―9月12日 倉部丘 国境―
1411年に宇治田を滅ぼした後、北山との取り決めでは井原城から更に北に、二里(8km)ほど行った、この倉部丘に関所を建設し、国境とすることになっていた。
ここは標高五十丈(150m)ほどの小高い丘だが、見晴らしがよく、哨戒には都合が良かった。
「全く嫌になるよなあ。こんな危ないときに見張りの輪番がまわってくるなんてよお」
「んだんだ。敵さんももうちっと、考えてくれってんだ」
倉部丘の関所は井原を領地とする、村木家の差配となっており、その家臣の兵たちが輪番で守りにつくことになっていた。
普段は4,5人程度の番兵だったが、ここ一ヶ月で北山の動きが怪しくなったため、急遽100人に配置する兵を増やし、関所も砦といってもいいほどに改築された。
この兵たちは昨日造られたばかりの櫓を任されている。
「あーあ、やってらんね。小便でもひっかけてやろうかな」
そう言いながら、兵の一人が立ち上がって、北山領の方向に身体を向けた。
「お、いいねいいね、やっちまえ」
囃された兵が台に登って、イチモツを出そうとすると、急遽動きが止まった。
「ん? なしただ五……」
囃した兵が声をかけるや否や、その男は後ろに勢いよく転倒した。
額には矢が見事に刺さっており、既に事切れている。
「五助ええええええ!!」
「さ、叫んでる場合でねえぞ! 半鐘だ! 半鐘を鳴らせ!」
砦はあっという間に、上を下への大騒ぎとなり、戦闘準備が開始された。
しかし、時既に遅く、半鐘が鳴り響いた頃には、薄暮の空を白昼と見紛うほどに大量の火矢が注がれた。
後世に、第一次吉北大乱と呼ばれる、戦争の始まりだった。
―砦北方 森林―
「いやあお見事でした、さすがは馬廻衆の次期筆頭ですな!」
「この程度、出来て当たり前だろ。それにあんな汚いもの見てしまったから、今日は少々手元が狂ってしまいそうだ」
褒められている男は、北山領内でも指折りの豪傑が集められる馬廻衆筆頭、大向井景忠の次男、景次である。
齢13にして、北山の公式流派である紫閃流の極意目録を頂き、馬廻り衆の一部隊を任されるほどの力量を持った人物である。
「全く、兄上はもっと面白そうな所いかされてるっていうのに」
「それだけ、殿のご信頼が厚いということですよ。もうその話はやめて、敵将の首をとっちまいましょうよ」
景次は隊員の激励を聞いて、少しだけ気を持ち直し、背筋を伸ばして、本陣へ報告にむかった。
―興雲寺 境内―
北山軍は国境から一里離れたここに本陣を置いた。
ここには総大将の当主、北山政束と副将であり、筆頭家老の村浜和政がいる。
「滑り出しはうまく行ったようだの」
34代目の当主、政束は齢50。英傑の誉れ高い政室より北山を受け継いで、もうすぐ10年を迎えようとしている。
父の才覚をよく受け継ぎ、西北部が彼の手中に入って、北山家累代の悲願である北国の覇者の大望は果たされようとしているが、剛毅な気質であるため、反発も大きい。
「池崎殿率いる1万の軍勢も大円城に取り掛かったとのこと、遠からず岩盛は、蜂の巣をつついたかの如き騒ぎとなりましょう」
「時はかかったが、これで漸く、あの成り上がり者共を放逐できる。喜ばしい限りだ」
政束は満足げな様子で、目の前の矢盾机に広げられた、国境付近を図示している絵図を眺めていた。
「北方……いや西国の太守である殿に逆らおうとするから、このような目に遭うのです! 目に物見せてやりましょうぞ」
この如何にもなまでの太鼓持ちは、政束の小姓から側用人に取り立てられた、壁坂政光である。数年ほど前に、敵領からさらってきた子女たちの一人だったが、一見すると女子と見間違えそうなまでの、眉目秀麗なその出で立ちが政束の目に止まり、ここまで重用されている。
