DRAGON QUEST Ⅴ ――聖女の足跡――   作:玖堂

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乙女時代へ入る前。

彼女が1人の少女に託すまでの話。


幕間:Ⅰ
彼女の手記


 

 

 

 

 今日から日誌をつけることになった。

 

 この町で働き始めてから、すでに2年も経っている。同僚の勧めで、日々の記録を残しておくのも悪くないと思った。作業日誌とは違う、自分の言葉で記す一冊。人には見られないように、鍵のかかる机の中に保管しておこう。

 

 

 

 

 雲一つない、朝の陽ざしが気持ちのいい日だった。

 

 暖かい日だけれど、布団干しや花壇の水やりはいつもながら早めにやる。ゆっくりしていられないのが残念だけれど、サボるわけにもいかない。

 

 町の人が挨拶をする。笑顔でそれを返すと、その男女のカップルのうち、男の方は顔が赤くなった。彼女の目が吊り上がったのに気づいて、慌ててご機嫌取りをしながら去っていく。まだまだ私も捨てたものじゃないかもしれない。

 

 この町は外の大陸からも商人が来ることは珍しくない。この前は酒場の近くで露店を開いている人がいたけれど、あの人は町長さんの許可を取ったのだろうか?

 

 

 

 

 昼間は書き入れ時なので、いろいろな店舗にお客さんが殺到する。たまに叫び声も聞こえることがあるけれど、何をそんなに盛り上がっているんだろうか。

 

 そう思っていたけれど、行きつけの店舗に買い出しに出かけたときに納得した。今日は限定シュークリームの販売日だったんだ。日記だから書いてしまうけれど、実は私もこっそり仕事中に買ったことがある。店のお姉さんは私の職業を知っていたけれど、お客さんだからといって、他の人たちにはその事を内緒にしてくれた。

 

 久しぶりに食べたいと思っていたから、本当に悔しかった。そんなわけで、今日はバナナを2本多めに買うことで埋め合わせをする。

 

 夜にそれがバレて怒られたけれど、後悔はしていない。

 

 

 

 

 日差しが強い季節になった。町の人たちは薄着に着替えて街を歩いているのに、私たちは仕事着のまま。なんか理不尽。

 

 一応素材は夏用として風通しが良くなっているらしいけれど、私は正直違いが判らない。なんで年配の人はあんなに涼しそうに仕事ができるんだろう。不思議。

 

 地方のサンタローズでは、すでに野菜の収穫が始まっていると聞かされた。明日にでもいくらかの収穫物が露店に並ぶ。あのあまり都会慣れしていない人たちが、一生懸命に客を呼んでいるのを見ると、つい応援したくなってしまう。

 

 ほかにも、ビスタ港から商人の団体がまとめて町にきて、優良な販売場所を確保していく。この時期になると、毎日のように商売をしにくるのだ。それがほかの大陸出身の人たちには人気らしい。

 

 私としては、仕方がないとはいえ値段が高めな品物は遠慮したいところだ。珍しいものが売っているみたいだけれど、地元のやつの方が落ち着くし。

 

 

 

 

 外の紅葉が綺麗になってきた。それはいいけれど、外の掃除が大変!

 

 枯葉が日に日に増えているから、いくらやってもきりがない。ちょっとでも目を離すと、掃除をサボっているって怒られる。本当に理不尽すぎ。

 

 お返しに、そっちがやっていた方も積もっていますよと言ってやる。慌てて箒を片手に仕事を再開していた。

 

 お昼はみんなで木陰に座り、お弁当を広げる。正直、こういうのは本当に寛げるから好き。先輩が焼いてくれたパンが美味しかった。あの人、パン作りは本当に上手いんだよね。コツが知りたい。

 

 掃除の後は、いつも世話になっている食料品店にパンのおすそ分けをする。店長はこれが楽しみらしく、下手なお祈りのポーズをして私たちを歓迎してくれた。他の従業員も食事はまだなので、その場でお食事会みたいな時間を過ごした。私たちはお腹がいっぱいだったから、お茶くみ役だけどね。

 

 

 

 

 初雪が降った。冬を越すために保存食を買いに走る人たちが、今日も大勢いた。私たちもその一人だ。

 

 洗濯物が干しにくくなるのは不便だけど、それは仕方がない。この季節はどの家庭も同じだし。まあ、お風呂が気持ちよく入れる時期だと思えばいいかな。

 

