DRAGON QUEST Ⅴ ――聖女の足跡――   作:玖堂

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古城からの誘い

 

 

 

 

 ――――レヌール城。

 

 かつては美しい白亜の城として、この大陸の半分を統治していた王家が暮らす城。

 

 今でこそ川を挟んだ位置に存在している白亜の城。その周囲には深い森が生まれてはいるものの、元々は都会であるアルカパとの間に整備された道路が造られていたほどだ。それだけでも、レヌールの王家がいかに民との繋がりを大切にしていたかが想像できるだろう。

 

 そんな王家も、数十年前に滅ぶことになった。悲劇を迎えてしまった原因は、後継者が不在であったこと。

 

 最後の王家の血筋であるエリック・エル・ロム・レヌール王。

 

 そして、その妻であるソフィア・エル・ロム・レヌール王妃。

 

 2人の間には子供が生まれることはなく、やがて月日と共に王家だけではなく、王族に仕えていた騎士達も受け入れたのだ。もはや、この王家は終わりを告げるのだろう、と。

 

 寿命を悟っていた晩年のエリック王はこの王家が統治する大地を、隣国のラインハットへと正式に譲り渡した。王家が滅びることは避けられぬ。だが、せめてこの土地で生まれ育った民は、我々王家が責任を持って次の次代を担う国へ任せよう。

 

 時のラインハット王はそのエリック王の想いを汲み、必ずや新しき民を背負うと老骨の王に誓った。

 

 そして、かつての栄光を全てラインハットへ譲渡して間もない頃。

 

 一つの王家は、幕を閉じた。

 

 これこそが、かつてこの土地を治めていたレヌール王家の最期である。

 

 

 

 

 リュカとビアンカの事を修道女見習いであるアリスが聞いたのは、すでに朝と呼べる時間帯になってからであった。

 

 教会の朝は早い。奉公のために神父と複数のシスターが街の中を歩き、何か手を焼いていることや悩み事のある者がシスター達に声をかけるのだ。

 

 仕事で身体を痛め、朝食を作れない一人暮らしの人間。幼い子供の面倒のために、庭の手入れが出来ない老人。そういった者に手を差し伸べるのが、神へ仕える者の姿である。

 

 アリスもまた、幼い派遣とはいえ甘えは許されない。大人に混じって神父に続き、街を歩いている。

 

 それでも、そんな奉公の見回りを苦に思うことはない。もともと修道女とはそういうものであるし、彼女自身、働くことも勉強をすることも好きだ。困っている者がいるのなら、むしろ率先して手助けを知るつもりである。

 

 とはいえ、偶にそれが行きすぎてしまうのが玉に瑕なのだが。

 

 朝の知らせのように、小さな鳥が空を飛び、旋回しながら木の枝にとまる。小さな白い蝶が、道を歩いている青年の目の前を通り過ぎた。

 

 町と呼べるほどにまで人が暮らしている中でも、自然との調和を忘れない。アルカパとは、そんな街だった。

 

 そんな空気にも、乱れが生まれた。

 

 ビアンカの暮らしている大きな宿屋にさしかかったとき、ビアンカの母親であるマグダレーナが顔色を青くして近寄ってきたのである。

 

「ああ、神父さん。大変なんだよ。うちのビアンカが、どこに行ったか分からないかい!?」

 

「なんですと。詳しく説明していただけますかな?」

 

 すがりつくような女将の訴えに、いつもは穏やかな目をしている神父も顔色を変える。端にいるアリスもまた然りだ。

 

 リュカとビアンカが、姿を消した。その言葉が、一同の頭に染みこんでいく。

 

 昨日の夜、サンタローズから自宅まで送り届けてくれた礼もかねて、マグダレーナとダンカンはパパスに夜遅くまでお酒を振る舞っていたのだという。

 

 ビアンカの姿は、リュカと共に夜が更ける頃に宿屋へ帰っていることが確認されている。アリスが川に落ちた後に謝罪をし、その後で教会から家に戻ったときだ。

 