元は一佐という名だったが、この年の6月に偏諱を与えて、政光となっている。
「うむ。よう申してくれた! この戦の終わった暁にはどこぞの城主にしてやってもよいぞ!」
「まあ、誠にございますか! この政光、汗顔の至りでございます」
そのやり取りを、筆頭家老の村浜は、苦虫を噛み潰したかのような表情で見ていた。
この男は取り入る術以外は、取り立てて能のない佞臣の典型であり、村浜以外の家老格の重臣たちも皆、家を破滅させる元凶になるのではないかと危惧していた。
「失礼致します」
いたたまれなくなった彼は、立ち上がって、本陣の陣幕から辞し、自らの陣に戻ろうとした。
「なんだ和政、妬いておるのか?」
「お戯れを。戦地の様相を見てまいります」
冷たさを含ませた言葉を告げ、和政は陣から去った。
「あの男、どうにも気に入らないんですよ。この前すれ違ったらあからさまに避けてきましたし」
「ほう。そうなのか」
「殿のお気に入りの私を煙たがるなんて不忠の限りとは思いませぬか? 私が大老を勤めれば、きっと殿を西国はおろか、一国の天下人にしてさしあげます」
政光はあからさまな秋波を送るが、政束はフッと、口ひげを揺らした後
「気にするでない。和政は父上の代からよう治めてくれておる。無愛想な男だが、政軍共に通じた者はなかなかおらぬでの」
政光は不満げな顔をしたが、引き際を悟ったのか、すぐに太鼓持ちへと戻った。
―興雲寺 正門前―
和政は正門を出ると、深呼吸をして茜色から空色へ顔を変えつつある、東の空を見つめた。
「これはこれは大老殿。陣へ戻られるのですか」
「おお本条殿、戦の首尾はいかがかな」
本条重綱。北山は伝統的に四人から五人の家老がおかれるが、本条重綱は村浜に次ぐ地位にある。東国の大名である本条家とは、10代前に分かれており、ときの主に謀反を起こした、叔父の生き残りの血筋である。
「既に勝敗は決しました、砦の守将であった野上宇助は既に首をあげられ、大向井景忠殿率いる先陣は勢い盛んに井原城へ向かっておりまする」
倉部丘砦の戦はわずか一刻(二時間)も経たないうちに北山の勝利に終わった。
「流石は本条殿と、大向井殿ですな。殿もいたくお喜びになられるでしょう」
「は。つきましてはその事を殿に」
「今はやめておかれませ」
和政は境内に入ろうとする重綱を手で制する。
重綱はすぐにその意を察し、眉間にシワをよせる。
「またあの太鼓持ちか……。殿はいつまであの者を側に置いておくつもりなのだ!」
「本条殿。聞こえまするぞ」
「わざと聞こえるように申しているのだ。お諌め申し上げてくる!」
和政は既に諦めきっていたが、重綱は事あるごとに政光は国のためにならぬと諫言を繰り返していた。
「奥方様を亡くされてから、殿もお寂しいのだ。今は放っておきましょう」
政束は10年前に、嫡子の政隆及び、その弟の楠法師(後に政道となる)を産んだ、正室・桃御前を亡くした。後妻も娶らずに操を立てていたところに、政光が目の前に現れたのだ。
「村浜殿。そなたも大老としての自覚があるなら、はっきり申されよ! あの者は決して御台様の代わりとはならないと」
「そのような事は、私とて分かっておる。だが、殿のあのご気性ではもう」
「もうよい、話にならぬわ!」
重綱は和政の手を振り払い、憤然と境内に入っていった。
和政はため息をついて、自らの陣へ帰るべく、愛馬にまたがっていった。
―9月17日 岩盛城 評定の間―
吉家の方は、北山襲来の報せを受け、当主の頼政は岩盛にいる重臣たちをよびつけ、緊急の評定が開かれた。
箕崎国のあちこちで仕事をしていた重臣たちが集まった頃には、夜となっていた。
この頃には12日のうちに発生した変事が一通り伝わっており、井原、大円の二城が包囲され、札下周辺の砦や出城も次々に落とされている事は周知されている。
