吉家家興亡記   作:OTZ

2 / 3
第一話 予兆

―1415年 9月3日―

 

 勝天丸と名付けられた吉家頼政の子は、本拠・岩盛城内にある屋敷で、傅役の平手忠教の下、すくすくと育っていた。

 

「あいたぁ!」

「やったあ! また太兵衛に勝ったぞ」

 

 太兵衛と呼ばれたその子は、忠教の嫡子、忠義である。三歳ほど年長で、よく若君の相手をしている。

 体は恵体であったが、良い暮らしをしてきた弊害か、今ひとつ体にみあった筋力を得られずにいる。

 吉家の伝統として、嫡子は家老の家で元服するまで寝起きすることとなっていた。

 

「若は加減を知らぬから困りますよ。あんな角度から投げ飛ばされたら、誰でもこけますって……」

 

 忠義は体についた泥をはらいながら、勝天丸にそう零した。

 

「若、もう相撲はよろしゅうございましょう。それがしと父上のところに行き、軍学を聞きに参りませんかな?」

 

 勝天丸付きの小姓頭で、家内随一の兵学者にして、不世出の碩学とも呼ばれる家老の藍山信益を父に持つ、7歳年長の信国は父譲りの利発さを伺わせる目を細めながらそう言った。

 

「碩学殿の話は面白いが、今はこっちの気分なのでな! さあ、太兵衛! もう一回だ」

「くっ。そう何度も勝てるとは思わない事ですぞ!」

 

 太兵衛と勝天丸はまた土俵の中に入り、向かい合った。

 そんな様子を、縁側から微笑ましく見ている人がいる。

 

「若は今日も賑やかですなあ! 結構、結構」

 

 大きな顔で笑いながら、庭を見ているのは、情報収集を役目とする、万報館の筆頭局長、村木博綱であった。家老職に就ける三老の家柄ではないが、それに次ぐ四臣の筆頭格である。

 

「日に日にたくましゅうなるのは良いのですが、もうそろそろ勉学にも力をいれて欲しいところですね」

 

 ため息をつきながら、そう棘のある言を零したのは、頼政の正室、すなわち勝天丸の実母・尋姫である。

 

「なあに。まだまだ幼子なのですから、多少腕白なくらいか丁度よいでしょう」

「まあそれはそうやも知れませんが……。して、村木殿。本日は何用です?」

「ああいえ、大老様に少々お耳に入れたき儀がございまして、その道すがらで若様のご様子を」

 

 四河全体の風習として、筆頭家老のことは大老と呼ばれる。村木はそのまま、忠教のいる居室にまで通された。

 

「御大老。ご無沙汰しております」

「おお、誰かと思えば市介か。わざわざ井原くんだりより、何事かの」

 

 万報館は現在、目下の大敵である、北山家との最前線にあたる井原の城下におかれている。

 岩盛よりは馬を飛ばして7日ほどの距離である。

 

「は、北方の商家でにわかに武具などが大量に買い集められ、各所で動員の触れがでているとの由、取り急ぎ御大老の耳にはお入れしようと」

「北山が動くというのか? しかし、それだけでは我らの方に向くとは言い切れなかろう」

 

 北山の敵は吉家だけではない。未だ北西には氷川、真崎などの敵対勢力がいる上に、東には大山脈を隔てて宮島という東国の事実上の覇者が君臨しているのだ。

 

「我らとの国境に近い、八剣山で大掛かりな神事を行ったと申してもですか?」

「ほう」

 

 八剣山は、古来より戦の神が座しているとされており、古来より戦勝祈願の神事が多く行われていた。

 

「わかった。これより登城致そう。市介、主もついて参れ」

「いえ、それがしは急ぎ、井原に戻って更に敵情をつまびらかにせねばなりませぬ故」

「そうか。ご苦労」

 

 村木は忠教の返事を聞き、すぐにその場を辞した。

 忠教は即座に支度を整え、登城すべく屋敷の出口へ向かう途中、庭へ立ち寄った。

 

「あら、大老殿。お出かけですか?」

「これより登城せねばならぬ故、若様にも左様に」

「わかりました」

 

 尋は手短にそう答えると、また庭に目を向ける。相変わらず勝天丸は相撲を取っていた。

 

「このところ毎日ですな」

「まあ、そうなのですか。付き合う方も難儀でしょうね」

「まだまだ幼子とはいえ、間もなく弟君が生まれるやもしれませぬ。それがしも、本腰を入れて勉学に向かわせるつもりでおりまする」

 