 今日は休日に顔見知りのナンから、一緒に相談に乗ってほしいと頼まれた。何かと訊けば、実はナンって幼馴染のニールの事が好きなんだって。今年中に告白をしたいけれど、どうすればいいのか分からないみたい。

 

 正直、ニールみたいな悪ガキを好きになったっていうのが信じられない。その子のどこが好きなのって言ってみれば、他の人には意地悪をするけど自分にはしないからだって。

 

 ちょっと気の毒に思う。あいつって、基本的に年上の女の子に悪戯をするのが好きなんだよね。同い年のナンには興味がないだけなんじゃないかな。悪戯されないことを特別視するっていうのも、ちょっと変に考えがすれ違っている感じだし。

 

 まあ、あの子はお父さんがラインハットの兵士で、家を長く開けているせいもあるんだろうけれど。誰かに構ってもらいたくてやっているにしても、もう少しやり方を選んでほしいものだ。

 

 とりあえず、今度の休日に遊びに誘ってみるのはどうかなと提案した。いきなりデートなんてできないと嫌がったけれど、だったら買い物に付き合ってと言い方を変えればいいとアドバイスする。

 

 正直、ニールは町の宿屋の娘が好きだと思うとは言わないでおこう。こればかりはお互いの気持ち次第だしね。

 

 

 

 

 年が明けた。今日は新しい1年を迎えるために、日が上る前に教会で祈りの儀式が始まる。これは町の人々の催しで、町の人がすべて家の外に出て祈りを捧げる。神父やシスターがその祈りの姿に祝福の言葉をかけながら町をゆっくりと回っていく。

 

 そのあとは、年明けのお祭りとして露店が立ち並ぶ。ほとんどが手軽に食べられる料理を売ってくる。この日ばかりは食べ歩きだろうと子供の夜更かしだろうと大目に見られるので、子供たちはここぞとばかりに明け方まではしゃいでいた。

 

 私は残念だけどお店をする立場。パンを切り、スープに浸して町の人に渡す係。教会は商売のためにしているわけではないので、もちろん無料。材料がなくなり次第店じまいになるので、手早く終わらせた。

 

 あとは、やっと食べ歩きタイム。私服に着替えているので、もうシスターじゃなくて一人の町民として堂々と食べる。でも、一応神父様の目だけは気にしておこう。

 

 みんなと一緒にたくさん食べて、甘いものもゲットできた。明日から体重が心配だけれど、今日くらいは神様も許してくれるよね。まあ、毎日鍛錬しているから大丈夫でしょ。

 

 

 

 

 春になった。明日で、この日記もちょうど1年分。

 

 だけど、なんでかまだ寒い日が続く。もうすぐ夏を迎えるのに、町の木にはいまだに蕾一つも生まれてこない。掃除をしなくていいのは助かるけれど、いつまでも寒いのは肌に悪いのに、薪割りも面倒。火種もタダじゃないし、早く何とかなってほしい。

 

 この日、シスター見習いの子が来た。どんな子かと思ったけれど、今まで見たこともないくらいに可愛い女の子だった。銀髪って、珍しくない?

 

 名前はアリスというみたい。煩そうな子じゃなくてよかったと思ったのが第一印象。まあ、7歳にしては落ち着いている子だ。

 

 仕事ぶりも、大人に混じって働いている。足を引っ張るような様子もないし、別の教会に送られるような理由などなさそうな子に見えた。何で、わざわざ村の外へ追い出すようなことをしたんだろうか。

 

 その答えは、すぐに分かった。教会の前でニール達が宿屋の子と言い争いをしていたところに、アリスが割って入ったのだ。そのせいでニールに突き飛ばされ、小川の中に落ちちゃった。

 

 事情を訊けば、サンタローズでも男の子を助けるために危険な洞窟に入ったことで、お咎めを受けたみたい。要するに、子供特有の暴走に手を焼いたという事かな。

 

 私自身は、別にそれが悪いことだとは思っていないけど。危険なことをするなっていうけれど、だったらそのリュカくんっていう男の子はアリスが来なかったらどうなっていたんだろうか。

 

 昔、似たようなことを神父様に聞いてみたことがあった。その時は、それは問題のすげ替えですよって言われちゃったけど。

 

 ビアンカちゃんと男の子は、すまなそうに教会の椅子に腰かけている。アリスはお風呂から出てくると、2人そろって謝っていた。

 

 その後で、アリスは神父様から拳骨を受けた。まあ、私も後で先輩から受けたけれど。

 

 

 

 

 町で事件が起こった。ビアンカちゃんと男の子が姿を消したって。

 

