DRAGON QUEST Ⅴ ――聖女の足跡――   作:玖堂

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踊り子の仕事

 

 

 

 

 クラリス達は元々、旅の劇団として名が知れていた。世界各国の祭りや、パレードの時期には積極的に足を運び、磨き抜かれたダンスや吹奏楽で人々を魅了する。

 

 このポートセルミにたどり着いた理由は、深い理由などない。ただ、この港町のステージは世界中の人種や仕事を問わない者達が集まるため、仕事をするにはうってつけだったからだ。今でも、偶に依頼があればどこへでも派遣されることになるが、基本的にはこの港に腰を落ち着けているのが現状である。

 

 そんなクラリスや支配人の目を持ってしても――――荒くれ達を倒したアリスの動きは目を見張るものがあったのだ。

 

 あの、あたかも分身をしたかのような動き。あれは古代の踊り子が編み出したという、身躱し脚。身につけたこと自体は偶然にしても、元々は踊り子が考案した動きということもあって、彼女らの目を奪ったものだ。

 

 支配人はそれ以降、アリスと話をしたいと思っていた。昨日の夜は他の客がアリスを取り囲んでいたので話をすることは叶わなかったが、彼女の事情は酒場のマスター経由で知ることができたのは行幸である。

 

 曰く、彼女は旅の賢者様ですよと。

 

 賢者という呼び名は勝手に付けられたにしても、相当な実力者ということには違いはない。さらに遠目からでも分かる、一つ一つの振る舞いにも上品さが感じられ、元々は貴族の娘と言われても信じてしまえそうであった。

 

 支配人は思う。期間限定でもいい。うちで働いて欲しい、と。

 

 それに関しては、クラリスも同感であった。旅をしているということは、何か目的があるのだろうとは察することができる。だが、このまま赤の他人として2度と会わなくなるというのは、どうにも釈然としなかった。

 

 そこで、現在。2人は事前にマスターと話を付けた上で、改めてスカウトの意思を伝えに来たのである。

 

「・・・・・・お気持ちは有り難いのですが。私は、ああいったダンスは昨日初めて見たのですよ?」

 

「その・・・・・・お金を稼げるという意味では嬉しいとは思いますが、私たちには向いていないかと」

 

 案の定、アリスとマリアも難色を示す。そもそも、バーのウェイトレスをしているだけでも実はかなりギリギリだったというのに。その上、あのような薄着で衆人環視の前で踊れというのは、あまりにもハードが過ぎた。

 

 それにも、クラリスは微笑んで頭を振る。

 

「心配はありません。はじめは誰でも緊張するものです。ダンスそのものは、やってみれば割と単純なものが多いので、誰でも覚えることはできます。何より、そこまで下品と思われるような振り付けは我々の劇団では禁止されています」

 

「そ、そうなのですか?」

 

 アリスとしては、正直なところ信じられなかった。胸やお尻をあのように振るダンスが、彼女達の中では下品と認識されていないとは。

 

 言いたいことを察したのか、クラリスが咎めるように付け加える。

 

「失礼ながら、貴女方はダンスというものを少々誤解しているようです。確かに人によってはそう目に映るかもしれません。ですが、それはあくまでも健康美を強調したダンスなのですよ。決して、男性の劣情をかき立てるようなそれとは違います」

 

「も、申し訳ありません。私のような素人が失礼なことを」

 

 アリスは、つい謝ってしまう。言われてみれば、確かに素人の感性で反応してしまった。仕事に誇りを持っている者からすれば、確かに不愉快に思われただろう。

 

「いいえ。それが貴女の素直な感想だというのなら、我々は素直に受け止めるべきです。次の振り付けは、その辺りをもう少し控えめに意識するとしましょう」

 

「・・・・・・」

 

 ニッコリと受け流すクラリスに、僅かながらアリスの心に申し訳なさが浮かんだ。偏見を持って意見を述べてしまうなど、まだまだ自分は人として未熟だと思う。

 

「この事は、マスターには既に話を?」

 

「はい。快く承諾していただけましたよ」

 

「・・・・・・」

 

