戦国†恋姫~忘却せし鬼滅の剣士~ 作:誤峠うとご
鬼を斬り倒した男、耳飾りの剣士は縄に縛られることもないが、家老にして万夫不当の無双を誇る
昨夜、新田剣丞を迎えに行ったところ、謎の剣士たるこの耳飾りの剣士を壬月の傍に居させ、織田家当主に報告したところ。数刻話したら、またも『こやつを家臣にする!』と言って任された鬼柴田はため息が止まらなかった。
現在は、
「名前も分からず、出自も分からぬのに家臣にするなど、殿はまったく……まっったく!」
「愚痴がこぼれるのは分かるけど、その辺りにしといたら? もうすぐ評定の間に連れていくのですから」
「分かってはいるが止まらないのだ。しかし、こやつの剣の腕は、確かに他家に持っていかれることだけは気をつけねばならない」
そう言って、耳飾りの剣士は評定の間と呼ばれる場所に連れて行かれる。
「ふざけるなぁぁぁーーーっ!!」
家臣たちの反応は当然と言えば当然だった。
「殿がお認めになっても、ボクは認めないぞ!」
「控えよ、和奏。御前であるぞ」
「でも壬月さま! いきなり出てきたこんな奴が、殿の夫に家臣とかって、どう考えても──」
「その件については後にしろ」
「むー……」
「まぁ、確かに佐々殿の意見も分かりますよー。雛もそう思いますしー」
「佐々殿、滝川殿の意見に犬子、じゃなかった、この
「犬子ちゃん、無理して言葉遣いを改めなくても良いですからね?」
「えへへ、ごめんなさーい」
「という訳で、我ら三若は反対ということでー」
「そうそう! やっぱ雛も犬子も分かってるなー。さすが相棒だ」
「まぁ、
「なに軽く言ってんだよ雛ぁ! 久遠さまの夫と言えば、政戦両略で尾張にとって重要な位置にあたるんだぞ! それをどこの馬の骨とも分からない奴が、いきなり出てきて夫になるとか、そんなの認められるかー!」
「そうだそうだー!」
耳飾りの剣士の話題よりは、やはり織田家当主の夫問題の方が重大だった。鬼の化物を一刀両断したり、細切れにした大剣豪よりはそちらが問題。何よりも剣士の情報が開示されてないからということあるかもしれないが。
そこからも、剣丞をどうやって夫として認められるのかを信長である久遠が意を唱えた三若の一人、佐々内蔵助
そういった話になるとき、一人の剣士が織田家に帰ってきた。
その男の名は
弟の剣才に打ち
今は弟子の一人にして親戚でもある時任一家に居候している怠け者剣士と化した巌勝は、織田家当主の夫を決める勝負を見に来たらしい。
無精髭を伸ばし、これぞ野武士といった風体のだらしない剣士が試合をしている場所に赴けば、そこでは中々の試合をする若者が居た。
織田家の三若と呼ばれる、佐々成政と滝川一益、そして前田利家。技が荒く、つけ狙う隙がある三人娘だが、弱くはないのだ。しかし、その三人の動きや癖をしっかりと見抜き、対処しきったその少年は見事勝ち抜いた。
(やるねぇ)
酒瓶片手に酒精帯びた眼差しながらも、剣士として見抜いた巌勝は近付く。
「……来たか、酔いどれ飲兵衛」
「飲兵衛参りましたぁ」
よろよろ歩く巌勝に、家老二人の手刀を見事食らう。
「どこほっつき歩いていたこの酔っぱらい」
「川で溺れ死んでいると思っていましたよ、飲兵衛さん」
「だぁれも名前をよんでくへん」
倒れている男に、剣丞も気付く。
「そ、その人は?」
「はぁ~……酔いどれだ」
「それは見れば分かるけど」
「織田家で拾った剣術指南役だ」
織田家当主の久遠も溜め息を吐きながらも、視線を送る。
「次は私が剣丞殿のお相手をします」
まだ続く剣丞の試練。次は丹羽
柔和で優しそうなお姉さん。母性を感じさせる優しい声音はとても心を和やかにさせてくれる女性だが、剣丞と勝負をするとなった瞬間、慈愛ある女性から勇猛な武将にへと変化し、放たれる武威が剣丞の気を引き締めた。
試合を開始させれば、麦穂から放たれる流麗にして容赦が消えた刀の刺突はしっかりと剣丞を捉え、放たれていく。
