壊してしまえば良い。項垂れるボルボナに手を差し伸べる蒼い魔人、その顔は仮面で隠れて見えないと言うのに何故か笑っているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神殿の最奥、玉座の間の更に奥深く。長い通路の果てに広がる空間、その中心にシャムナはいた。人工的に造り出された空間のあちこちには何かを観測している装置とそれを管理する従者達が忙しなく動き回っている。

 

「シャムナ様、TARTAROSとの接続完了しました」

 

「Cの世界との同調……80%まで上昇」

 

「カウントダウン、いつでもいけます」

 

「ありがとう。お前達にも随分世話になったわね」

 

 目的の成就まであと少し、新たな世界への門出を前に、これ迄付いてきてくれた部下達にシャムナは惜しみ無い感謝を贈る。これで自分達が新たな世界でやり直す段取りは完了した。後はその時が来るのを待つだけ、本来ならば次の世界で自分達の導き手として蒼のカリスマにも来てほしかったが、拒絶された以上拘る意味もない。

 

「これで、全てが変わる。ジルクスタンの運命、シャリオの運命、そして………この私の運命も」

 

 思えば、此処まで本当に長い道のりだった。多くの失敗と挫折、そしてその都度繰り返してきたやり直しの旅。弟シャリオが死ぬ度、ジルクスタンの民が死に絶える度、何度もシャムナは死と再生を繰り返してきた。

 

意識だけを過去に飛ばすギアス。死亡した瞬間自分だけが六時間ほど巻き戻るその力のお陰で、彼女とこの国は今日まで生き延びてきた。死に戻り、それがジルクスタンを支えてきた予言の正体である。

 

けれど、その死に戻りのギアスを以てしても経済が傾き困窮するジルクスタンを救う手段には成り得ない。度重なる戦乱に多くの兵士が死に、その結果世界は嘗てない平穏を手に入れる事が出来た。

 

その結果、国益となる兵士は減少し収入を得る戦争という糧も潰えた。今の世界ではジルクスタンを維持出来ない、思い詰めたシャムナが辿り着いた最後の答え。

 

「レナード=テスタロッサには感謝するべきかしらね。彼がアマルガムを実質支配したから、私たちという小国が付け入る事が出来た。そしてZ-BLUEが彼を打ち倒した事により巡り巡ってこのシステムを得る事が出来た」

 

 TARTAROS、それはレナード=テスタロッサが己の人生をやり直すために生み出した禁忌の装置、オムニ・スフィアを転移反応させて物理的に干渉を行う、ラムダ・ドライバの究極形態。

 

歴史的干渉すら行えるTARTAROSにギアスユーザーである自身を組み込む。死に戻りという己のギアスの力を利用して連鎖反応を引き起こし、時空振動と時空修復を行う。擬似的な次元力、その力を以てジルクスタンをまるごと新しい世界へ転移させる。

 

それがシャムナの計画の全容。それが為された曉にはジルクスタンは永劫の繁栄が約束されるだろう。理論上なら死んだ者だって生き返らせる事が出来るし、歴史の改編という超常の力を用いれば弟の病による足や目も直すことが………否、最初から病など無かった様に書き換える事が出来る。

 

誰もが幸せになれる世界、自分達はそこへ往くのだ。

 

────しかし。

 

「生憎だが、そうはさせない」

 

「───来たのね」

 

 そう、現実はいつだって思い通りにはいかない。どんなに自分達を守ろうとそれ以上の理不尽が自分達に襲ってくるのだ。

 

蒼のカリスマ、その後ろにはジルクスタン軍部の最高責任者、ボルボナ=フォーグナーが佇んでいる。彼には蒼のカリスマの足止めを命じていた筈、だというのに彼と共にいるという事は………つまり、そういう事なのだろう。

 

 

 

「そう、裏切るのね。ボルボナ」

 

 その言葉は何処までも平坦で怒り等の感情は一切込められていなかった。彼女自身こうなることはどこか分かっていたからだ。ボルボナ=フォーグナーは自分の計画に明確に賛同してはいなかったし、シャムナの言葉にも何処か否定的だった。

 

そんな彼が蒼のカリスマに付くのは然程不自然な事ではない、厳密に言えば彼は裏切ったのではなく、シャムナの考えに賛同出来なかっただけの話なのだ。

 