 夕食を全員で済ませ、後片付けをビアンカと共に終わらせた後、酒盛りが始まった。子供達は、その時に寝室に入ったと思っていたのだ。

 

「そこで、朝起きた時には、ビアンカちゃんの姿がなかったと・・・・・・」

 

「リュカくんも、ですか・・・・・・?」

 

 神父の重い言葉に、後ろで話を聞いていたジゼルが付け足した。彼女も、リュカの名前は昨日のうちに聞いている。

 

「ああ、そうなんだよ。宿屋のどこを探しても返事も無しさ。あの子はしっかりしているから、こんな事は今までなかったし・・・・・・」

 

 どうやら、かなり朝早くから愛娘のことを探していたらしい。なんにせよ、子供が消えたとあればただ事ではあるまい。修道女達の表情にも緊張が走る。

 

 そこで、ふとアリスは気になったことを訊ねてみた。

 

「あの、すみません。パパスさんはどちらに?」

 

 あの頼もしいリュカの父親の姿が、先ほどから見えていない。もちろん彼も息子の姿が見えないとなれば探すくらいのことはするはず。しかし、先ほどから街を歩いていたにも関わらず、ここに来るまでパパスの姿はどこにも見当たらなかった。

 

 それを聞いたマグダレーナは、少しだけ気まずそうな顔をしながら答える。

 

「それがね、私も朝にビアンカを探してくれないかって頼んだんだけどさ。どうもパパスさん、うちの主人の風邪がうつっちまったみたいでね。いま、お粥を食べさせてあげていたところさ」

 

「それは、また・・・・・・」

 

 なんと言って良いのか分からない。こんな事態だというのに、まさか風邪になってしまうとは。というか、ダンカンの病気とは風邪だったのか。

 

「とにかく、急いでうちの娘とパパスさんの息子さんを探しておくれよ。もし街の外にでも出ちまったっていうんだったら、あたしゃ心配でさぁ・・・・・・!」

 

「了解いたしました。街の見回りも、念入りに行うとしましょう。この件は我々に任せ、奥さんは安心して休んでいてください」

 

「なにを言っているんだい神父さん。娘が危険な目に遭っているかも知れないって時に、のんきに休んでなんかいられないよ。あたしも、街の人たちに訊いて回るつもりさ」

 

 勝ち気なマグダレーナらしい言葉であった。母親とは本当に強いものなんだなと、アリスはついこんな時だというのにそんな事を考えてしまう。

 

 とはいえ、感心している場合ではない。幼い修道女見習いもまた、焦燥感を覚えながら周囲を見回す。

 

 当然ながら、都合良く2人が現れるわけもない。誰か、街のことに詳しそうな人はいないものか。

 

 そう考えたとき、目の前の神父が踵を返す。歩いていた方向とは逆に駆け足で走り始めたのだ。

 

「あ、神父様。どちらへ?」

 

「いや、言うまでもないじゃないのよ」

 

 どこか呆れた口調で、ジゼルがアリスに言った。

 

「街の外に出たのかすら分からないんじゃあ、まずは番兵さんに話を聞いてみるのが筋ってもんでしょう」

 

「あ・・・・・・そうでした」

 

 確かに筋が通っている。聞き込みをするとしたら、まずは見張りの仕事をしている者からだ。なぜ気付かなかったのだろう。

 

 とはいえ、感心しても始まらない。ジゼルとアリスが街の出入り口に着いたときには、すでに神父は番兵の返事を聞いていた。

 

「ふむ・・・・・・少なくとも、明け方にはここを通った人間はいなかった、というわけか」

 

「は、はい。それは間違いありません。ただ、流石に深夜と呼べる時間帯は、私自身も休まなければなりませんでしたので・・・・・・」

 

 番兵は、ひたすら萎縮している。もしかしたら、自分の責任で子供が外に出てしまったかも知れないのだから。

 

 神父は思う。この番兵に責任はあるまい。魔物が世界中で蔓延っているこのご時世に、誰が深夜に子供だけで自発的に外に出る者がいると想像できるのか。これはむしろ、彼1人に見張りの役目を任せていた町長にも後で抗議をしておくべきだろう。

