DRAGON QUEST Ⅴ ――聖女の足跡――   作:玖堂

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すれ違い

 

 

 

 

 サンタローズに戻ってからも、アリスはシスター見習いとして精力的に働いていた。農作業を手伝い、武器屋や宿屋の助手を勤め上げる。老夫婦の介護なども含め、以前にも増して仕事を作るようになった。

 

 村の人々は、そんなアリスの姿勢を好意的に受け止める。アルカパでも何か刺激になるような経験があったのだろうと、理解していたからだ。

 

 それを見て、大人達も自然と労働意欲を刺激されていた。まだ7歳の少女に負けていられないと、村全体に活気を出そうと躍起になる。

 

 しかし、それでもどうにもならないことはあった。農作業の、野菜の成長である。

 

 相変わらず寒さのために作物は不調で、食卓で扱える野菜や果物も減っていた。辛うじて芋類は採れる事が不幸中の幸いであったが、それもいつまで続くのか分からない。アルカパへ食料を買いに行こうにも、あの町とて最近は生活を切り詰めているのだ。村の財産にだって、限りはあるのだから。

 

 それでも、アリスは諦める気は無かった。できるだけ多くの育苗用の鉢を作り、日差しが入る屋内の窓際に置いておく。直接畑に播種するのではなく、ある程度は寒さを防げる屋内で育てればいい。

 

 問題は定植する時期までに、どうにか気候が回復するかどうか、だが。

 

 保証は出来ないと内心では思っていたが、村の者達は早速その方法を実践した。やらないよりは、やった方が良い。

 

 こればかりは結果待ちだが、アリスとしてはどうにか上手くいってくれる事を祈るしかない。ともあれ、彼女は農家の男性達に感謝の言葉を投げかけられつつも、教会へと帰路に向かっていた。

 

 太陽が高くなり始めた午前中。風は冷たいが、日差しだけは眩しさを感じられた。思わず雲一つ無い広大な空を見上げる。

 

 風が吹き、靡くヴェールを抑えた。ジゼルに切りそろえてもらった柔らかいボブカットの髪の感触がヴェールの布越しに感じる。

 

 お化け退治が終わったばかりの頃は、また髪を伸ばそうかなとは何度か考えていたものの、今ではすっかり馴染みある髪型に定着していた。村に戻って間もない頃は、大人っぽくなった、可愛くなったと、口々に言われてしまったせいもあるのかもしれない。

 

 教会の扉を開けると、主祭壇にグレン神父が立っていた。アリスは今日の仕事の報告をする。

 

「それでは、これから見回りを始めます。シスター・ミランのお姿が見えないようですが、もしやすでに見回りを?」

 

「いいや。今日は、シスター・ミランはグータフの仕事を手伝っているよ。なんでも、新しい薬の注文が入ったので、助手1人では手が回らないそうでね」

 

「では、私も・・・・・・」

 

「いや、シスター・アリスよ。そちらの仕事はもう終わりでよい。最近のシスター・アリスは、むしろ働き過ぎであるな」

 

 それは、アルカパから帰ってきてからよく言われるようになった。けれど、実際に疲れているわけではないので、今まで気にはしなかった。

 

 なにより、今はこの異常気象のせいもあって、やらなければならない仕事が無くなることはない。それを放って自分だけが休むというのは、正直に言って不満だった。

 

 とはいえ、神父の勧めとあらば休まないわけにはいかない。内心の気持ちを押し殺し、早めの休息を取ることにした。

 

「承知しました。それでは見回りの後、仕事の依頼さえなければ、休憩をいただきます」

 

「いや、そうではなくてね・・・・・・分かった。お主の好きにすればよい」

 

「はい。それでは失礼致します」

 

 礼をすると、教会を出て行くアリス。それを見送ったグレン神父は、やれやれと息をついた。

 

