DRAGON QUEST Ⅴ ――聖女の足跡――   作:玖堂

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噂の正体

 

 

 

 幼い修道女が我に返った時は、すでに手遅れであった。

 

 雷鳴が轟き、廃墟の古城を一瞬だけ白く照らす。足元の風化している絨毯や、朽ちかけている円柱状の柱が形として見えた。しかし、今のアリスにとっては些細なことでしかない。

 

 閉じ込められた。その事実を理解すると共に、全身の血が引いているのを感じる。

 

「そんな・・・・・・」

 

 アリスは呆然とした。慌てて今さっき入ったばかりの扉に駆け寄る。ドアの取っ手を掴んで動かそうとしても、全く動かない。自分は鍵を閉めた覚えなど無いのに。

 

 いや、それどころか扉の合わせ目が錆で固定されている。くどいようだが、自分は確かにこの扉を使って中に入ったはずなのだ。なのに、なぜ?

 

 扉は開いていた。間違いなく開いていたはずなのだ。間違いない。

 

 神父達と一緒に裏口に向かおうとするとき、アリスはふと出入り口の扉の違和感に気付いたのだ。どういうわけか、ドア同士の境目が開いていたように見えた。

 

 そこから先の記憶が、なぜかハッキリしない。まずは神父様達を追うのが先決なのに、どういうわけかアリスはその扉を確かめに行ってしまったのである。まるで、誰かに引き寄せられたかのように。

 

 そして、気がつけばこの場所に立っていた。そして、今度は扉が開かなくなっている。まるで、何者かが錆を作って扉を固定したかのように。

 

 いっそ凍りつきそうなほどの寒気がするアリス。勇気を出して城へ来たつもりだったのに、早くも臆病風が心に吹き始めている。間違いなく、この城には何かが存在しているという事実が、あまりにも気味が悪くてたまらなかった。

 

「神父様っ、ジゼルさん!」

 

 頑丈な扉を何度も叩きながら名を呼ぶも、一向に反応はない。いや、そもそもこの声すら外に伝わっているのかどうか。

 

 途方に暮れるアリス。そして、再び古城に響く稲光。

 

 え・・・・・・ちょっと待ってくださいよ。さっきまで、満月がでているほど夜空が晴れていませんでしたか?

 

 まるで別の空間に吸い寄せられたかのような錯覚を覚え、アリスは壊れた窓に駆け寄った。さっきまであった満月は泥のような雲に隠れ、遠くから何度も雷が見えているのが分かってしまう。

 

 やはり、この城には“何か”がある。そして、自分達はその“何か”が支配している世界に迷い込んでしまったのだ。

 

 そして、リュカさんも。ビアンカさんも。あの番兵さんも。

 

 足が勝手に震えてくる。アリスは目を強く閉じて拳で殴った。

 

 しっかりしなさい。いつまでも怖がっている場合じゃあないでしょう!

 

 足の痛みが、少しだけ臆病風を和らげてくれた。アリスは続けて何度も叩く。

 

「私はっ、リュカさんと、ビアンカさんと、番兵さんをっ、助けに来たんですっ!」

 

 それだけで、どうにか震えは収まった。今度は足の痛みにもつれそうになるが、そこは無理をして動かす。

 

 アリスは内部に続く通路を少しずつ歩いてみた。足元の絨毯は所々が破れていて、なんとも頼りなく思える。

 

「・・・・・・?」

 

 出入り口の反対側は、やはり大きな扉が造られていた。アリスは、古びた取っ手に手をかけると、僅かに開いて中を覗いてみる。

 

 一目見て、巨大な部屋だと分かった。どうやら、ここは大広間のようである。古城になる前は、さぞ立派にお客様を歓迎していただろう。錆びてしまったシャンデリアや長椅子は、その名残だ。

 

 何より目を引くのが、高い天井から吊るされている四方からの鎖だった。そして、四角形にくりぬかれたような穴が大広間の中央部に存在している。

 

 その四角形の穴の四隅に、鎖がそれぞれ穴の奥まで伸びていた。ややあって、アリスはその鎖が下の階から何かを引き上げるための用途として使われているのだろうと思い立つ。

 

