DRAGON QUEST Ⅴ ――聖女の足跡――   作:玖堂

32 / 45
賢者のアルバイト

 

 

 

 

「説明員の方、ダンサーの方達はそれぞれ所定の位置についてください」

 

 今夜のオープンセレモニーの5分前、舞台を取り仕切る支配人が声を張り上げる。

 

 とうとう、このポートセルミでも一番のショーが幕を開けようとしている。

 

「なんだか、緊張してしまいます」

 

 胸に手を当て、深呼吸を繰り返しながらマリアが呟く。実を言うとアリスも同じ気持ちなのだが、今は自分の動機である彼女を落ち着かせる役目に徹している。

 

「大丈夫ですよ。あれほど一緒に練習したではありませんか」

 

「そういう事よ。私がちゃんと教えたんだから。ちゃんとなさい」

 

 アリスに続いて声をかけてくるのは、リーダーのクラリスだ。彼女はこの踊り子の中でも一番の人気で、この業界の中でも有名らしい。

 

 とはいえ、無理もないとクラリスも思っていた。初日は誰でも緊張するものだ。このポートセルミのステージは、演技数や来場者数が大陸でも最大級の舞台だ。本来ならばオーディションも難しく、ただ美人というだけではまず務まらない実力主義の世界。

 

 やがて仰々しいファンファーレが鳴り響き、ステージを取り囲んでいる観客の感性がひときわ大きく上がる。会場の雰囲気が一変した。

 

 これから、アリスとマリアは他のダンサー達と共に、この舞台で踊ることになる。

 

 そう。彼女達が身につけている、きわどいバニーガールの衣装で。

 

「・・・・・・アリスさんは、大丈夫なのですか?」

 

「・・・・・・それは言わないでください。私とて、恥ずかしいのですから」

 

 ――――どうして、こうなってしまったのでしょうかと、アリスは思う。つい数日前までは、真面目にリュカに関する情報収集をしていたというのに。

 

 周囲のバニーガール姿の先輩達が、順番に手を振りながら会場のスポットライトに向かって飛び出していく。新入りの自分達は最後だ。

 

 アリスは、ほんの僅かだけ記憶の糸を辿っていった・・・・・・

 

 

 

 

 時間は、アリスがポートセルミの足を踏み入れてから、宿で一夜を明かした朝にまで遡る。

 

 柔らかいベッドの上で、早朝に目を覚ましたアリス。朝のシャワーを浴び、さっぱりした気持ちで魅惑的な身体から流れる水滴を拭く。朝焼けの光が港の町を照らし、幻想的な風景へ変えていた。

 

 アリスの予定は、ほぼ決まっている。午前中はもう少し町を散策し、リュカの情報を集める。少なくとも昼食を食べ終えた頃には宿を出よう。

 

 地図を見た限り、南には村が。西には町があるのだという。南の村は町人の情報によれば余所者に対して閉鎖的で、あまり町からの評判は良くない。あまり期待は出来そうになかった。

 

 それでも、自分で確かめる価値はあるはずだ。評判はあくまでも参考程度。むしろ、そういう場所だからこそ、行き先の分からない迷い人が訪れる可能性もゼロではない。

 

 昨日購入した、サイドが紐タイプのオシャレなパンティを穿き、まだまだ育ちそうな乳房を同じ柄のブラジャーで押さえる。今日は午前中を町中で過ごすつもりでいるので、賢者のローブは昨日のうちに洗濯している。従業員がサービスで受け持ってくれるのだ。

 

 今アリスが身につけているのは、白いシャツに膝まであるピンク色のスカート。こういう私服に袖を通すのは久しぶりなので、自然と気分も嬉しくなる。

 

 朝食を摂る為に酒場へ赴くと、案の定待っていましたといわんばかりに町の人々に囲まれることになった。昨日の騒動が尾を引いているのか、興味を示してくる男女が増えているらしい。

 

 アリスとしては、正直なところ困ってしまう。本当に当たり前の事をしただけのつもりだったのだが、彼らにとってはそうではないらしい。

 

 食事が来るまでの間、各方面から質問攻めを受けた。誰もがアリスと同席をしたがり、その度に周囲の人間から止められるほど。

 

 どこに住んでいたんだ。旅の目的は何だ。どうやって、そこまで強くなった。

 

