逃げか?差しか?その判断こそが大きな隙だ! 作:アマノジャック
バブリーランドへと入った私たちは…流れるプールを漂ったり、波のプールで遊んだり、お立ち台で踊ったり……それぞれ自由に楽しんでいたけど…事件は起きた。
「これがジェットスライダーか……」
イブキさんが遥か上へと続く階段を見上げる。
【バブリーランド名物!超高速ジェットスライダー!】
巨大な3人乗りの浮き輪に乗って、チューブ状のコースを一気に滑り降りるアトラクション。パンフレットによると、ただ落下するだけではなく急カーブや急降下が何度も待ち構えているらしい…へー、最後に写真を撮られるんだ。
「面白そうじゃない。」
「おっ、ピーチが興味持つなんて珍しいね。」
「何よ。私だってこういうので遊ぶわよ。」
「じゃあ一緒に行く?」
「……!」
ピーチちゃんの尻尾がピーンと立った。分かりやすいねぇ。
「ま、まぁ?トレーナーがどうしてもって言うなら…」
「俺は1人でもいいけど。」
「もう!私と2人で行くわよ!!」
「はいはい。」
……イブキさん、もうちょっと乙女心というものをですね。数分後…
「それじゃあ、前にピーチさん。後ろにイブキさんでお願いします!」
「はーい。」
「分かりました。」
巨大な浮き輪へ2人が乗り込む。私たちはゴール地点近くで待つことにした。
「お姉さま、頑張ってくださーい!」
「ピーチさん!イブキトレーナーに抱きつくチャンスですよ!」
「マンゴー!余計なこと言わない!!」
「それでは…いってらっしゃーい!」すとんっ
スタッフさんに押され…
シュバッ!!
「きゃあああああああああああああああ!?」
物凄い勢いで2人の姿が消えた。
「……ピーチさんのあんな悲鳴、初めて聞いたかも。」
「私もです……」
カフェさんと顔を見合わせる。チューブの内部からピーチちゃんの悲鳴だけが響いてくる。
「きゃああああ!!トレーナー!!」
「おおっ!速い速い!」
「何でアンタそんな楽しそうなのよおぉぉ!!」
……1人だけ遊園地感覚じゃん。そろそろゴールかな?
ザッパーン!!
2人の乗った浮き輪が水しぶきを上げながらゴールへ飛び出した。
「楽しかったー!」
イブキさんが子供みたいな笑顔で浮き輪から降りる。その後ろから…
「うぅ……」
ピーチちゃんがフラフラと降りてきた。
「お姉さま!?」
「大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫……ちょっと世界が回ってるだけ……」
「仕方ない…じっとしてて。」
イブキさんによりお姫様だっこをされるピーチちゃん…正直羨ましい。
「いやー、思ったより迫力あったな。もう1回くらい行きたい。」
「……」
ピーチちゃんの眉がピクリと動く。
「あれ?」
「トレーナー…」
「はい。」
「何でアンタは平気なのよ…?」
「何でって言われても…」
イブキさんはジェットスライダーを振り返った。
「こういうのって、もしかしてウマ娘より人間の方が強かったりするのかもね。」
「……は?」
あ、これはダメなやつだ。ピーチちゃんの後ろに阿修羅が見える。
「へぇぇぇ~?」
「……ピーチ?」
「ウマ娘より人間の方が強いんだ?」
「いや、ジェットスライダーに関してはって話で…」
「だったら証明してもらおうじゃない!」
ビシッ!
ピーチちゃんが私たちを指差した。…イブキさんの腕の中だから威厳は無いけど。
「ここにいるチームメンバー全員と1回ずつ滑ってきなさい!!」
「え?」
「全員よ!」
「何で!?」
「「「えええええ!?」」」
……こうして、イブキさんの地獄のジェットスライダー巡りが始まった。
───
1人目、カワカミちゃん。
「トレーナーさん!参りましょう!!」
「カワカミ、お願いだから浮き輪の上で暴れないでね!?」
ザッパーン!!
「素晴らしいですわ!もう1度参りましょう!」
「1人1回だけだからね!」
普通に終わった。2人目、カフェさん…わぁ、選んだ水着って黒ビキニだったんだ。大人だな…。
「……よろしくお願いします。」
「カフェはこういうの大丈夫?」
「……あまり経験はありませんが……興味はあります。」
ザッパーン!!
「……もう一度…私を抱きしめて欲しく…」ぼそっ
「カフェ?何て言ったの?」
「……何でもありません。」
…顔を赤らめてる。3人目、ウオッカちゃん。
「俺の方が速いジェットスライダーを作れそうだぜ!」
「作るって何!?」
ザッパーン!!