 ふと、そこで目の前を通り過ぎる何かが見えた。瞬間、自分の喉が引きつるのが分かる。なんと、中には人間が浮いていたのだ。

 

 しかも、その人間達は明らかに人ではなかった。いや、人なのだが生きている人間という意味ではない。

 

 半透明になっている、間違いようのない幽霊だ。これを見た時点で悲鳴を上げなかった自分を、アリスは褒めてやりたかった。

 

 しかも、1人や2人ではない。どういうわけか、何十人もの若い男女がフラフラとあらぬ方向へ浮かんでいる。その不規則な動きは、どこか舞踏会のそれを思わせた。

 

 いや、実際に舞踏会なのかも知れない。ドアを開けた瞬間、妙に気味の悪い音色が大広間を駆け巡っている。奥側の左右の壁にオルガンが設置されていたからだ。そこから、音楽が流れ続けていた。

 

 音楽を弾いているのは・・・・・・骸骨。その音楽の音色に合わせて、幽霊達は男女のペアで踊らされ続けている。実際、幽霊達の表情は明らかに疲弊していた。

 

 状況が飲み込めないまま、扉を開けかけた状態で立ち尽くすアリス。一体、これは何がどうなっているのか。

 

 そのうちに、一人の幽霊と目が合った。合ってしまった。

 

 苦痛に歪んだ顔。そして・・・・・・悲しそうな瞳。

 

 その瞬間、耳に届いた微かな声。雑音の音楽に紛れて、確かに修道女の耳に届いた。

 

 ――――助けて。

 

 ――――起こさないでくれ。

 

 ――――眠らせてください。

 

 ――――苦しい。

 

 ――――やめて。

 

 ――――誰か・・・・・・止めて。

 

 悲痛。苦悩。哀愁。無念。

 

 あらゆる負の悲しみが、この大広間に漂い続けていた。

 

 そして、それを・・・・・・

 

 ・・・・・・弄ぶ、魔の者達――――!

 

 

 

 

 大広間に、扉を開ける音が響いた。大広間でのさばっていた魔物達の視線が、一斉に集まる。

 

 おばけキャンドルという名の魔物は、夜の演奏会を邪魔した闖入者を見た瞬間、口の端をつり上げた。

 

 獲物だ。おばけキャンドルは子供が大好物なのである。

 

 いや、それはこの場にいる他の同族も同じである。手に持っているナイフで切り刻み、焼いて食べれば砂糖菓子のような甘さになるのだ。

 

 元々おばけキャンドルは、浮遊霊が宿った巨大な蝋燭の魔物である。ケーキという洋菓子に付属していた事のある経験から、甘いものには目がない。

 

 目の前の獲物は、シスターの少女。なぜこんな人間の少女が1人でここにいるのかは、どうでも良い。

 

 分かっているのは、美味そうな食事がやってきた。それだけで良いのだから。

 

 仲間達に、身振りで合図を送る。早い者勝ちだ、と。

 

 歪んだ笑みで返事をするのは、他のおばけキャンドル達。そして大蛇の骨から生まれた魔物。名を、スカルサーペント。

 

 骨だけの身体であるスカルサーペントは、生前の動きを生かして身体をうねらせ、床を素早く這って獲物に襲いかかる。負けじと、おばけキャンドルの1匹が飛び上がった。

 

 足元と真上。同時に接近されたシスターの幼い少女は、真横に飛ぶ。埃まみれの床に一度だけ転がると、攻撃が空振りした2体の魔物に向かって手の平をかざす。

 

 ヒャド。放たれた氷の刃は、瞬く間にスカルサーペントの床に命中する。床ごと氷付けにされた大蛇の骨は、すぐに身体を固定されて動けなくなった。

 

 そして、それは蝋燭の魔物も同じだ。ヒャドの冷気からの余波を浴びて、ナイフを持った腕ごと凍ってしまったのである。そのまま頭に点されていた炎も、まるで吹き消されたかのように消えた。

 

