『G』の日記   作:アゴン

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世の中、上には上がいる。そんな話。


その56

「見届け人になって欲しい……だと? トレーズさん、それは一体どういう意味です?」

 

「そのままの意味だ。これから始まる私達とZEXISの戦いをどうか手出しする事無く、君にはその結末を見ていて欲しいのだ」

 

「友人が殺し合いするのを黙って見ていろと? トレーズさん、俺がそんな事に納得すると……本気で思っているんですか?」

 

目の前の蒼のカリスマから発せられる怒気。世界から恐れられ、畏怖の象徴として人々に知られている彼が、こんなトレーズの言葉に動揺し、そして怒っている。魔人と恐れられている存在が人間らしい感情を剥き出しにしている事に、ミリアルドは少なからず驚いていた。

 

けれど、そんな怒りを露わにしている仮面の男に対し、トレーズは微笑みを崩さない。それは目の前の人間が本気でトレーズという人間を想っているからに他ならないからだ。友人だから本気で怒り、友人だから止める為に、約束通りここまで一人で来た。

 

そんな人として当たり前の感性を持つ仮面の男────シュウジに、トレーズは心から感謝し、だからこそこの願いを聞き届けて欲しいと本気で思っていた。

 

「無論、納得してくれるとは思っていない。だが理解して欲しい。戦争というものがどういうモノなのか、戦いという行為が何を生み出すのか、私は地球とコロニー問わず、全ての人々に問わなくてはならない」

 

「それは貴方一人で決めて良い話じゃない。喩え正しい事を言っても、こんな強引なやり方では……誰も認めはしない」

 

「君も、認めはしないと?」

 

少し寂しそうに目を細めるトレーズに、シュウジは仮面の奥で更に怒りを募らせる。どうして頭の良い奴はこうも融通の利かない奴が多いのか。

 

トレーズ=クシュリナーダという人間は良くも悪くも優秀過ぎる人間だ。誰よりも世界を大事に想い、人の生き死にを尊び、戦いの凄惨さを理解し、人そのものを愛している。

 

そして、同時に優しさだけでは世界を救えないという悲しい現実も受け入れている。人はそう簡単には分かり合えない事実も理解していて、世界の醜さも知っている。

 

だからこそ、世界は知らなければならない。戦争という行為がどれほど愚かな事なのかと、戦いという行動が、どれほど人々の胸に深く悲しみを刻み込むのかを、全ての人間は知らなくてはならない。トレーズ=クシュリナーダはその事実を誰よりも重く認識していた。

 

「トレーズさん。何も貴方一人がそんな重たいモノを背負う必要はないんだ。世界は変わってくれる。人も、世界も、きっと分かってくれる。そんな急いで答えを出す必要はないんだ」

 

確かにトレーズの言うことも一理ある。世界中の人々が戦いの悲惨さから目を背け続け、その結果生まれたのが、アロウズという強行部隊なのだ。“何でもいいから早く世界を平和にしてくれ”破界事変を経て、そんな身勝手な願いから生まれた歪みは、より大きな歪みとなって世界を覆い尽くしていた。

 

今の世界は間違っている。そう声高に叫んでも誰も耳を傾けず、目を向けなかったのが今の世界だ。そんな人々の目を覚まさせるにはより凄惨な戦いを見せつけなくてはならないと、トレーズは考えたのだろう。

 

だが、そんな世界が今変わりつつある。ZEXISを始めとしたカタロンや反政府組織、アフリカタワーの件で生き残った人々が真実を語り、ワイズマンの情報操作によって世界は真実に目を向けようとしている。

 

遅かれ早かれ現政府は瓦解し、世界は近い内に生まれ変わる事だろう。そんな世界を前に、本当にこの戦いは必要なモノなのだろうか?

 

ナナリーも嘗てはトレーズと似たような事を考えていた。ダモクレスを世界の憎しみの象徴として君臨させ、平和の尊さを人々に伝えたいという彼女の願いと、トレーズの戦争による問いかけは非常に似ている。

 

故に、シュウジはそんなやり方を認めたくはなかった。一部の人間に全てを押しつけて、後は投げ出そうとするやり方をシュウジは認めたくはなかった。今の世界をおかしくさせたのは世界中の人間だ。ならば、人類の全てが責任を負わなければ筋が通らない。

 

言葉を重ね、何度もそんな言葉を口にするシュウジに対し、トレーズは笑顔を浮かべるが……その首は縦に動く事はなかった。

 

「……シュウジ、我が友よ。確かに君の言うとおり、今の世界を作ったのは今を生きる全ての人類に他ならない。ならばその世界の歪みを正すのも人類の役割であることも理解できる。そうなった時、我々の力が必要になってくるという事も、十分承知している」

 

「ならっ!」

 

