龍と華   作:ヘルメス・トリスメギスタス

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うつ病になって4年。書いてはみましたが………。
制作時間3倍。誤字3倍。疲労3倍。頭の中では出来ていても、
書けない日3倍。少しずつ書いてようやく完成。
しかし、書き方も忘れ、これでいいのかと悩む。
常に頭の片隅に消えたいと思う気持ちがあり、
治る未来が見えない。そんな状態ですが、何とか生きてます。
久々の投稿です。


迷い

 その日龍臣は和久井さんと三船さんのレッスンを見ていた。

トレーナーさんには席を外してもらっていた。

龍臣の二人を見る眼はかつてないほど厳しい。

龍臣から出る圧に和久井さん、三船さんはもちろん、

見学している奈緒に加蓮も緊張していた。

ダンスの軽快な音楽が流れているのに、

場の空気は氷の如く張りつめていた。

龍臣の眼は冷徹で和久井さんと三船さんの全てを見透かすようであった。

「………そこまで」

龍臣はそう言うと、音楽を止めた。

「二人共お疲れさまでした」

龍臣の眼が柔らかくなり、圧も消滅した。

空気が弛緩し、一気にみんなの緊張感が途切れる。

「ふう……。……桐生さんこれはどういうこと?」

和久井さんが非難がましく聞いてくる。

「どういうこと……とは?」

「とぼけないで。トレーナーさん無しで桐生さんが私達のレッスンを見てたことよ。

………あの視線は明らかに私達の何かを探ろうとしてたわよね?」

「……ええ。二人の覚悟を見たかったんです」

「覚悟?」

和久井さんが龍臣に問う。

「アイドルをすることに果たして本気なのかと言うことです」

「私が本気じゃないと思っていたの?」

和久井さんの機嫌が一気に不機嫌になる。

「和久井さん、三船さん。お二人はご自分の年齢をわかっていますか?」

「……二十代も後半に入ったところね」

「そうです。奈緒達は十代の女子高生。本人の意志もありますが、

今後十年は確実にアイドルを続けられるでしょう。

しかし、お二人は和久井さんの言った通り二十代も後半に入ったところ………。

じっくりと育てる訳にはいきません。レッスンは必然的に奈緒達よりハードになります。

だからこそ本気でアイドルとして活動したいかその覚悟を見たかったのです」

「………なるほどね。そのためにトレーナーさんに席を外してもらったのね。

それで、桐生さんの眼から見て私達はどうだったの?」

「………和久井さんは合格です。アイドルとしてデビューの準備に入ります」

「ちょっと待って。美優はどうなの?。私と変わらないと思うのだけど?」

和久井さんの問いに龍臣は黙り込む。そして言葉を選ぶように口を開いた。

「三船さんは……このままレッスンを続けても無駄です。

今のままならもう諦めて故郷に帰ることをお勧めします」

「え?」

龍臣が発した言葉に三船さんは凄まじい衝撃を受ける。

あの優しい龍臣が、ここまで厳しく冷酷な宣告をするとは思わなかったのだ。

龍臣の言葉に奈緒達も愕然とする。あの龍臣がこんな言葉を口にするとは思わなかったのだ。

「な……何で……ですか?」

三船さんは震える声で龍臣に尋ねる。

それに対して龍臣は三船さんの眼を真っ直ぐ見つめる。

その眼には迷いと苦悩が合わさった色が浮かんでいた。

「……三船さん。あなたは確かにダンス、ボーカル、ビジュアルで和久井さんと差はほとんどありません」

「……でしたら!?」

「ただ……あなたにはアイドルとして活動したいという己の意志と覚悟が全く見えなかった。

ただ和久井さんがいるからやってるだけ。もっと言えば俺と初めて会った時からただ流されてばかりだ。

流される人生。それも一理あります。川を遡るより流れに乗る方が楽ですからね。

でも、三船さん。あなたはカヌーに乗ってるのに、オールを他人に渡してしまっている。

その状態で人生という川に出たが最後。必ず途中で障害物にぶつかり沈みます。

……アイドルとしてデビューしたとしても、必ず失敗するとわかっていてデビューさせるのは、

俺には出来ません。三船さん。今一度本当にアイドルになりたいのか。アイドルになってどうしたいのか、

己と対話して下さい。……俺から言えるのはこの位です。三日間三船さんを休みにします。

その上で俺に答えを聞かせて下さい。三船さんがどんな答えを出そうとも、俺はその意志を尊重します」