 1度の呪文で、2体が倒された。その事に顔色を歪めたおばけキャンドルは、頭の火をひときわ大きく燃え上がらせる。分散して、少女に襲いかかっていった。

 

 金切り声をあげて、お化けキャンドルが左右から斬りかかる。再び少女から放たれるヒャド。

 

 片方はすぐさま氷漬けになる。しかし、今度はもう片方までは倒せない。首を切り落とすつもりで、ナイフを振りかざした。

 

 しかし、それはあまりにも見え透いている動きであった。食欲が先行している下級の魔物は、太刀筋が分かりやすい。空腹によって苛立っていることもあり、アリスは難なく首を逸らすことで一太刀を躱した。

 

 避けられると思っていなかったらしく、勢い余ってアリスの後ろの壁に激突し、目を回す。万が一の絨毯への引火を恐れて、蝋燭の火を壁に押しつけて消しておくことも忘れない。

 

「キイィィッ! 俺たちの火を、馬鹿にすんなぁっ!!」

 

 今度こそ完全な殺意を持って、おばけキャンドルは襲いかかってきた。蝋燭の火が灯っている頭を回し、こちらへそれを投げつけてくる。

 

 メラだ。アリスは悟る。小さな火球を放つ呪文。確か、ビアンカも使えると言っていた魔法。

 

 これは短い手で斬りかかられるのとは、わけが違う。真横に飛んでやり過ごすしかない。

 

 メラの火は壁にぶつかると、一度だけひときわ燃えた後で沈下。しかし、おばけキャンドルの攻撃は終わりではない。

 

 アリスが体勢を立て直す前に、距離を詰めてアリスを刺そうとしてきた。この距離なら、魔法よりもナイフの方が早い。

 

 しかし、ナイフの切っ先が触れたのは少女の柔肌ではなかった。固い、金属の感触である。

 

 なんだ、と思った瞬間。おばけキャンドルの身体は深い切り傷を負っていた。

 

 ゴロリと冷たい床に転がる。最後に見えたのは・・・・・・自分と同じナイフを持っていた、少女の姿であった。

 

 

 

 

 構えていたナイフをそっと下ろし、アリスはようやく深呼吸をした。

 

 手に持っているナイフ――――おばけキャンドルのうちの一匹が手にしていたブロンズナイフは、子供であるアリスの手にもぴったり収まる手頃な武器だ。もともと旅の女性の護身を想定して作られているので、難なく振り回すことが出来たのである。

 

 指を組み、静かに礼をする。どのような生き物でも、この世を去ってしまえば神の御子だ。礼を尽くす心を忘れてはならない。

 

 悪事に怒りを覚えこそすれ、その感情は天の世界までは持ち込むことは許されないのだから。人によっては偽善と罵る者もいるのかも知れないが、神に仕える者にとって、それは何より大事なのだ。

 

 周囲を見回すと、先ほどまで無理矢理踊らされていた幽霊達が大広間のいたる場所で倒れているのが分かった。近くでぐったりとしている男性の幽霊に声をかける。

 

 この時、どういうわけかアリスは不思議とその行為に恐怖を覚えなかった。まるで町中で困っている人を気遣うような調子で、接することが出来たのである。

 

「もし。大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ・・・・・・助かったよ。キミも、こんな所に迷い込んでしまったのかい?」

 

 なんと、普通に受け答えが出来た。アリスはその事実を不思議と冷静に受け止める。

 

「迷い込んだ、ですか・・・・・・まあ、間違ってはいません」

 

 正確には何者かに連れ込まれたといった方が正しいのだが、今はそれを言っても仕方が無い。

 

「それよりも、あの魔物達なのですが。一体、なぜレヌール城にこのような事態に?」

 

「・・・・・・それは」

 

 途端、苦々しい顔になる若者の幽霊。どうやら、かなり複雑な事情がありそうだった。

 

 どうしよう。これ以上訊いて良いものだろうか。アリスは迷う。

 

「私からお話しいたします」

 

 と、声をかけてきたのはまたしても幽霊。先ほどまで、この幽霊の男性とペアになって踊っていた女性だ。かなり上質なドレスを着ているところから、おそらくはレヌール関係の貴族なのだろう。