 それでも、アリスはできる限り笑顔を取り繕った上で、丁寧に対応した。自分はかつて修道院の修行者だったのですと。

 

 その上で、旅の目的は行方不明になっている恋人を探すことですと告げた。何人かの男が残念そうに肩を落とすが、その反応がどういう意味なのかはハッキリしない。

 

 この際、リュカの行方を知っている者がいないかどうかを、さり気なく訊いてみる。しかし、反応は芳しくない。どうやら、誰も心当たりは無いようだ。

 

「ううむ。賢者様の恋人かぁ・・・・・・ちょっと想像が付かねえやな」

 

「馬鹿。きっとそこいらの成金男なんかよりも、ずっといい男に決まってら」

 

 違いねえなと誰かが言うと、一同がどっと笑う。アリスもいつの間にかそんな空気に当てられたのか、一緒になってクスクスと笑ってしまう。

 

「お。賢者様が笑ったぞ」

 

「え、ホント? もう一回笑ってよ!」

 

「そ、そう言われましても・・・・・・」

 

 どうにか騒がしい食事を済ませると、アリスはまだ話したそうな男達に断りを入れ、建物を出た。申し訳ない気持ちはあったものの、今はとにかく町の噂や周辺の情報などを中心に集めていくしかない。

 

 町中は昨日回った。ならば、今度は海側の方へ行こう。

 

 そう考え、今日も旅行者を乗せた船が港に近づいてくる姿を眺めつつ、アリスは歩を進める。そこへ、昨日は見かけなかった建物が見えた。

 

 灯台だ。港が盛んな町なのだから、あるのは当然だが。

 

 近寄ってみると、なんとまあ巨大な灯台である。高さだけならば、ラインハットの城にも匹敵するほどだ。

 

 旅行者の見学は歓迎されていると、出入り口の張り紙には書かれてある。遠慮なく中に入ると、円錐型の内部をなぞるような螺旋階段が、上に向かって続いていた。よく見れば、他の旅行者らしい夫婦が楽しそうに話をしながら階段を降りている姿が見える。

 

 来る者拒まずな様子だ。アリスは上に何が見えるのかが気になり、螺旋階段を上ることにした。来客者用の手すりがあるので、子供でも気軽に上へ行けそうだ。

 

 途中、この灯台を管理している男性に会った。かなり悪人のような人相をしているが、どうやら悪い人では無いらしい。親切に、この上には望遠鏡があるんだよと教えてくれた。

 

 アリスは彼に礼を言いつつ、最上階へたどり着く。左右に1つずつの望遠鏡が設置されており、片方は先客の男女が使っていた。2人は望遠鏡を覗きながら何事かを話しており、アリスに気づいた様子はない。

 

 恋人同士の時間を邪魔してはいけませんね。彼女はそう思い、もう片方の望遠鏡を使うことにした。早速、望遠鏡のレンズを覗き込む。

 

 こちらは、西の風景だ。大きな山々の間から流れる滝。その滝がそのまま河となって、下流へと流れている様が見える。なるほど。これが望遠鏡から見える風景という訳か。

 

 初めて見る視点に内心で感動しつつ、観察を続ける。滝が流れる山の手前に深い森が点在し、その中にいくつかの人工的な建物が見えた。恐らくは、あれが西の町なのだろう。

 

「・・・・・・?」

 

 どういうわけか、不自然な紫色の煙が町から生まれている。火事というわけではなさそうだが・・・・・・

 

 いや、待て。あの煙は、普通の煙ではないことは明らかだ。近寄って、肉眼で確認しなければ詳しいことは分からないが・・・・・・あれはアリスの見間違えでなければ、幾つもの魔力が混合した気体の塊ではないだろうか?