 

 もっとも、今はそれを責めても仕方がない。今は行方知れずになってしまった子供達2人の行方だ。

 

「あの、そういえば思い出したのですが・・・・・・」

 

 俯いていた番兵が、おずおずと思い出したように言う。神父と修道女達の目が彼に集まった。

 

「ビアンカちゃんと、その男の子の事ですが・・・・・・心当たりがあるかもしれません」

 

「なんと。して、2人はどちらへ?」

 

「い、いえ。ハッキリとした場所は私も知りません。ですが、昨日・・・・・・そちらの広場でビアンカちゃん達と例のイタズラ小僧が、何やら口げんかをしていた所を見ておりました」

 

「イタズラ小僧・・・・・・ですか?」

 

「アリスを突き落とした2人組よ」

 

 ジゼルに補足され、アリスは納得する。町の人間にとって、あの2人は誰からもそういう扱いで呼ばれているらしい。

 

「あの時はすまなかったね。おじさんも助けてあげたかったんだけど、持ち場を離れるわけにはいかなかったから」

 

「いえ、いいんです。お気遣いありがとうございます。それに、ジゼルさんが来てくれましたので」

 

 頭を下げる番兵に、アリスは恐縮して頭を下げる。番兵さんは何も悪くないというのに。

 

 話題を変えるように、神父は続きを促した。

 

「して、その2人組の少年が何か?」

 

「はい。私の聞き間違いでなければ良いのですが、実は――――」

 

 と、番兵が言いかけたタイミングだった。

 

「それっ!」

 

 陽気なかけ声と共に、バサッと音がした。

 

 途端、ジゼルとアリスのスカートが大きくまくれ上がったのだ。アリスの小さいリボンの付いたシンプルなタイプと、ジゼルのフリルの付いたパンティがあらわになる。

 

「きゃあっ!」

 

 ほぼ同時に悲鳴を上げると、後ろからはしゃぐ声がする。聞き覚えのあるその声は、間違いなく例のイタズラ好きな少年コンビのものだった。いつの間にか、こっそりと近寄っていたらしい。

 

「やったぁ、今日は白ですかぁ?」

 

「たまには違う色のやつ穿けぇ!」

 

「あ、あんたたちねえ!」

 

「ビ、ビックリしました・・・・・・」

 

 スカートを抑えたまま、顔を真っ赤にして怒鳴るジゼルと、アワアワしているアリス。もちろん、悪戯に成功した子供の前ではビクともしていないようだが。

 

「いいじゃん。番兵さんにちょっと良い思いさせてあげようとしただけだから。いっつもそんなとこで暇そうに突っ立ってるから、元気づけてやろうと思って」

 

「番兵さん?」

 

「い、いえ。滅相もありません。私は何も見ておりませんので!」

 

「おぬしも若いの」

 

 顔を赤くしながら、首を左右にブンブンと振る。そんな様子に面白そうな視線を向ける神父。

 

「ねえねえ、こんな所で何してるんです。今日、どっかに出かける予定とかありましたっけ?」

 

 あろうことか、ぬけぬけと神父に話しかけてくる。なるほど。町一番の悪戯小僧の名は伊達ではないらしい。

 

「・・・・・・少しばかり仕事でな。ビアンカちゃんとこの町に来ている男の子の行方が見当たらんのじゃ。今、聞き込みをしているところなのだが」

 

「神父さま」

 

「まあ、よいではないか。話したところで問題はあるまい。同じ子供だからこそ、場合によっては行き先に心当たりがあるやもしれん」

 

 思わずアリスが口を出すが、神父は構わないと手を振る。そんな、ある意味では藁にも縋るような気持ちで口にした言葉。

 

 だが、それを聞いた時、さっきまで陽気だった少年達2人が顔を見合わせる。様子が明らかに変わった。

 

 そして、それを見逃す神父ではない。何か知っているという確信を持って訊いた。

 

