親愛なる貴女へ
復旧半ばのサンタローズの村には、在りし日の風景を取り戻そうと日々汗を流している者達で溢れていた。
材木を運び、家を建て。井戸を掘り直して水を確保し。避難していたかつての村民に声をかけ。
そんな村の隅に建てられている、未だに建築途中の民家。ここには最低限の調度品と、人が住める環境が整っている内装が広がっている。
ただ、その中で最低限というには些か不自然なものが設置してあった。居間と呼ぶべき部屋の壁に掛けられている、黒板である。
黒板には、いくつかの基礎的な数式が書かれていた。加減乗除のみならず、面積の求め方といった、算数の公式。いくつかの式の中には、明らかに子供が書いたとみられる数字が混じっている。
何を隠そう。この家は、学校の教室の意味も兼ねているのである。
この数式を解いた子供達は、既に自宅へと帰っていた。居間、この家にいるのは教師の役割を果たしていた女性だけだ。
その女性は、フンワリとした銀色の髪を靡かせながら机に向かっている。手元には問題文が書かれた書類。明日は語学の時間なので、そのための準備だ。
普段は食卓用の机を子供達の勉強机として使っているせいか、すっかり馴染んでしまっている。今のサンタローズには子連れも多いせいか、勉学の出来る場所が必要なのだ。
従来ならば、教育は教会の仕事だ。だが、この村に住むシスター・ミランも復旧事業に追われている。ならば、自分のできる限りの子をしなければと思うのだ。教師の役割も、しっかりとこなしてみせよう。
人数分の問題集を簡単に書き上げると、今度は白紙の便箋を取りだした。続けて、滑らかな筆跡で文を連ねていく。
しばらくの間、女性が手紙を書き続ける音だけが静かな部屋に鳴り続ける。そして、数刻後――――
「ミランです。定期検査に参りました」
――――ドアのノックと共に、一人の馴染みのある声が聞こえた。
シスター・ミラン。サンタローズのシスターだ。女性にとっては、昔から姉のように慕っている先輩。
どうぞと声をかけると、妙齢の女性が家に入ってきた。手元にあるバッグは、医療検査の器具が入っている。
「ミランさん。いつもお手数をおかけして・・・・・・」
「これもシスターとしての仕事です。アリスさんは、ご自身のお身体のことを案じていてください」
女性――――アリスは、慣れた手つきで検診の準備を始めるミランに遠慮をするかのように言った。
「そんな。ミランさんこそ、いつも復興作業でお忙しいというのに」
幼い頃からの記憶よりも、若干妙齢と呼ぶに相応しい容姿になった彼女は、ニコリと微笑む。
「食事を作る程度、どうということはありません。食材はあの方達が持ってきてくださっていますので、労力と呼ばれるほどではないのです」
それよりも、とミランは椅子に腰掛ける。それだけで、どこか聖職者としての貫禄が増したように思える。
アリスも同じようにして、彼女と向かい合うように座った。
「気分は優れませんか。日頃、違和感の方は?」
「・・・・・・日常生活は、まだそれほどでも。ただ、授業中にめまいを起こしそうになってしまいました。子供達にも心配されてしまって。」
「分かりました。今後は、授業の時間を減らしましょう。今後、目眩を覚えたらすぐに授業を取りやめますよう」
アリスさんは無理をしがちですからね、と締めくくる。見抜かれている、とアリスは内心で思った。
その後も、二人の検診は続いていく。窓の外には、秋の気配が見えはじめた風が吹いていた。
そして、机の隅には幾つもの便箋。これはアリスが記したものだけではなく、数日前から自宅に届き始めた彼女宛のそれも混じっている。
新たな生命がアリスの身体の中に誕生してから、3ヶ月が過ぎようとしている頃。そんな彼女を思う人々の思いとアリス自身の気持ちを、ほんの少しだけ拝見させてもらおう。
これは、世界の中ではありふれた友人同士の手紙のやり取り。
――――マチュアリス様
こうして手紙を送るのは随分と久しぶりのように思えます。しばらくの間、修道女としての仕事が続いているためにすれ違いが続いている。そう理解してはいましたが、やはり感情と理屈というものは別のようです。やはり、人間関係とは何処かで繋がりがないと不安に思えてしまうものですね。