 アリスの疑問に、支配人は笑う。マリアと揃って、頭を抱えるしかない。

 

 おそらく、マスターは反対する理由などなかったのだろう。ステージを盛り上げるなら、それがそのまま酒場の利益に繋がるも同然なのだから。

 

 選択の余地はない。アリスは旅を理由に逃げることはできるかもしれないが、その場合はマリアを置き去りにする形になってしまう。

 

 ダメだ。そんな無責任なことはできない。ここで断ってしまえばマスターの顔を潰すことになるし、そうなればこの先から酒場の仕事もやりづらくなるだろうから。金銭を急いで手に入れなくてはならないマリアとへリンスを思えば、もはや選択の余地は無いのだ。

 

 僅かな逡巡。だが、アリスは承諾の道を選んだ。

 

「分かりました。その仕事、受けることにいたします」

 

「アリスさん!?」

 

「あら」

 

 驚くマリアに、目を瞬かせるクラリスと支配人。ついでにずっと無言で成り行きを見守っていたへリンスも。

 

「できる限りのことはいたします。私に、ダンスの何たるかを教えてください。その対価として、必ず期待に応えられるように結果を出します」

 

「そ、そうかね。いや、やる気になってくれるのは嬉しいことだが」

 

 覚悟を決めた女の瞳。それを見たマリアもまた、アリスだけに苦労をかけるわけにはいかないと前に出る。

 

「私も、一緒にアリスさんと踊ります。私、アリスさんにこれ以上の負担をかけるわけには参りません!」

 

「あ、ありがとう。そう言ってくれると、とても頼もしい限りね」

 

 クラリスもまた、支配人と同じようにやや引いている。むしろ、こっちが申し訳なく思えてしまうのは気のせいだろうか。

 

「おい、ちょっと待ってくれよ。2人とも、冷静になった方が良いぜ。分かっているのか。バニーだぞ。踊り子の服だぞ。あんな格好で、他の男達の前で見世物になってもいいのかよ?」

 

 今更になってへリンスがようやく反対する。だが、それは他の4人から視線を向けられただけで終わる。何を言っているんだこいつは的な圧力が、あまりにも手遅れ過ぎる言葉を封じてくる。

 

「覚悟の上ですので」

 

 アリス。

 

「私も、引けない時があるのです」

 

 マリア。

 

「責任は私が持ちますから、ご心配なく」

 

クラリス。

 

「君は今まで通り、給仕をやってくれればよろしい」

 

 支配人。

 

「・・・・・・」

 

 ガックリと項垂れる。へリンスの味方はどこにもいなかった。

 

 ただ、この中で1人――――アリスだけは、心の中で詫びを入れる。今はこの場にいない、愛しい彼に向かって。

 

 ――――ごめんなさい、リュカ。今だけは、ほんの少しだけ・・・・・・他の人達に肌を晒してしまうことを許してくださいね。

 

 

 

 

 こうして、アリスとマリアは劇団――――マヌハーンの世界地図へ入団することとなった。既に2人が入ることは他の団員も納得済みで、突然の新入りに奇妙な目を向ける者は誰1人としていない。

 

 むしろ、実戦に挑むような目で踊りやボイストレーニング、さらには各々の楽器の弾き方を覚えようとする姿は、入団を進めたクラリスですら驚くほどである。あっという間にステージに立っても問題の無いレベルまで到達することができた。

 

 これは元々、アリスが修道院時代の習慣からモノを覚えるコツを身につけているところが大きい。幼い頃から絶望の世界を生き抜いていた間まで、ずっとそうして生きてきた彼女。必死にあらゆるものを身につけ、覚える事が当たり前と信じている。

 

 それがマチュアリスという少女の人生なのだから。それはきっと、この先何があっても変える事は無い。

 

 翻って、マリアはアリスほど身体を鍛えているわけではないし、そんなコツなど知らない。しかし、皮肉にも奴隷生活で培った経験があるせいか、他の団員と遜色ない踊りを踊れるようになるには、そう時間はかからなかった。彼女もまた、努力の人なのである。

 

