「お疲れ様です。お先に失礼します。ちひろさん」
「お疲れ様です桐生さん。恋人とデートですか?」
「はは。恋人はいませんよ。……幸せには出来ないし」
「?。桐生さん何かいいました?」
「いえ。それじゃ失礼します」
彼の名前は桐生龍臣。
ごく普通と言いたいが、そう言えない男である。
(女か……。俺には幸せには出来ない)
暗い思いを抱えつつ、家に着く。
「ただいま」
「お帰りなさい若!」
強面の男達がズラリと龍臣を出迎える。
龍臣はため息をつく。
「真田。迎えと見送りはいいと言ってるだろ」
「若いもんに示しがつきません若」
「はあ……」
龍臣は頭を抱えた。
そして自室に入る。
龍臣はスーツを脱ぎ始める。
そして上半身裸になったところで、姿見の鏡を見る。
龍臣の背中には昇り龍の入れ墨が彫ってあった。
龍臣の実家は、桐生組と呼ばれる関東一円を支配する最大の武闘派極道である。
龍臣は三代目を継ぐべく、小さい頃から育てられてきた。
龍臣は特に剣が強く、高校時代には免許皆伝となった。
その後も渡世の実戦で腕を磨き、人斬り桐生と呼ばれるようになった。
最早その斬撃は視認出来ない程である。
「若」
カシラの真田が尋ねてきた。
「どうした?」
「親父さんと姉御がお呼びです」
「……わかったすぐ行く」
龍臣は手早く着替えると、両親の待つ部屋へと向かった。
「龍臣です。失礼します」
中からうむと返事があり、龍臣は部屋へ入る。
部屋には父と母が座っていた。
「父上、母上。何用でしょうか?」
「おう。龍臣に聞きたいことがあってな」
「何でしょうか?」
「龍臣、いい加減結婚せんか」
「……俺は女を不幸にしたくありません」
「いや、しかしだな……」
「俺は女を渡世のことに巻き込みたくありません」
「そうは言うがいずれは龍臣が桐生組を継がねばならん。そうなれば妻は必要で……」
「俺には女を幸せには出来ません」
ここで母が口を開いた。
「龍臣。あんたが優しい子だということは知っているよ。カチコミで真っ先に斬り込むのも、
他の組員を守る為だろ。だから大丈夫さ。優しいあんたなら奥さんを幸せに出来る」
「…………俺は自分が傷つく覚悟は出来ても、愛する人が傷つく覚悟はできません。御免」
龍臣はそう言って、両親が何かいう間もなく部屋を飛び出す。
「…………しかたねえ奴だな」
「あの子は極道をするには優しすぎるのさ」
「だが、器は一番だ。桐生組を継ぐのはあいつ以外いねえ」
「そうなんだけど相手がいないとねえ…………」
龍臣の両親は揃ってため息をついた。
「若」
「真田か……何の用だ?」
真田が部屋の扉を開けて入ってくる。
「若。良き人を娶って下さい」
「真田……何言ってるか分かっているのか?」
殺意と共に、龍臣は刀を取り出す。
抜いてはいないが、抜けば最後になることは真田も予想がついた。
「若が嫌がっているのはわかります。しかし、ここは組の為に曲げて下さい!」
「…………組の為に女を不幸に出来るか!」
龍臣は龍の如き咆哮を発した。
「若…………」
「…………話は終わりだ。立ち去れ」
龍臣は真田に背を向けた。
これ以上の説得は無理と真田は立ち去った。
「…………真田。言いたいことはわかってるんだよ」
その背は寂しさを滲ませていた。
「おはようございます、ちひろさん」
「おはようございます。……何かありましたか?」
「いえ、両親に嫁はまだかと言われて喧嘩しまして」
「ああ。私も電話で言われますよ
私達の年代はみんなそうじゃないんですか?」
「そんなもんですかねえ」
「ところで桐生さんのタイプってどんな女性です?」
「好きになった人が好きなタイプですね」
「逃げましたね」
「ふふふ」
「あ、それと辞令がありまして、桐生さんはプロデューサーになることになりました」
「は?」
「理由は人数不足です。これはもう決定事項ですので、従ってください」
「はあ、わかりました」
納得いかないながらも従う龍臣であった。
「失礼します」
龍臣は指定された部屋に入った。
中には女の子が待っていた。
「桐生龍臣です。よろしくお願いします」
「神谷奈緒です。よろしくお願いします。……背中の物は何だ?」
「えーと、真剣です」
「本物!? 見せて見せて!」
「まあ、どうぞ。銘は菊一文字則宗。業物の類です」
「綺麗……。どうしてプロデューサーは刀を持ってんだ?」
「えーと、まあ、護身用に」
「怪しい」
奈緒が龍臣をじーっと見る。
「まあ、そんなことはいいじゃないか。これからよろしく」
そう言って手を差し出す龍臣。
その手が血に染まってきたことを一切感じさせずに、人の好い笑みを浮かべた