「ぷはーっ!楽しかった!バイクもあんな感じなのか?」
「うーん、体勢からして違うから何とも言えないかな。」
まぁ、普通に終わる。4人目、スカーレットちゃん。
「ちょっとウオッカ!アンタ、トレーナーにしがみついてなかったでしょうね!?」
「スピードを感じられるのに、んな勿体ないことしねーよ!」
「…次は私が行ってくるわ!しがみついたり何かしないんだから!」
「スカーレット、対抗するところそこなの?」
ザッパーン!!
「…腰が抜けたわ。」
「ずっと叫んでいたよね…運んでいってあげるから少し休むといいよ。」
「ありがとう…トレーナー…」
かなり堪えたらしく、イブキさんによりお姫様だっこをされていた。羨ましい。5人目はロブロイさん。
「わ、私……こういうの初めてで……」
「大丈夫だよロブロイ。怖かったら無理しなくても…」
「い、行きます!英雄になるためにはこれくらい……!」
「ジェットスライダーで英雄にはならないと思うな。」
ザッパーン!!
「楽しかったです!やっぱりアナタがそばにいてくれたからでしょうか?」
「よ、良かったよ…」
キラキラしてるロブロイさんに対して、イブキさんは少し余裕がなくなってきたように見える。
「キタちゃん!行ってらっしゃーい!」
「はい!トレーナーさん!お祭りだと思って楽しみましょう!」
「…どういう理屈?」
6人目にブラックちゃんが行く…既にイブキさんの歩みが怪しい気がする。
ザッパーン!!
「…もう終わり?あっという間でした!」
「……」
戻ってきたブラックちゃんは満面の笑顔だが、それとは対照的に、イブキさんの笑顔が徐々に消えてきた。
「大丈夫ですか?ダメでしたら、あたしがトレーナーさんをお姫様だっこしますけど…」ぶんぶんっ
「……大丈夫だよキタサン。だから、尻尾を俺の腰に回さないで。ピーチ……あと何人?」
「ゴアさんとアイちゃん、キングちゃんたちは別チームだから除外するとして……」
ピーチちゃんが周囲を確認する。
「セイちゃんで最後ね。」
「おっ?」
私ですか。
「じゃあ行きましょうか、イブキさん。」
「うん……」
あ、返事が弱い…本当に大丈夫かな?
………
「イブキさん。」
「何?」
「顔色悪くないですか?」
「気のせい気のせい。」
「でもさっきより明らかに…」
「せっかくだから楽しもう。」
イブキさんはそう言って笑った。…うーん、こういうところで意地を張るんですよねぇ。私たちは浮き輪へ乗る。
「それじゃあ、行きますよー!」
「お願いしまーす。」
「……お願いします。」
スタッフさんが浮き輪を押した。
シュバッ!!
「おおおおおお!?」
速い!思っていたより速い!最初の急降下を抜けた直後、今度は右へ急旋回。
「イブキさん!これ結構凄いですね!」
「…………」
「イブキさん?」
返事がない。後ろを見る余裕なんてないまま、2度目の急降下。
「うわわわわわっ!?」
そして最後のカーブを抜け…
ザッパーン!!
「ぷはっ!」
ゴールした!いやぁ、これは確かに凄い。ピーチちゃんがフラフラになった理由も分かるね。
「イブキさん、楽しかったです…ね?」
ん?何か違和感。そしてスタッフさんが慌てて大きなタオルを差し出してきたことで、ようやく気付いた。
「……あ。」
腕に引っ掛かった白い部分が外れ…それにより中に着ていた縞々ビキニがずれてしまったのだ。
「うわわわわ!?」
私は反射的にタオルを受け取って身体を隠した。危ない危ない!周囲を見る…大丈夫。イブキさんは……
「…………」ちーん
浮き輪の上で完全にぐったりしていた。
「イブキさん!?」
「だ、大丈夫……ちょっと……目が回って……」
見られてない。完全に見られてない。良かった…本当に良かった。もし見られていたら、恥ずかしくてしばらく顔を合わせられなかったかもしれない。でも…
「……はぁ。」
何でしょうね。この、ほんのちょっとだけ残念な感じ。いやいや、何考えてるの私は!?