 本来なら団員が半月ほどかけてようやく身につける技量を、アリスは5日で。マリアは1週間で覚えきった。これには、他のダンサー達も嫉妬心を忘れて顔を引き攣らせるほか無い。

 

 リハーサルとして、誰もいない深夜の舞台で全員がそれぞれの動きを再確認する。ダンサーの配置や、移動する速さ。振り付けやボイスの善し悪し。支配人はトップであるクラリスも含めて厳しく指導する。

 

「ほら、そこ。顔が硬いよ。笑顔はもっと自然に!」

 

「腰が引けてる。もっと大胆にしないと、お客さんに飽きられるよ!」

 

「音程が低い。ここは盛り上げることを意識して、高い音にまとめるんだ!」

 

 舞台袖から次々とダメ出しがかかる。こればかりは他のダンサー達や吹奏楽団も必死についていく。何しろ、ベテランのクラリスですら偶に叱責がかかるほどなのだから。

 

 そんな中でも、アリスはむしろ良くやっている方だった。初めに配置につくタイミングがズレたために怒られたこと以外は、他の者達と一緒に良く踊っている。

 

 マリアが少々他の者達に会わせて動くことに慣れていないようだが、こればかりは練習を重ねるしかない。時間を見て、一緒に付き合うことにしようとアリスは思う。

 

「アリスちゃん、動きが遅れてるよ!」

 

「はいっ!」

 

 いけない。今は、今夜のステージの事を考えていなければ。彼女は、他の先輩達と一緒に踊ることに専念した。

 

 

 

 

 そして、今。オープニングセレモニーが終わり、会場からの歓声もひときわ大きくなる。

 

 初日の今日は、北のラインハット領や南のテルパドールと呼ばれる領から来た旅行者で満席だ。勿論地元の者達も、急激に有名人になった賢者様が踊り子の手伝いをするということで話題を呼び、一目見ようと我先に集まり続けていた。

 

「流石ね、賢者様は。いつもよりさらに人が多いわ」

 

「振り付けとか間違えたら、笑いものにされるわよ。気を引き締めてね」

 

 近くの踊り子姿の先輩達が、皮肉なのか励ましなのか分からない言葉をかけてくる。ちなみに、アリスとマリアを含めた10名近くのダンサーはマイナーなバニー姿であった。まだ入団して日の浅い者だからなのだろう。

 

 踊り子の服は、熟練者用に作られているコスチュームだ。動きやすく、相応の色気を引き出すデザインなので、素人が身につければ服に着られてしまうのである。

 

 バニーガールのダンサーが、舞台へ姿を見せていく。アリスとマリアは新入りらしく、最後にスポットライトを浴びた。

 

 うおおっ、と会場の歓声がひときわ大きくなる。だが、初めての舞台とはいえ、この時点で怯むことはしない。むしろクラリス達のアドバイス通りに、軽く手を振って笑顔を返してあげた。

 

 ――――さて、開幕ですね。

 

 吹奏楽が派手なミュージックを奏でる。それに会わせ、最前に並んでいるダンサーが踊り始め、それが他の仲間達にも伝わっていくように踊りはじめていく。

 

 華やかさと共に、女性美を際立たせるダンス。アリスだけではなく、マリアもまた笑顔を振りまきながら、観客の声援に鼓舞されるかのように踊り続けた。

 

 アリス、マリア、他の美しいバニーガールの、艶めかしい色香とダンスに魅せられ、会場の老若男女は例外なく盛り上がりが限界を突破する。

 

 知的な美人顔であるアリスは時折り目線を変えながら、羨望の眼差しを快く受け止めるように、笑顔で小首を傾げてみせた。これも、アリスなりのアドリブである。

 

「うおおおっ! こっちを見てくれぇ!!」

 

「賢者様じゃなくて、踊り子様だったのかよぉ! 最高だあ!!」

 

「マリアちゃぁん! 目線をこっちにプリーズ!!」

 

 ノリの良い観客の盛り上がりは、今や最高潮。彼女らは微笑みを崩さないまま踊り続け、時には立ち位置を変えつつも、会場の全てに笑顔を向けた。踊り子の艶やかな髪が真上からのスポットライトを反射する。