「………………」

龍臣の言葉に三船さんはただ俯くことしか出来なかった。

ここで反論したとしてもそれは全て空虚な言葉だと、己自身がわかってしまったのだ。

和久井さんもかける言葉が無い。美優のことは薄々気付いていたが、言えないでいた。

それを龍臣はキッパリと言ったのだ。反論しようとしたが、龍臣の眼を見て何も言えなくなった。

ポーカーフェイスを装っていたが、その眼には迷いと苦悩が合わさった色が浮かんでいたからだ。

こんな言葉は言いたくなかったのだろう。だが、プロデューサーとして言わなければならなかった。

この人は美優以上に苦しんでいる。それはとても優しいから。和久井さんは胸が締め付けられる思いがした。

この人の性格はヤクザに向いていない。だけど、才能が、器が、巨大な組織を束ねるのに相応しい力を持っている。

そして、彼には決まったレールの上を走るしか道が無い。それは美優よりも辛いことだ。

美優には己の意志さえあれば、自由に人生を決められる。だけど彼にはそれが無い。

だが、彼はその中でも己の意志を貫いて、可能な範囲で自由を求め戦っている。

(孤独………なのでしょうね)

和久井さんは思う。彼の孤独を真の意味で理解できる人はいないのだろう。

「……本日は以上です。解散」

龍臣はそう言うと、一度も三船さんの方を振り返らずトレーニングルームを出て行った。

トレーニングルームに取り残された奈緒達。

「ねえ美優……」

和久井さんが三船さんに声を賭けると、

「………すいません。失礼します」

俯いたままそう言ってトレーニングルームを足早に出て行った。

残された奈緒達も残っていても仕方がないので、家に帰ることにした。

 

 「………………」

龍臣はプロデューサーとアイドルの為に与えられた専用の部屋で、

プロデューサー用の椅子に座り、両手を組み、思考の海に沈んでいた。

(言ってしまった………。だが、避けることは出来なかった………)

己の発言が三船さんの心を抉ったのは間違いない。

だが、いずれは言わなければならなかった。

(解っている………。これは組に入った若い衆にやってることと同じだと)

桐生組は来るもの拒まず、去る者追わずの組だ。

だから入りたての若いのが組を抜ける時、ケジメとして小指を斬ったりはしない。

堅気の世界に戻りやすくするためだ。これは初代から守られてきたことである。

半端な覚悟で組の門を叩き、渡世の現実に心を折られ、組を抜けたいと相談されることを、

龍臣は何回も経験してきた。渡世は明日命がある保証はない。死ぬ時は簡単に死ぬ。

暴走族や不良は喧嘩で殺すとよく言うが、実際に命のやり取りに発展する可能性は限りなく低い。

簡単な話だ。素人が誤って相手を殺してしまったら、その場から逃げたとしても、警察に捕まる可能性は非常に高い。

日本の警察は優秀だ。死体から様々な情報を入手し、関係者から情報を聞き取り、証拠を固め逮捕する。

海外の警察と違い、賄賂を渡すという方法もほとんど通じない。

何より堅気の人間は人を殺してしまったという、罪の意識に苛まれる。

入りたての若いのを鉄火場に連れていっても、ほとんどの奴は拳銃を渡されても、人に向かって撃てない。

当たり前だ。相手に銃を向けて引き金を引いたら相手は死ぬ。

鉄火場では敵対組織を潰す場合、敵を全員殺す。これによりシマにちょっかいを出そうとする者は減り、

シマの住民の安全が保たれるのだ。

だから渡世では死はすぐ側にあるものなのだ。だが、新たに組に入ろうとする若いのはそこまで考えていない。

権力や金、暴力等に魅せられた奴が大半だ。それを龍臣は否定しない。人とはそんなものだからだ。

だが、組に入ってまずやらされることは、掃除や兄貴分の使いっ走りといった雑用だ。

そして、任侠道や仁義を徹底して叩き込まれる。

堅気の人間と喧嘩して負けたなどとなったら、兄貴分に徹底的にヤキを入れられる。

そのヤキも兄貴分によって大きく差がある。

ミスったら死という者から、龍臣のように一発だけ顔面に強烈なパンチを叩き込み、

正座をさせて懇々と説教といった優しいパターンまで様々だ。

そして、大半の若い奴は組を抜ける。

イメージと現実の落差に耐えきれないのだ。

そして、一握りの根性と覚悟のある者のみが残るのだ。

だから渡世では人手不足が常に深刻なのだ。

ヤクザに対する法等も厳しくなり、百年以上の歴史を持つ組が解散するといったことも起きている。

 