 

「もう、数十年ほど前になるでしょうか。私たちレヌール領の国民達は、この白亜の城にてこの土地を治め、歴史を築き上げていました」

 

 遠い目の中に、悲しみの感情を交じらせる貴婦人の幽霊。身体が半透明ということもあり、なおさら悲哀の心が伝わってきそうである。

 

「レヌール家は隣国のラインハットに領土を託し、私たちは最期まで誇り高き一族として人生を全うしようといたしました。しかし・・・・・・」

 

 言葉を詰まらせる女性。周囲の幽霊達もどこか沈痛な表情で顔を俯かせる。

 

「我々が命を落とした後、荒廃したこの白亜の城に魔物達が住み着いてしまったのです。我らが共に寿命を全うしたこの城の中で、私たちの墓を踏み荒らした・・・・・・!」

 

「住み着いた・・・・・・つまり、これまでの幽霊騒ぎは」

 

 眠りを妨げられ、神の元へ行こうとしている魂を玩具のように弄んでいた魔物達。しかも、自分達の生活の娯楽として。

 

 あのように無理矢理踊らされていたのは、そういう事情があったのだ。知らず、アリスは拳を固めてしまう。

 

 眠りにつくことも出来なくなってしまった過去の魂達の悲鳴。その助けを求めている声が、アルカパまで届いていたということ。

 

「お話は、よく分かりました。私たちも、できうる限りのことをさせていただきます」

 

 もともと、自分達はリュカ達を探すためにこの城に来たのだ。事情を知った以上、もはや当人達だけを見つけたとしても、根本的な解決にはなり得ない。

 

 それを告げると、かつてのレヌール城の住人達は何度も礼を言ってきた。しかし、まだ訊くべき事はある。

 

「そこで、少しお訊ねしたいことがあるのですが」

 

「なんでしょうか」

 

「つい昨日と、今日の朝の事なのですが・・・・・・私くらいの男の子と女の子、大人の男性がこの城に来ませんでしたか?」

 

「子供達と男性・・・・・・?」

 

 貴婦人の幽霊は周囲に視線を向ける。誰か知りませんか、と。

 

 何人かは見ていないと言うものの、召使いらしい若い女性の幽霊が恐る恐る手を挙げる。

 

「あの・・・・・・その子達でしたら、知っています。昨日の夜、この城に入ってきたところを見ています」

 

「本当ですか。ありがとうございます」

 

 これは有力な証言だった。あのアルカパの少年達の事で、リュカとビアンカは確かに昨日の夜、この城へ来ていたのである。そして、朝にはそれを追って番兵も。

 

「それで、その子供達は今どちらに?」

 

「その・・・・・・大変言いづらいのですが」

 

 目に見えて、申し訳なさそうにする使用人の幽霊。なんとなく、アリスは嫌な予感を覚えた。

 

「あの子供達は今・・・・・・」

 

 と、それから先の言葉を遮るように、鈍い音が大広間に鳴り響く。天井から吊り下がっている鎖が突如、キリキリと不快な音を立てて動き始めたのだ。

 

「な、なんですか?」

 

 何が起きているのか、などと考えるまでもない。目の前の鎖が、下にある何かを引っ張り上げている。どこかにこの装置を動かす仕掛けがあり、誰かがそれを動かしているのだろう。

 

 幽霊達も、心なしか身を引きながら固唾を呑んで見守っている。一体、何がこの場に姿を現すのか。

 

 そのうち、強烈な匂いが鼻をつくようになる。今まで嗅いだこともない、腐敗臭なのか刺激臭なのか、よく分からない香りが大広間に匂い立つ。

 

 な。なんでしょうか。この変な匂いは!?