 

 つまり、あの町には複雑な魔力を垂れ流しするほどの魔道に関わっている誰かがいるということ。

 

 正解かどうかはまだなんとも言えないが、そうでなければわざわざ町中であのような目立つ研究などするはずがない。本来ならば周辺住民に迷惑をかけぬよう、人里離れた土地で家を建てるのが学者や研究者達にとって暗黙の了解だ。

 

 つまり、あの研究を行っている者は、引っ越しが叶わないほど身体を悪くしてしまっているということ。恐らくは病気持ちか、老人か。魔道に詳しい人間がいるというのなら、どちらでも良かった。

 

 どうやら、あの町に行ってみる価値はありそうだ。カボチ村に関しては2、3人ほど聞き込みをして、手がかりがなければ早々に切り上げよう。本命は、あの西の町だ。

 

 午前中のうちにここを発てば、日帰りで戻れるだろうか。アリスはそんな事を考えながら、望遠鏡から目を離す。

 

 一度宿屋に戻り、チェックアウトの旨を伝えておこう。そう考えながら、アリスは引き返すことにした。

 

 と、そこで反対側で話をしていた男女の声が聞こえてくる。何か深厚そうな顔だったが、別に立ち聞きをするつもりはなかった。

 

「・・・・・・あら。貴女は、昨日の人?」

 

 アリスが階段を降りようとすると、そこで彼女の存在に気づいたのか、声をかけられる。

 

「はい。昨日ぶりですね。それと、失礼致しました。お話のお邪魔をする気はありませんので、ご安心ください」

 

「あ、いえ。お邪魔だなんて」

 

 気を遣われているとでも思ったのだろう。慌てる女性に、アリスは微笑む。

 

「用が済んだだけですので。それでは」

 

「あ、待ってくれないか」

 

 今度は、男の方が呼び止める。なんだろうかと、階段を降りようとしていたアリスはその場に留まる。

 

「何か?」

 

「いや、実はさ。ちょっと言っておきたい事があるんだよ」

 

「言っておきたい事ですか?」

 

「ああ、そうだ。あんたは見ず知らずの俺たちを助けてくれたし、何よりこっちの事情を何も訊かずにそっとしておいてくれたしな。お礼、っていうには釣り合わないかもしれないけれど」

 

 僅かに言いづらそうな様子だった。それでも、男は言いたかったのだ。恩に何も返せないからこそ、せめて自分達の知っている事実を伝えたくて。

 

「貴女も旅をしているなら知っていると思うけれど、世界中で光の教団っていう宗教団体が幅を利かせているって知っているか?」

 

「――――」

 

「もし、誰かがその団体に入ろうとしているなら、絶対に止めさせた方が良いぜ。あの教団は信じちゃあいけない組織だから、貴女も気をつけた方が良い」

 

 続けて、女性も話す。

 

「どうか、お願いです。絶対に、この事を覚えておいてください。これから先、もしかしたら恩人の貴女に何かあってしまうかもと思うと、私たちも辛いんです」

 

「・・・・・・詳しく、話していただけますか?」

 

「え?」

 

「詳しく、教えてください。あなた達の事情を」

 

「・・・・・・」

 

「光の教団とあらば、放ってはおけませんから」

 

 先程まで人当たりの良い表情が、今は真剣になっていた。自然と背筋を伸ばす2人は、揃って目を見合わせる。

 

 まさか、この人は・・・・・・

 

「・・・・・・分かった。だけど、出来る事ならそっちの事情もどうか教えてもらえないか。こちらから切り出しておいて、図々しいとは思うが」

 

「もちろんです。ですが、出来る事でしたらオフレコでお願いできますか?」

 

「はい」

 

 今、この場は高い灯台の最上階。人が来る気配はない。つまり、踏み込んだ話をするにはうってつけの場所だ。

 

 2人は緊張と共に、どこか確信を覚える。この人は、きっと自分達の味方になってくれるはずだと。

 

 

 

 

 男性はへリンス。女性はマリアといった。

 

 へリンスは、とある名高い貴族の息子であるという。家名は訳あって話せないらしい。

 

 幼い頃に教団の一味に連れ去られ、奴隷として日々を過ごしていたという。その働かされる場は本人曰く、狭苦しい穴蔵に閉じ込められながら、毎日のように重たい石材を運ばされていたらしい。

 

 毎日のように命を落とす者がいても、ぞんざいに■体を処分される。そして、また新しく世界のどこかで拉致された子供が新入りとして押しつけられる。その繰り返しだ。

 

 マリアは元々教祖の身辺で働くという、それなりの立場を持っていたのだという。だが、ある日奴隷の子供を庇ったことで彼女自身が奴隷の身分に落とされることになった。

 

 こうして、ある者は信者が騙されて奴隷に。教団の中でも立場を持った人間でも、些細なことが理由でやはり奴隷に。

 