 

「次、こっちに身体を向けてください!」

 

「今度はこっちにも!」

 

 汗の球を浮かべつつも踊り続ける彼女達に、観客は次々とリクエストを要求し続ける。ふとマリアに目を向ければ、やはり自分と同じように観客達――――特に男達が向ける視線の洪水に晒されている。

 

 このバニーガールの衣装、本当に目立ちますから・・・・・・

 

 望まれるまま、次の観客の視線に目を合わせつつも、あまりに扇情的な自身の姿を省みる。

 

 シンプルな飾り気ながらも、うさ耳のカチューシャと胸元のリボンはバニーという衣装にとっては最も適したデザインと言えた。さらに紺色のレオタードと網タイツは女体の曲線をありありと浮き上がらせている。

 

 肩紐のないストラップレスのデザインに、胸元は大きくM字型に切り込まれてあるために胸の谷間を強調していた。先程から腰を動かすたびにたわわな胸が上下に揺れるため、初めのうちはこぼれたりしないか心配になったほどである。立ち位置や角度によっては胸元を覗き込まれてしまうだろうし、何より深く刻まれた谷間の奥まで見られてしまうだろう。

 

 バストの膨らみを過ぎれば、細くくびれたウエストに、すぐさま鋭角に切れこんだレッグラインが男の視線を悩殺する。

 

 ハイレグカットのV字は腰骨の上まで伸び、股間に至っては大事なところを隠せる程度でしかないほど幅が狭まっているのだ。いくら健康美のためとはいえ、やはりこれはボーダーラインを越えてはいないだろうか。

 

 絶えず声援を送りながらも、遠慮がちに盗み見するように視線を注ぐ者。ここぞとばかりに胸の谷間を、股間のVラインを、セクシーな網タイツに包まれた美脚を舐め回す者。

 

 そんな視線は、分かっていても慣れない。何より、見ないでなどと口に出せるはずもない。

 

 バニーガールの一挙手一投足には絶えず多くの目線が、数え切れない声援が向けられている。もうすっかり、今夜の舞台はポートセルミの町を支配していると言っても過言ではないのかもしれない。

 

 ダンスは、激しさを増していく。アリスは問題なく振る舞い、マリアもまた笑顔を保ちながら先輩達に合わせていた。

 

 観客の中には、やはりというか明らかにバニーガールの身体の局部のみに視線を追い続けている者さえいる。音楽やダンスそのものには目もくれず、ここぞとばかりに揺れ続ける胸やお尻を目に焼き付け続けていた。

 

 2回連続のターンを決めて、立ち位置をさらに変更。何人かの先輩とすれ違い、また踊り続ける。

 

「うおおおおっ! け、賢者様あああっ!!」

 

「俺、今夜の貴女を一生忘れませええんっ!!」

 

 どこからか、歓声に混じって雄叫びに似た声が飛んでくる。頭の片隅で、声の調子から酒場で告白をしてきた男性でしょうかと思った。それも、すぐに仕事への義務感で気にならなくなってしまったが。

 

 ダメだ。マリアさんとへリンスさんのためなのだから。恥ずかしいなどと弱音を吐くわけにはいかない。これも、社会勉強です。

 

 艶めかしい股間のハイレグと柔らかいお尻の食い込みに、少々意識がそちらに行きそうになる。だが、観客の視線を向けられれば隠してはならない。自分は、あくまでも踊り子の1人としてダンスに集中するのだ。

 

 情けなくも笑顔を繕いつつも、癒やしと熱を求めてきた観客を少しでも楽しませられるように。

 

 アリスはただひたすらに、バニーガールの一員として衆人環視の中で踊り続けた。

 

 

 

 

 そんな激しくも美しい踊り子達の姿を、俯瞰している男がいた。

 

 彼が立っている場所は、宿泊客が客室へ向かう通路と兼用されているバルコニーである。ここは会場を含めたフロアを一望できる場所でもあり、現在は観客で埋め尽くされている光景が広がっている。

 