「知っているね」

 

「いや、その・・・・・・」

 

 悪戯な少年達が、あからさまに狼狽えていては自白しているも同然だ。神父は溜息をつくと、ジゼルに目で促す。

 

 意図を察した先輩シスターは、子供達の背後に回り込むと衣服の襟を掴んで持ち上げた。

 

「うわ、何すんだよ!」

 

「離せよ、馬鹿力!」

 

 手足をバタつかせる2人だが、もちろん離すはずもない。やっと見つけた容疑者なのだから。親猫に運ばれる子猫のように宙ぶらりんになっている姿のまま、神父は一歩近寄る。

 

「さて、そこな少年達よ。ビアンカちゃんとリュカくんはどこへ行ったのかな?」

 

「ええっと、だから・・・・・・」

 

 口をモゴモゴさせる少年。そこへ、トドメとばかりにアリスが告げ口する。

 

「神父様のゲンコツは、石で殴られるより痛いですよ?」

 

 少年2人は、ガックリと項垂れた。しばらくして、少年達2人はおずおずと白状する。

 

「・・・・・・言ったんです」

 

「は?」

 

「・・・・・・昨日の動物が欲しいんだったら、レヌール城のお化けを退治してこいって、言ったんです」

 

「お化け・・・・・・なんですか、それは?」

 

 目を瞬かせて、アリスは言った。その疑問を聞いて、少年達がゲラゲラと笑う。

 

「あはははは。信じらんねえ、そんなことも知らねえのかよ!」

 

「顔はちょっと良くてもやっぱり田舎者だな、お前。何も知らね・・・・・・うひゃああっ!?」

 

 うるさい声は、ジゼルが両腕を上下に振ることで黙らせる。

 

「あんたたち。アリスは昨日この町に来たばかりなんだよ。噂が広まったのはつい最近なんだから、知らなくて当たり前でしょうが」

 

「?」

 

 噂とは、何のことだろうか。アリスが首を傾げるのをよそに、話を聞いていた番兵が顔色を変える。

 

「レ、レヌール城だって!? こうしてはいられない。神父様、申し訳ありませんが、見張りの仕事は・・・・・・」

 

「うむ、問題ない。幸い、この辺りの魔物程度なら相手取れる。留守の間はこちらで見張りを続けるとしよう」

 

「感謝いたします。それでは、早速」

 

 それだけを告げて、番兵は簡単な手荷物を持って町の外へ走り去っていく。責任を感じているせいか、あっという間に背中が見えなくなっていった。

 

 言うまでもなく、レヌール城へ捜索に出かけたのである。距離的には午前中を使えば余裕で往復できる距離らしいので、昼食前には戻ってこられるはずだ。

 

 レヌール城。アリスはその名前に聞き覚えがあった。レヌールといえば、かつてこの大陸を統治していた王家の名前だ。

 

 現在は王家の血が途絶えたために、城は廃墟となっているはず。そんな城に、一体何の噂が立つというのだろうか。

 

 アリスの疑問を察したのか、神父が答える。

 

「アリスも、ここアルカパの北西にあるレヌール城の事は知っていよう。しかしな、最近になって妙な噂が流れるようになったのだ」

 

「妙な噂、ですか」

 

「左様。旅人や吟遊詩人からの話なのだが・・・・・・夜な夜な、レヌール城からすすり泣く声や悲鳴のような声が聞こえるようになったと」

 

「え・・・・・・」

 

「ただの噂話ですめばまだ良かったのだが、そうとも言い切れん。つい先月も宿代わりに立ち寄った旅人が、そのまま姿を消してしまったことがあったのだよ」

 

 絶句するアリスに、神父の話は続いた。

 

 子宝に最後まで恵まれることのなかった、王と王妃が眠る無念の墓。その行き場のない怨念が、長い年月のうちに聖者を呑み込む地獄への穴に変わっていったという話まで生まれていると。

 

「・・・・・・と、まあ色々な逸話があるのが、今のレヌール城なのだよ。さすがに地獄の穴だのなんだのは、面白可笑しく付け足された後付けであろうが・・・・・・アリス?」

