制作時間3倍。誤字3倍。疲労3倍。頭の中では出来ていても、
書けない日3倍。少しずつ書いてようやく完成。
しかし、書き方も忘れ、これでいいのかと悩む。
常に頭の片隅に消えたいと思う気持ちがあり、
治る未来が見えない。そんな状態ですが、何とか生きてます。
久々の投稿です。
その日龍臣は和久井さんと三船さんのレッスンを見ていた。
トレーナーさんには席を外してもらっていた。
龍臣の二人を見る眼はかつてないほど厳しい。
龍臣から出る圧に和久井さん、三船さんはもちろん、
見学している奈緒に加蓮も緊張していた。
ダンスの軽快な音楽が流れているのに、
場の空気は氷の如く張りつめていた。
龍臣の眼は冷徹で和久井さんと三船さんの全てを見透かすようであった。
「………そこまで」
龍臣はそう言うと、音楽を止めた。
「二人共お疲れさまでした」
龍臣の眼が柔らかくなり、圧も消滅した。
空気が弛緩し、一気にみんなの緊張感が途切れる。
「ふう……。……桐生さんこれはどういうこと?」
和久井さんが非難がましく聞いてくる。
「どういうこと……とは?」
「とぼけないで。トレーナーさん無しで桐生さんが私達のレッスンを見てたことよ。
………あの視線は明らかに私達の何かを探ろうとしてたわよね?」
「……ええ。二人の覚悟を見たかったんです」
「覚悟?」
和久井さんが龍臣に問う。
「アイドルをすることに果たして本気なのかと言うことです」
「私が本気じゃないと思っていたの?」
和久井さんの機嫌が一気に不機嫌になる。
「和久井さん、三船さん。お二人はご自分の年齢をわかっていますか?」
「……二十代も後半に入ったところね」
「そうです。奈緒達は十代の女子高生。本人の意志もありますが、
今後十年は確実にアイドルを続けられるでしょう。
しかし、お二人は和久井さんの言った通り二十代も後半に入ったところ………。
じっくりと育てる訳にはいきません。レッスンは必然的に奈緒達よりハードになります。
だからこそ本気でアイドルとして活動したいかその覚悟を見たかったのです」
「………なるほどね。そのためにトレーナーさんに席を外してもらったのね。
それで、桐生さんの眼から見て私達はどうだったの?」
「………和久井さんは合格です。アイドルとしてデビューの準備に入ります」
「ちょっと待って。美優はどうなの?。私と変わらないと思うのだけど?」
和久井さんの問いに龍臣は黙り込む。そして言葉を選ぶように口を開いた。
「三船さんは……このままレッスンを続けても無駄です。
今のままならもう諦めて故郷に帰ることをお勧めします」
「え?」
龍臣が発した言葉に三船さんは凄まじい衝撃を受ける。
あの優しい龍臣が、ここまで厳しく冷酷な宣告をするとは思わなかったのだ。
龍臣の言葉に奈緒達も愕然とする。あの龍臣がこんな言葉を口にするとは思わなかったのだ。
「な……何で……ですか?」
三船さんは震える声で龍臣に尋ねる。
それに対して龍臣は三船さんの眼を真っ直ぐ見つめる。
その眼には迷いと苦悩が合わさった色が浮かんでいた。
「……三船さん。あなたは確かにダンス、ボーカル、ビジュアルで和久井さんと差はほとんどありません」
「……でしたら!?」
「ただ……あなたにはアイドルとして活動したいという己の意志と覚悟が全く見えなかった。
ただ和久井さんがいるからやってるだけ。もっと言えば俺と初めて会った時からただ流されてばかりだ。
流される人生。それも一理あります。川を遡るより流れに乗る方が楽ですからね。
でも、三船さん。あなたはカヌーに乗ってるのに、オールを他人に渡してしまっている。
その状態で人生という川に出たが最後。必ず途中で障害物にぶつかり沈みます。
……アイドルとしてデビューしたとしても、必ず失敗するとわかっていてデビューさせるのは、
俺には出来ません。三船さん。今一度本当にアイドルになりたいのか。アイドルになってどうしたいのか、
己と対話して下さい。……俺から言えるのはこの位です。三日間三船さんを休みにします。
その上で俺に答えを聞かせて下さい。三船さんがどんな答えを出そうとも、俺はその意志を尊重します」