 まったく、仕事熱心なのは良いことだが、それにしたってもう少し肩の力を抜けば良いものを。元々あの子は僅か7歳でオーバーワーク気味な一面はあったが、奉公から帰ってきてからはそれが一段と強くなった傾向がある。

 

 聞けば、どうやらアルカパの北に存在するレヌール城にて、魔物が絡んだ幽霊騒ぎがあったらしい。それの解決に一役を買った事がきっかけで、あの子の自信へと繋がったのかも知れない。

 

 まあ、何はともあれ休んでくれると言ったのだ。もしこれ以上アリスに仕事を頼むようなものがいれば、その時は自分も手伝うとしよう。

 

 仕事を切り上げて、さて自分も見回りに行くかと腰掛けていた椅子から立ち上がろうとしたその時、ギィと教会の扉が開く。アリスが戻ってきたのかと思ったグレン神父だが、そっと扉を開けていたのは見慣れた少女ではなかった。

 

「もし・・・・・・失礼致します」

 

 静かな声が、グレン神父の耳に届いた。

 

 

 

 

 結局のところ、アリスの出番はなかったらしい。

 

 何か困っている人はいるのだろうかと村を一周回ってみたものの、特にそういう人に出会うことは無かった。誰もがアリスを見ると、朗らかに挨拶をしてくるだけ。

 

 さっき、別の人に助けてもらったよ、と。もしかして、シスター・ミランと入れ違ってしまったのだろうか。

 

 畑仕事はついさっき終わらせたばかりだし、老夫婦の介護も今は必要ないという。まあ、平和なのはいいことである。後は未だに止む気配のない冬の風さえどうにかなってもらえば、言うこと無しなのだが。

 

 それはそれとして、アリスは少しだけ気になっていることがあった。ここ最近、村のいたる場所から奇妙な事が起こり始めているというのだ。

 

 曰く、村中で紛失物が後を絶たないのだという。中には、仕事に使うノートに悪戯書きがされているという声もある。

 

 内容そのものは、至って子供がやるような事ばかり。あのアルカパの2人組の方がよほど悪質なレベルである。むしろ紛失したものが見当違いな場所で発見されているので、むしろ情けのある方なのだろう。

 

 実際、見回りの最中には民家の中で無くなってしまった花瓶を探して欲しいという話もあった。了承した直後に、なぜか屋根の上に置いてあるのを見つけたのだが。

 

 だからこそ、腑に落ちない。なぜ村中でこんな事が起こるのだろう。1度や2度でないとなると、何か意味があるのだろうが。

 

 そんなことを考えながら歩き続け、ふと気付くとリュカの家の前まで来ていた。いけない。見回りどころか、つい上の空でここまで来てしまった。

 

 休んだ方が良いと言っていたグレン神父の言葉を思い出す。今まで自覚はなかったが、どうやら本当に休んだ方が良いのかもしれない。無意識に疲れが溜まっている証拠だ。

 

 とはいえ、せっかく近くまで寄ったのだ。挨拶だけはしておこうと思い、家のドアまで近づく。ついでに、何か困っていることはないか訊いてみようか。もしかしたら、リュカやパパスも失くし物の騒ぎに巻き込まれているのかもしれないのだから。

 

「はいはい。おや、アリスちゃんじゃありませんか」

 

 ノックをすると、召使いのサンチョがすぐに出てきた。ちょうど食事の下ごしらえをしていたらしく、エプロンをつけている。妙に様になっているのは、やはり貫禄があるせいだろうか。

 

 少しだけ家事の邪魔をしてしまっただろうかと申し訳なさを覚えつつも、アリスは手短に用件を告げる。見回りをしている最中なので、何か変わったことはありませんでしたか、と。

 

「変わったこと、ですか……どう申し上げればよいのやら」

 

 すると、サンチョはどこか難しい顔をする。何か言いづらいというよりは、アリスのような子供に話すべきことなのかを悩んでいる風にも見える。

 

「あの、私ではお力にはなれませんでしょうか?」

 