 この頃、頼政の側室にあたる藤の方も懐妊しており、もう間もなく生まれようとしていた。藤の方は先年滅ぼした初川家当主の娘である。

 

「頼みましたよ」

「そう、気を揉みなさいますな。若は日々健やかに育っております。何も憂うことはありませぬぞ」

 

 忠教は明瞭な口調で尋に告げる。尋は忠教には目を向けず、庭にいる勝天丸を見つめていた。

 返事をしばし待つ忠教であったが、やがてその場を去る。

 

―岩盛城 本丸 書院前庭―

 

「ほう。北山がのう……」

 

 先年、初川家を滅ぼし、南国の主としてその地歩を固めつつある吉家の若き当主、頼政は弓を引きながらそう答えた。

 頼政はどちらかといえば武を好み、書を読むよりも弓や剣術の稽古をしている方が好きな男であった。

 

「は。いよいよやもしれませぬ」

 

 北山家はここ数年は北方の鎮定に力を注いでおり、矛先は向けられていなかったが、いよいよ全面戦争の気配を伺わせていた。

 先月も中央山寄りの吉家の城、大円城付近の境において、当主政束の嫡男、政隆の元服祝いにかこつけて、家臣や郎党千人規模の大規模な鷹狩を行っている。

 鬨の声や銃砲の音がけたたましく鳴り響き、合戦さながらの様相は吉家側の領民にわざと聞こえさせようとするばかりであった。

 

 

「標的は札下か?」

「恐らくは。勝天丸様が生まれた際のあの合戦以来、北山は幾度も狙っておりますからな」

 

 札下城は西国中央部の交通の要衝であり、数十万を超える民の住む、西国では第五の規模を誇る大都市でもあった。

 札下城主であり、四臣の一角を占める河辺敏兼は、1411年の拝命以来、政務官として、大規模な街道整備や商業の振興を図り、ますますその繁栄を引き出している。

 付近には鉄鉱山や良質な木材の取れる名崎山があり、資源地帯としての価値も大いにある。

 

「よし、俺も出陣しよう。宇治田以来、大した戦もなく体もなまっておるしな」

 

 そう言いながら頼政は矢を放ち、的の中央を正確に射抜いた。

 

「殿、此度の戦は宇治田の比ではありませぬぞ。まずは坂本殿や巻島を向かわせ、様子を探るべきでは」

「北山は札下で、大戦を狙っておるのだろう? 主たる俺が行かずしてなんとするのだ」

 

 頼政は不興顔で、小姓から渡された次の矢を弓につがえる。

 

「殿はもはや南方の太守にして、帝の守護者にございます。易易と矢面に立つことはなりませぬ」

「そういうものかな」

 

 頼政が弓を張ると、別の足音が聞こえてきた。

 

「喜助! 貴様、このわしに断りなく殿に言上するとはどういう了見じゃ!」

 

 忠教はうるさいやつが来たと言わんばかりに、顔を歪ませる。しかし、すぐに彼の方に膝を向けて頭を向ける。

 

「じじ殿。それがしはもう殿の筆頭家老ですぞ。いい加減その呼び名はやめていただけませぬかな」

「筆頭家老といえど、儂は天下に比類なき大学者であるぞ、もっと礼を以て接さぬか」

「爺、そこまで言うからには、何か案があるのでしょうな?」

 

 藍山信益。昌克時代の筆頭家老であり、琴原家の乗っ取り画策や、宮中の掌握などはすべてこの男の献策である。昌克逝去後は、大老からは引き、火器の開発に傾注していた。頼政の傅役でもあった。

 

「は。札下も気がかりでございますが、それがしは岩杉のほうに憂慮しておりまする」

「都が危ないと申すか?」

「東国では着実に宮島が覇権を確実なものにしつつあり、中央山守護の誇り高い北山の主は、それに対し、警戒を強めつつあると聞き及びまする」

 

 北山家は守護を殺害して大名となった吉家とは異なり、1000年の昔より中央山北部を朝廷より任されたれっきとした守護大名である。東国の宮島は更に格が高く、王家にも何人か大臣を輩出してるほどの名家で、乱世に突入する以前から東国では宰相格の水原に次ぐ権勢を誇っていた。

 

「しかし札下とて古くから交通の要として栄えた土地。都よりもこちらのほうが執心なのでは?」

 

 忠教はそう反論する。

 

