K月α日
カミシロ家の皆さんにお世話になってから数日、まだ一週間も経っていないのに世界は大きく変動した。二日ほど前に地球全ての情報網がジャックされ、テレビやラジオの全てのメディアがアロウズの今までの悪行を突然流したのだ。
突然の事態に連邦政府は市民に落ち着くよう呼び掛けているが、今までとは違うリアルな情報を前に市民達の混乱は収まる様子はない。
今まで自分達を騙していた政府に怒りや戸惑いを露わにする市民、やがて騒動はパニックを引き起こし、余計な争いの原因になるかもしれない。
だというのに、ここカミシロ家の皆さんは今日も変わらず平常運転。元々俗世から離れた環境で過ごしている為か最初こそは驚いてはいたが、それ以降は特に変わった事はなく、落ち着いて日々を過ごしている。
彼等が今住んでいる所はアルプス山脈の麓にあるとあるコテージ。恵まれた自然に囲まれて生活している為か、ここでは落ち着いて今起きている物事に対して、広い視野で見ることが出来る。
例えば前回推測したグレイス=オコナーとイノベイターなる連中に関してもそう、ここで生活したおかげか、割と落ち着いて考える事が出来た。
グレイス=オコナーがランカ=リーに対して何らかの価値を見出したのは事実だろう。シェリル=ノームに代わって何が出来るのかはまだ分からないが、この二人の共通点は歌う事にある。恐らくは“歌”こそが奴らに関する重要なヒントに成り得る事だろう。
……歌と言うことで一人大事な人物を忘れていた。“熱気バサラ”有名バンドのファイヤーボンバーのボーカルで、その声には特殊なフォールド波が検出されているという話を何かの情報誌で目にした事がある。
ここカミシロ家のラジオからも時折バサラの歌声を耳にすることがあるから思い出したが、もしかしてグレイス=オコナーの目的は、その歌声に独自の“波”を出す人間の選別にあるのではないだろうか?
それならエイーダさんというアイドルを辞めさせた事にも説明がつくし、“波”が出せなくなったシェリル=ノームを切り捨てたと推測すれば、一応辻褄が合う。
そして、シェリルに代わってその“波”を出している人物こそがランカ=リーという事になる。しかもシェリルよりも強い“波”を出すという事が分かっているのなら、グレイスが彼女に対して拘っている事も納得できる。
ただ、問題はその“波”を使って何をするかだ。熱気バサラは嘗て、その歌と歌にもたらされる“波”を使って、プロトデビルンなる存在を撃退したという。なら、グレイスもその“波”を使って何らかの存在を撃退しようというのか? あの女が人類の為に外敵を追い払うなんて想像しにくい。どちらかというと、その外敵を操って人類を支配すると考える方が自然だ。
例えば、あの女に従うブレラ=スターンの様な、インプラント化を施したサイボーグの様な…………と、ちょっと待った。インプラント化したサイボーグの様に……操る?
そう言えば、あの女は破界事変の時に自分をインプラント化して従わせると言った。もし奴の目的が本当に人類を支配する事ならば、インプラント化ともう一つの存在でそのカラクリを解き明かす事が出来る。
“バジュラ”フォールド波を体内から出す事によってあらゆる時空、次元の壁を越えて出現する力があり、そのフォールド波を使って群と交信し、連携し、独自の進化を辿っているバジュラなら、グレイスの目的にピッタリの存在なのではないだろうか?