ぎりぎりで
正攻法で勝てない。
すぐにそう判断した剣丞は、予想できない攻勢に出る。それは、
「きゃ、きゃあああああああああああ!!」
一瞬の隙を突いた、胸揉みであった。
胸を隠すように崩れた麦穂に、勝利宣言をする剣丞。
「「「最低だ」」」
女子比率たかいこの場では非難轟々だった。
見ていた縁壱は無言無表情。
巌勝は良いものを見たような笑顔で酒を飲んでいる。
「い、いやいやいや! こ、これはその、麦穂さんの隙を突くにはこうするしか方法が無かったから、致し方なく、ですね!」
「女の敵だな」
「あぅ……ごめんなさい……」
「わっはっはっ! 何を言りゅ! 戦場にゃらほれで命を刈り取られていちゃ! 少年の勝ちであるゥ!」
「よ、酔いどれさん!」
男の味方に感動する剣丞。
いつの間にか移動して泣き崩れた麦穂まで横になりながら近付く。
「残念無念」
「(キッ)」
睨みつけてドヒュ! と腹部に手刀を突き刺す麦穂。『おごぼぉ!!?』と白目剥いて気絶した巌勝を担いで試合場から離れた。
「ふむ……四人抜きか。これで皆も剣丞の力を認めざる得んな。……なぁ壬月よ」
「さてそれはどうですかな。……猿!」
「は、はいっ!」
「得物を寄越せ」
「はい、ただいまー!」
元気一杯に答えた女の子が、どでかい大八車を曳いてくる。
そこには見たことも聞いたこともない、これまたでかい斧が乗っていた。
「……ふっ!」
軽い気合いの声を発した壬月が、大八車から、その斧を取り出した。
そしてちょっと一振り。
ズドオオオオオンッ!!!
「よし」
「よし、じゃねえぇぇぇーーーー!!! なんだそりゃ!? なんでそんな巨大な斧を軽々と持って鼻歌交じりにヨシとか言えるのっ!?」
「私の得物だ。何か文句あるのか?」
「文句というかなんというか……!」
剣丞が叫んで抗議するのも頷ける程の巨大な斧、巨人が使う斧といっても過言ではないその大斧に、女性の細腕で軽々と持ち上げては振り下げて、また担ぐその動きは信じられない光景だった。
剣丞からしたら、映画や漫画の世界のことが起きている。
なまじ科学やら物理法則を知っていると尚恐ろしいし納得できない現象であった。
そして、先程の試し振りから見て、あんなものを食らえばスプラッタ間違いなしの恐ろしさである。
「ブツブツとうるさい奴め。貴様には敬意を表して柴田家の家宝、
「光栄……過ぎておしっこちびりそうですよ俺。そんは大きいの、本当に振るえるの?」
法則どうなってんの? と言わんばかりにたずねる剣丞に、
「舐めてもらっては困るな!」
まるでライブハウスで聴くベースとドラムのコラボレーションのように、ものすごく重低音で風切り音を響かせる壬月の斧、金剛罰斧。
(うん、死ねる)
もしかしたらちびったかもしれない股間を考えないようにしながら、振られた風圧で飛ばされないよう必死にもがき、久遠にたずねる。
「…………………………久遠」
「問題なかろう」
「問題おおありですってばぁぁーーーっ!!」
その後、壬月の重い斧の一撃を受けて、吹っ飛ばされた剣丞は気絶してしまっていた。
「ふむ……五割の力で伸びてしまうのは情けない」
「阿呆。貴様の一撃を受けて、五体満足でいるだけでマシであろうが」
「確かにそうかもしれませんな。……攻撃の瞬間、地面を蹴って飛び退りながら、身体の中心線を刀でしっかりと守っておりました。なかなかに、やる」
「うむ。なかなかの腕前であろう?」
「認めましょう。……他の者はどうだ?」
剣丞の評価を確める久遠に、壬月は重い首を縦に振る。
気絶した剣丞の外に、意見を纏める壬月。
「私はもともと認めておりますから」
「雛も異議なーし」
「ちぇーっ。壬月さまがそう仰るなら、ボクも納得してやりますよ」
「犬子はねー、立ち合ってみて、この人、結構優しい人だなーって分かったから賛成ー!」
「なんだよそれ。嗅覚かよ」