 そうして、奴隷を酷使しながら造っている物は――――教祖を讃える巨大な神殿。

 

「実は、ここに来たのは・・・・・・ここからなら、神殿が見えるって聞いたからです。マリアの兄が、まだあそこで兵士として働いているからって」

 

「兄さんは、今でもあの神殿にいるはずなんです。私たちの事を、隙を見て逃がしてくれました。私は、心配で仕方がないのです。兄さんも、仲間達の奴隷の皆も」

 

「・・・・・・」

 

 2人に促され、アリスは望遠鏡を覗き込む。今は雲がかかっているが、その切れ間からは確かに人工物が見える。到底人が登ることができないほどの巨大な高山――――セントベレスの上に。

 

 僅かに雲が晴れた。そこで見えるのは、建設途中らしい神殿の壁。光の教団が奴隷を酷使して建設しているという、大神殿か。

 

 しかし、アリスには気になっていることがあった。

 

「へリンスさん・・・・・・あなた達お二人方は、一体どうやってあのような場所から脱走を?」

 

 そうだ。あんな所からは、並の手段ではまず脱出など不可能だ。それが何故、この港町まで逃げ延びることができたのだろうか。

 

「実は、マリアの兄・・・・・・ヨシュアさんは俺たちを樽に入れで、それを外へ流すことで逃がしてくれたんです。神殿では、奴隷の■体は樽に詰めて外へ放り出すことで処分するのが当たり前でしたから」

 

「・・・・・・そう、ですか」

 

 なんと言っていいのか分からない。そこまでの過酷な経験をしていたとは。

 

 そこで、苦痛に満ちていたマリアの顔が、真っ直ぐにアリスに向けられる。

 

「やがて、この世には全てを覆う闇の時代が来る。だから光の国を造り、教団に入ることで全ての闇から人々を守る。そんなお言葉で世界中の人々を惑わせていたのです。私も、そんな人間の1人として、何も疑わないまま教祖様の傍で働いていました」

 

「・・・・・・」

 

「ですが、ある時・・・・・・自分のしてきたことが見えてしまったのです。何も知らない子供や、騙されて家族をなくしてしまった大人。そんな彼らが奴隷として命を落としていく姿。目の前で、骨と皮だけになった子供が・・・・・・子供が・・・・・・」

 

「マリアさん」

 

 その時の光景を思い出したのか、うっすらと涙を浮かべて全身を震わせる。へリンスが肩を叩くが、彼女は薄く微笑んで首を振る。この際、胸につかえているものを吐きだしたいらしい。

 

「私も、この人達をそんな姿にさせてしまった人間の1人だったと知って、どうしても自分が許せなくなってしまいました。だからこそ、気がつけばあの子供の苦痛を肩代わりしてあげたいと・・・・・・」

 

 それは、本当に勇気のいる行動だっただろう。マリアの心の優しさが窺える。

 

 それからは、本当に地獄のような毎日であった。過酷な労働に数千の奴隷達が■んだ。満足な食事もできず、痩せ細って捨てられ。適当な墓を作られればまだ良い方である。

 

 ■くなった方への礼も尽くさないとは。かつて修道女として生きていたアリスには、それがこの世を去った魂にとって、どれほどの侮辱だろうかと思わざるをえない。仮にも宗教団体を名乗っているというのに。

 

 どうにか生き延びていたマリアは、やがて石切り場で度々一緒になるへリンスと言葉を交わすようになった。見張りの目を盗んでの短い会話ではあったが、そんな境遇にあっても反抗的な心を失わない彼に、いつしかマリアの心も慰められていく。不当な命令に、火の粉が降りかからない範囲で逆らう日々。そして全てが終わった後で、奴隷監督達の見えていないところで、舌を出して馬鹿にしてやっていたのだ。

 

 いつの日かここを出て、世界中の人達にここであった事を伝えようと。教団の闇を暴こうと。

 

 が、そんな希望の光も、新しく入ってきた監督役の鞭男によって吹き消される危機が訪れた。ある日、マリアは鞭男の足に運んでいた岩をぶつけてしまったことが原因で、他の奴隷達の前で、鞭で打たれてしまう。このままでは命の危険にも関わると、へリンスはとうとう鞭男達と一戦交えてしまった。