 

「ひゃいっ?」

 

 噛んだ。

 

「どうした、アリスよ。顔が凄いことになっておるが」

 

「いいい、いいえ。なな、何でもありま、せん」

 

 何でもないはずがない。さっきまで健康だったシスター見習いの顔は、誰が見ても真っ白になっている。血の気が引きすぎているにも関わらず、汗はだらだらと額から首筋まで流れていた。

 

「そのそのその、そのような噂がが、ああ、あったとは、存知ままませせんでしぃた・・・・・・」

 

「ふむ・・・・・・?」

 

 神父はしばらくアリスの顔を伺っていたが、体調不良ならば休んでいても構わんぞと言ってくれる。まあ、7歳の少女がまるで生まれたての子鹿のように全身を震わせていれば当然だろう。

 

 一行は、とりあえず2人組の少年を自宅まで送り届けた。途中、逃げだそうと何度かもがいたが、猫のように掴んでいるジゼルは全く取り合わない。若干、スカートめくりの恨みも兼ねているのだろう。

 

 彼らを迎えた両親には、事の次第を全て親に話した。それを聞いて、当然ながら大激怒。

 

 なんて事をしたんだとか、ダンカンさんの家はうちの野菜や果物を多く買ってくれるお得意様なのに、とか。今まで子供可愛さに悪戯にも目を瞑っていたようだが、今回ばかりは手加減無しのお仕置きが待っているようだ。

 

 いつもは悪戯をしても困ったように注意をする程度だった両親が、今まで見たこともない形相で詰め寄ってくる。家に引きずり込まれる少年達の泣き声は、しばらくの間収まることはなかった。

 

 あとは、この事をマグダレーナに報告しなければ。彼女は今頃、必死に聞き込みを続けていることだろう。早く教えてあげなくては。

 

 そして宿屋へ向かう道中、ジゼルはアリスに訊ねることにした。

 

「アリス。もしかしてあなた、幽霊とか苦手なの?」

 

 幼いシスターは、いっそ過剰とも言えるほど身を震わせる。途端、歩く足もゆっくりになった。

 

「い、いけませんか・・・・・・いえ、そうですよね。いけません。いけないとは分かっているんですが、どうしても、その」

 

「ああ、うん。もう分かったから。要するに、アリスは怖がりで、夜になったらお手洗いにも行けない子だったって事でしょう?」

 

「行けますよ、いくらなんでも失礼です!」

 

 顔を真っ赤にし、肩をいからせるアリス。周囲の修道女達の何人かが吹き出したことは気のせいだと思いたい。

 

「あはは。まあ、冗談はおいておくとしても」

 

「冗談だったんですか?」

 

「とにかく、今のうちに慣れておいた方が良いわよ。聖職者っていうのは、人の死に立ち会うことが仕事みたいなものだし」

 

「・・・・・・そう、ですけれど」

 

 そうなのだ。アリスは昔から、幽霊の類いの話がどうしても苦手なのである。基本的に、正体の分からないものがダメだった。

 

 いつ、どんな理由で生者の前に姿を見せるのか。見せたとしたら、その理由はなんなのか。

 

 幽霊が生きている人間の目の前に現れること。その現象は、まるで生者とそうでない者の境界線を踏み越えてくるかのように思えてしまう。

 

 洞窟や、暗闇は怖くない。たとえ魔物という脅威が存在していようとも、潜んでいるものの正体が何なのかが分かってさえいれば、それは少なくとも未知の恐怖ではないのだから。

 

 そんな彼女も、やはり7歳。年相応に、苦手なものはある。ジゼルに頬を膨らませて抗議をしている今の姿は、まさにそうだった。

 

「そう怒らないでよ。お詫びに、今日は仕事が終わったら、とっておきのお話をしてあげるから」

 

「・・・・・・どのようなお話です?」

 

「ある日の夏、畑で採れたスイカの中に人間の■が・・・・・・」

 