「だが、……いや、だからこそ人類は見つめなければならない。戦争という悲惨さを、戦いという凄惨さを、何かを守るために戦う人の尊さを、虚しさを、今の人類は知らなければならない。────それに」

 

「?」

 

「そうでもしないと、世界は近い内に“奴等”によって再び歪められる。そうなる前に、人類は目を覚ます必要があるのだよ」

 

「奴等? トレーズさん、アナタは一体何を言っている?」

 

トレーズの口から出て来た“奴等”という言葉、意味深に聞こえてくるそれは、まるでこれまで出会ってきた連中とは全く別物の様に思えてくる。イノベイターでもグレイス=オコナーでもない、裏で世界を操る輩がまだ他に存在するというのか。

 

隣で聞いていたミリアルドも意外そうに驚いている。その様子から察するに、どうやらトレーズの言う“奴等”の存在は彼にも知られていないようだ。

 

一体そいつ等は何なのか、疑問に思うシュウジだが、その疑問は解消される事はなかった。

 

「さて、私からの話はこれで終わりだ。シュウジ=シラカワ、我が友よ。君の返答を聞かせてもらえないだろうか?」

 

「───ッ!」

 

トレーズ=クシュリナーダの表情から笑顔が消える。自分の前では決して絶やさなかった微笑みが消えた事にシュウジは戸惑いを隠せないでいた。表情を変えただけではなく、そこから溢れてくる迫力にシュウジは呑まれつつあった。

 

アサキムやアイムの様な不気味さでもなく、ガイオウの様な熾烈で苛烈な殺意でもない。それはOZの総帥として君臨し、世界について常に考えていた人間のカリスマ性、“覇気”と呼ばれるモノが一気に解放され、シュウジという人間に対して発せられている。

 

これが世界の頂点に君臨する人間の纏うモノか、目の前の本物のカリスマという存在に、シュウジは自分の“カリスマ”という名が改めて滑稽に思えた。

 

思わず後退りそうになる足を……踏みとどめる。そして、シュウジは拳を握って身構えた。明らかな敵対行動、トレーズの言葉に対し態度で応えるシュウジ。

 

魔人が構えた事によりブリッジ内の空気が張り詰める。今にも襲い掛かって来そうなシュウジにミリアルドは一歩前に出るが……手を出して止めてくるトレーズに制止される。

 

手を出すなと言うのだろう。横目でそう言ってくる親友に対し、ミリアルドは肩を竦めて後ろに下がった。

 

「成る程、それが君の答えか」

 

「トレーズさん、俺はアナタを止める。アナタと、そこのミリアルドさんも止めて戦いを始める前に終わらせる。……俺は所詮一般人だからアナタを理解する事はできないけど、それでも、友達としてアナタを止めてみせる」

 

「ふっ、確かに君は私の理解者には成り得なかった。しかし、それでも君は私の友人である事には変わりない。────さぁ、来るがいい」

 

腰に携えた剣に手を添え、トレーズの覇気が一層に強まってくる。息苦しささえ覚える迫力に、シュウジは呑まれるモノかと必死に抵抗する。一分か、十分か、相対する刹那の時間がシュウジの感覚を狂わせる。

 

シュウジの頬から汗が流れ落ちた……瞬間、シュウジの足が鉄の地面を踏み抜き、トレーズとの距離を一瞬で詰めた。その速さにミリアルドも驚くが、それ以上に驚愕していたのはトレーズの方だった。屋敷で初めて出会い、初めて殴り合ったあの日より遙かに成長を遂げた友人に、トレーズは驚愕の中に嬉しさを感じ取っていた。

 

(そうか、君は私との殴り合いを経てここまで強くなったのか。ならばあの日、シュウ=シラカワから託された想いは……無駄では無かったという事だな)

 

目の前にシュウジの拳が迫ってくる。恐ろしい速度で、殺人的な威力を込められた拳を前に、トレーズは目を瞑る。

 

そして、トレーズの前髪にシュウジの拳が触れた瞬間───。

 

 

 

 

 

 

「流石だな」

 

 

 

 

 

 

シュウジは右肩から血を噴き出し、地に倒れ伏していた。

 

「────ッ!!!」

 

鋭く、それでいて速い。目にも映らぬ剣速にシュウジは痛みよりも驚愕に目を見開いていた。トレーズは元々剣の達人として知られる人物、その彼が放った居合いにも似た剣捌きに、シュウジは驚きを隠せないでいた。

 

剣を握るとこれ程までに強いのか。この世界に来てそれなりに体力も付いてきたし、ガモンという達人の元で教えを請う事もあったが……それでも敵わない。所詮は素人の付け焼き刃なのかと、シュウジは仮面の奥で自嘲気味に笑うが、それでも構わないと立ち上がろうとする。

 

元より敵うとは思っていない。相手は一人でOZという組織を纏め上げ、シュナイゼルと同格の世界の頂点に君臨する人間だ。

 