 

 その後は、もはや語るまでもない。すぐに他の兵士達に拘束され、へリンスは薄暗い牢に投獄されてしまった。このまま処刑されるのを待つだけかと思っていたとき、牢屋の前に現れたのは・・・・・・

 

「それがマリアさんと、兄君のヨシュアさんでしたか・・・・・・」

 

 マリアはコクリと頷く。へリンスも、どこか痛々しそうな顔で俯いていた。

 

「樽に入って、何日も海の上で揺られていたんだ。俺たち、ずっと意識を失っていたみたいで・・・・・・気がついたら、ポートセルミへ向かう船の上で寝かされていたんだよ。たまたま、漂っていた樽を見つけてくれた漁船が通っていたから」

 

「その、漁船に乗っていた方は?」

 

「港までは連れてきてくれたよ。そこは本当に感謝しているんだ。だけど、それ以上は流石にお世話になるわけにはいかなかったから」

 

 その漁師とは、その時点で別れたのだろう。奴隷の格好をしている2人組が町に現れれば、噂になるのも当たり前か。

 

 空気が悪くなってきたことを察し、へリンスはあえて明るい声で言った。

 

「だから、当面はポートセルミで仕事をして生きていくつもりなんだ。俺たち、絶対に生きることを諦めたくないからさ」

 

「・・・・・・ですが、へリンスさん」

 

 対照的に、アリスの表情はどこか深刻だ。難しい顔をして2人を見返す。

 

「――――お仕事は、現在は何を?」

 

「・・・・・・」

 

 ぎくり、という音が2人の心の中に響き渡る。この人は、へリンス達の目下一番の問題に気がついているのだ。

 

「ええっと・・・・・・武器屋の倉庫管理、かな」

 

「・・・・・・」

 

 あまりにも見え透いた嘘。マリアに至っては、言い訳すらできずに顔を伏せていた。

 

 見れば分かる。纏まったお金があれば、安物の布の服くらいは買っているはずだ。にもかかわらず、彼らは今でも奴隷時代から身につけているであろう薄着のままなのだから。

 

 まして、奴隷の服などを着ている人間など、誰も雇わないに違いない。町人の警戒はもっともである。

 

「やはり、そうでしたか。昨日の夜、あの男性達から守ったお金は、昨日の宿泊費のみが入っていたのですね」

 

「そ、そうだよ・・・・・・悪いか?」

 

「違います。私が言いたいことはですね、仕事先が決まる目処は立っているのですか?」

 

「う」

 

 それきり、沈黙してしまう元奴隷の男女。アリスは、この場で2人に会えて良かったと思う。そうでなければ、2人はそう遠くないうちに町中で野垂れ■んでいたのかもしれないから。

 

「では、参りましょうか」

 

 アリスは着いてくるように促し、階段まで近寄る。えっ、と同時に声を出す2人。

 

「あ、あの。参るとは、どちらに?」

 

「決まっているでしょう」

 

 目を白黒させているマリア。アリスは、さも当然のようにニコリと笑う。

 

「就職活動ですよ。私もお手伝いさせていただきます」

 

 

 

 

 そして、その日の午後。

 

 宿屋の酒場は、大勢の客で混み合っていた。

 

 単純に飲みに来た客。食事を済ませに来た宿泊客。これから行われる舞台のステージを心待ちにしている観客。

 

 そのありとあらゆる人間が、このポートセルミの酒場で盛り上がっていた。

 

 単純に食事や酒を片手に雑談に興じる者。次は何を飲もうかと相談しているカップル。仕事終わりの船乗りや多種多様な仕事納めの者達。それぞれの声が響く。

 

 酒場全体が雑多な喧噪に包まれており、酒場のマスターを元とした従業員は休む暇もない。

 

 だが、それが苦痛かと言われれば否だ。滅多にない盛り上がりに、嬉しい悲鳴をあげながらもそれぞれが仕事に精を出していた。

 

「いらっしゃいませ。我がグレイトドラゴンと踊る宝石亭へようこそ」

 

「お客様は宿泊客の方ですね。では、札を拝見させていただきますので、そちらにお並びください」

 

 今日付けで従業員となった、へリンスとマリアも大忙しだ。受付や会計を往復しつつ、料理のオーダーを受けて奔走する。

 