以前より送っていただいた手紙は、もう何度も読み返させていただきました。貴女の字は美しく、己がまだまだ未熟である事実を知らされます。
今現在、幼少時代にお世話になった村の復興に尽力を尽くしているというお話でしたが、お加減の方はいかがでしょうか。どうかお身体の為にも、あまり無理をせずにいてくださることを祈るばかりです。
私は今、通いではありますがラインハットの城へ復旧作業の一環として、慈善事業のお手伝いをさせていただく毎日を過ごしております。不況による孤児の保護や、病に倒れた方々の支援。魔物の爪痕は、誰もが毎日のように心を痛めていることでしょう。
私だけではなく、きっとあの国の誰にとっても、未だに争いは終わってなどいません。
そのためにも、私もまた修道女として微力ながらも精進させていただきます。
そろそろ、涼しい季節が近づいてきますね。
間もなく寒い時期になります。貴女様も、新しい命と共に安息の日々を。
フローレンス・トュルネック
――――フローレンス・トュルネック様
残暑が過ぎゆく季節の中、いかがお過ごしでしょうか。
シスター・フローラ様からのお手紙、とても感謝を込めて日々読み返しております。
せっかくこうしてお手紙を定期的にいただいているというのに、教会のシスター・ミラン様の検診を受けていた時期と重なってしまい、受け取りに日数を要してしまいました。改めてお詫びを申し上げます。
こちら、サンタローズではラインハットから派遣させていただいている技術士の方が日々増えており、大変感謝しております。
私が今暮らしている自宅も二階こそ未だに整ってはいませんが、一月前に買い取った時点で一階のフロアはほぼ完成しておりました。働いて頂いている技術者の方と共に作業へ加われないことが最近の不満でしょうか。
そういった人々の尽力もあり、このサンタローズにも僅かながら村民達の姿も見えはじめました。あの美しい自然に囲まれた風景が、確かに戻りつつあるという実感を覚えます。まだまだ年数はかかるかと思いますが、毎日を一歩ずつ歩くつもりで過ごしている所存です。
しかし、残念ながらかつての事件のこともあり、避難先の土地へ向かったまま腰を落ち着けてしまった方もいらっしゃるそうです。こればかりは、致し方のないことでしょう。
私はいま自宅にて村の子供達へ読み書きの教室を開き、午後は魔道の勉強を進めることが主な日課です。
当然ながら体調や精神に負担をかけないよう、細心の注意を払っていますのでご心配は無用です。
ラインハットへの奉仕活動の程は、順調でしょうか。きっとそちらでも、シスター・フローラ様が手を差し伸べてくださることを待ち望む人々が後を絶たないのでしょう。
今もお忙しい日々を送っていらっしゃるかと思いますが、どうかフローラ様もご自愛ください。疲弊している貴女様など、誰も見たくはないはずです。
私も同じ空の下、フローラ様のお言葉を支えに頑張ります。それでは、また近いうちに。
マチュアリス
――――アリス
下僕のためにわざわざ手紙を書いてやっているんだから、生涯をかけて感謝なさい。良い主人が下僕の気遣いをするのは当然なのよ。
といっても、こっちからあんたに教えるようなことは何一つないわね。とりあえず、修道院は相変わらずとだけ書いておくわ。あとはフローラの方の手紙でも参考にしてなさい。
別にあんたの身体を心配しているわけじゃあないわよ。あんたのことだし、子供なんて気合いで1人でも100人でも産んでみせなさい。
まあ、産んだら一応こっちに連れてきなさいよ。下僕の子供くらい覚えておいて損はないしね。
あんたは黙って、これから生まれる子供の名前でも考えていれば良いわ。
それと、最後に。
あんたの事情は、とっくにリディアから聞いているわ。私宛の手紙くらい、ちゃんと自分のをフルネームで書きなさい。
ヴィオラ・トュルネック
――――ヴィオラ・トュルネック様
お返事を頂き、真に感謝しております。お元気でしょうか。
シスター・デボラ様からお便りをいただけるとは、嬉しさを感じると共に不思議な気持ちです。