「当方に寄せられた報せによりますれば、状況は極めて我々に不利と言わざるを得ませぬ。寄せ手は併せて3万5000の大軍に対し、我らの北方軍は全てあわせて漸く1万に届くかどうかといった次第で……」
万報館の次長であり、博綱の嫡子である博康は滔々と状況を報告し終えた。
「村木は一体これまで何をしていたのだ! このようなにわかの大事を知らせることこそ、そちたちの務めであろう!」
「良い。忠教。ここ4年、軍よりも政に重きを置き、備えを不全にしていた余の責めだ」
1411年に宇治田を滅ぼして以来、新たに当主となった頼政は、昌克治世末期に立て続けに起こしていた戦の後始末と民政安定に力を注いでいた。
それまで30万を超える常備軍をもっていた吉家は、維持費の削減の為に10万まで兵を減らし、その10万の兵も今年に入って北方の備えに残していた1万と、近衛隊に5千、東方国境に3千と2万弱の兵を除いて、全て予備役として職を解いてしまっている。
「殿、事は重大なのですぞ。北山は後詰も含めてまだ15万もの兵が国境付近にいると聞き及びまする。そうだな、彦衛門!」
「は。今侵入しているのは、馬廻りの大向井景忠を主軸とした筆頭家老の村浜和政と、家老の池崎綱総を大将とした精鋭軍です。その背後には北山領内の各地で集められた徴募兵や二の備以下の常備兵がおそらくそれほどではないかと」
15万という数字を聞いて、諸将の顔が一気に強張った。
「河辺殿、今から同数の兵を揃えるとしていかほどの日数がかかりますかな」
博康が、同じく四臣で、主計の長である河辺敏兼の嫡子、敏平に尋ねる。父の敏兼は、現在包囲の危険が迫っている札下城で城主として出来る限りの防御策を講じている。
「先程まで算段をつけたところ、全土への布告に6日、徴収に10日、前線配備までに更に10日、その他の準備と並行してやるとしても、一月はみなければなりませぬな」
敏平は冷徹に算段の結果を告げた。
「一月も20万近くの大軍に、1万で防御せよとな。もう少しなんとかならぬのか」
同じく四臣で、兵務の長である巻島峰治がそう苦言を呈した。
「精一杯急いでこれなのです。これ以上は一日も罷りなりませぬ」
「井原と大円城がどれだけ持ちこたえられるかにかかっておりますな。井原は市介だったが、大円は確か」
「父上の寄騎である伊部です。伊部太助貞孝」
四臣以下の六臣は寄騎として四臣に家ごとに仕えていた。伊部は村木の寄騎である。
「おお太助だったな。あれなら大丈夫だろう。きっともちこたえてくれよう」
しばらく黙していた頼政だったが、一通りの意見を聞き、ついに口を開く。
「ここで弁々としていてもはじまらぬ。明朝、あるだけの軍をかき集め、余は札下へ出陣する! 諸城には無理な抵抗は行わず、札下にて時を待てと伝えよ!」
「殿。ご短慮はなりませぬぞ。殿にでていかれなくとも、ひとまずはそれがしが」
忠教が止めに入るが、頼政はあくまで意見を譲らない。
「北山は当主直々に出陣しておるのだろう。余とて南国の太守だ! ここで出ていかねば一生の恥辱となろう」
そう言って、頼政は評定の間を出ていく。決意はあくまで固いようだ。
―岩盛城 平手忠教屋敷内―
「戦が始まるのか?」
夕食を終えた勝天丸が、小姓頭の藍山信国に尋ねる。
「どうやらそのようです。しかし、大丈夫です。必ずや殿が守ってくださいますよ」
「私も戦に行きたい」
「行って、どうなさるのですか?」
信国がからかい半分に、勝天丸に尋ねる。
「父上をお守りするに決まっているだろう!」
信国は、にこやかに笑ってみせた後
「そのお気持ちがあれば、お父君もきっとお喜びになりましょう。ですが、若にはまだ学んでもらわねばならないことが山程あります。今はまだその時ではないのです」