「いやあ、賢者様の見立ては正しかったよ。確かに、あの2人は磨けば光る原石だったね」

 

「大袈裟ですよ。あれは彼らが真面目で誠実な方だからこそです。私はあくまでも、口添えをしただけですから」

 

 マスターが酒をシェイクしながら、給仕をしているアリスにそっと声をかけてくる。アリスもまた、同じように小さな声で答える。

 

 そうなのだ。へリンスとマリアに、この酒場の仕事を紹介したのは彼女なのである。アリスは恐れ多くも昨日の件から、自分が賢者様などという呼び名で呼ばれていることを使わせて貰ったのである。酒場のマスターに口添えをして、彼らの衣服を用意して。

 

 2人が身につけているのは、この酒場の制服だ。上は白いワイシャツにサスペンダー。へリンスは黒いスラックスを穿き、マリアは身体のラインが浮き出るほどのタイトスカート。特にマリアの腰回りのラインがハッキリと浮き上がっているせいか、男性客の視線に追われている気がしないでもない。

 

 そして、今はアリスも同じ格好だ。先程からマリアだけでなく、アリスの臀部へ向けられる視線もまた同じように注目を集めている。だが、こればかりは堪えるしかない。仕事と割り切れば気にならなくなると、マスターからアドバイスされたばかりだ。

 

 料理を運び、決死お客様の邪魔にならないように意識しつつ、次の注文を受け取りに奔走する。サスペンダーが胸の左右で開いている状態な為、少々キツさを感じていた。それがかえってアリスの胸の大きさを強調しているために、やはり男の視線もまたキツい。

 

「ひええ・・・・・・今日、ここに来れて良かったぜ。圧倒されちまうな」

 

「仕事終わりに、賢者様とお連れ様の給仕かよ。最高の贅沢だぜ」

 

 客にも、アリス達の仕事ぶりは好評だ。当然ながら、へリンスもまた女性客に黄色い声をあげられているようである。

 

 へリンスとマリアも、元々容姿は目を見張るものがある。誰もが身につける衣服に袖を通して貰いさえすれば、誰からも奇異な目を向けられることはなくなった。加えて、アリスが紹介したことでマスターは2人を信用し、今に至る。

 

 2人は、何度もアリスにお礼を言った。ここまでされてしまえば、もう何倍も稼いでみせると意気込むほどに。

 

 アリスとしては、本当に礼が欲しかったわけではない。ただ、あの光の教団でそれほどまでの過酷な経験をしていた2人に、どうしても手を差し伸べたかっただけなのだ。これは単なる自己満足と、教団に対するせめてもの嫌がらせでもある。教団を抜けた2人は、ここまで幸せに暮らしているんだぞ、という意味を込めて。

 

 容姿の整った新入りが入ったという噂を聞きつけ、一目見ようと男女共に酒場へと押しかけて来る。特にアリスは賢者様として今や有名人となっているので、その興味もひとしおだった。

 

 だが、そんなざわめきも終わりを告げる。突如、フロアの照明が全て消えたのだ。真っ暗闇になり、手元が見えなくなる。

 

「あの、マスター。これは一体?」

 

「静かに、アリスちゃん。これは、毎日のことだからいいんだよ」

 

「毎日・・・・・・?」

 

 どういう事だろうかと、アリスはオーダー票を持ったまま変化を待つ。周囲の人間がヒソヒソと何事か会話しているようだが、彼女の耳には入らなかった。

 

 唐突に、ステージ方面にスポットライトが真上から照らされる。そこからは、アリスもなるほどと納得した。

 

 高らかにステージの奥からトランペットのような音楽が鳴ると共に、観客席からは歓声と口笛で埋め尽くされる。酒場からも壮大な拍手が響き渡った。

 

 スポットライトに照らされる舞台の中、ウサギの耳を象ったカチューシャを付けた女性が次々と姿を見せる。胸元は大きくM字型の切れ込みがあり、紺色のレオタードの姿。いわゆる、バニーガールであった。彼女らは軽やかに舞台へ登場すると、華麗な動きで軽快なダンスを踊り始める。

 

 甘い歌声と、壮大なミュージック。これこそが、ポートセルミの最大の娯楽であり、一日の最後を占める大舞台なのである。

 