貴女様の誰に対しても公平に接するという姿勢を、手紙越しにも実感できる事が伝わってきます。
常套句や社交辞令を窮屈に感じるデボラ様宛の手紙ということで、今後は私もそのようにいたしたいと思います。
少々素っ気なく感じてしまったとしたら、大変申し訳ありません。
ラインハットへの奉仕活動はシスター・フローラ様から伝わっています。未だに手が回りきらないご様子で、8年もの暴政の傷跡は深いものであるということですね。
それでも、正しき心を持って人々が力を合わせる事こそが、何よりの最善の道と私は信じております。
力を合わせて平和や秩序を崩したというのなら、新たに立て直すこともまた力を合わせる事で実現できるのは、至極当然のことなのですから。
私もまた、不自由なく身体を動かすことが出来るようになった頃、改めて人々のために何が出来るのかを考えて生きていこうと思う所存です。
愛しい我が子は、確かに私の中で大きく育っています。顔を見る日が、いまから待ち遠しくてなりません。
出産が無事終わり、充分に身体を休めた頃。改めて修道院へと足を運ばせて頂きます。どうかデボラ様も、お身体に気をつけて。
マチュアリス・エル・ロム・レヌール
――――アリス
冬が近づいている中、今どうしているかな。
前にもらった手紙を読んだ限りじゃ、あまり身体を動かせなくなっているらしいけど。
こういう時期は身体を動かして温まることも出来ないだろうから、そこだけが心配だ。
サンタローズの復旧作業は、アリスの目から見てどうだろうか。
こっちから派遣している技術者や職人は上手くやっているか?
報告に目を通した限りでは順調らしいが、正直なところ元の風景を知らない奴らからの感想が混じっているからな。あまり鵜呑みに出来ない。
まあ、何かあったらいつでも手紙に書いて欲しい。こっちも時間を見つけて返事を書くさ。
デールも手紙を書きたがっていたみたいだけど、部下に止められている。あいつは独身だから、他の貴族達からあらぬ誤解をされてしまうって。
アリスは美人で、しかも救国の英雄らしいからな。今では、その時の戦いを「ラインハット解放戦線」なんて呼ばれているくらいだ。近々、国家解放記念日として祝日にしようっていう話も出ている。
まあ、アリスにとってはいい迷惑かもしれないけどな。お詫びとして、最近発行された絵本を送るよ。アリスをモデルにした、正義のヒーロー物語だ。
まあ、もちろん冗談だ。いや、実際にそういう絵本が販売されているのは事実だけどな。
さて、話を戻すぞ。他にもロザミアのお袋の方は、真面目に職務に取り組んでいる状態だ。
元々あの人は実の息子贔屓だったとはいえ、国を発展させるために王位継承権を狙っていたからな。野心家だったことは違いないが、能力面では申し分のない人材に違いはない。
加えて、今のお袋はもう野心なんか欠片も感じない。むしろ俺も本当の母親みたいに思える時があるくらい、穏やかになっている気がする。もうあの人に関しては、何も心配しなくてもいいみたいだ。
一緒に食事をする事もあるけれど、その時は決まってアリスや修道院のフローラっていう名前のシスターのことばかりだ。お袋やアルダンを牢から出してくれた人だってな。
そのシスターの事は、俺も仕事をしているところを偶に見かけるから知っている。何だか、雰囲気がアリスに似ている人だと思ったよ。
そういえばさ。話は変わるけれど、最近は側近からやたらと結婚を勧められる事が増えたんだよ。
なんでも、このご時世だから苦労している市民に対して、良い意味でインパクトを与える朗報がどうしても必要になっているんだとさ。
まあ、言いたいことは分からなくもないけどな。王族なんて、結婚も仕事の1つだって事くらい、ガキの頃から知っていたし。だけど、いざ自分が目の当たりにすると、色々と複雑な気持ちになるもんだ。
結婚することには俺も同意だ。もう責任から逃げないって決めたしな。色々な意味で。
それでも、譲れないものはある。俺のお相手はそこいらの貴族の娘なんかじゃない。自分で決めた相手と結婚するさ。
まあ、アリスなら言わなくても分かっていると思うけれど。
そっちもいずれ、リュカが見つかったら結婚するんだろ?