 

 その答えは、少しずつ姿を見せてきた。それは――――料理である。

 

 いや、人間が食べられる料理家と言われれば、それは違うとしか言いようがない。

 

 なにしろ、その料理であるはずのモノは人が到底見たことのない、なんの動物のものなのかが分からない内蔵や、獣の腕の一部。それだけでも悍ましい限りだというのに、わけの分からない調味料が色々と混じっている。

 

 少なくとも、人が食べるものではない。幽霊達は、真っ先にそう思ってしまう。だが、アリスは料理の方に注意を払ってはいなかった。

 

「・・・・・・は?」

 

 彼女が愕然とした顔で見つめている視線の先。

 

 その、見るに堪えない料理なのか分からない何かに、2人分の人影があった。料理の具材にされて、調味料の一部を頭から被ってしまっている。

 

 そう。アリス達がこの城に来た理由の2人。

 

 それは、なぜか目を回して具材の一部にされてしまっている、リュカとビアンカであった。

 

 

 

 

 アリスが我に返って真っ先にした事は、もちろんぐったりしている2人を床に下ろすことである。

 

 しかし、料理と呼べないモノはかなりの山になっており、巨大な岩に登り上がるかのような苦労をするハメになった。

 

 結果、アリスもまたリュカとビアンカの2人と同じく、奇妙な汁や調味料で全身を汚す格好になってしまう。それでも、彼女にとっては2人が生きているという事実が嬉しかったが。

 

 心配そうに2人の様子を見ている幽霊達を尻目に、アリスはビアンカとリュカに手をかざす。ホイミの温かい光が2人を包んだ。

 

 なんとなく、そういえばリュカさんにホイミをかけるのはこれで2回目でしたね、などとどうでも良いことを考えてしまう。

 

「うう・・・・・・ん。あ、ここは・・・・・・」

 

「あ、れ・・・・・・アリス?」

 

 意識が蘇り、横たわっていた状態から上半身を起こす2人。その様子に、安堵の息を漏らすシスターの少女。

 

「良かったです。私達、ビアンカさんとリュカさん達を探しに来たんですよ。一体何があったんですか?」

 

「探しに来た・・・・・・って、もしかして、私たちのこと、お父さんとお母さんは知っているの?」

 

「もちろんです。むしろ、マグダレーナさんから頼まれたのですが」

 

「ああ・・・・・・帰ったら何言われるんだろう。ううん、怒られるのは覚悟していたつもりだったけれど、正直なところ明け方前には終わるものかと思っていたから・・・・・・」

 

 身体に異臭が漂っていることも気にせず、頭を抱えるビアンカ。ここで命の心配をしない辺り、本当に切り替えが早い。

 

「僕は、大丈夫だよ。あの猫を助けるって決めたんだもん。そのためだったら、お父さんに怒られたっていい」

 

 拳を固め、立ち上がるリュカ。

 

 こちらの方は、とっくに覚悟が決まっているらしい。そして、やはり2人の目的は件の猫のようだった。

 

「リュカ・・・・・・うん、そうよね。助けようって言い出したのは私だもの。最後までちゃんと付き合うから。年上のあたしを忘れるんじゃないわよ」

 

 ビアンカもまた、リュカの言葉に奮い立つ。

 

「そういうわけなんだ、アリス。お父さん達を心配させちゃっているのは分かっている。それでも僕たち、やっぱりすぐには帰れない。この城に悪いことをしているやつの親玉を、絶対に懲らしめてやるんだ」

 

 子供なりに親に心配をさせていることを理解しつつも、やるべき事のために帰らない。そうとも。ここで引き下がったら、それこそなんのためにここに来たのか分からなくなってしまうから。

 

 困難を経験すれば、人は成長する。そして、この小さな2人の冒険者も。

 

 だからこそ、アリスも言った。

 

「リュカさん、ビアンカさん。私は別に、今すぐにアルカパへ帰って欲しいとは言っていませんよ?」

 

「え?」

 

 目を瞬かせるリュカ。アリスは2人に向かってニコリと微笑んだ。

 

「私たちも、お化け退治をしに来たんですから」

 

 

 

 

 お互いの情報を交換したところ、以下の通りとなった。

 

 リュカとビアンカは昨日の夜にレヌール城に到着し、裏口から東の塔に入った。

 

 その後、どういうわけか出入りしたアーチから鋳鉄の格子が降りて、城から出られなくなってしまう。その後、なんと暗闇の中で怪物が現れてビアンカが連れ去られてしまった。

 