「ああ、いえ。これは失礼しました。アリスちゃんのような女の子を不安がらせてはなりませんね」

 

 コホンと、一度だけ咳払いをするサンチョ。

 

「本当に、大した事ではありませんよ。実は、お恥ずかしながら……私が愛用していたまな板を失くしてしまったことくらいでしょうか」

 

「まな板ですか。どこを探しても?」

 

「はい。坊ちゃんや旦那様にもお訊きしたのですが、存じ上げないご様子で」

 

 間違いないと、アリスは思った。どうやらパパスの家も例外なく、被害にあっている。

 

 この村の人間は、だれもがパパスを尊敬している。その家にまで嫌がらせをするという事は、おそらく犯人はサンタローズの人間ではあるまい。

 

「実は、先ほども民家で似たような被害がありました。作ったばかりの食事が、少し目を離した隙に消えていたとか」

 

「あの丘の上で暮らしている一家のことですね。ええ、存じておりますとも」

 

「それでしたら良いのですが・・・・・・何かあれば、お気軽に教会へお願い致します。可能な限りは、何かお手伝いできるかもしれませんので」

 

「もちろんですよ。本当に、アリスちゃんは坊ちゃんと一つしか違わないというのに、仕事熱心な子ですね」

 

「いえ。これもシスターとしての修行ですので」

 

 一人前のシスターを目指して、出来る事をやっているだけだ。むしろ年相応に遊んでいるリュカの方こそ、一般的な子供の在り方としては正しい。

 

 サンチョに言われて、改めて考えてしまう。自分は少し、仕事以外の時間も作っておくべきなのだろうか。

 

「アリスちゃん。どうかしましたか?」

 

「あ、いえ。少し考え事をしてしまいました。大変申し訳ありません」

 

 その後も成り行きで、少しだけサンチョと話をする。それによると、近頃はパパスも近所の大人達と同じように、家にこもりきりになっているらしい。彼の場合は外が寒いからというわけではなく、何か仕事で調べ物があるらしい。

 

 そのため、外で彼の顔を見ることは滅多になくなってしまった。シスター・ミランがその事でとても残念そうな顔をしていたことは、今のところ誰にも言っていない。

 

 翻ってリュカの方といえば、最近はプックルという新しい家族が出来たせいか、よく外を一緒に走り回っている姿が目撃されていた。アルカパから帰ってきてからは、よく鬼ごっこをして1日を過ごしていたそうだが、それも最近は遠のいているらしい。

 

 無理もないですね、とアリスは思った。大人達が外に出てこないだけではなく、この村にはアリス以外にリュカと同年代の子供がいないのだから。

 

 ――――あ。

 

 そこで、はたと悟る。思わず、サンチョの前で間抜けな顔をさらしてしまった。

 

「あ、あの・・・・・・サンチョさん」

 

「なんですかな?」

 

「リュカさんは、今日はどちらに?」

 

 その言葉で、安堵の顔を浮かべるサンチョ。それを見て、自分が一番優先しなければいけない事を察した。それと同時に、自分がどれだけ周囲の大人から心配されていたのかも。

 

「坊ちゃんでしたら、少し前にプックルくんと一緒に出かけているはずですよ。入れ違いになっただけだと思いますので、まだ遠くには行っていないはずですが」

 

「ありがとうございます。それでは、失礼致します」

 

「ええ、こちらこそ。坊ちゃんをよろしくお願い致しますね」

 

 はい。アリスは万感の思いを込めて言った。サンチョは言葉に込めた意図を正確に察してくれたことに満足しつつ、ドアを閉める。

 

 幼い修道女は近くの丘の上まで小走りに近づくと、村を見渡す。勿論、リュカを探すためだ。

 

 本当に何をしていたのでしょう、今日までの私は。アリスは今までの仕事ばかりだった自分を叱る。何が無理もない、ですか。他人事のように。

 

 この村には、アリスのことを友達だと言ってくれた男の子がいるのに。凄い友達だと、言ってくれたのに。

 