 龍臣はそんなことを思い出し、今日の三船さんへの言葉を咀嚼する。

アイドル業界は今や飽和状態だ。粗製乱造の如くアイドルがデビューする。

だがその中で生き残るのはほんの一握りだ。

アイドルは白鳥のようなものだ。

白鳥は優雅に浮いている様に見えるが、水面下では足を必死にバタつかせている。

アイドルもステージでは輝いているが、その裏では過酷なレッスン、ウエイトコントロール、

他のアイドルとの出演枠の競い合い………。中途半端な覚悟では生き残れないのだ。

だからこそ三船さんにキツイ言葉を言った。言いたくはなかった。

女性の悲しむ顔など龍臣は見たくない。キャバクラに行く用事があったら、

龍臣は売上最下位の女性を指名し、一番高い酒を注文する。

少しでもその女性を救いたい。ただそれだけだ。それが偽善だと言われても。

「………やっぱり俺は堅気の世界では生きられないのか」

龍臣は自嘲気味に呟く。

龍臣には双子の兄がいた。本来は兄が組を継ぐはずだった。

龍臣はスペアだったのだ。しかし、兄は死んだ。

龍臣が親に命じられ、殺したのだ。

渡世の世界において、親である組長の命令は絶対だ。

昨日兄貴分と一緒に楽しく酒を飲んでいた間柄でも、

次の日には仁義外れをしていた兄貴分を、親の命令があれば殺さねばならない。

龍臣自身も多数の粛清に関わっていた。

粛清が表に出れば、龍臣は間違いなく死刑となるだろう。

龍臣が組を抜けることも出来ない。

龍臣は他の組織から恨みを買いすぎている。

抜けたら最後、多数のヒットマンを送り込まれ、確実に死ぬだろう。

裏社会では龍臣より強い戦闘者は確実にいる。

日本国内ならともかく、海外も含めれば事情は変わってくる。

世界最大の麻薬組織『ケルベロス』の戦闘者と戦った時は、龍臣は勝ったものの、

二週間病院で意識不明の重体になった。

死んでもおかしくなかったのだ。

 

 龍臣は頭を振って考えていたことを追い払う。

今は三船さんのことを考えるべきだ。

龍臣は三船さんをアイドルにしようとしたことを間違っているとは思わない。

これでも人を見る眼は確かなつもりだ。

問題は己の意志と覚悟だ。これは龍臣にはどうしようもない。

三船さんの流されやすい性格は、この歳までの経験等で作られたものだ。

小学生なら人格の矯正も可能だが、三船さんは立派な大人だ。

性格から来る考えや思想を変えることは、自分が変わろうと思わない限り、

他人がどうこう出来るものではない。

三船さんを信じるしかない。龍臣は歯がゆい思いを抱いた。

事務員からプロデューサーに変わっても、大丈夫だと思っていた。

だが、現実はどうだ。三船さんに敢えて冷酷な言葉を言った。

それしか方法が思いつかなかったからだ。

「………くそ」

大抵のことは何でも出来る龍臣だが、今は己の矮小さ、傲慢さに怒りを抱くばかりだ。

いつから俺はこんな人間になっていたんだ。三船さんに言えるような人間じゃないじゃないか。

そう思っていると部屋のドアがノックされた。

「桐生さんいる?」奈緒の声だった。

「ああ。どうぞ」

龍臣は思考を打ち切り返事をする。

奈緒は部屋に入ってきた。手には小さな箱を持っている。

「どうかしたか奈緒?。家に帰ったんじゃなかったのか?」

「そうだったんだけど、途中で引き返してきたんだ。

そう言って応接用のソファーに座る。

ケーキ買ってきたから一緒に食べよ」

「わかった。飲み物はコーヒーでいいか?」

「うん。それに………」

「ミルクと砂糖だろ?」

「うん。覚えていてくれてたんだね」

「まあ、その位は担当アイドルなんだし、覚えておかないとな」

そう言いながらコーヒーを入れる龍臣。

そして、奈緒にコーヒーをミルクと砂糖と一緒にテーブルに置く。

龍臣のコーヒーはブラックで、フォークとお皿を人数分持って、奈緒に向かい合ってソファーに座った。

 