 だが、男がこの場に立っている理由は、観客を眺めることではない。もっと真下の位置で美しい踊りを披露している、バニーガールや踊り子であった。

 

 腕を組んだままの男は、頃合いを見て口を開く。

 

「支配人」

 

「何だ」

 

「今日は新人が踊っているのだな」

 

「ああ。事前に伝えておいたとおりだ」

 

 眼下の盛り上がりとは対照的に、こちらは光を避けるような場所。シリアスな空気を纏い、2人は真剣な目で話し合う。

 

 変わらずスーツ姿の支配人に対して、男は平凡な布の服。取り立てて身分が高い人間というわけではない。だが、支配人は男に対して対等な立場であるかのように接していた。

 

 加えて、特に鍛えているわけでも無い身体に、平凡な顔。町ですれ違っても、誰も記憶に残らないだろう。だが、瞳だけは何となく遠くを見ているような鋭さを放っていた。

 

 舞台でBGMが次の曲に変わる。それが合図だった。

 

 男は支配人とアイコンタクトを取る。準備は良いな、という意。

 

 男はバルコニーの手すりから首を出し、尚且つ下からは極めて気づかれにくい角度を調節する。

 

 そして、男がまるで獲物を前に弓を引く狩人のような目で――――笑顔を振りまきながら眼下で踊る女性が視界に入る。

 

 そう。バニーガール姿のマリアを。その、胸の谷間を・・・・・・捉えた!

 

「ぬうっ!!」

 

 瞬間、男の目がこれまで以上に鋭くなる。全身に電流が走り、男の目がマリアの胸の谷間の全てを視覚情報として脳天に伝達された。

 

 その情報量は、男が持つ全ての経験や知識に結びつけられ、あらゆる結果や結論を導き出していく。

 

 男のバルコニーを掴む手に力がこもる。まるで、老練の学者が長年の研究の末に、1つの神秘にたどり着いたかのように。

 

 気づけば、男の口から言葉が並べ立てられる。

 

「上から79・54・78・・・・・・何事にも懸命に取り組む人格者で、礼儀正しい心の持ち主。この道を続けていれば、そう遠くないうちにベテランと呼ばれる人財になるな」

 

「ううむ。なるほど」

 

 背後ではそれを聞いていた支配人が、訳知り顔で頷いている。いつもながら、この男の観察眼は頼りになるものだ。

 

「しかし・・・・・・これまでの間に随分と苦労をしているようだ」

 

「む?」

 

「あのマリアという女性、どうも過酷な環境で労働を強いられていたようだな。正直なところ、彼女は肉体労働とは無縁な仕事に就かせてあげた方が、彼女のためだろう」

 

「そうか。確かに、元は浮浪者だったという話は酒場のマスターから聞いているからな」

 

「これから充分に休ませ、適度な食事を続けていけば、谷間から見える運命もきっと変わるだろう。ただ、ダンサーとしては彼女のためを思うのなら、この数日間限りにするべきだ」

 

 惜しいな、という本音を心の中でかみ砕く支配人。

 

 この男には、支配人も一目置いている。彼が言っているのならば、それは間違いではない。なんせ、今踊り子として輝いている門下生の全ての活躍を予言しているのが彼なのだから。

 

 彼との出会いは、支配人が劇団を統率して間もない頃であった。

 

 当時はまだ駆け出しで、ダンサーの数もほんの4人。それでも小さなイベントに積極的に売り込んで、どうにか食い扶持を確保していたものだ。

 

 そして数年前、このポートセルミで奇跡的に上演許可が町から下りたときが運命であった。初めてのステージのリハーサルを行っていると、支配人はふとバルコニーからこちらを凄まじい目で見下ろしている男を発見したのだ。

 

 それが、彼との出会い。初めは不埒な覗きかと憤り、男に詰め寄ったものだ。だが、彼は動揺するどころか、さも占い師が客に対して予言を告げるかのような口調で言い放った。

 

 曰く――――今、バックダンサーを担当している踊り子を、今からでも全面に立たせた方が良いぞ、と。

 

 支配人は、当初、何を言っているのかが分からなかった。何だ、何を言っているのだこいつは。

 