 仕事のため、村のためと言いながら、結局一番気にかけるべき人を後回しにばかりしていた。自分は年上のお姉さんとして、友達として、リュカとの時間を作るべきだった。

 

 グレン神父の、最後の言葉を思い出す。あの言葉は要するに、遠回しにリュカと遊んできてくれて良いんだという意味だったのだ。そして、それはサンチョも同じ気持ちで。

 

 あのおしゃまなビアンカなら、きっと誰に言われるまでもなく、村に来てから初日で気づいていただろう。そして、アルカパにいた時のように外で遊ぼうとリュカを誘っていたはずだ。

 

 なのに、ビアンカと同じ友達であるはずの自分はこの体たらく。これはもう、一晩中神の前で懺悔をするべきなのかもしれない。

 

 しかし、それをするのは後だ。しばらく村の中を目で確認し、ようやく見慣れたターバンを巻いている少年の姿を発見したのだから。場所は教会の近くだ。早速、彼の傍に向かおうと駆け寄ろうとするアリス。

 

「・・・・・・?」

 

 リュカは、教会のすぐ傍にある丘の上に腰掛けていた。背中にはプックルがへばりついている。

 

 そして、彼は1人ではなかった。見慣れない格好をした女性が隣で一緒に腰掛けている。

 

 遠目で見る限り、リュカはどこか深刻そうな顔である。隣の女性は時折相づちを打ちながら、何事か話をしていた。時折頷きつつも、リュカに話をし続けている。

 

 一体、誰なのだろうか。少なくともこの村の人間ではないようだが。

 

 アリスはその場に立ちすくんだまま、どうしたものかと悩んでしまう。あの女性が誰なのかは知らないが、あのままリュカに声をかけて良いものか。

 

 そのアリスの複雑な視線を感じたのか、女性はこちらに視線を向けた。なぜか、ビクリと肩を震わせてしまう。

 

 そこで、ようやく彼女の容姿がハッキリ確認できた。整った顔立ちに、優しそうな雰囲気を持つ大人の女性である。

 

 その旅の人間らしき女性は、何事かリュカに話す。すると、リュカがアリスの方に顔を向けた。何やら、自分を見て驚いている様子であった。

 

 女性が立ち上がり、こちらへ歩いてくる。どこか気品すら感じる彼女は、どこか愁いを帯びた目でアリスを見つめていた。

 

「・・・・・・?」

 

 おかしい。アリスは思う。なぜか、この女性とは初めて会った気がしない。彼女の姿を見た瞬間から、ひどく胸がざわめいているのだ。

 

 とはいえ、ここに立っていては通行の邪魔だ。アリスはそっと歩道の横に立つ。

 

 女性がアリスの横を通り過ぎた。その刹那――――

 

「何があっても、屈してはなりません。そして、傍にいる人を誰よりも大切にしてください」

 

 ――――聞こえた。

 

 小さな声で、幼い修道女だけに聞こえるように。思わず、アリスは振り向いた。

 

「え?」

 

 すぐ後ろを歩いているであろう女性の背中は、すでに小さくなっていた。まるで、サンタローズの風景に溶け込んでいくように、存在感がなくなっていく。

 

「あ、あの。待ってください!」

 

 女性は振り向かなかった。奇妙な焦燥に駆られ、アリスは彼女の後を急いで追う。追わずにはいられなかったのだ。

 

 坂道で転びそうになりながらも走り続けるが、歩く女性との距離は開く一方である。なぜだろう。なぜ、こんなにもあの人の事が気になるのだろうか。

 

 武器屋の前の突き当たりに辿り着いた時には、すでに彼女の姿は完全に見えなくなっていた。どこの方向へ歩いていったのかも、判然としない。

 

 見晴らしの良いこの丘で、すぐに人を見失うなどあり得ない。近くには隠れる場所もないし、そもそも隠れる必要などどこにも無いはずだ。

 