俺の方もすぐにってわけじゃない。まずは白馬を用意するところから始めなきゃいけないからな。きっと、来月には乗りこなせるようになってみせる。
お互いに、無事に結婚式を迎えられると良いな。また手紙を書くぜ。
ヘンリュウス・アル・ノア・ラインハット
――――ヘンリュウス・アル・ノア・ラインハット様
久しぶりにペンを取りました。王族としてお忙しい中、このようにお手紙を頂くことはまことに恐縮の極みです。
思えば、共に冒険をしていた日々は、まさにお互いの人生にとっての転換期だったのかもしれませんね。
ヘンリー王子様は自身の在り方へ向き合うための期間。
私自身にとっては共に歩む旅の仲間という存在の素晴らしさを、改めて感じさせる期間であったと勝手ながら解釈しております。
こちらへと来て頂いている技術者や職人の方々は、変わらずにお力を貸して頂いている毎日です。こちらといたしましても、感謝の念が堪えません。
太后様とは家族関係が良好のようで、こちらといたしましても安堵を覚えます。きっと、今のロザミア太后様ならば良き母としてラインハットを支える柱となることでしょう。
市民にとって心の支えになるものは、英雄の存在。そのお考えはご尤もなことです。
しかし、恐れ多くも自分のような人間がそのような存在の1人になってしまったということは、正直なところ未だに実感が湧きません。身に余る呼び名で知らされるというのは、どうにも肩身が狭い思いです。
絵本の件は、全くもって存じませんでした。市民の間では、当時の話が一人歩きしてしまっているようですね。
結婚式を挙げる予定があるのですね。本当に素晴らしいことだと思います。
お相手の方の名は、言わぬが花というものでしょう。このような手紙の場合は、書かぬが花と表現した方が適切ですね。
きっと国民の誰からも祝福されるに違いありません。ヘンリー王子様が新たな門出を迎えられるその時を、心から楽しみにしております。
マチュアリス
――――マチュアリス様
本格的に冬の季節を迎えた今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
こちらは結婚式の準備が始まり、これから大変忙しい毎日を過ごすことになりそうです。そして、以前の手紙からは随分と間が空いてしまったことを、深くお詫び申し上げます。
ヘンリー様へのお手紙のことは、あの御方ご自身の口からご説明を受けました。私たちの結婚を心から祝福していただき、感謝の念が堪えません。
リュカさんとの子供は、順調に育っているようですね。私も一日でも早く、アリス様がお子様をその腕に抱く姿をこの目で見たいと思っております。
私たちの方では、先月の終わりを迎える頃。ヘンリー様が修道院へ足を運んでくださいました。私のことを迎えに来てくださったのです。
驚きと共に、なんとも言えない幸福を感じました。まるで熱病にかかってしまったかのような心地のまま、私はあの御方の手を取ったのです。
愛する人との間に生まれる子というものは、どのような気持ちなのでしょうか。きっと、私たちもそう遠くないうちに経験するのでしょう。今から、人生の先輩として数々の意見を参考にしてみたいと思っている所存です。
それと、この手紙を書いている前日のことですが。ヘンリー様へ、何気なく訊いてみたのです。
いえ、深い意味はなかったのですが。ヘンリー様は、いつ頃にパパス様やリュカ様の捜索を開始するのでしょうかと。
そう尋ねてみたところ、ヘンリー様が僅かばかり難しそうな顔をしたのです。どうしても内政の問題を最優先にしなければならない状況が続いているため、未だに目処が立っていないと。