 だが、そのあまりにも重すぎる雰囲気に飲まれた支配人は、いつしか掴んでいた胸ぐらを放してしまった。放心している彼に構わず、男は背を向ける。

 

 信じるかどうかはお前次第だと言い残し、いつの間にか男は姿を消していた。たった1人、バルコニーに佇んでいた支配人は、まるで何かに操られるように階段を駆け下りた。そして急遽、配置換えをするように指示をする。

 

 困惑するダンサー達を説き伏せ、バックダンサーを全面に。だが、不思議と支配人の心に不安は無かった。そして、夜のステージを迎える。

 

 その日の踊りは、いつものようにバニーガールの身体を盗み見る事だけが目的の者達とは、明らかに違っていた。観客席からは、純粋にダンスを褒める者の声が後を絶たなかったからだ。

 

 後で知ったことだが、どうやら踊り子の達の間では密かに新人に対して苛め行為があった事が発覚したのだ。支配人は情けないことに今までダンサー達の人間関係に気づくことができず、また才能のある新人の活躍を潰されていたのだ。

 

 だが、支配人の采配でその全てが変わった。いじめで憂さを晴らしていたダンサーとは違って、純粋に才能のある場所を提供された新人の彼女は、そのステージで遺憾なく才能を発揮したのだ。あっという間に常連客が増え、またそんなダンスの世界に憧れた踊り子達が、そろって彼ら――――マヌハーンの世界地図劇団の門を叩く。

 

 支配人は、今でもその新人だったクラリスと共に、このポートセルミを中心に世界を回っている。だからこそ、この男は支配人にとって劇団の救世主なのだ。

 

 男はひとりきりマリアの胸を観察すると、一度だけ支配人に振り向いた。

 

「では、次は・・・・・・アリスという新人かな」

 

「ああ。よろしく頼む」

 

「よし」

 

 男は再び首を出し、真下のアリスに視線を向ける。彼が覗きやすいように、このタイミングでその場に彼女が移動するように指示している支配人であった。

 

 アリスの誰もが見惚れるような、柔らかくも張りのある胸の谷間を、男が視界に入れた瞬間――――

 

「ぬうっ!!」

 

 再び、苦悶の声。マリアの時よりもさらに凄まじい情報量や、言葉にできない雄の本能が、男の全身を駆け巡る。

 

「うお、おお・・・・・・っ」

 

 瞬間、その場で膝を突きそうになる男。今までにない反応に、流石の支配人も動揺した。

 

「お、おい?」

 

 駆け寄ろうとする支配人に、男は振り向かないまま手で制する。大事ない、と。

 

 負けるものか、と言わんばかりに再び男は眼下のアリスを注視する。今度はくずおれることはなかった。

 

「・・・・・・まず、分かっていることを言おう」

 

「あ、うむ」

 

 男にしては、珍しい様子であった。何故か、恐れ多いものを口にするような反応はなんだろうか。だが、今は男の言葉に黙って耳を傾ける。

 

「・・・・・・上から88・59・86。先程の新人と同じように、何事にも懸命に打ち込む努力家だ。ダンサーどころか、どんな仕事でも的確に対応できる才覚の持ち主だろう。この先は、そう遠くないうちにクラリスすら越えるダンサーになれる」

 

「なんと。あのクラリスすらもか」

 

 支配人は驚きつつも、心の中では納得もしていた。ひとたび1を覚えれば、次の2を理解できるほどの吸収力。あれはまさに100年に1人の逸材だろう。

 

 男の話は、まだ続く。

 

「幼い頃は規律に守られた生活と、徹底した英才教育を受けていた経験があるな。修道院の出身に間違いない。今では独立しているものの、その勉学や鍛錬も欠かしてはいない。間違いなく、昔から神童と呼ばれたことがあるはずだ」

 

「ほほう」

 

「だが・・・・・・」

 

「?」

 

 そこで、男の声が曇る。

 

「やはり、彼女もまた・・・・・・ダンサーをいつまでも続けさせてはならないな」

 