「セイちゃん!大丈夫!?」
「大丈夫大丈夫~。ちょっと水着がずれただけだから。」
「トレーナーは!?」
「そっちの方が大丈夫じゃないかも。」
ピーチちゃんたちが駆け寄ってくる。
「イブキ!?」
「ピーチ…」
「何よ?」
「……人間もダメだった。」
「でしょうね!!」
「ごめんねピーチ。人間の方が凄いかもとか言って…」
「…意地になった私も悪かったわ。その…ゆっくり休んでね?」
これにて、イブキさんのジェットスライダー連続挑戦は終了した。
───
その後、イブキさんは休憩スペースの椅子で横になることになった…ピーチちゃんの膝枕付きで。私はキングから借りた水着を確認する…幸い壊れてはいない。肩の少し甘かったところにジェットスライダーの勢いが重なっただけみたい。キングに言っておくか。後は…
「アイちゃーん♡次あれ!」
「ちょっと休ませて……」
「じゃあ休んだらボウリング!その後カラオケして~、最後にもう一回プール♡」
「……元気ね、貴女。」
フサイチパンドラとアイちゃんは、こっちの騒動なんて知らずに施設を満喫していた。波のプール。流れるプール。お立ち台。ゲームコーナー。ボウリング。カラオケ。最後には2人でスイーツまで食べている。
「楽しかったぁ~♡」
「……まぁ、悪くなかったわ。」
「えっ!?」
「何よ。」
「アイちゃんが楽しかったって言った!」
「悪くなかったと言ったの!」
「同じ同じ♡」
「違う!」
アイちゃんは呆れながらも…ちょっと笑っていた。フサイチパンドラ、目的達成できて良かったね。
………
辺りは夜になっていた。
「それでは皆さん、忘れ物はありませんね?」
「はーい。」
「それじゃあ合宿所に戻るわよ。」
最後に少しだけナイトプールを楽しんだ私たちは、イブキさん、シーザリオさん、ユイチトレーナーの車に分かれて乗り込み、合宿所へ帰った。
「スカーレット、お前おもいっきりトレーナーにしがみついてんじゃねーか!?」
「む、無意識よコレは!」
「……素敵な思い出になりましたね。……彼の温もりがまだ…」
「次はお姉さまとキングさんの3人でいきたいですわね!」
「さ、3人でも乗れたんだ…」
解散前に集まったチーム部屋にて、全員が撮られたジェットスライダーの写真を見せ合っていた…うーん、個人的にはピーチちゃんが1番可愛く見えるな。それはそうと…良かった、撮影の段階ではまだ私の水着は無事だったみたい。
それらをよそにイブキさんがソファへ倒れ込む。
「ふぃー。」どさっ
「トレーナー、お疲れのようね。」
「ピーチのせいだろ…」
「余計なこと言ったアンタが悪いのよ。」
「はいはい……それはそうと!みんな、お疲れ様。明日からまたトレーニングだよ。」
「「「「はい!」」」」
体勢はアレだがイブキさんがしっかりと締めの言葉を出す。
「楽しかったですね!」
「今度は別の施設にも行きたいです!」
「ボウリングもやりたかったな。」
「……私はやはり……もっと静かな場所がいいです。」
「アタシもカフェさんの意見に賛成ですね…。」
その場で解散となり、みんな今日の感想言いながら部屋へ戻っていく。私も部屋へ向かおうとしたけど…
「イブキさん。」
ちょうどイブキさんが1人になった。ピーチちゃんは先に部屋へと戻っている……チャンスだ。
「どうしたのセイ?」
「今日、楽しかったですよね~。」
「うん。途中からジェットスライダーの記憶しかないけど…」
「あはは……それでですね。」
私はイブキさんの隣へ寄った。そして、小さな声で…
「今度……2人で行きません?」
「…へ?」
「ピーチちゃんには内緒で♡」
「あ、あの…何でピーチに内緒にする必要が…」
「セェェェイちゃぁぁぁん?」
背後をゆっくり振り返る。ピーチちゃんがいた。笑顔だ。満面の笑顔だ。ただし、目が全然笑ってない。
「あれぇ?ピーチちゃん。先に帰ったんじゃ…?」
「忘れ物したから戻ってきたのよ。」
「へぇ~。」
「それで?」ゴゴゴ…
あ、背中から阿修羅が見える。
「誰に内緒で!私のイブキと!何するつもりで…?」
「……イブキさん!」
「え?」
「さらば!」
ダッ!
「待ちなさいセイちゃん!!」
ダダダダダッ!!
「にゃはははは!捕まえられるものなら捕まえてみろ~!」
「今日という今日は許さないわよー!!」
合宿所の廊下を全力疾走する私。それを追いかけるピーチちゃん。
「廊下を走るなー!」
イブキさんの声が後ろから聞こえてきた。まぁ、こんな感じで…私たちの『特別な夏』は終わったのでした。
え?イブキさんと2人でバブリーランドへ行く計画?もちろん諦めませんよ?だってセイちゃん、しつこいので。そしてピーチちゃんも──
「待ちなさぁぁぁぁい!!」
「にゃははははは~!」
──とってもしつこかったですけどね。