 幽霊? まさか。自分達は本物の幽霊を知っている。あの人は間違いなく生きた人間だ。道端に立ったまま、途方に暮れるアリス。

 

 太陽が、ゆっくりと南中高度へ向かっている。考えてみれば、もうすでに昼餉の時間だった。武器屋や宿屋の窓から、美味しそうな良い匂いが漂ってくる。

 

 それに気づいた時、アリスは頭を抱えた。そうだった。自分は何のために、リュカを探していたのか。見ず知らずの人を追いかけている場合ではなかったというのに。

 

 当初の目的を思い出し、アリスは慌てて走って来た道を戻っていく。

 

「・・・・・・ああ、やっぱり」

 

 遠目で教会の前を確認すると、リュカとプックルの姿はいなくなっていたのである。彼とて、ご飯の時間になれば家に帰るのだから。

 

 それとも、自分があの女性を追いかけてしまったから、あの場にいたリュカのことを無視したという解釈をされているのではないか。もしそうだとしたら・・・・・・考えたくもない。

 

 とはいえ、これで謝れる機会を逃してしまったのだろう。昼餉の時間にわざわざ家に訪問してリュカに謝るというのも変だ。アリスは自分の不甲斐なさと情けなさに心底愛想を尽かしつつも、トボトボと教会へ歩いていった。

 

 つくづく、何をしているのでしょうか。私は・・・・・・

 

 

 

 

「ごちそうさま」

 

「はい、お粗末様でございます」

 

 もはやすっかりお馴染みとなった、パパスとサンチョのやりとり。旅に出ている時は、こういう使用人が世話をすることなどリュカの記憶では無かったのに。

 

 パパスは息子との会話もそこそこに、自室へと歩いていく。空になった皿を片付けているサンチョを横目で見ながら、リュカはなんとなく寂しさを感じていた。

 

 アルカパからサンタローズに帰ってきてからというもの、父のパパスは急に引きこもるようになってしまった。机に向かって、何か難しい本を毎日のように読むようになり、偶にサンチョともやはり難しい話をしているだけ。子供の入る余地がないことくらい、リュカでも察することが出来る。

 

 これでは家にいても、やることがない。プックルと外に出て村中を走り回ったりする毎日が続くものの、それも最近は飽きを感じてしまっている。この集落は小さく、散策をするにも限界がある。出入り口には見張りがいるので、子供だけでは当然出してもらえるはずもない。

 

「なんでいつまでも寒いままなんだろうね」

 

「ゴロゴロ・・・・・・」

 

 リュカのぼやきに、プックルは退屈そうに喉を鳴らす。初めて会ったときよりも若干身体が大きくなっているようだが、それも当然かもしれない。動物は、人間よりも成長が早いのだ。

 

 まだ子供のせいか、とにかくよく運動をしたがる。雑木林の木には軽々と上ってしまうし、追いかけっこをしてもリュカの倍近くは早く走るので、未だに勝てたためしがない。

 

 食事を終わらせたリュカは外に出る。どうせ家にいてもやることはないのだから、やはり外の方が良い。寒いけれど、今はジッとしていることの方が、居心地は悪いから。

 

「あら、リュカくん。こんにちは」

 

 教会から出てきたのは、顔なじみのシスターであった。ミランという名で、アリスの先輩である。

 

「こんにちは、ミランさん。今日もお仕事ですか?」

 

「ええ、そうですよ。今日は薬師のグータフさんのお手伝いをするんです」

 

「グータフさんですか。僕も、よければ手伝いましょうか?」

 

「あら、ありがとう。でも大丈夫ですよ。薬を使う仕事だから、大人数で来て欲しくないって言われているんです」

 

 薬の調合というのは繊細な仕事だ。ほんの少し配分を間違えるだけで、それを飲んだ人間は命に関わる。素人がやって良い仕事ではない。

 

 シスターはしもやけになりかかっている手に息をかける。彼女も、この寒さには相当参っているらしい。

 