「なっ・・・・・・それは、どういう事かね?」

 

 納得できない。そこまでの逸材でありながら、我が劇団に引き留めてはならないなど。

 

「あの新人は、今の時点でも先程のマリアという新人に勝るとも劣らない人生を歩んでいる。そして今、これから先の彼女の人生は、余人が決して邪魔をしてはいけないものだ」

 

「そ、うか・・・・・・」

 

 無念の思いと共に、支配人は項垂れる。この男がそこまで言うのなら、自分には邪魔をする権利などない。残念ながら、この劇団始まって以来のショーの日々は、短いものとなるのだろう。

 

 ならば、せめて後悔のないように彼女達を活躍させる舞台を用意するとしよう。ここからは支配人である自分の仕事だ。

 

 実はあの2人とは、元々期間限定で雇われるという条件で、この劇団に入ったのだ。アリスには旅の目的があるし、マリアもまた長く続ける気は無かったからだ。もともと、そういう契約なのだからな。支配人はそう納得することにした。

 

 当時は短い期間で音楽やダンスをどれだけ覚えられるかという不安はあったものの、2人は見事にその課題をクリアしてくれた。だからこそ、こうして彼女達はスポットライトを浴びている。

 

「それに、あのアリスという新人は・・・・・・いや、これは野暮というものだな」

 

「何だ?」

 

「何でもない。彼女が自分で気づくだろう」

 

 そう言うと、男は額の汗を拭う。バルコニーから離れ、奥へと立ち去っていく。

 

「お、おい。もういいのか?」

 

「流石に、少し眼力を使いすぎた。明日からは、しばらくただのスケベ男に戻らせて貰うつもりさ」

 

 振り向かないまま男は通路の奥へ向かい、姿を消した。支配人は一度だけ、先程の男と同じように真上から見下ろす。

 

 ますます盛り上がりを見せる観客。スポットライトに当てられた踊り子達。今は踊り子の服を着たクラリスとベテラン達が、最前の列で踊っている。

 

 支配人に見えるのは、ただそれだけ。人の運命など、彼には見えなかった。

 

 

 

 

 そして、これは物語に直接関与しない蛇足。

 

 後世に、著者不明の学問書がこのポートセルミから刊行されるのは、そう遠くない未来であった。

 

 そして、その一文をここに抜粋する。

 

 ――――美女の谷間とは、その者の運命が刻まれている神秘である。

 

 ポートセルミ書房刊『女体神秘学・谷間理論』より。

 

 

 

 

 誰もが熱を上げて、過去最高の盛り上がりを更新し続ける夜のステージが続き、一週間が経過した。毎日が踊りと歌の連続ではあるものの、どこか充実した生活。

 

 そして、今日。そんな毎日が終わりを告げる。

 

 最後のステージが終わり、次の日を迎えた朝。フロアに立つアリス達。そして支配人とクラリスを初めとした劇団の人々。この短い間で、本当に仲良くなった者達がこうして向き合っている。

 

「支配人様。本当に今まで、お世話になりました。クラリス様も、どうかお元気で」

 

「アリスさん。私たちの方こそお礼を言いたいのよ。こちらの都合で仕事をさせてしまったというのに、まさかここまでの活躍をしていただけるなんて。おかげで、今までで最高の売り上げと人気を出してくれたわ」

 

「そんな・・・・・・私達の方こそ、新しい世界に胸を躍らせる毎日でした。クラリスさん達の事も、この経験も。この先、決して忘れません」

 

「ありがとう。私たちの方こそ、多くのことを学ばせて貰ったわ。この出会いは、決して忘れませんよ」

 

 クラリスは、そっとアリスに近寄り、優しく抱擁する。アリスもまた、自然と抱きしめ返した。背中をポンと叩かれ、これでお別れなのですねという実感を覚えてしまう。

 

 クラリスは、続けてマリアにも。マリアに至っては涙を流し、もっと続けられなくてごめんなさいと謝っていた。団員の女性達も、心なしか涙が浮かんでいる。

 

「いいのですよ。マリアさんは、アリスさんに着いていくと決めたのでしょう?」

 