「私には利兵衛がいるから大丈夫だ!」
利兵衛とは信国の通称である。
「私とてまだまだ、元服も許されぬ身。戦場に出るにはまだ時がかかるのです」
「利兵衛は物知りではないか。それでも、なのか?」
「そうなのです。一人前の武人として殿をお支えするには、それだけの器量と資質もなければならぬのですよ」
「左様でございますぞ若、ですから戦に出るなど申さず、明日からは勉学にも」
太兵衛こと平手忠義が横から話に入る。
「太兵衛は一回でも私に勝ってから、そういう口を叩いたらどうだ?」
「な、何を申しますか! 相撲も剣術も、若は小狡い手ばかり使うから勝てないだけです!」
太兵衛は真っ赤になっていきり立った。
「実際の戦場で、そんな言い訳は通らないからのう」
「また若はそんな……。宜しい、ならば今からでも取り」
太兵衛が四股を踏もうとしたとき、下男の声がした。
「と、殿がお帰りになりました」
やや上ずった声の下男が、三人の話していた広間に入ってきた。
「父上、おかえりなさいませ」
太兵衛が父の帰りを出迎え、忠教はそれに応じた、やや遅れて、奥から別の声がした。
「勝天丸、元気にしておったか」
「父上!」
唐突な当主の来訪に、勝天丸以外はみな、慌てて平伏した。
「ああ、良い良い。楽にせよ」
その言葉に応じて、他の人々も面をあげた。家老格の子といえど、当主直々に会えることは滅多に無いため、太兵衛や利兵衛、その他小姓たちも頑なになっている。
「済まぬな、なかなか会いに来てやれず」
「いえ、今日お会い出来ただけでも、勝天はうれしゅうございます」
そう言いながら、勝天丸は頼政のすぐ近くへ駆け寄った。
頼政は屈んで、子の目線にあわせる。
「うむ。前来た時よりも、武人らしゅうなった。今後も、忠教の下、精進するが良い」
頼政は笑みをたたえながら、勝天丸の肩を叩いた。
「それと、これは土産だ、お前にやろう」
頼政は懐から、文箱を取り出し、勝天丸に手渡した。
蒔絵が施された高価なもので、当主の世嗣が持つにふさわしい気品がある。
「父上……。ありがとうございます!」
「お前がなかなか勉学に身を入れぬと、尋から零されたからな。これからはそれを用いて、励め。武人たるもの教養もなければならぬぞ」
勝天丸は目を輝かせて文箱をしげしげと眺めている。
「忠教、後は頼むぞ」
そう言って、頼政は立ち上がり、部屋を後にしようとした。
「もう宜しいのですか?」
「明日は早くから、忙しなくなる。今のうちに休まねばの」
忠教に、短くそう返すと、勝天丸はにわかに大きな声をだした。
「父上! 私も戦にお連れいただけませんか」
「若」
控えていた利兵衛が、静止を求めたが、勝天丸は引こうとしない。
「そう言うてくれるのは嬉しいがな。今はすべきことに専念せよ」
それだけ言うと、頼政はそそくさに屋敷を後にした。
―9月23日 右梶城 評定の間―
出陣から5日、出発時はわずか500だった兵は途中で次々と、家臣が合流して2万ほどの軍勢になっていた。
この日の夜、札下城から南に20里ほど離れた、六臣の杉地基隆が城主を務める右梶城に入った。急いであと2日という距離である。
「ここまでたどりついて2万ほどか。ここから北はすでに札下の方に加勢してるであろうから、もう望めぬであろうな」
頼政は絵図を見ながら、副将として付き従った巻島峰治に、そう告げた。忠教は城代として岩盛に残している。
「は、左様でございます。これでも北山に対するにはちと心許ないですな」
「既にこちらには井原が陥落し、北山軍は既に大里、水山の砦を破って、最前線の軍はもう木暮川に差し掛かっているとの報が届いております。予断を許さぬ状況です」