「分かっとらんなぁ。実利を重視した先代の政室とは異なり、政束はとにかく名誉を欲しておる。名誉を手に入れるには、都を手に入れるほうが先決という寸法よ」

 

 北山政室は33代目の当主であり、北国の商業振興に力を尽くし、外征も盛んに行って東北部における覇権を確立した英傑である。

 政室のころは東南部で勢力を広げつつあった吉家との直接対決は避け、中央同盟の後ろ盾となっていたが、1406年に没して政束となって以来、吉家に対する敵愾心をむき出しにしていた。

 

「なるほど。筋は通っているな」

 

 頼政は、感心したふうなため息をつきながら、首を縦に振った。いつの間に弓の稽古をやめ、縁側に腰掛けて話に入っている。

 

「しかしここ数年の動向を見るに、北山の関心は西の都よりも、東側に向いておりますぞ? 先ごろの鷹狩の凄まじさを、信益殿もお聞き及びでしょう」

「天秤にはかけているやもしれんが、本丸はあくまで岩杉の都よ。あの鷹狩とてそちらに目を向けさせんが為の策であろう」

 

 頼政はしばし顎に手をやって思案した後、結論を出した。

 

「わかった。とりあえずは付近の巻島、岩城に命じて井原に一千騎ほど向けさせよう」

「殿! それでは」

「わかっておる。その点についても考えてある」

 

―9月10日 岩杉京 洛中 近衛隊第一屯所―

 

 四河国の都、岩杉。

 ここは代々、帝とも称される王が直接治めるところとされており、今は96代目の王、仁建王の治世であった。

 しかし乱世に突入して以来、王は傀儡であり、その操り手をめぐって権謀術数が繰り広げられていた。

 現在は頼政の弟である諸治が、宰相格のもう一つの片割れであった琴原の当主となっている。しかし、宰相職にはほぼ実権がないため、旧家をたてる形で塩正の嫡子であった齢4つの正長に譲り、諸治当人は王城を守護する名目で、先代当主の昌克が創設した近衛隊の第一隊長官となっていた。

 近衛隊の長官は名家の世嗣又は係累が継ぐのがしきたりとなっており、第一隊の長官は宰相格が務める、総長に次ぐ地位をもっていた。これは四河国内の大名家を名目だけでも立てることにより、不満を抑えようという、昌克の策略である。

 なお、総長は仁建王の二の太子、安昌王が務めているが、ほとんど飾りである。

 

「殿、兄君より使者が参りました」

 

 長官に宛てられた、執務室において、書類と向かい合っていた諸治に、書簡が手渡される。

 取り次いでいるのは諸治付きの侍臣であり、第一隊の副官でもある伊部貞綱。四臣に次ぐ重臣格である六臣の一格、伊部家の次男であった。

 

「兄上からか、何用だろう」

 

 そう言いながら、筆を横に置いて書状の包をあけ、文章に目を通した。

 しばらくして貞綱が内容を尋ね、諸治はその柔和な顔に、険を漂わせながら答える。

 

「北の方がどうにもきな臭いようだ」

「岩盛の方でもにわかに動き出してるということですかな?」

 

 諸治は頷いて、使者に顔を向ける。

 

「委細承知した。兄上にも宜しく」

 

 それを聞くと、使者は取り急いで執務室を後にした。

 

「どうなさるのですか」

「明日にでも政隆殿と、酒を酌み交わすとしよう」

 

 北山政隆は第三隊長官であり、諸治とは幼少のころより岩杉の学士院で学んだ仲である。深い仲とまでは言わないにしても、通り一遍の友達付き合い程度の親交はもっていた。

 都から一歩出れば敵同士になりかねない間柄でも、王城の中では同じ王に仕える臣下として、このような事になるのは珍しくはなかった。

 

「そう簡単に本音を吐露されるような御仁には見えませぬが」

「なあに、言葉にされずとも良いのだ。それ以外からでも読み取れぬことはない」

 

 諸治はそう言うと、再び事務作業へと戻っていった。

 

―9月11日 岩杉京 琴原諸治役宅―

 

 翌日、務めを終えると諸治は政隆を自らの役宅に呼び、慰労の軽い宴を開いた。

 酒もやや入ったところで、諸治は政隆に本題を切り出そうとしていた。

 

「ご元服の折には、大した祝いも出来ず、ご無礼いたしました」

 

 そう言いながら、諸治は政隆になみなみと白磁の酒器に清酒をついだ。

 