「そうだよ。犬子の嗅覚は確かだよー」
「……だそうです」
「よし。ならば決まりだな。……結菜も良いな?」
家臣たちが認めたところで、久遠の妻でもある結菜に聞く。
「……」
「結菜」
「まだ……認めてあげない」
「そうか。……ならば仕方ない。もともと、お前自身の目で見て確めるという約束だったからな。好きにせい」
「……(コクッ)」
よし、それでは、と。
久遠は残りの問題である、耳飾りの剣士に視線を送る。
「痣者の剣士よ、きさまは私の家臣にならんか?」
「……わからず、しかし今の現状では何をどうすれば良いか判断も出来ない……わからず」
「ふむ……我の見る目では……近頃聞く《鬼狩り》の関係者だとは思うのだがな」
「鬼専門の退治屋ですか」
「そうだ」
異形の化け物《鬼》を滅殺することを目的とした集団がいることは、織田家でも掴んでいる情報だった。
剣丞が鬼に襲われた時に現れ、見事鬼を斬り伏せてみせた太刀筋は達人級であったことは壬月たちより聞いている久遠。
「面白い、きさまには
「殿! しかし、得体の知れない者を近くには」
「なぁに、我にはお前たちが居るだろう。それに巌勝もな」
久遠は酔いどれ飲兵衛の時任巌勝が、徐々に酒精が抜けてきていることに気付いていた。
巌勝が向けている視線はずっと耳飾りの剣士に向かっている。
「……殿様」
「ふむ」
「前に話したかもしれませんが、俺が武者修行に出た噺がありますよね」
「物見遊山であろう」
「間違っちゃいませんが、その原因となったのが、産まれながらにして剣聖として、まるで太陽の如き全てを照らし尽くすかのように、その剣才を発揮した弟が居ました」
「ふむ」
「それが何故か目の前に居ます。酔ってるんですかねぇ」
「そうかもしれんなぁ。……してその弟の名は?」
「
その名で呼ばれると、『縁壱……』と反応する耳飾りの剣士。
「そうだ、俺は縁壱……縁壱という名前だった」
「うわぁ、悪酔いだぁ~目の前に俺の人生めちゃくちゃになった原因がいるぅ~」
「まぁお前の事情はおけぃ、壬月、麦穂。我はあやつを家臣にするぞ。曲げられぬものだと知れい」
「はっ、ならば一つだけお許し頂きたいことがあります」
壬月は久遠に頭を垂れてはっきりと言う。
「私と試合をさせてください。本気でです」
久遠は間を取ってから、『許す』と許可を与える。
壬月は久遠に感謝の頭を下げ、大斧を担いで耳飾りの剣士、
「み、壬月様が本気でやるのか……?」
「うわぁ~大丈夫かなあの痣のお兄さん」
「壬月様の攻撃をどうするんだろ~」
三人娘は心配するが、麦穂は違う感想だった。
もし
負けない自信はあるが、無事では済まない縁壱の剣技に、畏怖を込めて思い出していると、壬月は構える。
「巌勝と同じ姓だったな。……時任縁壱……いざ尋常に、勝負!」
まるで無防備な縁壱に、壬月は鬼の頚を瞬時に斬った相手に一切の油断なく容赦のない一撃を振るった、はずだった。
(なっ……)
しかし、縁壱やってのけたのは、壬月の絶大な破壊力を乗せた斧の一撃が放つ前に、縁壱は瞼を閉じた瞬間にでも移動したのか、壬月の後ろに回って頚に手刀を当てるようなしぐさをしただけだった。
これには巌勝以外が唖然呆然とした。
何を見たのか分からなかった。
久遠は冷や汗を垂らす。
「……まだやるか、権六」
「……いいえ」
別次元の何かを感じたのか。
それとも、比べてしまったら自分の大切な何かが壊れていくことを危惧したのか、壬月は素直にこの勝敗を受け入れた。
「……凄いな、壬月」
受け入れた壬月に素直に賞賛するのは巌勝だった。
比べてしまい、絶望に打ち拉がれ、全てを投げ出して、何年も全国行脚して、それでも剣を棄てられなくて、やっと受け入れた自分とは違う壬月に、凄いと思えた。
兄と弟という肩書きは、どうしようもないほど、ついて回る。
弟より劣る兄というのは、そうなった兄にしか分からぬ。