 「それで、引き返した理由はなんだ?」

龍臣はチーズケーキにフォークを突き刺し尋ねる。

「三船さんあれで良かったの?」

奈緒の言葉に龍臣の動きが一瞬止まる。

しかし、すぐに動き出し、コーヒーを飲み、一瞬で思考をまとめ、奈緒に言葉を選びながら喋る。

「いずれは言わなければいけない事だった。

だが、もっと上手く言うことが出来たとは思う。………俺が未熟だということだ」

龍臣はそう言うと自嘲気味な笑みを浮かべる。

「………そういうものでもないと思うけど」

奈緒は意外な言葉を述べる。

「?」

「桐生さんはプロデューサーという立場上、言わなければいけなかったんだろ?

例え言い方を変えても、三船さんがショックを受けるのは変わらなかったと思う」

「奈緒………」

「それに桐生さんの眼には、迷いと苦悩が合わさった色が浮かんでいたよ。

………かなりの時間悩んでいたんでしょ?」

「………………………ああ」

長い沈黙の後、ポツリと龍臣は呟いた。

その表情は暗く、普段軽口を叩いて、奈緒達を笑わせるいつもの龍臣とは思えないものだった。

(……不味い。桐生さんかなり精神的に参ってる。渡世での命のやり取りでも、

こんな表情は絶対しないのに。……やっぱり思った通りだ。桐生さんは自分の命を軽く考えてる。

だから迷わない。死んだらそれまでと思ってるから。でも、堅気の世界は明日死ぬとかそんな世界じゃない。

平和で人生が長い。だから、明日のことまで位しか考えられない桐生さんは、

長期での計画や人との関わりは致命的に難しい。だから、三船さんに言ったことがいかに正論でも、

それが正解だったのか桐生さんには解らない。明日になったらいなくなるかもしれないという根源的な恐怖。

渡世での死と隣り合わせの生活が、桐生さんの思考に影を落としている)

そう考えて奈緒は龍臣を見る。

ああ、桐生さんはヤクザをするには優しすぎる。恐らく組のみんなを家族と思っている。

だから、一人でも死んだら心が擦り減っていく。

だけど組を抜けることは出来ない。戦闘能力、知力、カリスマ性。

巨大組織を束ねる才能の全てを桐生さんは持っている。

だからみんなが桐生さんをトップへと押し上げる。

警察や敵対するヤクザ、半グレ、外国系。

周りを敵に囲まれている以上、組員は最も優れた人間をトップにしたい。

組員達からすれば桐生さんはトップになってもらわなければならないのだろう。

それが桐生さんを苦しめる。そして、桐生さんは心を修羅にして戦い続ける。

 

 (生きるも地獄。死ぬも地獄………か)

私に何が出来るだろう。奈緒は少し考えてソファーから立った。

そして龍臣が座っているソファーに移動した。

「?。奈緒、どうした?」

「ほら。頭をここに乗せて横になりなよ」

奈緒はそう言って自分の太ももをポンポンと叩く。

「いや、それは………」

「いいから」

奈緒に強く言われ、仕方なく龍臣は奈緒の太ももを枕に横になる。

「どう?。寝心地は?」

「ん。悪くないな」

胸で奈緒の顔の一部が見えないことは黙っておく。

「桐生さん」

「ん?」

「渡世であれ堅気であれ全部責任をしょい込まないでよ」

「奈緒………」

「桐生さんが全部しょい込む必要は無いんだよ。それじゃいつか潰れちゃうよ」

「でもな奈緒………」

「今の私に渡世のことはどうにも出来ないけど、堅気の世界なら一緒に考えられる。

だから………一人で思いつめないで。私と一緒に考えよう。

私は桐生さんの最初のアイドルなんだからさ」

そう言って奈緒は笑顔を見せる。

龍臣は奈緒の笑顔が眩しく感じられた。

「奈緒………そうだな、ありがとう」

三船さんがどうするかは解らない。

ただ、出した結論が三船さんにとって最良だったらいい。

そんなことを考えて龍臣は眠りに落ちた。

 

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