J月W日
……眠い。ただひたすら眠い。
昨日、道端で外出中だったシュナイゼル殿下とすれ違い様にぶつかってしまい、どういう訳か一緒に食事をする事になった自分は、その後何やら殿下に気に入られたらしく、現在は殿下が滞在している高級感の漂うホテルの一室にいる。
もうね、どうしてこうなったとしか言いようがない。アレかな、やっぱ考え事をしながら歩くのは危ないって言う警告なのかな。
注意一秒怪我一生。ぶつかったのは自動車ではなく人だったけど。──しかもその人、核兵器なんて目じゃないくらい超重要人物なんだけどね。
“シュナイゼル=エル=ブリタニア”神聖ブリタニア帝国の第二皇子とされ、ブリタニアの宰相を務めており、実質ブリタニアの実権はこの人が担っているとも言っても過言ではない程の御人で、地球連邦政府の中でも多大な発言権と影響力をもったそれはもう偉い人なのである。
そんなお方が何故自分の様な小市民に興味を引いたのかは分からないが、早いところこの場から脱したい思いである。
だってあのシュナイゼルだよ? 腹の読み合いでは右に出る者がいないほど思考と策略に秀でた御人だよ? 面と向かっているだけで胃が痛くなる思いだわ。
最初は自分も断ったよ? ぶつかってしまった非礼に食事をご馳走させて欲しいと言ってきた時は驚いたけど、流石に一庶民がブリタニア皇族と一緒にお食事ってだけでも抵抗感が凄まじいのに、自分が旅人だと言うとその言葉に反応して今度はその旅の話を聞きたいと言ってきやがったのだ。
……もう一度言う。最初、自分はこの誘いを断りました。唯でさえ“グレイス=オコナー”の所為で余所様の所で睡眠を取ることにトラウマ持ってるのに、腹の読み合いで勝てる気のしないシュナイゼル殿下と同じ宿屋に泊まるとか───神経がすり減る思いだよ全く。
ただ、ナイトオブラウンズの3と6の子が意外にも親しみやすい人だったのは驚いた事だった。一度戦場に出れば一騎当千と呼ばれる彼等ナイトオブラウンズだが、戦場ではない日常の時は結構フレンドリーに話しかけてくる気安い人だった。
特に3のジノ=ヴァインベルグ。貴族出身の身でありながら庶民の生活に興味津々のご様子で、シュナイゼル殿下同様自分が旅人だと知ると割と頻繁に声を掛けてくれる。
6のアーニャ=アールストレイムは物静かな子だけれど、記念と写真を撮ったりしたので別に人見知りな訳ではないと思う。一応は受け答えもしてくれるし、嫌われているわけではない……と、思いたい。
そしてナイトオブラウンズが二人もいるという事があって、護衛に絶対の自信があるのか自分の反対の意志は封殺され、あれよあれよと現在の状況へと相成ってしまった。
部屋に通され、せめてこのまま何も起こらなければいいなと、そう思っていた自分の考えはあっさり否定され、お付きのカノンという文官の人からシュナイゼル殿下の呼び出しで部屋に向かわされ……そこで待っていたのは寝間着姿のシュナイゼル殿下だった。
一体何の用かと首を捻った自分とシュナイゼル殿下の間に置かれた一つのチェス盤。自分の旅の話をただ聞くだけでは味気ないという事で、チェスを打ちながら話をしようと言う事らしいのだ。
あのシュナイゼル殿下とチェスを打ったとあれば、それはちょっとした自慢話になる。此方はグランゾンや蒼のカリスマに関する話をしなければ良いだけだし、流石に初対面の相手を蒼のカリスマと結びつける事は不可能だろう。………不可能だよね?
ただ、シュナイゼル殿下の提案には一つ穴がある。それは自分がチェスなど一度もしたことのない未経験者という事だ。
その事を告げると、シュナイゼル殿下はルールを教えながら打とうと言い出し、これに自分も乗った。カノンさんから差し出される飲み物を口にしながら打ったチェスは、なんとも言えないセレブ感を味わえた。
チェスの結果は二勝二敗の引き分け。意外にチェスの楽しさにのめり込んでついつい打ち込んでしまった。
念のために言っておくが、二回も彼に勝てたのは自分という初心者に対してシュナイゼル殿下が手を抜いてくれただけなのだ。
一度目はルールが今一つ理解出来ずに惨敗、二回目はルールを把握し、どうにか打てるようになって勝利、三回目は色々駆け引きというモノが繰り広げられて敗北し、四回目はシュナイゼル殿下が気を利かせてくれて勝たせてくれた。
だって明らかに罠っぽい駒とか仕掛けのありそうな駒とかこれみよがしに置いてあるんだもの、シュナイゼル殿下がワザと負けようとしてくれたのは確定的に明らかである。
チェスを打ちながらの会話も、自分が旅をしていた時の話やその時のアクシデントを話題にしたりと、それなりに盛り上がりはしたが、シュナイゼル殿下は蒼のカリスマについて質問してくる事はなかった。
もっと突っ込んだ話で動揺を誘ってくるのかと思ったのだけれど、そんな事はなかった為逆に肩透かしになるが、寧ろそれが良いリラックスとなって、チェスを打つ合間は集中してやれた。
その後、楽しい時間を過ごせたシュナイゼル殿下に礼を言い、自室へと戻ったのだが……やはり眠りに就ける事はなく、その日の夜はベッドに潜りながらもずっと周囲の警戒に気を配っていて、眠る事は叶わなかった。
そろそろチェックアウトの時間だし、彼等とはここで別れ、再び情報集めの旅を始めたいと思う。その際、眠気を悟らせないように気を付けながら……欠伸なんて見られた日には目も当てられないからな。
さて、次はどこに行こうかな?
