「ダンジョン……ですか?」
「ああ。もう攻略済みで、今じゃ観光名所みたいになっているがな。行ってみたらどうだ?」
「わかりました。散歩ついでに行ってきます。」
この世界にはダンジョンというものがあるらしい。
広い世界には、未開のダンジョンが数多く存在し、その中には手付かずの資源、金銀財宝、数多の魔術書、この世界の真実など様々な物が眠っているという。
しかし、その分内部のモンスターはかなり強く、熟練の冒険者、一国の軍隊などが挑むダンジョンが多い。
「この村も、一時期あのダンジョンで儲けたものだ。150年も前の話だがな。」
「ひゃくごじゅっ……!?」
「ああ、言ってなかったか?エルフは長命でな。平均でも800年は生きる。長命でも1200年ほどだ。」
「800…………何だか、僕の常識が馬鹿らしくなってきました。」
「ハハハ。世界はそんなことばかりだよ。さあ、行ってきたまえ。」
「ここがダンジョンか…………本当にそれっぽいな。でも、かなり廃れてる。」
中は暗く湿っていて、虫やコウモリが住み着いていた。
道は一本道で、奥になにやら扉がある。
「こんなのがダンジョンなのか?誰でも攻略できそうだけど…………」
奥の扉に触れると、石の扉がゆっくりと開く。
その扉が隠していたものは、からの本棚と、1冊の本だった。
「こんな所に取り残されて…………なんて書いてあるんだ?」
表紙の文字は読めない。
周囲は水滴が滴るほど湿っているのに、何故か本のページは乾いていた。
試しに1ページだけ開いてみる。
「これって…………!」
そこに記されていたものは、なんと譜面だった。
「ピアノの譜面!?それに…………ギターやドラムの譜面まであるぞ!どうなってんだ…………!?」
『やはり読めたわね。タキ・ユウイチロウ。』
「ッ!誰だ!」
脳に直接声が降りかかる。
透き通るようで冷たく、美しい声。
『私はメラム・リトシア。この森の管理者にして、エルフの祖。その本は、このダンジョンの報酬、封印されし悪魔の一匹。』
「報酬…………このダンジョンは、とっくの昔に攻略されていたはずじゃ?」
『あれは真の攻略とは言えない。攻略したのもソルレンド王国の騎士団。攻略の証を得ることができなければ真の攻略とは言えない。』
「その、攻略の証ってのは?何かの紋章とか?」
『そのダンジョンによる。ダンジョンに定められた攻略の証を得た者が、真の攻略者。私は、あなたに攻略の証を与える試練を課すために話しかけている。質問は終わり?』
「うーん、その試練っていうのの内容は?」
『それを今から説明する。ちょっと待って。』
そう言うと、本棚が二つに割れ、新しい道が開き始める。
『中に入って。』
「お邪魔します。」
トンネルの先は外で、庭園のような場所になっていた。
「うわぁ…………綺麗。」
「そう言ってくれると嬉しい。」
振り向くと、蒼空色の髪に翠色の眼をしたエルフの少女が立っていた。
「初めまして。改めて、メラム・リトシア。よろしく。」
「滝裕一郎です。よろしく、リトシアちゃん。」
「ちゃん…………と付けられるのは慣れていない。これでも私は数万年は生きている。」
「じゃあ、リトシアさん。そっか数万…………あれ?エルフの平均寿命は800年くらいで、長くて1200年ほどと聞きますが…………」
「私は魔眼持ち。これが証拠。」
ずいっ、と顔を近づける。
「ちょちょっ、近いですって!」
「ほら、ここに星がある。これが魔眼の証。」
「あ…………本当だ。てことは、かなり強力な魔眼?」
「そういうことになる。さて、それでは試練を行う。さっきの本の25ページを開いて。」
指定されたページを開く。
するとそこには、何かの譜面があった。
ピアノ、ドラム、ギター、ベース、歌詞とあったが、相変わらず字は読めない。
「これは……歌?」
「そう。試練は、この歌を歌うこと。正しく歌えなければ試練は達成できない。」
「なるほど…………それで、題名はなんて言うんですか?」
「…………意外。諦める者が多いのだけど。あなたは真面目に受け取るのね。」
「まあ、歌は好きですから。」
「あなたに歌えるかわからないけど、その覚悟があるなら教えるわ。この歌の名は…………」
ゴクリ、と唾を飲み込む。
その歌の名は…………
「世界に一つだけの花。それがこの歌の名前。」
「………………はい?」
「聞いたことがないのも当然。これは、母上…………女神マーリンが歌っていた歌。高位の聖職者であっても、神の声を聞いたことがない者は歌うことができない。」
「いや、その…………なんと言いますか。」