木暮川は札下の城下町の最外殻に位置する河川である。
「杉地殿、それはただならぬ事態でありますな。奴らは既に包囲にかかりはじめていると……」
基隆は、苦しげに一度頷いた。
「博康よ、博綱は無事に逃げおおせたか?」
頼政は、出陣をともにした博康に語りかける。
「はい。どうにか、早めに趨勢を見切って、札下まで退却した模様です」
博康は、まさか気遣ってくれるとは思慮の外だったのか、表情をいささか崩していた。
「そうか。良かった。流石に分が悪いからの」
「ご下命の前に、早々に退却するとは、市介め。相変わらず抜け目がないの」
峰治は、同輩の果断な判断に、フッと笑ってみせた。
「博康、それで東国はどうなっておる」
「既に変事は各々に伝わっており、出来る限りの協力はすると」
「兵は?」
「倉林殿が、北路を封じたくらいで、他は」
北路とは、中央山脈北方に敷設された東西の路であるが、戸川にある中央街道に比べれば、獣道の如くただそこにひいてある程度の粗末なものである。
「思案の内ではありますが、やはり当てにはできませぬな」
「そう言うな峰治。宮島を抑えてくれているだけでも、十分に役に立っている」
博康はその頼政の言葉に、顔を曇らせる。
「どうした博康」
「いえ、噂程度なのでお耳に入れるべきかどうか」
「良いから申せ!」
峰治の鋭い一喝に、博康は重い口を開いた。
「それが、花城殿のご家来が、近頃宮島のご家来衆と親しくされているというのを、耳に」
「何だと、それは由々しき事ぞ」
花城は、東国の三大名の中では最大の領域を持つ大名で、宮島とは朝廷の時代から権勢を争い合う名家であった。
しかし、1413年より当主の座に就いた義臣は、成り上がりの吉家に対して良い感情を抱いていない。そのため、表向きは姿勢を変えないながらも、ここ数年は宮島に傾いているのではないかという噂が立っている。元々、反宮島同盟の構成員である本条や倉林も花城の臣下であった為、尚更である。
「花城殿は南の抑え、万一敵に回るとなったら我らはまさに板挟みになりまするな」
基隆が苦い顔をして、そう口にした。
「その噂、誠か否か、至急調べさせよ、事と次第によっては関係も考え直さねばならぬ」
頼政は、よく響く声で博康に厳命する。
軍議をしていると、またも慌ただしく急使が駆け込んできた。
「申し上げます! 去る21日、大円城が落城! 城主伊部太助貞孝殿は、お討ち死に!」
評定に衝撃が走った。
札下城の東の要が破られたのである。
「なんということだ。これは急がねば、札下が完全に包囲されてしまうぞ!」
「殿、我々はあと2日の距離のところにおります。対して、大円の城は札下より強行軍で、5日かかる距離。すなわち」
峰治は、悔しさの大いに滲んだ声で話す。
「間に合わぬ恐れがあるということか?」
「今我々は一兵も失うわけには参りませぬ。後方の援軍もつかぬうちに、別働隊の東方侵攻軍と干戈を交えるは、烏滸の沙汰にございますぞ」
「では、ここで無為に時を過ごせと言うのか!? 札下が如何に重要な地か、そちも存じておろう」
頼政は目を怒らせ、憤然と立ち上がって、峰治を叱りつける。
「時を待つのです。一月もすれば、我らの兵は北山と並びまする。そのときこそ、決戦を」
「札下の地が包囲されれば、直に強襲を受けるというのが分からぬのか。その上、我らの劣勢を悟られれば、威信にも関わろう」
「いえ、殿、札下は現在、7500の我らの兵に加え、我らの統治を望む、民が義兵として加わり、3万ほどの規模になっていると聞き及びます。一月ほどならばもしや」
博康が、慎重論に加わった。
「これは我ら吉家の戦ぞ。罪なき民をいたずらに巻き込んで良いと思っておるのか」