「………………」
龍臣の言葉に三船さんはただ俯くことしか出来なかった。
ここで反論したとしてもそれは全て空虚な言葉だと、己自身がわかってしまったのだ。
和久井さんもかける言葉が無い。美優のことは薄々気付いていたが、言えないでいた。
それを龍臣はキッパリと言ったのだ。反論しようとしたが、龍臣の眼を見て何も言えなくなった。
ポーカーフェイスを装っていたが、その眼には迷いと苦悩が合わさった色が浮かんでいたからだ。
こんな言葉は言いたくなかったのだろう。だが、プロデューサーとして言わなければならなかった。
この人は美優以上に苦しんでいる。それはとても優しいから。和久井さんは胸が締め付けられる思いがした。
この人の性格はヤクザに向いていない。だけど、才能が、器が、巨大な組織を束ねるのに相応しい力を持っている。
そして、彼には決まったレールの上を走るしか道が無い。それは美優よりも辛いことだ。
美優には己の意志さえあれば、自由に人生を決められる。だけど彼にはそれが無い。
だが、彼はその中でも己の意志を貫いて、可能な範囲で自由を求め戦っている。
(孤独………なのでしょうね)
和久井さんは思う。彼の孤独を真の意味で理解できる人はいないのだろう。
「……本日は以上です。解散」
龍臣は一度も三船を振り返らず、トレーニングルームを後にした。
専用のプロデューサー室。龍臣は椅子に深く腰掛け、沈黙の中に身を沈めていた。
三船さんに投げつけた言葉は、彼自身の肌を焼くほどに鋭かった。あんな言葉を使いたくはなかった。だが、あえて「敵」にならなければ、彼女の甘えを断ち切ることはできない。
(これは……組の若い衆を弾く時と同じだ)
龍臣の脳裏に、かつて何度も繰り返した「ケジメ」の光景がよぎる。組の冷徹な現実を突きつけ、夢を追う者を堅気の世界へ戻すための残酷な優しさ。だが、ここはヤクザの鉄火場ではない。光り輝くアイドルという夢の舞台だ。
「……やっぱり、俺は堅気の世界には馴染めないか」
自嘲する笑みを浮かべる。兄の死、粛清、終わりのない抗争。己の手は既に汚れきっている。そんな自分が「覚悟」を説いたところで、それは傲慢な偽善ではないか。
思考の海は深い泥沼と化し、龍臣を沈めようとする。その時、ノックの音が響いた。
「桐生さん、いる?」
奈緒の声だ。
「……ああ、入れ」
奈緒は小さな箱を手に、部屋に入ってきた。
「ケーキ買ってきたから、一緒に食べよ」
彼女は当たり前のように、いつもの笑顔を見せる。龍臣は無言でコーヒーを淹れた。ミルクと砂糖を添える。奈緒の好みに合わせることは、今や龍臣にとって数少ない「日常」の証明になっていた。
フォークを手に、奈緒が切り出す。
「三船さん、あれで良かったの?」
龍臣の手が止まる。
「……いずれは言わねばならなかった。だが、もっと上手く伝えるべきだった。俺の未熟さだ」
「そうかな」
奈緒は意外そうに首を振った。
「桐生さんの目には、迷いと苦悩が浮かんでたよ。かなりの時間、悩んでたんでしょ?」
龍臣は長い沈黙の末、深く息を吐き出した。普段の軽口は消え失せ、疲弊した本音が漏れる。
(この人は、自分自身の命を軽んじすぎている)
奈緒は、龍臣の暗い瞳を見つめながら確信した。彼はヤクザをやるには優しすぎる。周囲が彼をトップへ押し上げるほど、彼の心は修羅へと追い込まれる。
奈緒はソファから立ち上がり、龍臣の隣へと移動した。
「ほら、横になりなよ」
自分の太ももをポンと叩く。龍臣は拒む気力もなく、素直に頭を預けた。
「……悪くないな」
「桐生さん」
奈緒は優しく語りかける。
「全部一人で背負い込まないでよ。潰れちゃうよ」
「奈緒……」
「渡世のことは分からないけど、堅気の世界なら一緒に考えられる。……一人で思いつめないで。私は桐生さんの最初のアイドルなんだから」
その言葉は、龍臣の凍りついた心にじわりと染み渡った。
三船さんの結論はまだ分からない。だが、今の自分には、支えてくれる者がいる。
龍臣は眩しいほどの奈緒の笑顔に導かれるように、そのまま深い眠りへと落ちていった。