 そして、次に姿を現わしたのは・・・・・・なんと、ビキニ姿の女性。腰には前と後ろに長い布が付いており、艶めかしい白い脚がなんとも色香を誘った。整った顔立ちにステージ映えする化粧も相まって、誰もが真打ちの登場を悟る。

 

 踊り子の服を身につけた、クラリスという女性である。トップダンサーのお出ましだ。

 

 バニーガールの女性達は前座と言わんばかりにステージの背後へ横一列に並び、スポットライトを浴びるのはクラリス1人となった。そんな全ての注目を浴びる中、クラリスは両手を振り始める。

 

 白鳥のように。時には荒々しい獣のように。人間としての身体を全て行使し、まったく別の生き物を表現する。誰もが感嘆の溜息を吐き、ステージの下に配置された吹奏楽のBGMに合わせて胸を躍らせた。

 

 ――――ま、ますます大人の世界を知ってしまったような気がします・・・・・・

 

 とはいえ、こういう面において心はまだ初心に近いアリス。できる限り、他の人達に埋もれて仕事に専念していた方が良さそうだと思った。

 

 いつの間にか、周囲にも最低限の照明が点されている。舞台に注目して貰うためなのでステージ以外は薄暗いものの、どこに何があるのかは肉眼でもハッキリと分かる。同じようにステージに目を奪われているマリアの肩を叩くと、他の客の邪魔にならないように身を引いた。

 

 やがて、クラリスのフィニッシュ。命を終えた蝶を思わせるポーズで、舞台の上に倒れ伏す。今夜で、最も大きな歓声が上がった。

 

 そして、今度はバニーガール達がそれぞれ楽器を持って所定の位置に付く。クラリスは当然のように舞台の最前へ。

 

 バイオリンやフルートの音楽が吹奏楽の曲に加わり、その中でクラリスがフロア全てに聞こえるほどの歌を披露する。

 

 アリスも実際の舞台を見るのは初めてではあるが、間違いない。ダンスショーから、オペラに続いているのだ。

 

「は、話には聞いていましたが、この町ではこういう演出を毎日しているのですね」

 

「私も、こういう場所へは初めて来ました・・・・・・その、ちょっと女性の方々の露出が激しい気が致しますが」

 

 マリアが眉根を寄せる。まあ、その辺りは素人の自分達が口出しをする事ではない。アリスは無理矢理そう納得することにした。

 

 オペラが終わる。クラリスがステージの奥へ戻ると、今度はバニーガールが再び踊りを披露する。シリアスなオペラから、再び熱を上げるための配慮なのだろう。

 

 案の定、再び盛り上がる観客達。そこで、初めてアリス達は給仕の仕事を忘れて夜のショーに見入っていたことに気づく。

 

「おい、嬢ちゃん達よ。追加はまだかい?」

 

 酒に酔った客が、不機嫌そうにそう催促してくる。2人は、慌てて調理場の元へ動いた。

 

 いけない。今は仕事をしなければ。カルチャーショックを受けている場合ではない。

 

「どうもお待たせ致しました。こちら、追加のワインでございます」

 

「おうよ。だけどな、賢者さんよ。ショーが始まっている時は、小声で対応するのがルールなんだぜ。覚えときな」

 

「は、はい。勉強になりました」

 

 引き攣った笑顔で客に礼を言う。小声で。それを聞いているのかいないのか、その客はバニーガールの踊りに集中し始める。

 

 不幸中の幸いとして、彼以外の客は全員が注文をしていたわけではなかったらしい。みんな踊りを見るのに夢中で、食事どころではなかったようだ。オーダーを溜め込む事態にならなくてホッとする。

 

 どこからか、もっと腰を振れなどという応援なのか野次なのか分からない声が聞こえてくる。アリスとマリアは揃って顔を赤くした。

 

「・・・・・・仕事を優先しましょう。それ以外のことは考えてはなりません」

 

「・・・・・・はい」

 

 2人は、あくまでも仕事に没頭する。まるで大人の刺激的な世界から目を背けるかのように。

 

 ――――ちなみに、へリンスはいつの間にか酔っ払いの観客と一緒になって、肩を組みながら踊り子達に声援を飛ばしていたらしい。後でマリアさんに睨まれてもフォローはできませんねと、アリスは思った。