「今年は変な季節ですよね。もうすぐ夏になるのに、どうして春が来ないんでしょうか」

 

 それは村の人間どころか、この大陸の人間が全員思っている疑問だ。聞けば、他の国でも似たような異常気象が続いているのだという。

 

「そうよね。これ以上続くと、冬を越せなくなってしまうかもしれないわ。アリスが頑張ってくれているけれど、それもいつまで続くのかしら」

 

 そこまで言って、ミランは自分の失言に気がついた。目を伏せるリュカに、慌てて弁解を始める。

 

「あら、ごめんなさい。そんな顔をしないで、リュカくん。アリスは同年代の子と友達になったことがないから。ああ、神よ。お許しください。私は今、神の子たるリュカくんに迷いを与えてしまいました!」

 

「いえ、いいんですミランさん。アリスは忙しいんだし、仕方がありませんよ」

 

 近頃、アリスとは全く話をしていない。それどころかリュカの方から会いに行っても、教会にはいつもの見慣れた修道女の少女はいないのだ。いつも申し訳なさそうに話すグレン神父の顔を見るのも、もう慣れた。

 

「先週は、老夫婦の介護をして夕方まで帰って来なかったのよ。昨日までは農作業の育苗方式を変えるように農家の方達にアドバイスをしていたわ。今日は・・・・・・朝から農作業の続きと、鉢作りをすると言って出ていったの。そろそろ帰ってくる頃だと思うのだけれど」

 

 育苗方式? 聞き慣れない言葉にリュカが首をひねる。それに気づいたミランが補足した。

 

「なんでも、アルカパにあった本を読んでいるうちに、サンタローズでもやってみようと考案したそうなのよ。屋内でちょっと変わった形の鉢を使って野菜の苗を育てて、この先暖かくなったら畑に植える手法だとか」

 

「ふうん・・・・・・やっぱりアリスは凄いね」

 

 その言葉をどう受け取ったのか、ミランは少しだけ神妙な顔になる。だが、何も言うことはなかった。

 

 代わりに、時間を気にするように太陽を見上げる。もう指定の時刻が近いと察したミランは、リュカと別れの挨拶をする。そのまま、グータフが暮らす工房へ歩いていった。

 

 その後のリュカは、もはや日課になりつつあるサンタローズ一周の旅に出かけた。近所のおじさんや、武器屋の奥さんに挨拶をしながら、ちょっとした発見を捜す旅だ。

 

 途中、遠目に修道服姿のアリスの姿を見かけた。5人ほどの農家の男性を前に、何かを言っている。邪魔をしたくはなかったので、声はかけずにいた。

 

 そして教会前につくと、リュカは傍の丘の上に腰をかけた。ここからはサンタローズの美しい川が一望できる。見慣れることはあっても、見飽きることはない風景だ。

 

 しばらく、そうして景色を眺めていたリュカとプックル。ふとリュカは思い立ち、腰のポーチから金色の球を取りだした。

 

 太陽の光が反射する、黄金の宝玉。あのお化け退治の時から、ずっと肌身離さずに持っている宝物。レヌール家の家宝らしいのだが、一体どんな意味があるのだろうか。

 

「いいかい、プックル。これは国宝っていうんだよ。国の王様だけが持っていることができる、とても大事なものなんだ」

 

「くぅん?」

 

 首を傾げるプックル。そう言われても、獣であるプックルにはピンとこない。

 

「レヌールの王様は、そんなに大切なものを僕にくれたんだ。だから、僕にとってもこれは絶対に守らなければいけない宝物なんだよ。そうじゃないと、エリック王様とソフィア王妃様が可哀想だから」

 

 そう熱を込めて諭しても、プックルは興味ないというように欠伸を一つする。つまらなそうに口を尖らせるリュカ。

 

「なんだよ、失礼だな。ちょっとくらいは真剣に聞いてくれても良いじゃないか」

 