惨めな思いは、心をどす黒く濁すものである。
だからなのだろうか。
巌勝は
「殿。次は俺にやらせてくれ」
酔いも醒めた織田家剣術指南役。
「時任巌勝が参る」
酔いどれ飲兵衛、巌勝が剣を握る。
※
久遠が初めて会った強者というものは、酔っぱらいの剣士だった。
子供ながら外で遊んでいると、人を貪り食う鬼と出会い、腰を抜かして動けないでいた。
しかし、そんな鬼に対して、その酔いどれはふらふらしながらも、しっかりと鬼の頚を斬り落とした。
服にだらしなく、無精髭を伸ばし、髪はぼさぼさ、しかしその眼光は飢えた剣鬼のそれで。
鬼と剣鬼の出会いに震え、一瞬の勝負を眺め終えた子供の久遠は震えながら、こちらにやって来るその剣鬼に怯えた。
次に頚を斬られるのは私だ。
しかし、その剣鬼が口を開いて出た言葉は『食い物と酒をくれ』だった。
拍子抜けした久遠の前に、バタンッと空腹で倒れながらも酒器を片手に離さず持っている剣鬼に、笑いながら握り飯を持っていたのは昔の話。
今では家臣という形ではないが、身内ともなった頼りなさげに見えて実は懐刀でもある
そんな剣鬼が心折れた剣聖の弟と試合をする。
もしかしたら死合にもなるかもしれないな、と若干の心配をする織田家当主であったが、どのような結果になってもかまわなかった。
それで巌勝の憂い事が無くなるならば、と。
「今宵の我が愛刀《
勝手に付けた刀の銘を告げながら、巌勝は呼吸を整えていく。
普通とは少し違う、独自の波紋を帯びる紫刀の刀身を構え、《全集中の呼吸》を徐々に練り上げていく。
そして、まるでそれに呼応するかの如く。
記憶や名前も忘れていた耳飾りの剣士、縁壱は息を吹き返すかのように生気を宿った眼差しでその動きを見ると、自然な形で己の刀に手を伸ばして、抜く。
縁壱の刀身は漆黒に染まった黒刀。大変珍しい黒の刀身。
斬れるのか心配になるほどの黒さだが、壬月や麦穂はその切れ味を知っている。
そして、壬月に対して抜かなかった刀は、ある意味壬月を傷つける行為でもある。
真剣勝負をしたにも関わらず、抜かずに勝った縁壱に、悔しさが沸々と浮き出てくるが、二人から伝わる闘気が肌に刺さるくらい感じていた。
これは壬月だけではなく、麦穂や三若にも伝わっている。
この世界において、強い男は少なかったこともあり、ここまでの強き闘気を放つ二人の男に畏怖とは違った別の感情も芽生えていたが、今は目が二人から離せないでいた。
闘気が空気を静かにさせる。
今の二人の周辺からは、二人の静かな呼吸しか聞こえてない。
そして徐々にその闘気は練り上がるにつれて、息をすることがつらくなってきた。
久遠は息をしづらくなった結菜を離れさせて、三若は息を必死に整えながらも見守り、壬月と麦穂は二人を凝視している。
どちらが先に動くのか。
耳が痛くなるほどの静寂が包み込んだと思えば、それは動いた。
「月の呼吸、陸ノ型《
「日の呼吸、肆ノ型《灼骨炎陽》」
剣戟の音がその場を支配したと錯覚させられたと思えば、目に見えない斬撃はその場を無限とも思えるほどに刻んだ。
あの刹那で、試合場の地面には、円形に抉り削られて焼け焦げた跡と、斬撃が無数に乱れ、細切れにされた跡だけがそこにあった。
「届いた……やっと」
そう一言だけ呟くと、巌勝はガクッとその場で気絶する。
そんな巌勝を支えたのは、頬や額にほんのわずかに太刀で斬られただけの縁壱だった。
「……流石でございます、
無表情だった縁壱の顔には、満ち足りたような笑顔で、兄を受け止めていた。
感想やコメントおまちしております。
無一朗の親戚として出した姓『時任』ですが、調べてみたら『時任』の『任』ではなく『時透』の『透』でした。まぁですが、ここでは『時任』として書いていきます。
作者は戦国時代の武将や、どの地域で活躍した歴史上の人物が居るとか詳しくないので、時任家はどこかの有名な武将の分家筋やらとか言われても分からないのであしからずw