 原因は、あのニール達コンビ。あのレヌール城のお化けを倒せば、いじめていた猫を開放するなんて約束をしてしまったらしい。

 

 本当に懲りない奴。頭にきたから親に叱ってもらって、その後でナンにこの事をチクってやった。ナンは結局去年までに勇気が出なくて、告白できず仕舞いだったらしいけれど、これでよかったと思う。ナンは事の顛末にすっかりニールに幻滅し、他の男の子を探すって言い切っちゃった。悪い男につかまる前で何より。

 

 この日の夜に、私たちは神父様たちと一緒にレヌール城で急遽、鎮魂の議を始めることになった。そこで、ちょっと信じられないことが起こる。

 

 なんと、アリスが城の中に閉じ込められたのだ。さっきまで怖がって震えていたアリスが、何かに操られるみたいに中に入っちゃった。さすがに、この時は私も普通に怖かった。

 

 しかも、別ルートで城の中に入ったら王妃様の幽霊まで出ちゃった。もうすっごい体験。さらに魔物まで出てくるし、大変だった。っていうか、魔物が結局お化けの正体だったみたい。

 

 心配していたアリスは無事にビアンカちゃんと男の子と会って、魔物の親分を倒したんだって。子供なのに、一番おいしいところを取られちゃったかな。

 

 

 

 

 今日は一日中、アリスちゃん達の事でもちきり。アルカパではビアンカちゃんは大きな宿屋の娘として有名だから、噂が広まるのも早いし。

 

 そんな町中から見られているっていうのに、子供たちは我関せずで遊んでいた。神父様もアリスが遊んでいるところを注意せず、あの子の仕事は他の人に任せているみたい。今のアリスには、ああやって苦労や気持ちを分かち合える誰かを作るっていうのが、一番の仕事なのかな。

 

 それにしても、相変わらず暖かくならない。もうとっくに初夏に入っているはずなのに。外ではしゃいでいるあの子たちが羨ましい。

 

 

 

 

 この日、リュカくんがアルカパから去った。用事を済ませたので、サンタローズに帰ったんだ。あの子は寂しそうな顔をしていたみたいだけど、実をいうとビアンカちゃんの方がもっと寂しかったと思う。今はアリスがいるからいいけれど、アリスも奉公の期間を過ぎたらサンタローズに帰っちゃうし。そうなったら、しばらくは3人になれなくなっちゃうしね。

 

 心なしか、最近は店の品ぞろえもよくないと思う。新しい商品や野菜は目に見えて少なくなってきているし、物価も高騰の一途をたどっている。

 

 そろそろ商団が来る頃だ。宿屋のメイキングの仕事は今回もあるのかな?

 

 鍛錬は今日も疲れた。アリスはよくついてこれていると思う。

 

 

 

 

 アリスがサンタローズに帰った。町の皆で見送った。ニールのお友達のケインは最後まで素直じゃなかったけれど、涙をこらえているのは誰が見ても分かる。あれで隠しているつもりかな。

 

 遠くで頭を下げてお礼を言うあの子は、ちょっと大人に近づいていた気がする。きっと、近いうちに男泣かせになるだろう。あ、もう泣かせてるか。

 

 都合がついたら気軽に遊びに来なさいと言っておいた。ちょっと寂しいけれど、会えなくなるわけじゃないから。

 

 さて。私も頑張りますか!

 

 

 

 

 近頃になって、やっと暖かくなってきた。変な季節外れも、やっと終わってくれて嬉しかった。

 

 また商人が大きな荷物をもってアルカパに来る。なんだか、ちょっと懐かしい気がした。今年は、変なところに店を構えている人はいないみたい。他の所に行ったか、町長さんにつまみ出されたんだろうな。あの人、すごい真面目だし。

 

 一気に仕事が増えて、毎日が大忙し。町の人からも頼み事が増えたから、みんなで仕事三昧。暖かくなったのは嬉しいけれど、こういうところは程々になってほしいなあ。

 

 あ、それと昨日は書き忘れていたけど、ナンが背の高い男の子と手をつないで歩いているのを見た。よかった。気が弱そうだけど、優しい子みたい。

 

 

 

 

 今日は、アリスが遊びに来た。いきなりだったけど、会えて嬉しい。他の友達も混じって、前の話で盛り上がった。

 

 サンタローズに帰った後もあの子は相変わらずで、いろいろと人助けの毎日を続けているみたい。これはシスターだからじゃなくて、アリスが困っている人を見過ごせないからなんだろうな。