やはりここは“ス”繋がりでイギリスかな?
◇
「シュウジ=シラカワか、中々興味深い青年だったな」
「珍しいですね。殿下が他人に興味を示すとは……」
「そうかな? いや、そうなのだろう。私自身もトレーズ閣下以外と会話して有意義だと思えたのは随分久し振りだ。それに、彼の呑み込みの早さは驚嘆に値するからね。機会があれば是非もう一度一局打ちたい所だよ」
「お戯れを……」
「フフフ……」
文官のカノンの嗜めを微笑みを浮かべて誤魔化すシュナイゼル。その笑みに込められた意味は、長年付き添った者でもその真意を確かめる事は出来ない。
唯、一つ言える事はあのシュナイゼルが、一人の人間相手に深く関心を抱いているという事。
手を抜いたとはいえ、チェスで負けたのは一体いつ以来だろう。昨晩部屋で行われた小さな死闘を思い返しながら、シュナイゼルは用意された車に乗り込み、ホテルを後にした。
「今度は、本気で打って見ようかな」
◇
J月D日
……最近、いやな噂を耳にする。リモネシアの方で未確認の機体が目撃されたという情報をよく聞くのだ。
詳しくは分からないが、リモネシアに向かうZEXISメンバーを目撃したという話をネット上で良く聞く。中には戦闘もあったのではないかという話もチラホラ出てくるものだから、此方としては心臓が握り締められる思いだ。
しかも厄介な事にリモネシアにはまだ情報端末の機器が設置されていない。皆の安全を確かめる術がない今、自分はこれから急いでリモネシアに帰ろうと思う。
謎を解き明かすまで帰らないと決めていたが、そうも言うていられない。最悪の場合、蒼のカリスマとしてリモネシアの安否を確かめるまでだ。
イギリスに来てまだ満足に調査を進められていないのが心残りだが、今はリモネシアの安否を確かめるのが最優先。海底を通って行けばグランゾンの存在も知られる可能性は低くなる筈。
短くなってしまったが急を要するため、今回はこれで終わろうと思う。
J月V日
どうやら、自分の考えは杞憂に終わったようだ。リモネシアの遙か上空からモニター越しで確認した所、戦場の痕跡こそは見られたものの、被害らしきモノは殆ど見受けられなかったからだ。
何故戦いがあったのに被害が無かったのか、それは彼等が戦ったとされる場所がカラミティ・バースの発生した場所だからだ。
あそこはリモネシアの首都があった所だが、復興現場として拠点を置いた場所はもっと離れた場所にあり、流れ弾で建物が損壊する事はあっても人的被害は皆無だった。
遠望モードで確認してもそれらしき被害はどこにもない。ラトロワさんやシオさん、ジャール組の皆も元気でやっている。恐らくは被害が出ないようZEXIS達が頑張ってくれたのだろう。
ただ、一度リモネシアが戦場になった事で復興作業は一時中断、脅えてしまった子供達を安心させようと皆が奮闘している姿が見えた。
脅えてしまった子供達には申し訳ないが、怪我が無いことに今は安心しようと思う。……が、一つ今回の旅に目的をもう一個追加しようと思う。
誰だか知らないが、今のリモネシアを戦場にするなんて……その謎のロボット集団とやらには少しばかり話をしないといけないと思う。
グランゾンの威を借る自分が言うのもなんだが、巻き込まれて怖い思いをした子供達の借りを最低でも10倍返しで返そうと思う。
と、言うわけでこれからは博士の情報を集めると同時に、その謎のロボット集団の行方を追いたいと思う。
なんだか二足の草鞋みたいで格好付かないが、自分なりに頑張ろう。
それと、今回グランゾンで移動した所為か海底を移動したにも関わらずアロウズと遭遇。あわや戦闘になるところだったけど、お得意の即座離脱により逃げ切る事が出来た。
幸い今回は人目に付かなかった為噂にはなっても正体が特定される事はないだろう。
……捜索隊とか結成されないよな?
次回からはちょくちょくグランゾンを出すと思います。
主にインサラウム関連で。
主人公とシュナイゼルの次の対面の場
つ“朱禁城”