「お若いですな殿。時と場合によっては戦でも、民の微力であっても縋らねばならぬこともあるのです」
峰治は先ほどとは変わって、静かな声で、頼政をたしなめた。
「何を」
「あまり申し上げたくはありませなんだが、言わせていただきまする。ご先代、昌克公ならば躊躇は致しませなんだぞ」
父の名を聞くと、頼政は先程までの怒りをおさめ、着座した。
しばらく、逡巡したかのような間を挟んだ後、漸く口を開いた。
「明朝、御部川まで兵を進める。そこにて暫し、兵を待つとしよう」
御部川は札下城まで5里ほどの距離にある、城下が遠くに見えるほどの河川である。
それを聞くと、諸将は頭を低くして命を受け、各陣へと戻っていった。
四半刻が過ぎると、峰治と頼政だけが遺った。
「殿、差出たことを申しました。ご寛恕くだされ」
「良い。俺こそ頭に血が昇って、少々行き過ぎたことを申した。それにしても」
頼政は再び、目の前にある絵図に目を向けた。
「爺は何をしておるのだ。戦が始まってからというもの、一向に姿を見せぬ」
「風の便りによれば、未だに工廠にこもりきりとか、全く事態をどれほど把握しておられるのか」
三老の一角、藍山信益は西南部の高富城を本拠にしており、そこに武器の工廠を持っている。
藍山家は代々軍師であると共に、これまで並々ならぬ軍事的な発明と成果を吉家にもたらしていた為、このような勝手がまかり通っている。
しかし、このような経緯を鑑みてもなお、頼政は今度ばかりは不信を拭えずにいた。
―9月29日 千賢寺 本殿 大広間―
吉家が御部川に兵を張り付けて、滞陣を始めてから5日が経過した。
札下城は完全に包囲され、三老の一人、坂本恵一指揮の下で、寄せ手の北山軍を頑強に寄せ付けずにいた。
しかし、寄せ手の北山軍5万は精鋭、それに対して吉家は3万と数で劣勢の上に、6割強が素人の集まりである。いずれは防衛線が崩壊して攻め寄せられることは明白であった。
頼政は近くの千賢寺に陣を構え、軍の集結をただ待っている。
「札下はよく持ちこたえているようだな」
「坂本殿は、逆茂木、空堀などを次々と造らせ、民家という民家に兵を潜ませて敵を撹乱しているようですな。流石は音に聞く、吉家軍の大番頭といったところでございますな」
「しかし、一向に攻勢に出れてないのも事実……。このままではいかぬぞ」
頼政は日々、札下を気にかけていた。元々、札下城の守りであった井原、大円の両城がここまで早く落ちることが想定外で、札下の城としての機能は最低限しか持たせていなかった。
その上、収穫前で、兵糧がさほど多く用意されていなかったため、3万の兵を養えるだけの蓄えは十分でなかった。
「峰治、まだ出陣はならぬか?」
「なりませぬな。兵は未だ4万程度、これでは北山の精鋭軍すら追い払えるか怪しいものでございます故」
「とりあえず包囲が解ければ良い。包囲さえ解ければ、我らの兵糧や武具も入れてやれるのだ」
「殿、此度の戦は、有象無象の勢力ではないのですぞ。この一戦で西国、ひいては我ら吉家の命運が左右されまする。五分五分程度で矢合わせに至るべきではありませぬぞ」
老臣の峰治はあくまで慎重論を唱えるが、村木博康や河辺敏平といった、若手に属する諸将は違っていた。
「兵の中には、札下に縁者がある者が多く、血気盛んに合戦を待ち望んでおります。ここはどうか、一日も早く、ご決断を」
「巻島殿は、兵が集結するまで待つと仰せですが、南部では長雨が続いており、想定より兵の集結が遅れるだけでなく、兵糧も心許なくなる恐れがございます。想定よりも早く事を起こさねばならぬでしょう」
頼政は双方の意見を聞き、この日も本堂に篭もって、祈念を行った。
―10月3日 来塚原―
10月3日、この日、遂に頼政は出陣を決断し、兵を札下城から3里ほどの来塚原まで進めた。