破界事変の頃、ランカ=リーはその歌声でバジュラの動きを乱したと聞く。彼女の歌声がバジュラにも影響を及ぼすなら、あの女の考えている事も大雑把だが予見出来る。
恐らくあの女は、バジュラを操る術を探しているのではないだろうか? ランカ=リーの歌、インプラント化された人類、そしてバジュラ、これらを使って奴が成す大業はただ一つ“人類の統括”だ。
ランカ=リーを熱心にプロデュースしているのも、バジュラを乱す歌声に隠された“波”の秘密を分析しているのなら、全てに説明がつく。
……ただ、これはアイムの時と同じ、殆どが自分の仮説から来る推測だ。証拠も根拠もない以上決めつけることは出来ない。せめてアムロ大尉やカミーユ君にだけでも話を聞いて貰いたい所だけど、今の彼等は混乱する世界の対策に追われて、それどころじゃないだろう。
やはり自分がグレイスに手を下すしかないか。蒼のカリスマにまた新たな悪行が一つ追加される事になるが……いや、今更気にする必要はないか。
だってあのワイズマンとかいう奴、アロウズの悪行は殆ど包み隠さず流しているけど、自分こと蒼のカリスマに関する情報は全くノータッチなんだもの、おかげで蒼のカリスマの汚名は返上される事なく今も畏れられ、世界中の敵として見られております。
……泣けるで。
K月γ日
今日、カミシロ(父)さん達と一緒に狩りをする事になった。自分もこれまでヨーコちゃんやリットナー村の皆に教えてもらっていたから狩りには自信があり一緒に参加する事になったのだが……カミシロさん達の張る罠はどれも精巧さがずば抜けており、カミシロ(父)───面倒だから以後おじさんで───の仕掛けた罠は自分でも注意深く見ていないと判別出来ないくらい精密且つ綿密に仕掛けられていた。
自分もそれなりに罠には自信があるのだが、彼等のやり方を見ているとプロとアマの違いを見せつけられている様な気がして……若干凹んだ。
おじさんは我流にしては中々だと褒めてくれたが、それでも捕まえた獣の数の差で彼等との実力差を認めざるを得ないので、正直慰めにならなかった。その際にヒビキ君のドヤ顔にちょっぴりイラッときたのは内緒だ。
因みにこの日、動物は生態系の関係もあって余分な殺生はしないと心得るようおじさんから教わった。時空震動の影響もあって生体に異常をきたしている動物もいるらしく、なるべくその生態系に影響を及ぼさない程度に気を付けるようにとも教わった。
そして食事の後、居候なのだから水汲みくらい自分がやろうとカミシロ(姉)───先と同じ理由で以後姐さんと呼ぶ事にする───さんに教えてもらった近くの川まで水汲みをしていると、途中おじさんに呼び止められ、息子のヒビキ君と組み手をするようお願いされた。
何でも、おじさんはヒビキ君にジークンドーなる武術を教えており、偶には親子での組み手ではなく、違う相手との組み手の方が刺激になるだろうというのだ。
まぁ自分もカミシロ家の人達にはお世話になっているし、大抵の事なら喜んで手を貸すが……組み手って、ホント武闘派だなここの一家は。姐さんも何気に武術やってるし、結構荒事には慣れている家族なのかな?
そんなこんなで半分巻き込まれる形でヒビキ君と組み手をしたのだが……結果的には自分の全勝となった。何故結果的と言葉を濁すのか、それは自分が実力で勝ったのではなく、駆け引きでヒビキ君から勝利をもぎ取ったに過ぎないからだ。
ヒビキ君は直進的な子だ。良くも悪くも真っ直ぐな少年に、少しばかり挑発して動きを単調にしてやれば、自分程度の腕でも十分対応できる。
当然卑怯だと思う。けれどジークンドーという武術は奇妙な動きの癖に攻撃が鋭く、初めて戦う自分としては防御に徹する他ないのだ。
しかも一撃一撃がやたらと重いし、下手したらラウンズクラスの実力なんじゃないかなと思う程の腕だ。今の自分程度の実力では防いだり捌いたりするので手一杯だ。
そこで攻撃の合間に少しだけ相手を煽り、僅かに見せた隙を突いて勝利する。当然ヒビキ君からは狡いと非難されたが、意外にもおじさんの反応は真逆だった。