 

 あの子は、今日も私がセットした髪形を続けてくれていた。本当に気に入ってくれたみたい。

 

 だけど、ちょっと気になることがあった。今日、サンタローズの方から変な煙が上がっていたから。

 

 

 

 

 今日、宿屋でベッドのメイキングをしていると、宿泊客から変な話を聞いた。

 

 なんでも、サンタローズが大火事にあったって。きっと、この前の煙の事だ。

 

 あの時は、煙を見てからアリスとミランさんは慌てて帰っていったみたいだから、少なくともあの2人は無事でいるんだろうけど。火事とくれば穏やかじゃない。

 

 大変だろうから、私も機会を見てサンタローズに様子を見に行った方がいいかな。

 

 

 

 

 最近になって、仕事がずいぶん忙しくなった気がする。

 

 シスターの日課はもちろんだけれど、もう半年も前から人手が足りないという声が絶えない。給料が払えなくなって、従業員が夜逃げしているみたい。

 

 原因は、物価の高騰と商人の流通ルートが細くなった事。ラインハット地方からの品物の売買が極端に少なくなり始めたし、最近だと輸入品も全然無くなっちゃった。

 

 さらに、ビスタ港にも関税が敷かれるようになる。ラインハットが新たに輸入品に対して高額な関税をせしめたって。

 

 ビスタ港にあんな税を課すなんて、どうかしてる。何でラインハットが口出ししてくるわけ?

 

 ここは基本的にラインハット領には違いないけれど、昔のレヌールと統合した時の法律で自治都市を認められているはずなのに。どうも、ラインハットは最近になってその権利を取り上げようとしているって。

 

 今は夜だから無理だけど、明日は神父様にも相談しなくっちゃ。

 

 

 

 

 私が何か言う前に、神父様は町長に町の人達の声を聞かせていたみたい。流石に今回は町の代表としてラインハットに直訴でもしなきゃあいけない話だ。他の偉い人を集めて、神父様も会議に参加しに行った。

 

 町の人達が、町から少し離れたところに畑を作るって。今後のことを考えて、少しでも食べる物を増やすみたい。私たちも勿論手伝った。

 

 泥だらけになったけれど、久しぶりに皆で笑い合えた。

 

 最近は、仕事をしているときが一番落ち着く気がする。商人が沢山いた頃が懐かしいな。

 

 

 

 

 お祈りのミサに、人が増えるようになった。神頼みをしたがる人が増えた証拠だ。皆、心の拠り所がほしいんだろうな。

 

 今日の昼に、町長は番兵と一緒に出かけた。ラインハットに行くことが決まったみたいだけれど、本当にどうにかしてほしい。今年に入ってからはいろんなお店が沢山閉まっちゃったし、町を歩く人も少ない。

 

 ナンは彼氏の家にしばらく泊まるみたい。あの子の家はパン屋だったけれど、この前に材料が手に入らなくなっちゃったから。ナンの両親って、今は何をやっているのかな。訊いてみたいけれど、何だかちょっと悪い気がするし。

 

 

 

 

 今日、番兵がアルカパに帰ってきた。だけど、町長の姿はなかった。

 

 神父様がその事を訊ねると、町長は逮捕されたって。

 

 王妃の前で不敬な態度を取って、暴れたそうだ。やむを得ず拘束し、その場で監獄へ放り込まれたって言われた。

 

 絶対に嘘だ。誰がそんな話を信じるのよ。だったら、どうして町長がわざわざそんな事をしたのかを、しっかり説明して見せろっていうの!

 

 番兵を責めちゃったけど、あの人も悔しそうにしていた。自分もその場にいたわけではないから、詳しいことは分からないって。抗議をしようにも多勢に無勢だったから、1人で帰る以外になかったみたい。本人に会うことも許されなかったって、どういう事?

 

 しかも、今回のことでアルカパからも税を徴収する法ができあがっちゃった。報復措置とかいって。

 

 最悪。本当に最悪。明日から、リンゴを買うお金も無くなっていくのかな。

 

 

 

 

 ――――これ以降、筆跡が乱れる。

 

 

 

 

 インクが、もう少ない。起きた事だけ書く。

 

 お祈りをする。

 

 神父様が代表者達を連れてラインハットへ行ったけど、誰も帰ってこない。番兵も。

 

 税が、また上がった。

 

 

 

 

 一昨日から、町の様子が変だ。男達は皆が心ここにあらずみたいで、女の人や子供達は皆がそんな男を心配していた。

 

 