 

 

 

 

 そして、日付が変わる頃。

 

 アリス達3人は、1つの部屋に集まっていた。ここは酒場の奥に設置してある、従業員専用の就寝室。マスターは別の専用部屋で、既にイビキをかいていた。

 

 店内の清掃を終わらせ、全員がシャワーを浴びたのがつい先程。2段ベッドが複数設置されており、手前にはカーテンもある。寝泊まりするには充分な設備だ。

 

 後はもう寝るだけという状況の中、下のベッドに腰掛けているアリスはどこか心を無にしたような目で、目の前の光景を眺めていた。

 

 彼女の前には、マリアが腕を組んで足元のへリンスを睨んでいる。おおよそ、彼女らしくない態度であった。当のへリンスは、ただ萎縮しながら正座をしていた。

 

 さっきから、5分はこの状態だ。その沈黙が堪えられなくなったのか、へリンスはおずおずと口を開く。

 

「マリア、あのさ・・・・・・」

 

「言い訳は結構です」

 

 まだ何も言っていない。そうツッコめる人間はこの場にはいなかった。

 

「へリンスさん」

 

「はい」

 

「どうして、あのような事を?」

 

「あのような事、とは・・・・・・?」

 

 顔を引き攣らせるへリンス。マリアの目がスウッと細められる。

 

「どうして、その・・・・・・あの女の人達を、その・・・・・・じ、ジロジロと見ていたのですか!」

 

 顔を赤くしながら、何とか言いきったマリア。

 

「だ、だってだ。あんなバニーガールとか踊り子とか、見るのが初めてだったし。珍しいものに目が行くっていうのは、仕方がないじゃないか」

 

 しどろもどろになる。アリスは、それだけが原因ではないだろうなあと思ってはいたが、口には出さなかった。

 

「本当ですか? ヘン・・・・・・へリンスさんが顔を赤くしてあの人達を目で追っていたのは、あくまでも珍しいからというのが理由ということですよね。わざわざ仕事をサボってまで」

 

「あ、当たり前じゃないか。それに、サボっていたわけじゃないぜ。あの酔っぱらい達に捕まって、逃げられなかったんだ」

 

 実際、マスターにはそう説明した。あの酔っぱらい達は彼も手を焼いていたらしく、最終的にはそう納得してくれた。そうでなければ今頃、彼の給料は引かれている。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 またしても沈黙。埒があかないと悟ったアリスは、疲れを残すわけにはいかないので、その辺りにとマリアを宥めた。ホッと息を吐くへリンス。

 

 ようやく就寝しようという空気になったところで、ドアからノックの音。今時分誰だろうと思いながら、アリスは扉を開けた。

 

「貴女は・・・・・・」

 

「夜分遅くにごめんなさいね。アリスさんとマリアさん、だったかしら」

 

 ドアの前に立っていたのは美しい女性と、中年の男性。つい先程、優雅なダンスを披露した踊り子のクラリスだったのだ。今は落ち着いた白いワンピースの私服に着替えているが、相変わらず彼女特有の色香はにじみ出ているように思わされた。

 

「初めまして。私は支配人の者です」

 

 続けて、後ろの中年の男性が会釈する。黒いスーツ姿の男性は、貫禄のある視線をアリスと後ろに立っているマリアに注ぎ込んでいた。

 

「ど、どうも初めまして。先程のショー、とても素敵でした」

 

「初めまして。素晴らしい舞台を拝見させていただき、感謝の極みです」

 

 マリアに続いて、アリスも頭を下げる。お褒めいただき、光栄ですとクラリスと支配人ももう一度礼をした。

 

「あ、中に入りますか?」

 

「いえ。実は、少々あなた達にお願いがあって参りましたの」

 

 お願い。トップダンサーと支配人が、自分達のような給仕の新参者に何の頼み事だろうか。彼女達3人は顔を見合わせる。

 

「実は・・・・・・」

 

「?」

 

「貴女達――――ステージに興味はございませんか?」

 

「・・・・・・はい?」

 

 

 

 

つづく

 




SFC版ではバニーガールでしたが、リメイク版では全員踊り子の服を着ています。そのため、両方いるということにいたしました。
だって・・・・・・バニーの方が良かったんだ!!!!!!!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。