「ああああっ!! イヤイヤ、嫌ですっ! 聞いてしまいましたあぁっ!!」

 

「これこれ、シスター・ジゼル。シスター・アリス。修道女とあろうものが騒ぐでない」

 

 神父の呆れ声によって、その場はようやく収まった。顔を真っ赤にして俯くアリス。町中を通る通行人の、訝しげな視線が痛い。

 

 とはいえ、これで解決の目処は立っただろう。神父とシスター達は思う。

 

 あとは、番兵がリュカとビアンカの2人を連れて帰ってくれるまで待つこと。彼はアルカパ周辺の魔物相手など慣れている。すぐに戻ってくれるはずだ。

 

 この事を、焦燥に駆られた様子で武器屋の店主に聞き込みをしているマグダレーナに知らせると、どこか複雑そうな顔をする。それでも、安心しましたと胸を撫で下ろしたことは確かであった。

 

 当然だろう。少なくとも母親として、愛する娘の元気な姿を自分の目で確認しなければ安心は出来ない。

 

 だがそれも、午前中までの辛抱だ。番兵は番兵の、シスターはシスターの。それぞれのやるべき仕事に専念しなければ。

 

 少なくとも、この時の神父や修道女達はそう思っていた。

 

 だが、午前の時刻を過ぎ。

 

 夕刻に差し迫った頃になっても。

 

 ――――番兵は、帰ってこなかった。

 

 

 

 

「まさか、このような事になるとは・・・・・・」

 

 太陽が南中高度を過ぎ、ゆっくりと反対側に向かっている。肌寒い風が吹く中、神父は僅かに焦燥を込めた呟きを漏らしていた。

 

 手に持っている松明の炎が、風に揺られる。火の粉がかからないように、僅かだけ身体から遠ざけた。

 

「本当に、何があったんでしょうか。今まではこんな事はなかったのですが」

 

 すぐ後ろを歩いている中年の修道女も、同じように深刻さを帯びた表情をしている。子供達だけならば、家出のような若さの至りのような理由でいなくなったのかと考えることが出来た。

 

 しかし、番兵までもがいなくなったとなれば、もはやこれは事件性のある問題に違いないだろう。事実、午後一番に教会を訪れたマグダレーナの勢いといったら、もはや饒舌に尽くしがたかった。

 

「あの者に限って、道に迷うなどということはあり得ん。仮に子供達が見つからずに探し続けているにしても、午後になれば流石に一度くらいは戻ってくるはずだ」

 

 2人が歩いているのは、アルカパの町中ではない。その建物が見える風景は、すでに背中の向こう側だ。

 

 振り向けば、そんな夜景の中に見える松明の炎。後続を歩いている数名のシスターである。

 

 その中には、背の低い位置から見える小さな炎の姿。アリスだ。あの幼い修道女もまた、今回の仕事に参加している。

 

「まったく。あれほど言い聞かせておいたのだがな。無理をして付いてくる必要などどこにも無いというのに」

 

 出発する前に、アリスの姿を思い出す。明らかに手が震えていて、顔色も悪かった。誰もお主には頼んでおらんから教会で休んでくれれば良いと。

 

 遠回しに、震える子供など足手まといだから引っ込んでいろ。それをできる限りオブラートに包んで神父は説得したのだが。

 

 ――――行かせてください。怖いですけれど、リュカさん達が心配なんです。

 

 怖がっていたアリスは、神父に向かって言い切った。友達のために、部外者になんかなりたくないと。それを見て、神父やシスター達も諦め半分に頷く。

 

 アリスとて、子供ながら馬鹿ではない。神父やシスター達の言葉の裏など、誤解無く理解している。

 

 それでも、だ。今リュカとビアンカが危機にさらされているかも知れないのに、ここで行かないなどという選択肢はない。なんとなく、それをしてしまえば自分は2人の友達ではいられなくなる。そんな気がしたのだ。

 

「なるほどな。グレンのやつの気持ちが分かった」

 

「アリスが持ってきた手紙ですね」

 