 

 

 町の男達が、武器を手に広場へ集まっている。何をしようとしているのか、すぐに分かってしまった。

 

 止める声も届かなかった。私だけじゃあなく、奥さんや恋人も同じように叫んでいた。止めて、って。

 

 その中には、ナンもいた。きっと、この集団の中にあの人がいるんだろう。

 

 何を言ってもダメだった。男達は行ってしまった。

 

 

 

 

 兵士達が来た。魔物も連れていた。残っていたお金は全て持って行かれた。抵抗した人は■された。

 

 お祈りをする。葬式も出来ない。教会には、もう3人しかいない。

 

 

 

 

 町には、外に出る人がいない。店もない。魔物が彷徨くようになった。

 

 戦えない。誰も元気がない。

 

 今日も、お祈りをする。何も返ってこない。

 

 

 

 

 夜、誰かが外へ逃げていった。すぐに遠くで悲鳴が聞こえる。魔物だ。逃げられない。

 

 民家から、争う声が聞こえる。食べ物を取り合っている。大きな音がして、静かになった。

 

 今日も、お祈りをする。

 

 

 

 

 シスターの1人が、狂った。笑い声を上げて、外へ出て行く。しばらく声が続いていたけれど、すぐに聞こえなくなった。

 

 残ったシスターが、黙って扉を閉める。

 

 今日も、お祈りをする。

 

 

 

 

 魔物が沢山。

 

 毎日、教会の中を覗いている。生きている人を探している。

 

 2人で、身を寄せ合う。

 

 

 

 

 朝になって、あのシスターがいなかった。

 

 楽になりたくなったんだ。

 

 

 

 

 祈る。

 

 

 

 

 インクが、もう無い。

 

 これを読んでいる人間がいるとしたら、伝えたい。

 

 礼拝堂の下に、木箱を隠しています。食べ物はもうありませんが、今まで教会が仕事で使っていた色々な道具や布が保管してあります。もし生きている人がいたら、どうか役立ててください。

 

 明日には、私も神の元へ行きます。

 

 

 

 

 ――――――――Giselle

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パタン、と手記の本を閉じた。

 

「・・・・・・」

 

 目を閉じ、心の中によぎる悲しみと無念。かつての記憶が、脳裏を駆け巡る。

 

 一筋の涙が頬を伝い、古ぼけた日記の表紙に雫となって落ちた。蝋燭の火に照らされた光だけが、淡く照らされている。

 

 ――――辛い旅だったのですね。シスター・ジゼル・・・・・・

 

 一体、彼女達が何をしたというのだろう。この世界の人々は日々を実り多きものにしようと、日常を重ねていただけだというのに。

 

 この手記は、少女にとってのもう一冊の聖書だ。尊敬している先輩の形見として、大切に読もう。何度も、何度も。

 

 空は星一つ見えない、暗黒の空。それでも、波の音だけは穏やかに聞こえてくる。

 

 かつては大陸から幾多もの船が出航した、ビスタ港。ここには、一組の夫婦が暮らしていた小屋がある。窓が割れて朽ち果てる寸前の場所を、小屋と表現して良いかどうかは意見が分かれるところだが。

 

 魔物が彷徨いている世界の中、まだ身を隠せそうな場所を彷徨い続け、たどり着いた場所がこの廃墟と化した場所だった。日焼けした船乗り達が置いていた樽や木箱も、今では見る影もない。誰かが、とうの昔に持ち去って行ってしまった後なのだ。

 

 ――――・・・・・・

 

 ドアの向こう側から、ノックの音が聞こえる。確認するまでもなく、さっきまで外に出ていた同胞だ。この世界でたった1人の、自分と同じ人間。

 

 ドア越しのくぐもった、何処か焦ったような声で、少女に告げる。魔物達に、この場所が見つかったみたいだと。

 

 やっぱり。少女は半ば予想していた言葉に、驚くこともなく了解の返事をする。傍らに置いていた道具袋を手に取り、ジゼルの日記を大切にしまい込んだ。

 

 重そうな音を立てて、少女はドアを開ける。すぐ傍には、男の子が真剣な目でこちらを待っていてくれていた。

 

「行こう、アリス!」

 

「はい、リュカ!」

 

 2人は手を取り合い、力強く駆けだした。

 

 目の前には、闇の中で獰猛な瞳を光らせている幾多もの魔の眼球。

 

 それでも、リュカとアリスは夜闇の中を、何の迷いもなく走り続けていた――――

 

 

 

 

つづく

 

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