シュナイゼルとはベクトルが違うが、それでも強者である事に違いはない。だが、そんな事はシュウジにとってどうでも良かった。

 

“友達を止める”結局の所、シュウジの今回の行動原理の全てはソレだった。自分の事を友人と呼ぶ、シュウジにとって数少ない友人を死なせたくないという一心で、シュウジは痛む身体に鞭を打って立ち上がる。

 

肩から腕、そして手へと滴り落ちる血液。右肩を切り裂かれた事で右腕に力が入らなくなったが、構うものかとシュウジは握り拳を作る。自分の願いはトレーズの規模の大きい願いとは違い、俗世的で自分勝手な内容だが……それでも、嘘はなかった。

 

嘘もなく偽りもないシュウジ、そんな彼の思いを────トレーズは横に薙いだ一閃でシュウジの身体ごと切り裂いた。

 

血を噴き出し、再び地に倒れ伏す。糸が切れた人形の様に崩れ落ちるシュウジに、トレーズは何も言うことはなかった。血溜まりに沈むシュウジ、しかし彼にはまだ息があった。最初の一撃同様、トレーズの攻撃はワザと致命傷を避ける様に放たれていたからだ。

 

そんなトレーズにミリアルドは何も言わず、二人はシュウジに簡単な応急処置を施す。最初から殺す気などなかった。トレーズは包帯を巻いたシュウジを近くの壁に寄りかからせ、気絶したシュウジに微笑みを浮かべる。

 

三人しかいないブリッジ、すると突然扉が開き、一人の人間が入ってくる。ゼロや蒼のカリスマと同様仮面で素顔を隠すその人物の名は……通称“Mr.ブシドー”軍人の制服に武士の様な羽織を纏った奇抜な格好をする人物だが、ブリッジに入った途端その目を大きく見開いて驚愕を露わにする。

 

「トレーズ閣下、もうじきZEXISが来る。至急用意を……と、これは一体?」

 

「ちょうど良い所に来てくれた。Mr.ブシドー、彼を医務室まで運び、丁重に手当をしてやってくれないか」

 

「それは構いませんが……いえ、余計な詮索は止めておきましょう。あなた方は迷っていた私に手を伸ばしてくれた。ならば私はその恩義に報いる為、あなた方の指示には全て従いましょう」

 

「済まないね。それと、彼の治療を終え次第彼の身柄はバルジに移しておいて欲しい。あそこならば戦いが終わるまで手出しされる事はないだろう」

 

「承知した」

 

「最後にもう一つ、彼の仮面の奥は決して覗かない事。治療同様、此方にも重く置いておいて欲しい」

 

「御意」

 

トレーズの指示に従い、ブシドーはシュウジを担ぎブリッジを後にする。ブリッジの一部が鮮血に染まっている中で、ミリアルドはトレーズに一つ訊ねた。

 

「……しかし、驚いたな。お前の剣の腕がまさかここまで上がっていたとは」

 

「ふっ、彼と殴り合った後、少々山に籠もっていてね。一ヶ月程自然と戯れていた」

 

まるで良い思い出を話すように語るトレーズに、ミリアルドは若干頬をひきつらせた。魔人と恐れられる蒼のカリスマを実力でねじ伏せる。その事実にミリアルドは頼もしさを通り越し、少し怖くなった。

 

「だが、彼に勝てたのはほんの一瞬の差だ。彼の身体の傷が完全に治っていたら、倒れていたのは……私だったろう」

 

「何?」

 

シュウジの身体は報告であった通り、ディートハルトからの銃撃によりその身に怪我を抱えていた。殆ど完治していたとはいえ、十全でない。ほんの僅かに引きつった身体が一瞬固まった。あの一瞬がなければ、今頃地に伏せていたのは自分の方だった事だろう。

 

そうなればきっと、未来は大きく変わっていた。その“もし”をトレーズは目を瞑って連想するが、それは淡い幻想に過ぎないとすぐに現実に思考を切り替える。

 

───既に、幕は開こうとしている。そろそろZEXISが此方に辿り着く頃合いだと、トレーズはブリッジを後にする。

 

「さぁ、愚かな人類の戦いにフィナーレを飾ろうではないか」

 

これから起こる戦いは、人々に深く刻まれる事になる。凄惨さと愚かしさと人類の業、それらを世界に見せつける事で、トレーズは人々に問いを投げ掛ける。

 

トレーズ=クシュリナーダ。誰よりも世界を憂い、人を愛した青年は、世界の為にその牙を突き立てる。

 

 

 

 

 

 

 




ミリアルド視点


主人公「猛羅総拳突き!!」

トレーズ「心刃合錬斬!」

ミリアルド「なぁにこれぇ?」



次回も、また見てボッチ!

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