「なあに構いませぬよ。諸治殿も、宰相家を継いだ上に、このお役目。何かと物入りでしょう」

 

 政隆は真っ赤になりながら、上機嫌な風に言う。それなりに気を良くしているようだ。

 諸治は政隆より4歳上の齢19であり、年長ばかりの近衛隊上層部において、どこか通じ合うところがあった。

 

「いやいや私のような小さき家のことなど……。北方の主の世嗣である貴方様にはかないませなんだ」

「うん? ま、まあそれもそうやもしれんな、ハハハ」

「聞きましたぞ、先月は元服の祝賀で、大きな鷹狩をされたとか、その威勢には感服するばかりです」

 

 そう言うと、諸治は政隆に目配せをする。表情は変わらず、喜色満面である。

 

「いやあ、もうそんなことまで伝わっているとは、面映うござる」

「北山殿には、これからも北方の巨魁として、国の主柱として帝をお支えいただきたいものですな」

 

 それからも宴は二刻ほど続き、終わった頃にはすっかり夜は更けていた。

 

―玄関口―

 

 諸治はすっかり酔いつぶれた政隆を、家人を呼んで引き取らせた後、かごの過ぎ去った路地の上で考え込んでいた。

 

「殿、いかがでしたか」

 

 共に見送っていた、国高が尋ねる。

 

「様子を見た限りでは、近々何かあるというわけではなさそうだが……」

「何か、お気にかかることでも?」

「政隆殿は、元来、ああも隙だらけな様をみせるような御仁ではないはず。念の為、為すべきことはしておくにこしたことはなかろう」

 

 そう言うと、そそくさと役宅へと戻っていった。

 

―9月17日 岩盛城 本丸 主書院―

 

 主書院は、当主が執務する部屋であり、頼政はここで当主としての役務をこなしている。

 

「そうか、都の方は特に変わりなしか」

「どうやらそのようですな。かわって、井原の方では国境近くの村々で前哨が建てられ、前線に近い、十掛城では次々に兵馬が集まっている由」

 

 頼政と忠教は、難しい顔を突き合わせながら、言葉を交わしていた。

 

「そういえば、今日は爺はいかがした」

「なんでも、ここ一週間は所領に引き戻って、自前の工廠で熱心に何かを作っているとか」

「そうか……。それでも、家老として領内や国の政の仕置は怠りないのだから、我らも見習わねばの」

 

 そう言いながら、頼政も今年の領内の作付けを記した書状に目を落としている。

 忠教は、軽くあいづちを返して、話を続けた。

 

「殿、ここは東国にも助力願いましょう。今攻めかかられても、備えが間に合うかどうか」

 

 今、井原の城下には、現下における軍の事実上の頂点に位置する、北方軍団長の職を奉じている三老の坂本恵一及び副軍団長の岩城国久麾下の精鋭五千が配置されている。

 しかし、対する北山方は、当主の政束直々の2万とも3万とも言われる軍勢が張り付いていた。

 

「兵は出せなくとも、牽制くらいにはなるであろうしの。宮島に脅かされてるなかだとは思うが」

 

 中央山を超えた東国は、北から倉林、本条、花城といった中規模の勢力を持つ三家が、覇者となりつつある宮島の脅威に対抗すべく吉家と誼を結んでいる。

 特に、元初川領の戸川城に隣接する、勝山城を本拠とする本条家とは、近々正式な婚儀を結んだ上での同盟を結ぶ事が思案されるほどの関係を構築していた。

 中央山及び山脈は東西の交通をほとんど分断しているが、中央に関しては朝廷が財を投げ売って大規模な道普請や、街づくりが行われ、例外的に繁栄した城下町が中央に誕生し、それが戸川城とその城下であった。

 それを東国の脅威から矢面にたって守る存在である、本条家は吉家にとってはこれ以上ないほど重要な大名であった。

 

「常日頃から我々は少なくない金子や、武具を貸し与えているのです。きっと応えてくれましょう」

 

 そうしていると、書院にけたたましい声が鳴り響いた。

 

「殿! 一大事にございます! 去る12日、北山が国境を超えて侵攻! 倉部丘の砦に襲いかかりました!」

 

 

 息を荒げた伝令の兵は、それを言うと、ばたりと倒れ込んだ。

 傍に控えていた小姓たちは急いで駆け寄り、ねぎらいの言葉をかけながら起こしてやろうとしていた。

 北からの脅威が今、南国へ刃を突き立てようとしていた。

 

―第一話 予兆 終―

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。