「巫女様、もう止しましょう。我々は負けたのです」

 

「いいえ、まだ終わってはいないわ。私の、私達のジルクスタンは此処から始まるの。何者にも脅かされず、恐れず、自由に生きられる世界。あと少しで私達はそこへ到達するのよ」

 

「その代償にこの世界の命の大半を支払って? 申し訳ないが此方は貴女の駄賃になるつもりはありませんよ?」

 

 そう言って一歩前に出る蒼のカリスマに竦み上がる程の圧を感じた。蒼のカリスマは怒っている。主であるシャムナを守ろうと身代わりの盾になる従者達、槍を手にして威嚇しようとしているが、その手は震えてしまい上手く力が入らない。彼女達も気付いているのだ。目の前の魔人と呼ばれる者がその気になれば自分達なんて瞬きの合間に挽き肉に出来ることを。

 

そんな従者の女性達を前に一瞬だけどうするか迷ったシュウジが次に目にしたのは、懐から取り出した拳銃を自身のこめかみに突き付けたシャムナが、躊躇なく引き金を引いた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────繰り返す。私は何度でも繰り返す。シャリオの為、国の為、私自身の為に私はこの死に戻りを幾度となく繰り返す。約束された未来、そこで待っている幸福の為に私は決してこのやり直しを止めるつもりはない。

 

尤も、このギアスを阻める者など存在しない。この世界に生きる全ての命にとって死とは絶対なるもの、死をトリガーに発動する私のギアスは、決して破れる事のないこの世の理そのものだ。

 

それは、あの蒼のカリスマに対しても同じことが言える。かの魔人ですら死という絶対の理には抗えないもの、死を幾度となく繰り返し死を克服した私には蒼のカリスマですら捉えることは不可能。

 

とは言え、次に蒼のカリスマと対峙するまで対策は必須、あの魔人を相手に時間稼ぎをすることが我が悲願を叶える最後の障害。きっと、何度もやり直しを迫られる事だろう。

 

けれど、決して諦めはしない。喩え万分の一の確率だろうと、可能性が僅かでも在るのならばその時点で私の勝利は揺るがないものとなっている。

 

その先にジルクスタンの輝かしい未来があるというのなら、私は絶対に立ち止まったりはしない。私の野望はまだ終わってはいないのだから!

 

 

 

 

 

 

 

『いいえ、貴女はここでおしまいです』

 

 

 

 

 

(なん……ですって?)

 

 時間の流れが逆行していき、シャムナの意識が過去へと飛んでいく最中、突如として時間の流れは停止する。まるで強い力に押さえられているかのような圧迫感、これまで一度たりとも体験した事のない事象にシャムナの思考は混乱の渦に叩き込まれる。

 

時間という概念の中、認識できるのは己のみ。なのに聞こえてきた声の主はそんなシャムナを嘲笑うかのように姿を表す。

 

『真化、太極、これらの領域に至っても我が半身は未だに未熟。今回の貴女のように賢しい相手に出し抜かれるとは、成長している様に見えても彼もまだまだという事ですか』

 

 誰だ。この逆行する時間の中で悠然と佇むこの男は………一体なんだと言うのだ。何処と無く蒼のカリスマ───シュウジと似ているその男にシャムナはただ混乱するばかり。

 

『しかし、未熟という事はそれだけ成長の余地があるという事。ククク、彼が一体何処まで至れるのか楽しみですね』

 

(お前は、貴様は一体!?)

 

『さて、シャムナといいましたか? この度は色々と画策してくれたようで、私としても思うところがあった為、今回特例として介入させて頂きました』

 

『貴女のギアス、それは確かに強力だ。死を切っ掛けに発動する以上、次元力を除いての干渉は至難の技。…………しかし』

 

『我が重力からは、何人だろうと逃れられませんよ。シャムナ、貴女の死に戻りはもう通用しないと知りなさい』

 

(や、やめ………)

 

 引き戻される。流れていく時間が元の状態へ引き摺られる様に強制的に戻されていく。意識が薄れていく中でシャムナが最後に聞いたのは。

 

『さぁ、己が運命を受け入れなさい』

 

 まるで死刑を執行する断罪者の声だった。

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりにあの御方の登場。
やはりグランゾンといったらこの人でしょう。


それでは次回もまた見てボッチ。


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