 リュカとて、プックルが人間の語を話せるはずがないということは分かっている。だが、少しくらいは反応をしてくれることを期待していたのだ。

 

 しかし、その反応は全く予想していなかった方向から聞こえてきた。

 

「あの・・・・・・失礼ですがその話、少々お伺いしても?」

 

「え?」

 

 驚いて振り返るリュカ。プックルにとっても驚きだったらしく、跳び上がるようにして背後に身体を半回転する。

 

 そこに立っていたのは、綺麗な大人の女性であった。

 

 

 

 

 昼餉を済ませたアリスは、すぐさまリュカの家に訪問することにすると決めた。本当ならば後片付けを済ませなければならないのだが、そこをシスター・ミランに止められた。

 

 リュカ君のところに用があるのでしょう、と。訳知り顔で。

 

 参った。どうやら、彼女にはすでに悩みを察せられているらしい。特に言い訳もせず、その通りですと白状した。ミランはニッコリと笑う。

 

「よいのですよ、シスター・アリス。いかに修行中とはいえど、多感な年頃ですもの。午後の仕事はもう結構ですから、今日はリュカくんと遊んできていただいて構いません」

 

「えっと、流石にそれは・・・・・・」

 

「私は元々、修行ばかりのアリスに同年代の交友関係が薄かったことを心配しておりました。勿論、グレン神父もです。ですから、神もお許しになることでしょう。おお、神よ。今この者に、一時の休息を与えたまえ」

 

「か、感謝致します。シスター・ミラン」

 

 ところで、とアリスは話を逸らすように視線を祭壇へと向ける。そこには、中年のグレン神父がこちらに背を向けて頭を下げている姿があった。普段は祭壇からこちらを見渡すように立っているのが、今回は全く逆だ。

 

「おお・・・・・・私は、今日という日の出会いを承りし神に、心からの感謝を捧げます」

 

 何があったのだろう。何というか、普段の真摯な祈りとは違って、妙に恍惚としている様子である。ミラン曰く、昼餉の前あたりからずっとこの調子なのだそうだ。

 

「あの宝石のような輝きの髪。愁いを帯びた瞳。気品ある祈りの姿。ああ、あのような瀟洒なお方を、どうして忘れられましょうか。神よ、願わくば私にあのお方の名を耳にする機会を与えたまえ・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 うん。関わらないでおこう。アリスとミランは、目でそっと合図をする。というか、何を言っているのかが分からない。

 

「とにかく」

 

 コホン、とわざとらしい咳払いをするミラン。

 

「シスター・アリス。あなたは今日、休暇を与えます。そこで・・・・・・」

 

 ニッコリと笑うミラン。その意図が分からないアリス。

 

「プライベートの時間に男の子の家に行くのです。ならばこそ、仕事着で行くのは無粋というものではなくて?」

 

「?」

 

「さあ、参りましょう。あんなに綺麗なドレスがあるのですし、有効利用しなければ」

 

 少女の手を引き、どことなくウキウキした顔で私室へ引っ張っていく先輩シスター。引きずられるように連行されていくアリス。

 

 見る者が見れば、一目で分かっただろう。今のミランは、まるで人形遊びに心を躍らせる少女のようであったと。

 

 そして、数刻後。アリスはまるで、別人のように変わっていた。

 

 変わった、というのはあながち大袈裟な表現ではない。実際に、少女が纏う雰囲気も少なからず変わっているように思える。

 

 黒い基調のドレスに、膝までのフレアスカート。胸元にはレースの刺繍に、手足はオペラグローブにニーソックス。紛れもなく、ソフィア王妃がアリスに譲り渡したドレスだ。

 

 どこかの貴族の娘と言われても信じてしまいそうな姿。整ったアリスの容姿にも相まって、なおさらそう思えた。ミランなど着替え終わった瞬間に、キャアッと高い声をあげてしまったほどだ。

 