 焦燥に駆られてビアンカの後を追うものの、途中の廊下付近に飾られていた騎士の像に隠れていた魔物が、リュカに襲いかかってきたのである。彼は善戦したが、あと一歩のところで渾身の体当たりを喰らってしまったため、意識が途絶えてしまった。

 

 辛うじて覚えているのは、2人がお墓のような石の下でずっと閉じ込められていたこと。ずっと冷たい墓の中にいたために、怖くてたまらなかったと述懐する。

 

 それを聞いたアリスは胸が痛む。自惚れかもしれないが、朝の時点で番兵1人だけに任せず、もっと早く自分達が来ていれば。

 

 ――――しかし、そんなことを考えている場合ではなかった。2人の少年少女の話には、まだ続きがあったのである・・・・・・

 

 

 

 

 それは、アリス達がレヌール城にたどり着いて間もない頃。

 

 意識を取り戻した時。自分達のいる場所が薄暗い部屋なのだと分かった。

 

 身体の節々が痛い。さっきまで、狭い墓の中に閉じ込められていたせいだろうか。それとも、あの見たこともない石像の怪物との戦いのせいか。

 

 なぜ自分がここにいるのか、リュカには見当が付かなかった。幸いと言って良いのか分からないが、ずっと暗闇の中にいたために目が慣れたせいか、周囲の風景が確認できる。

 

 ここは、謁見の間だ。あまり王宮の建物に詳しくないリュカでも、王様に会う場所の名前くらいは知っている。かつては美しい刺繍が入っていたであろう布が、ボロボロになって壁に空しく吊るされていた。

 

 2つある玉座には、獅子を象った肘掛けがあることが特徴的であった。レヌール王と、その王妃がかつて腰掛けていた椅子。

 

 そこで、ふと視界の隅に何かの影があることに気付く。まるで人影のような・・・・・・

 

「・・・・・・ビアンカ!」

 

 思わず声を出すリュカ。隣で跪いているような格好でいるのは、間違いなくビアンカだ。綺麗な三つ編みの金髪が所々ほつれているが、それでも肩が上下していることから息はしている。

 

 それに安堵すると同時に、リュカは身体の違和感に気付いた。両腕が、誰かに捕まれている。動かそうとするが、身体の痛みもあって振りほどけない。

 

「ったく、勝手に動くなってんだ」

 

「うわっ!」

 

 背中に衝撃が走った。なんとなく、ナイフの柄のようなもので殴られたと感じる。

 

 視線を横に向けると、蝋燭のような魔物が嫌そうに自分の腕を掴んでいる。おばけ何とか、と言っただろうか。よく覚えていない。

 

 よく見れば、ビアンカの腕にも一匹同じようにして抑えているのが分かる。どうやら周囲がハッキリ見えるのは、こいつらの頭に付いている蝋燭の火のおかげだったらしい。

 

「あ、リュカ・・・・・・?」

 

「ビアンカ。気がついたんだね」

 

 声を出したせいか、相棒の少女が目を覚ます。彼女もまた左右を見回して、現状をどうにか把握した。

 

「ちょっと、あんたたち。何のつもりよ。こんな所にわざわざ連れてきて」

 

「黙ってな。親分のお出ましだ」

 

 ビアンカの抗議は、切って捨てられる。その代わり、前方に黒い霧のようなものが浮かんだ。

 

 やがて、それは人のような形を成していく。その変化が終わったとき、玉座に腰掛けている誰かがいた。暗い色のローブを身に纏っている、痩せ細った老人である。

 

 顔にシワがあり、骨格が浮き出ている容姿。鼻だけは異様に大きく、いかにも昔話に出てくるかのような怪しい魔法使いという印象があった。

 

「親分。命令通り、例のガキ2人を連れてきましたぜ」

 

 おばけキャンドルが2人を拘束したまま、頭を下げる。蝋燭がくの字に曲がる姿はシュールなものがあるが、誰もその事を気に留める者はいない。

 