限られた状況の中で可能な限りの手段を以て勝利する。それ自体は悪くないし、相手の隙を突くのが上手いと褒められた位だ。
その後もグヌヌと悔しさを露わにしているヒビキ君と組み手をし、自分も手を合わせている内にジークンドーの動きをある程度見切る事が出来たので、以降は挑発しなくてもヒビキ君と渡り合える様になった。
今回の事で改めて認められた自分はその後姐さんの得意料理をご馳走してもらい、その後も楽しく過ごす事が出来た。
ただ、ヒビキ君だけはふてくされた様子で自分を睨んでいた事が気になったが……あの頃の年の子はあんなものだとおじさんに言われ、取り敢えず今日はそっとしておく事にした。
K月F日
ここの所忙しくてすっかり忘れかけていたが、そう言えば自分の操るグランゾンは自分専用だという事を思い出した。今はもう朧気でしか思い出せないが、あの不思議空間にいた博士は確かに、自分が乗ったグランゾンは自分のモノだと言った。
世界をたった一機で滅亡に追い込む機体が自分専用だという事実に戸惑いと驚きを隠しきれないが、博士自身がそう言う以上事実として受け止めるしかないので……まぁ、良しとする。
俺専用というグランゾンと今後どう付き合っていくのかは課題として置いとくことにして、取り敢えず今まで通り自分の我が侭に付き合ってくれている事に感謝しながら大事に扱っていこうと思う。
そして自分と博士が入れ替わる際に起動したと思われる“シラカワシステム”なるプログラムもあれ以降動いた様子はない。……尤も、アレに関しては大凡の推測が出来ているので別に気にしてはいないんだけどね。
そんな事よりも今日は久々に良い事が起きた。この間まであれほど毛嫌いしていたヒビキ君が、遂に自分の事を認めてくれたのだ。
事の発端はこの間と同じように狩りをする時だ。自分もカミシロ家の独特の狩りの仕方を教わった事もあり、今回は自分とヒビキ君、おじさんと姐さんの二手に分かれて狩りをする事になった。
おじさんからすれば仲直りの機会をくれたチャンスを与えたつもりだったのだろうけど、相変わらずヒビキ君はツンケンした態度、このまま自分と彼の関係が拗れたままで終わるのかと不安に思った時、獰猛な獣が飛び出してきた。
“グリズリー”熊の中でも最も強い力と巨体を誇る動物だが、この時のコイツは少し様子が違っていた。以前も話したと思うが、多元世界と呼ばれるこの世界では時空震動の影響で、その生態に影響を受けている個体も稀に存在しているという。
今回出会したグリズリーはそんな影響を受けた稀少な存在だというが、その気性は凄まじく荒く、巨木を一撃で粉砕するという出鱈目な力を有していた。
こんなモノが人里に降りたら大変な事になる。俺とヒビキ君でグリズリー(希少種)と急遽戦う事になった。あらゆる罠を駆使して動きを止めようとするが、グリズリーは巨体の癖に俊敏で、仮に罠に掛かっても鋭い爪と牙で瞬く間に仕掛けた罠が破壊されてしまった。
グランゾンを出して踏み潰そうかと考えたが、ヒビキ君がこうも近くにいては呼び出すことも出来ない。仕方なく肉弾戦で応戦するが、戦いの最中ヒビキ君が負傷した。
足を怪我した為に動けなくなったヒビキ君。今彼が襲われたら一溜まりもないので、彼に近付けさせないよう自分はグリズリーの標的を自分に向けさせた。
あの時の自分は夢中でグリズリーと戦っていたから気付かなかったが、今思えばアレは自分が死にそうになった瞬間トップ5に入ると思う。因みにトップ3にはキヤルちゃんの蹴りがランクインしております。
グリズリーの攻撃を避け続ける一方、この時自分はある事に気付いた。確か熊とは分厚い肉や毛で覆われていて人間で倒すには不可能と言われているが、そんな熊にも急所と呼ばれる弱点が存在している。
“眉間”人体も急所の一つに数えられる箇所だが、熊を狩猟する際は眉間を狙うといいと昔何かの漫画で読んだ事がある。殆ど一か八かの勝負だったが、この時の自分はあちこち体を打ち付けた事で体力的に限界が来ていた為、形振り構わずある一撃を熊の眉間に目掛けて打ち込んだ。