「似合っていますよ、シスター・・・・・・いえ、アリス。今の貴女ならば、きっとリュカくんも今までの時間を埋め合わせしようと熱を上げてくれるはずです」

 

「ね、熱を上げる・・・・・・」

 

 ミランの言い方もどうかと思うが、反論はしないでおいた。実際、リュカを放置してしまったという自覚はある。

 

 だからこそ、仲直りがしたい。ようやくできた友達を悲しませるなど、神が許しても自分は許せない。

 

 アリスはそっと、オペラグローブに包まれた手をグッと握る。そうとも。この服に袖を通したのは、自分の誠意だと思うことにしよう。

 

「それでは、シスター・ミラン。行って参ります」

 

「はい。お気をつけて」

 

 アリスはミランに手を振ると、教会を背に駆けていく。外は相変わらずの晴天で、誰かとすれ違うこともなかった。

 

 リュカの家には間もなく着く。アリスは息を整え、ドアをノックした。

 

 中から出てきたのは、やはりサンチョ。彼はアリスの格好を見て少しだけ目を丸くした後、とてもよくお似合いですよと褒めてくれる。

 

 その言葉は素直に嬉しかったが、今はリュカと話したい。どうか会わせてくれませんかと頼んだ。

 

 ところが、サンチョは済まなそうな顔をする。なんでも、彼は昼餉を取った後、すぐに出かけてしまったのだそうだ。家にいてもつまらないから、とボヤいていたらしい。

 

「アリスちゃん。今日は午前中に坊ちゃんと話さなかったのですかな?」

 

「はい。お恥ずかしながら・・・・・・」

 

「・・・・・・そうでしたか」

 

 その声に、若干の落胆の念が混じっている気がして、アリスは申し訳ない気持ちになった。とはいえ、今は落ち込んでいても始まらない。

 

「分かりました。どこかリュカさんの行きそうなところを探してみます。失礼致しました」

 

「おや、その必要はなさそうですよ」

 

「はい?」

 

 サンチョは、アリスの後ろに視線を向けていた。彼女が振り返ると、ちょうど見慣れた少年の姿がこちらへと向かっている。足元には、プックルも一緒だ。

 

 家に引き返してきたのだろう。よかった。これでようやく話をすることができる。

 

「さあ、アリスちゃん。私は家事がありますので、どうぞごゆっくり」

 

 気を利かせてくれているのだろう。サンチョの勧めに、アリスは素直に従うことにした。小走りに近寄り、声をかける。

 

「リュカさん」

 

「え・・・・・・うわわっ、アリス?」

 

 何をそんなに驚いているのか、のけ反るような反応をするリュカ。さっきまで俯いて歩いていたせいか、彼女の存在に気づかなかったらしい。

 

「も、申し訳ありません。驚かせてしまって・・・・・・」

 

「え、ええっと」

 

 スッと、後ろに一歩引くリュカ。一体どうしたのだろうとアリスは思った。視線がどこか定まっていないことも気になる。

 

 とはいえ、まずは伝えなければいけないことがある。これ以上それを後回しにしてしまったら、何のためにここに来たのか分からなくなってしまうから。

 

「あの、リュカさん。私――――」

 

「――――ご、ごめんっ!」

 

「――――え!?」

 

 唐突な大声に、言葉を遮られるアリス。謝りたがっていた相手のリュカは、硬直する少女の横を通り過ぎ、自分の家の中へと駆け込んでいった。

 

 一連のやり取りを玄関先で見ていたサンチョもまた、目を白黒としている。家の前に残っているのは、呆然と立ち尽くしている少女が1人。

 

 拒絶。そして絶交。

 

 2つの言葉が、アリスの胸に突き刺さった。

 

 

 

 

つづく




オーバーワーク(若干コミュ障)な7歳のお話。

この世界の教会は基本的に祈る習慣だけではなく、町や村の悩みや問題事を引き受けるために勉強や仕事を徹底している側面があります。総本山である修道院ならば、それこそ(ネタバレのため省略)。
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