 そして、こいつらは聞き捨てならないことを言った。こいつが、このレヌール城を巣くっている奴らの親分ということか。

 

「ご苦労。さて、小童」

 

 その声は年寄り臭く、それでいてどこか他の魔物とは違う重みを感じた。知らず、リュカは背中に力を込める。

 

「久方のごちそうが迷い込んだと聞いてはいたが、中々どうして。仮にも俺の直接の部下である動く石像を、あれほどまで砕くとは。お前達とはちょいと、首肯を変えて味わった方が良さそうだな」

 

「なにが味わうだ。僕なんか、食べても美味しくないぞ」

 

「そうよ。一歩でも近づいてみなさい。私のメラで、あんたなんか焼いてやるんだから」

 

「ヒヒヒ。腕を押さえられているってのに、よくほざけるな。それに、俺を焼くだって?」

 

「そうよ。こう見えても、私だって魔法が使えるんだからね」

 

 親分・・・・・・親分ゴーストはいかにも面白い洒落を聞いたとばかりに高笑いする。ひとしきり笑った後、魔物の長は指をチョンとビアンカに向けた。

 

「っ! メラ!!」

 

 ビアンカから放たれたのは、火の玉。目の前の敵が何をするつもりかを察した彼女は、先手を打って魔法を放ったのだ。

 

 だが、それを見越していた親分ゴーストは、ビアンカに向けていた人差し指から同じ火を打ち出した。正確にビアンカの放ったメラに正面から衝突し、一瞬だけ大きな炎となって消えていく。

 

 後手に回ったにも関わらず、同じ呪文で相殺された。親分ゴーストの完全な勝利である。

 

「この親分ゴースト様を、こんな呪文で倒そうとしたってのか?」

 

「うっ・・・・・・」

 

 顔をしかめる少女とは反対に、ローブの魔物はニタリとシワの多い笑みを深めた。

 

「このまま丸焼きにして喰っても良いんだけどな。それじゃあ、部下の苦労に報いられない。ちょうどパーティーの前の夜にお前達がこの城に来てくれたときは、本当に小躍りしたものだ」

 

 おかげで、と親分ゴーストは続ける。

 

「今夜は、とびっきりのご馳走を作って部下達に喰わせてやりたいんだよ。食材を探すのに、随分と手間取ったけどな」

 

 その手間の間、自分達は一日中墓の中で監禁されていたというわけだ。ギリ、とリュカの奥歯の音が聞こえる。

 

「だが、それもここまでだな。ようやく料理が完成するそうだ」

 

「・・・・・・だったら、僕たちなんかに構っていないで、黙ってご飯を食べていれば良いだろ」

 

「言われなくたってそうするさ。ただし・・・・・・」

 

 親分ゴーストが手の平を水平にして、真横に降る。それが合図であった。

 

 2人を捕まえていたおばけキャンドルが手を離し、後方に下がる。突如、リュカとビアンカはガクンと足場を失った。

 

 そう。足場を失ったのである。床が消失し、2人の小さな身体は真っ逆さまに真下へと落ちていったのだ。

 

「メインディッシュは、お前達だからなぁ」

 

 悲鳴も上げられないまま、リュカとビアンカは真上を見た。頭上の穴から見えるのは、愉悦の笑み。まな板の上で息絶えようとしている食材を見る目だ。

 

 こんな状況だというのに、2人の心には恐怖など無い。

 

 あるのは決意。

 

 そうとも。絶対に生きてやる。生きて、あいつらの鼻を明かしてやる――――!

 

 そんな2人の心意気も。

 

 食材の一部として料理の上に落下した衝撃と共に、途切れてしまったのだが。

 

 

 

 

 そして、時間軸は今へ。

 

「なるほど・・・・・・その親分ゴーストという魔物が、この幽霊騒ぎの主犯だったというわけです、ねっ!」

 

「そうよ。本当に、嫌な笑い方をする、奴だったん、だからっ!」

 

「絶対に、あんな奴に、負けないっ!」

 

 3人は一路、謁見の間がある4階へと向かっていた。

 