この辺りは、ヘンリー様からのお手紙にも記されていたそうですね。クドくなってしまったようで申し訳ありません。
だからこそ、私自身も時間に余裕があるうちに、実務や王族のルールを出来うる限り学んでおきたいと思うのです。国を担う方に嫁ぐというのならば、私自身もまた体制者に釣り合う女を目指し続けます。
微力ながらも、ラインハットの国の負担を僅かでも背負うことが出来るようになれば、必ず誰かの負担が軽くなると信じておりますので。
お気づきですか、アリス様。この在り方は、アリス様との旅の中で学んだことなのですよ。
貴女様は、救う義理も責任も無いにもかかわらず、路頭に迷っていた私たちに手を差し伸べてくれた。あの時の喜びと感謝は、きっと生涯忘れることはありません。
結婚式には、必ず招待状をお送りいたします。なんでも、ラインハットの職人が何か記念品のようなものをお作りになるそうですよ。
それが何かは私も未だ耳には入ってはおりませんが、どうかアリス様のお気に召して頂けると幸いです。心を込めて。
マリアンデール
――――マリアンデール様
親愛なるマリア様。お手紙をありがとうございます。
まずは、何よりも先にお祝いのお言葉を。
マリア様、ご婚約おめでとうございます。ヘンリー様のような素晴らしい御方が迎えに来てくださった瞬間は、きっと何物にも代えがたい心地だったことでしょう。一人の女性として、憧憬の念を抱かずにはいられません。
マリア様のウエディングドレス姿を拝見する日を、心よりお待ちしております。
そして、私自身の中で育つ、一つの生命にも。
ここ最近は、本当にお腹が大きくなりました。たまに、子供が私の中で蹴っているように感じるのです。
本当に、子宝とは愛おしいもの。ベッドから起きることも辛いですが、身近なことはシスター・ミランや教え子の子供達が色々と支えてくれています。
不自由を感じさせまいとしてくださる周囲の心優しさには、ずっと感謝の気持ちで胸が一杯です。これでは、どちらが教師なのか分かりません。
パパス様とリュカの事は、やはり気を遣わせてしまいましたか。本当にヘンリー様やデール王様には申し訳ないと常々感じております。
私自身、リュカに会いたいという想いは変わりません。ですが、自分自身の都合のみを優先するわけにも参りません。ヘンリー様やデール王、ロザミア太后様のような方々には、どうかラインハットの再建にこそ尽力を傾けてほしいというのが、今の私の正直な気持ちです。
なぜなら、今のラインハットや世界中の何処かでは、あらゆる事情で傍にいるべき方と会えなくなってしまっている人々が、大勢いるはずなのですから。大切な人に会えない寂しさは、私だけに限った問題ではないのです。
だからこそ、私も彼と会えない寂しさに甘んじている訳にはいきません。なにより、私は必ずリュカに会える。根拠はありませんが、そう感じてならないのです。
マリア様。これから先、王族として歩む未来は決して楽なものではないでしょう。ですが、愛する人となら必ず乗り越えられると信じております。何より、マリア様のようなお心の持ち主ならば。
そろそろ、ペンを持つ手が辛くなってきました。今の時期は、一筆する事すらも不自由を感じてしまいます。
どうか、良き式にならんことを。心を込めて。
マチュアリス
――――マチュアリス様
大陸から花吹雪が吹く今日この頃。いかがお過ごしでしょうか。
先日送っていただいたアリス様のお手紙より、無事にご出産を迎えられたこと。心よりお祝いのお気持ちで満たされております。
新たな生命のご出産は、何よりの喜び。今は体調を取り戻すために、どうかごゆっくりとご自愛ください。
機会があれば、またお気軽に修道院へとお立ち寄りくださいませ。こちらはアリス様さえ良ければ、迎えのシスターも派遣する所存です。