「はい・・・・・・私も、アリスさんと一緒に、世界を回りたいのです。自分の居場所を見つけるまで・・・・・・」

 

「ええ。それが人の生き方よ。頼もしい方と一緒に、ね」

 

「はい。本当に、ありがとうございました。さようなら・・・・・・」

 

「ええ。それじゃあ、しばらくのお別れね」

 

 アリス達は、名残惜しげに去っていくマヌハーンの世界地図の団員達を、最後まで見送った。彼女達は、これから別の都市へ遠征することが決まっているのである。きっとその町でも数多くの人を魅了し、盛り上げていくのだろう。

 

 顔を知っている誰もが彼女達の前から去り、アリス達は顔を見合わせた。これで、アリス達は3人に戻ったのだ。だが、このポートセルミに来た当初とは、何かが決定的に変わっている。そして、それはもう元に戻すことはできないし、絶対にしない。

 

「本当にお疲れさん。2人とも、本当に綺麗だったぜ」

 

 彼女らの邪魔をしないように後ろで距離を取っていたへリンスが、近寄ってくる。こうして話すのは、思えばクラリスにスカウトされたとき以来だった。

 

「へリンスさん。そちらこそ、給仕の仕事を任せてしまって申し訳ありませんでした」

 

「いいんだよ。俺だって、客と一緒に2人のバニー姿を堪能させて貰ったしさ」

 

 冗談じみた言葉に、アリスもマリアもクスリと笑う。ステージからでも、必死に食事を運ぶ彼の姿は見えていたのだから。

 

「でもさ、よければまた見てみたいな。2人のバニーガール姿」

 

「もう、へリンスさん。あれはあくまでも仕事だからですよ」

 

 マリアが咎めるが、表情を見ればまんざらでもないのは明らかだ。事実、見られることに抵抗が少なくなってしまっている自覚はあるのだから。そして、それはアリスも。

 

「いいじゃないか。だって、持っているんだろ。あの衣装」

 

「ま、まあ・・・・・・そうですが」

 

 事実、アリスとマリアが持っている道具袋には、この数日間ですっかり身体に馴染んでしまったバニーガールと踊り子の衣装が入っている。踊り子の衣装は、最終日にクラリスから譲られたものだ。最後は、これで一緒に踊ることになってしまった。

 

 支配人に、思い出の品としてプレゼントされたのだ。その際、何故か忠告を受けた。曰く、これから過酷な運命が待っているだろうが、どうか挫けないように、と。あれは何だったのだろう。

 

 ともかく、これから彼らは一緒に旅をする仲間なのだ。マリアが人生の生業を捜す旅に、へリンスが付き合わない道理はない。だが、ちょっとくらいは役得が欲しいと、彼は半ば本気でそう思っていた。

 

 この辺り、彼も健全な男なのである。誰も責めることはできない。

 

「本当に綺麗だったんだ。あの時の2人。だからさ、機会があればってことで」

 

「まったく、そういう事を言っていると置いていきますよ。では、参りましょうか。マリアさん」

 

「そうですね。男の人が女の人をどういう目で見るものなのかは、充分勉強させていただきましたので。それじゃあ、ついて行かせていただきますね、アリスさん」

 

「ああっ! ちょっと、冗談だから。俺も行かせてくれよっ!」

 

 慌ててついてくるへリンスを無視するように、彼女達は長く世話になったポートセルミの会場を出た。朝の日差しが、彼女達を含めた世界を平等に照らす。

 

 遠くから聞こえる波の音と、人のざわめき。アリス達はこの日、あらゆる出会いを生み出すポートセルミの町を出た。

 

 目の前に広がるのは、初めて見渡す広大な平原。そして、遠くに見える森と山。

 

 この新しい見知らぬ大地で、アリスの歩みに迷いは無い。隣には、頼もしくも共に笑い合える仲間が生まれた。

 

 新たに生まれた安らぎの時間を胸に、彼女達の旅は変わらずに続いていく――――

 

 

 

 

つづく

 




お色気回です。
反省はしているが後悔はしていない。書き切ったのだから。
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