 途中、帽子を被っているゴーストや、闇の中で活動する幽体ナイトウィプスに襲われる。しかし3人はまるで当然のように打ち払い、時には退散させていく。

 

 特にリュカとビアンカに至っては、これまで好き勝手されてしまった分のお返しに燃えているという事もあり、途中参加のアリスよりもよほど気迫があった。

 

 リュカは銅の剣で。そしてビアンカは果物ナイフと、呪文を使って。

 

 出会い頭に姿を見せてきた二足歩行の大ネズミを殴りつけ、噛みついてくる首長イタチには拾い上げた瓦礫を噛ませ、怯んだところを長い首に一撃を加える。

 

 気力と怒りが、2人の子供達の身体を強く動かしているのだ。体力を回復したとはいえ、一日中監禁されていたことで空腹だって覚えているはず。その苛立ちもあるのかもしれない。

 

 アリスは時折、2人が先走らないように回復呪文をかけつつ、自分自身も手に収まったブロンズナイフで身を守る。ドラキーの大群が天井から急降下してくるところを、魔法も併用して追い払うのだ。

 

 東の塔から西の塔へ。大広間の吹き抜けになっている空間の通路を走り抜け、さらに階段を上りきる。

 

 真向かいにある階段をさらに上ると、そこでアリスにとっては見慣れない魔物が立っていた。ドアを背にしているところを見ると、どうやら門番の役目をしているようだ。

 

 確か、土偶という人形だっただろうか。ずんぐりとした体型だが、番を任されているということは相応に強いはず。あの魔物は、これまでの相手とは違うと気を引き締めた方が良さそうだ。

 

「あいつ・・・・・・!」

 

 途端、リュカの視線が強くなった。魔物――――動く石像はジロリと小さな黒目をこちらに向けた。気味の悪い動作だったが、今更それに怯むような彼らではない。

 

「そこをどくんだ。その先に親分ゴーストとかいう奴がいるんだろう!」

 

「私たちは今、3人よ。痛い目に遭いたくなかったら、さっさと逃げなさい」

 

 リュカに続いて、ビアンカも挑発する。動く石像は僅かに目を見開くと、二足の足を全く動かさないままこちらに急接近してきた。

 

 石の身体を利用した、痛恨の体当たり。しかし、リュカは一度敗北を思い知っている以上、同じ轍を踏むようなことはしなかった。

 

 身体を真横にずらし、直撃を避ける。すれ違いざまに、銅の剣で動く石像の首に傷をつけた。

 

「私がいるのも忘れないでよね。マヌーサ!」

 

 幻惑呪文、マヌーサ。瞬間、動く石像の動きが定まらなくなった。あらぬ方向に体当たりを繰り返し、意味もなく転がったりする。

 

 時には石柱に突っ込み、自分からダメージを喰らってしまう。その度に隙を見てリュカから一撃を加えられ、動く石像の傷はまた1つ増えていく。

 

 今の動く石像には、マヌーサによって自分の周囲に何十人ものビアンカが見えている。幻覚を見せられ、誰に攻撃すれば良いのかが分からない。

 

 だが、そんな優勢にも陰りが生まれてくる。動く石像の攻撃が正確になってきたのだ。少し時間をかけすぎてしまったせいか、マヌーサの効果が薄れ始めてきたのだろう。

 

「次は私です。ヒャド!」

 

 それも、アリスがいることで再び優勢に戻る。魔法の氷柱が、動く石像の身体を貫いたのだ。そのタイミングで飛び上がったリュカが、渾身の一撃で切り裂いた。

 

 ゴロリと転がる、動く石像の亡骸。それは砂のように変化して、サラサラと風化していく。

 

 それを見届けると、リュカとビアンカは扉へと向かっていった。ただ一人、アリスだけはそっと目を閉じて礼をすると、2人の後を追っていく。

 

 親分ゴーストは、この先にいる。真っ直ぐに走るリュカとビアンカの背中を追うアリス。

 

 この白亜の古城における、最後の戦い。

 

 それはもう間もなく、やってくる――――!

 

 

 

 

つづく

 




ほんの少しの謎を残しつつも、レヌール城編最後の戦いへ。
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