こちらの方は、最後にアリス様とお会いしてから8組の恋人の方々との挙式を開きました。結婚は新たなる男女の門出。いつかそう遠くない将来、アリス様もその日を迎えられる日があらんことを。
実を言いますと、もう少々アリス様のご出産祝いのお言葉を書き連ねたいところなのですが、アリス様がお知りになりたいことはそれだけでは無いことも承知しております。そのため、以下は別のお話をさせていただくことをお許しください。
貴女様よりこちらにお伝えしていただいたことは、今現在も調査を続けております。
職務の合間を見て、改めてラーの鏡や世界の空間における論文を見返したところ、まだ仮説の域を出ませんが、僅かながらも事の真相が見えてきたようです。
結論から申し上げますと、例の魔物の手によって破壊されたラーの鏡を復元すること。これが、最低条件だということが判明いたしました。
本来存在するはずの無い、ラーの鏡。その真実を映し出す神秘を利用させていただき、アリス様の存在が今一度、真実であると世界へ刻みつける事。
文章にすれば、なんと荒唐無稽なと思うことでしょう。ですが、それこそがこの世界にアリス様の概念を呼び戻す手段であると確信しております。
そして、ラーの鏡を修復する手段。こちらに関しましては、少々日数がかかりますが、少なくとも今年中には結論が出ることでしょう。
今しばらく、具体的な手段を見つけることはお待ちください。ですが、我々も神に仕えるシスターとして、必ずや迷える子羊のお力になりましょう。
アリス様。我々修道院は、心からアリス様の未来をお祈りしております。
リディアンヌ・ヴァレンタイン
サンタローズの村を去っていく配達員を、アリスは最後まで見送った。明後日には、あの手紙もリディアの元へ届くのだろう。
身体を動かせるようになってから、半月が経つ。こうして外の空気を吸えるようになるのも、未だに感慨深い気分を覚えてしまう。
桜が散り、夏の気配が近づいてくる今の季節。サンタローズは、相変わらず忙しい。
アリスもこの村の教師として子供達に勉学を教えている立場だ。今では、すっかり村の住人として頼られている。
「アリス先生っ」
声がかかった。振り向けば、6歳程度の子供達が笑顔で立っている。家の中に勝手に入るわけにはいかないので、玄関前で待ってくれていたのだ。
「ああ、ごめんなさい。すぐに開けますから」
「早くお勉強がしたいなぁ。アリス先生の授業って、とっても分かりやすいから」
無邪気な子供らしい言葉。本当に、将来が楽しみな子である。
「アリス先生。僕、タバサちゃんが見たい」
リュカとの間に生まれた赤ん坊――――タバサも、子供達にとってはお気に入りの一人だ。他の子供達も同意する。
「そうですね。それでは、まずはタバサちゃんにご挨拶しましょうか」
はぁい、と子供達が返事をする。楽しそうに騒ぎつつ、少年少女は村の先生に案内され、小さな学校の中へと入っていった。
最近になって2本足で歩けるようになった我が子の姿を思い、アリスはつい頬が緩みそうになってしまう。子供達に不審がられてしまうので、どうにか堪えたが。
これが、今のアリスの日常。愛おしい男を待ち続ける今の彼女は、間違いなく己の人生を歩み続けていた。
そして、僅かな時が過ぎた頃。
春の風が過ぎ、初夏の気配が近づき始めたある日。
修道院から一通の手紙が届く。その内容は、以下の通りであった。
――――フローラの結婚が決まった事。
――――そして、ラーの鏡の修復方法が見つかった事。
どちらも、アリスにとっては衝撃的な内容であった。
つづく
赤ん坊の本名 タバスティア・エル・ロム・レヌール
最近になって二足歩行が出来るようになった。