「ああ。優秀な子には間違いないが、いちいち問題事に首を突っ込む問題児だからなんとかしてくれ、だそうだ」

 

 まさに丸投げであった。思わず、シスターは遠い目をする。

 

「・・・・・・まあ、迷える子羊を放っておくシスターというのも、それはそれで素質無しでしょうが」

 

「この件が終わったら、一度グレンに手紙を出すとするか」

 

「どのような内容をお書きに・・・・・・いえ、何でもありません」

 

 興味に駆られ、訊ねようとするも切り上げる。どうせ、碌な内容ではあるまい。賢明な判断であった。

 

 山脈から緩やかに流れる川が、彼らの歩く道の真横を通り過ぎていく。レヌール城へ向かうルートの中では、森を通らずに迂回することができる道筋だ。

 

 北へ向かって歩き続けると、年季の入った石の橋にさしかかる。この橋はかつてのレヌール家が栄華を極めていた頃に作られた橋だ。しっかりとした橋が出来る前までは、長雨による氾濫などが原因でよく崩壊が相次いだらしい。

 

 過去のレヌール王家はその事を重く見て、当時の技術で試行錯誤しながらも、ようやく頑丈な橋を作ることに成功する。その橋は、今現在でもこうして力強く残っているのであった。

 

 北へしばらく歩いた後、もう一度橋を渡ればレヌール城はもう外壁がハッキリと見える程までの距離にさしかかる。

 

 そびえ立つように佇んでいる、この大陸を象徴する白亜の城。そんなかつての栄華の面影も、今や見る影もない。

 

 城を囲んでいた草原は幾多もの無造作な木々に変わり、常に使用人達が手入れをしていた外観は至る所にヒビが入っている。地面からは幾多もの蔓や枝が絡みついており、王や来訪者を迎えていた門や壁は、所々が崩れかけていた。

 

 出入り口の前には、人工的に造られた庭。こちらも人の手が入っていないせいで多種の雑草に埋め尽くされている。強く叩けば崩れてしまうかも知れない机と椅子。僅かに白い塗装が残っているのみで、後は無惨にも腐って黒く変色している。

 

 なにより、背丈の大きい雑草の中から見える、いくつもの白い十字架。石で作られているそれは十字の一部が崩れているせいで、より不気味さを放っていた。言うまでもなく、レヌール城で暮らしていた人間達の墓である。

 

 風が僅かに吹いた。それだけで割れている窓ガラスが、悲鳴のように甲高い音を鳴らす。

 

 そんな不気味な廃墟にも、神父達は眉一つ動かさない。もとより、見慣れている光景だ。

 

「さて、あ奴らはどこへ行ったのやら」

 

「扉の前には・・・・・・いなさそうですね」

 

 中年のシスターが雑草の山を覗き込んで、そう言う。満月を背負っている古城は逆光となり、月明かりが届かない。それでも人の影がないことだけは辛うじて見て取れた。

 

 続けてシスターは、雑草を避けながら出入り口の扉に手をかける。錆び付いた取っ手を掴むと、力を込めて開けようとした。

 

「・・・・・・まあ、予想はしていましたが」

 

 古い扉は、重々しい音が鳴るだけで開かない。当然である。

 

 この城は、過去に鎮魂を目的に訪れたことが何度もあった。扉が開かないことなど、何年も前からお見通しなのである。

 

 ただし、今回は子供達や番兵が来たということもあり、一応のチェックをしたのだ。誰かが中に入り、何らかの方法で開けられるようにした可能性もあるのだから。

 

 開かない扉の前にいつまでいても仕方が無い。この城には裏側に非常用の梯子が備えられてある。やはり錆び付いていて危険なのだが、頑丈さだけは確かなので数人が使っても壊れたりはしないだろう。

 

 裏へ回り込もうとすると、複数の松明の炎が城へたどり着くのが分かった。後続のアリスやジゼル達が追いついたのである。

 

「お待たせして、申し訳ありません」

 

「いや、よい。こちらが早く来すぎてしまった。それよりも・・・・・・」

 