「心配しないでほしい。攻略できないのも当然だから。何も悪い事じゃない。」
当然だと言い張るリトシア。
滝はなんとか言葉を絞り出す。
「僕…………歌えます。それ。」
「……?本当に?」
「なんなら、ギターもつけましょうか。」
「っ、そんなこともできるの!?」
流石に驚いたようだ。
「そ、そんなに驚くことですか?」
「当然。儀式楽器を扱える者は、この世界でも限られている。数万年前も、一国に1人いるかいないかの貴重な人材…………それに、製造もかなり難しい。特殊な儀礼をかけないと儀式楽器として認められないから、作る時は国中の聖職者が集められる。」
「えーと、僕のものはそんな大それた物じゃないんだけど、どうですか?」ゴト
ケースに入れていたアコースティックギター(以下アコギ)を取り出す。
「…………確かに儀礼は施されていない。でも、かなり精巧に造られている。これ程のもの、一体どんな人物が作ったのか⋯⋯……」
「ヤマハのLシリーズで、5万円くらいしました。」
「ヤマハ…………伝説のギターを作った技師の名前。あなたのギターも同じ物?」
「いや、通販ですけど……?それにヤマハは企業の名前だから、作った人の名前じゃないと思います多分。」
切り株に座り、膝の上にアコギを置く。
カポを2段目に挟み、ピックを握る。
「えー、んんっ…………それじゃ、聞いてください。」
彼は静かに歌い始めた。
その声に迷いはなく、芯の通った歌声だった。
『そうさ僕らは 世界に一つだけの花 一人一人 違う種を持つ その花を咲かせる事だけに 一生懸命になればいい』
「………………」
サビを抜け、2番に入り、最後が近づく。
徐々に2人の気持ちは高鳴り、お互いに体を揺らし始める。
最後のパートを弾き切り、ふうっ、と息を吐き出す。
「ありがとうございました。」
「素敵…………素晴らしい歌声だった。」
「そう言ってもらえると嬉しいです。はぁ、上手く弾けてよかった〜…………」
「…………ねぇ、ユウイチロウ。1つだけ、聞いてもいい?」
「僕に答えられることなら何でも。」
「…………どうして、歌い続けれるの?あなたの歌声、確かに素晴らしかった。それだけ歌えるってことは、かなり長い間歌ってきたんでしょう?どうして、飽きずにずっと歌っていられるの?」
「どうして…………か…………」
裕一郎はスッと立ち上がり、語り始めた。
「俺さ。昔、病気で声が出なかったんだよね。3歳の頃に病気が発覚してさ。それで、11歳まで声が出せなかったんだ。」
裕一郎はつらつらと身の上話を語った。
「5歳の時、親父が大型のフェスに連れていってくれたんだ。その時、初めて歌っていうものに触れたんだ。あの興奮は忘れられない。」
「…………でも、その時のあなたは歌えなかった。どうして?」
「親父に言われたのさ。『こんな風に歌いたかったら、治るまで喋っちゃいけないぞ。ただ、治ったら全力で歌わせてやる』ってさ。それで、どんなことも我慢したんだ。絶対に歌いたい。それだけ考えてた。」
音楽の授業も、合唱祭も、卒園式だって幼いながらに我慢して。
「それで11歳の誕生日の時、初めて満足に喋れたようになったんだ。そこからは必死だったけど、歌えるようになるまでにそう時間はかからなかった。中学はカラオケで毎日声出しして、ギターも毎日練習した。それで、高校の時の軽音部で初めてバンドを組んだんだ。」
「………………」
「そこからは大変だった。みんなで予定が合う日なんてそうそうなかったし、トップバンド目指そうって言ってたのも俺だけだった。でも、みんなで歌うのが楽しくて楽しくて、みんなで同じ大学にも行った。…………バンドを去ったヤツもいたけど、それでも諦めずに歌い続けた。それで、やっと武道館ライブに漕ぎ着けたのさ。」
「その、ブドウカン、というライブ?には出なかったの?」
「…………武道館ライブの日が、俺がこの世界に来た日なんです。」
「…………ごめんなさい。嫌なことを聞いてしまった。」
「いや、大丈夫です。どうにもならないこともあるって知った。これからは、この世界で何とか生きてくようにします。質問は終わりですか?」
「うん。これであなたは攻略者と認められた。攻略の証として、その本を渡す。」
するとリトシアはそっと本に手をかざす。
「深淵と白夜の王に使えし72の悪魔の内の一体、アスモデウスよ。そなたをこの地に縛る楔は千切られた。今こそ、大いなる意志の名のもとに、その力で彼の者を世界の果てに導かん!彼の者の名は、タキ・ユウイチロウ!」
目をカッと見開き、呪文を唱える。
すると、本に記された魔法陣が光り輝き、悪魔のような何かが飛び出した!