“捻り貫き手”ガモンさんから教わった奥義の一つで、決して人に向けてはならないと教わった抜き手。肩から指先にまで気血を練り込まなければ放つ側にもリスクを有する危険な技だが、偶然にもおじさんからヒビキ君との組み手の際に気を練るというやり方を教えてもらえたので実践する事ができた。
眉間を撃ち抜かれた事で死んだグリズリー。生きるか死ぬかの最中だったとはいえ悪い事をしたなとその時は思ったが、何でも地元の住民が言うにはあのグリズリーは、村に訪れては家畜や農作物だけでなく、人すら襲う凶暴な奴だったのだとか。実際あのグリズリーに襲われて犠牲になった人は何人もいた為に、今回倒されたと聞いた地元の人達は諸手を挙げて大喜びだった。
今まで悩まされてきたグリズリー討伐の話に村は総出で祝う事になり、自分もそこにお呼ばれする事になった。体は打ち身や打撲でボロボロだが、おじさんが言うには骨や内臓に異常は見当たらないから暫く安静にすれば大丈夫だと言われた。
体に対する心配もなくなった事で村の宴会に参加する事になった自分は、その後ヒビキ君から呼び出しを受けた。何だと思い約束の場所に来てみると、そこには松葉杖をついたヒビキ君が待っていた。
呼び出しの内容は、今まで自分に対して失礼な態度を取った事に対する謝罪と、グリズリーから助けてもらった事に対しての礼だった。何でも自分があの希少種グリズリーを屠った時の瞬間を目撃し、その時の凄まじさに感動したのだとか。
……正直引いた。いや、別にヒビキ君は悪い子じゃないよ? ちゃんと話せば分かってくれる良い子だけど、その時の自分のテンションはグリズリーと命の遣り取りをしたことで体力の疲弊と命を繋いだ事への安心感、そして腹一杯ご馳走を食べた事での満腹感で眠たかったので、自分はその後の彼の話を殆ど聞く事はなく、簡単な相槌を打つ事しか出来なかった。
何だか呼び方に拘るような話だった気がするが……まぁ今更聞き返すのも何なので敢えてスルーする事にする。
……そう言えば今思い出したのだが、確か熊の弱点云々を思い出す際に思い浮かんだあの漫画、確かボクシング漫画だった気がする。
主人公とライバルの試合が流れた所までは読んだのだけれど、あの後どうなったんだろう。もの凄く気になってきた。
◇
そしてグリズリー希少種討伐から数日後、怪我を完治した俺は再び旅立つ為、カミシロさん達と別れの挨拶をすることにした。
「カミシロさん、姐さん、ヒビキ君。短い間でしたけどお世話になりました」
「君との生活の日々は私達にとっても意義のある毎日だった。今後の君の旅路の無事を祈っておくよ」
「また遊びに来てね。待ってるわ」
「シュウジ兄さんもどうか気を付けて、俺も腕を磨いてまたアナタと拳を交えるのを楽しみにしておきますから」
拳をグッと握り、キラキラとした目で見てくるヒビキ君に苦笑いを浮かべながら、カミシロ家を後にする。
というか、ヒビキ君さり気なく俺を兄呼ばわりしてたけど、あれどういう意味なのだろう? ……あれか? 武道でいう兄弟子みたいな感じで慕われていると思えば良いのかな?
あのグリズリー討伐の一件以降、どうも自分を憧れの対象として見ている節があるし……ま、悪い気分はしないから別にいいんだけどね。
さて、次はどこへ行こう。取り敢えず日本に行ってくろがね屋でまた温泉に浸かるのも悪くない。そう思っていたが……。
『き、緊急速報です! ただいま入りましたニュースによりますと現在インベーダーの大群が日本の富士周辺に向かっているとの事! い、一体この世界はどうなってしまうのでしょうか!?』
───どうやら、次の行き先は日本で確定する事になりそうだ。
ヒビキ「俺をアナタの弟分にして下さい!」
主人公「ん~? いいよ~?」(寝ぼけ)
また見てボッチ!
毎回数多くの感想、ありがとうございます。
そして申し訳ありません。今回は一身上の都合により感想の返信は困難となっている為、殆ど返す事が出来ません。
皆さんの感想は一つ一つ読ませていただいております。本当にありがとうございます。