軍勢は7万まで膨れ上がり、峰治も主戦派に折れて漸くの出陣であった。
その時、奇っ怪な報せが行軍中の頼政にもたらされた。
「何ィ!? 包囲を解いた?」
報せを聞いた峰治は驚きのあまり、口をあんぐりと開けていた。
「は、昨日、突如として北山が囲みを解いて、北方へひきはじめたと」
伝令兵も、意図をはかりかねたような顔で、言上している。
「にわかには信じられませぬな」
「しかし、確かにこれほど近づいているのにも関わらず、炊煙の一つも見えぬというのは面妖です、もしかすると……」
博康、敏平も口々に続いた。
「ともかく、兵を進めよ。行けばわかることだ」
頼政は伝令には一瞥もやらずに、馬を前に進めた。
―札下城下―
「これはどういうことだ……」
札下城下にたどり着いた頃、日は西に沈もうとしていた。
札下城は、焼き討ちされた跡や、くすぶった煙などはあれども、敵兵と思しき影は一つも認められない。
「大方、我らに怖じ気ついたのでございましょう! 北山も、民や兵の抵抗に相応の痛手を被ったようですな」
博康はそう楽観を述べたが、峰治の顔は晴れない。
「いくら頑強な抵抗といえど、我らと一矢も交えずに退くなど……。これはなにかの罠ではないのか」
頼政ら重臣たちが、そう話していると、やがて騎乗した数名ほどの武者が、出迎えがやってきた。
「これはこれは皆様お揃いで! よう来られましたな!」
「恵一! これは一体……」
出迎えたのは、札下城の守将であり、三老の一角、坂本恵一であった。
敵将のしゃれこうべを数珠つなぎにした、首飾りをしており、当代無双の豪傑であることを示している。
「殿、これは幻ではございませぬぞ。北山は兵を退き、今は井原の城あたりにまで差し掛かっている様子。今こそ、北山軍撃滅の好機ですぞ!」
「しかし御家老! これは明らかに何らかの策ですぞ、いたずらに兵を動かすべきでは」
峰治は、恵一に反論するが、一笑に付して返した。
「そんなこともあろうかと、既に村木に命じて、ここから、国境までの全箇所を調べ申した。伏兵、障りとなる物、罠の類、なにもありませぬぞ」
「しかし恵一よ。このにわかな撤兵は北山に理由がなかろう。なんとみておるのだ」
「仔細は分りかねまするが、弟君が、北山の一方的な撤兵を帝に奏上したとも言われまする」
「諸治がか? しかし、今どき朝廷にそのような力など」
頼政は反論するも、恵一は下馬し、遮って進言する。
「殿! 理由など後で探ればよいことです。今はともかく、北山を追撃し、後顧の憂いを断つのが先決! どうかお下知を!」
頼政は、自らの裾を汚してまで、構えて追撃を主張する恵一を前にして、肯んずるを得なかった。
―10月1日 岩杉京 近衛隊 第一屯所―
「北山の件、駄目で元々のつもりで帝には奏上したが、前向きに考えてくれたようだ」
琴原諸治は、この日、宮中に参内して北山の無法を訴えて、停戦の勅使を送るよう奏上した。
宰相の義理の兄である為、諸治も公式に謁見できるだけの資格を持っていた。
すぐの裁可は得られなかったものの、仁建王は親身になって話をきき、よき返事をするよう、よくよく思案するとの返答を得た。
「北山が、聞いていただければ良いですがな」
「政隆殿の話では、名誉を重んじる御仁と伺っている。なにがしかの効果はあるやもしれぬぞ」
そう言いながら、諸治は書状をしたためていた。
「しかし、にわかに外が騒がしゅうございますな、それがしが様子を見てまいりましょう」
副官の伊部が執務室を出て、屯所外の様子を見ようとしていた。
諸治も、外の騒ぎになにがしか、不穏なものを感じている。
奇しくもそれは、吉家をより大きな窮地へと陥れる形となって、誘うのであった。
―第二話 危機 終―