『盟約の名の元に復活した…………我が名はアスモデウス。貴様が我が新たな主か?』
「えっ、はい。そう、です。」
『フン。人間如きがこの俺を目覚めさせるとは、中々やるじゃないか。』
「偉そうにしないで、アスモデウス。最下位の悪魔がやけに偉そう…………1万4000年前の勇者にも勝てなかったくせに。」
『ゲッ、クソったれエルフ!?てことは、ここはエルフの里か!カーーッ!田舎臭い場所に来ちまったぜ!あと、勇者に負けたのは1万6000年前だ!』
「えーっと、お知り合いで?」
『ヘッ、腐れ縁だ。』
「むしろ敵対関係。」
「あらら…………」
どうやらリトシアとアスモデウスは面識があるらしい。
「それで、アスモデウス……さん?」
「こんなやつに『さん』をつける必要などない。」
『こりゃあまた大きく出たな!数十万年生きてるBBAがガキの体でイキっちまったか?』
「今ここで殺しても構わない?」
「ちょちょちょっ、待って待って!」
『呼び方はなんでもいいぜ。マスター。』
「んー…………じゃ、アスモデウスを省略してデウスでいいかな?あと、マスターってのも重苦しいし、名前でいいよ。」
『わかった。よろしく頼むぜユウイチロウ!』
最初は何だか怖そうな感じだったが、なんとも気さくで底が読めない悪魔らしい悪魔だった。
「さて、もう夕暮れだし、そろそろ帰りますか。リトシアさんも一緒に来ませんか?」
「私?…………ううん。私は、行けない。」
『ユウイチロウ。こいつはエルフの祖。つまりこの森の管理者だ。こいつが去れば、この森の加護は消え、周囲の魔物が侵入し、この森は荒れてしまう。それが、コイツがここを離れられない理由だよ。』
「そっか…………でも、森の中ならいいんじゃない?」
「私は、この森の核。言わば心臓。この庭園を離れる訳にはいかない。それに、私が里に降りると、お告げがあるとかでエルフたちが騒ぎ出しちゃうから。」
「そう…………か。」
「大丈夫。あのダンジョンからまた遊びに来て。今度は私も、あなたと一緒に歌いたい。」
「そういうことなら、いつでも言ってください。リトシアさん。」
「…………リトシア、でいい。敬語も必要ない。」
「わかり…………わかった。それじゃ、改めてよろしくね。リトシア。」
「…………よろしく。」
『おーおー、イチャイチャやってんねー。お前がそんなに気に入るなんて珍しいじゃねぇか。』
「うるさい。わかったらさっさと行って。」
素っ気ないように見せて、顔を赤らめるリトシア。
やはり、裕一郎に好意的らしい。
「それじゃ、さようなら。」
「リトシア。そういう時は、さようならじゃなくて、またねって言うんだよ。ほら、さようならじゃなんか寂しいじゃん。」
「あ……うん。またね。」
心做しか寂しそうな瞳で去りゆく滝を見つめる。
彼女の瞳は渇望していた。彼という存在を。
しかし、その望みは叶わない。
それを知っているからこそ、寂しそうな表情をしたリトシアは、ゆっくりと瞳を閉じた。