「はい。人の気配は・・・・・・なさそうですね」

 

 ジゼルの言葉に、アリスの顔が曇る。来ればこちらの存在に気付き、駆け寄ってくれることを期待していたのだ。

 

「外にはいないとなると、やはり城の中ですね。この城は広いので、慣れない者はほぼ迷子になります。ビアンカちゃん達も心細く感じているはずなので、早く迎えに行きましょう」

 

 それを察したのか、中年のシスターは意識して前向きなことを口にした。他の者達も、ゾロゾロと裏口へと向かっていく。

 

「・・・・・・?」

 

 そこで、ふと最後尾を歩いていたジゼルが後ろを振り向く。視線の先には、なぜか城の扉の元へ向かっているアリスの姿があった。シスター達は城の塀伝いに向かっているので、ここからだと若干高い場所にある城の庭へはやや見上げる形になってしまう。

 

「ちょっと、何してんのよアリス」

 

「いえ。この扉・・・・・・」

 

 幼い修道女は松明を持ったまま、フラフラと古びた扉に手をかける。

 

「あのね、アリス。なんのために裏口へ行くと思っているのよ。神父様達がさっき試していたのを見ていなかったのかしら。そこが錆び付いていて開かないから・・・・・・」

 

「ここ・・・・・・開いていますけれど」

 

「は?」

 

 キョトンとした顔のアリスが、ほんの少しだけ扉を押す。たったそれだけで、まるで付け替えたばかりのそれのように、軽い音を立てて開いてしまった。

 

「ちょ、ちょっと。どういう事よ」

 

 さっきまで固く閉ざされていたはずの扉が、なぜ? とりあえず先頭を歩いている神父に声をかける。

 

 だが、それと同時にアリスが動く。開ききった扉の向こう側に、小柄な少女の姿が隠れた。

 

「ちょっと、アリス。1人で行かないで」

 

 焦りを込めて声をかけた。アリスからの返事はない。そこで、先を歩いていた神父やシスターも、ジゼルの元へ引き返してくる。

 

「シスター・アリス。何をしているのかね? 戻ってきなさい」

 

 返ってくるのは・・・・・・沈黙。痺れを切らせたジゼルは、足を速めて扉へ向かった。

 

「何を勝手に入っているのよ。あなたは怖がりなんでしょう。早く戻りなさ・・・・・・」

 

 彼女の言葉は、途中で止まる。どういうわけか、驚愕の目で扉の奥の空間を見ていた。

 

「シスター・ジゼル。どうしたのかね」

 

 キイ、と扉が動いた。大きく開いていた扉が、まるで時間を巻き戻すかのように閉じていく。神父の言葉にも、返事をする余裕はなさそうだった。

 

 そして・・・・・・大きな音を立てて扉が閉まる。幼いアリスの姿は、もう扉の前にはいない。

 

 アリスが城の中に入った。その場にいる者達はそう判断する。

 

 ただ、ジゼルを除いて。

 

 彼女は我に返ると、慌てた様子で扉に駆けつける。その動きは、まるで恐ろしい何かに追われているかのように焦燥に駆られていた。

 

 何度も扉をガチャガチャと鳴らす。そして、今度はドンドンと拳で叩いた。

 

「シスター・ジゼル・・・・・・まさか」

 

 端で見ていた神父達は、状況をようやく悟る。

 

 顔を強ばらせるシスター達の前で、ジゼルは息を切らせながら言った。

 

 

 

 

「アリスが・・・・・・閉じ込められました」

 

 

 

 

つづく








没ネタ




レヌール城へ向かう準備をしている神父の前で、アリスが決意を込めて言った。

アリス「神父様。私も覚悟が決まりました。神父様達と一緒に行かせていただきます!」

神父「だめじゃ」

アリス「」

DRAGON QUEST Ⅴ ――聖女の足跡――
レヌール城編【完】




いや、これはある筋で有名なドラクエ4コマネタなのですが・・・・・・マジでこの展開にしようかと考えていました。
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