マブラヴ トータルイクリプス ~桜舞う帝都より~【R-15版】   作:ろっくLWK

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prologue
明けきらぬ玄冬


 

   ZAP.YUI

 

「袖ひちて、(むす)びし水の凍れるを、春立つけふの風やとくらむ」

 

 呟き、そして唯依(ゆい)は空を見上げる。風に舞い上げられた桜の花びらは、一筋の帯となって雲間を彩っていた。

 

 

 時は二〇〇三年四月。過日行われた甲二〇号作戦、通称『錬鉄作戦』において、自らが開発主任として関わっていた『XFJ計画』の成果たる不知火(しらぬい)・弐型は遂に実戦運用試験の場へ投入された。

 その戦果は当初の予想を大きく上回るものであったらしい。理想的な戦闘証明(コンバットプルーフ)を得られ、制式採用される日もそう遠くない……そうした周囲の囃し立てもしかし、当の唯依にとっては喜び半分、というのが偽らざる心境だ。

 

「結局、あの男の望んだ不知火・弐型(フェイズ3)を通すことは出来なかったな……」

 

 春の陽気に似つかわしくない溜め息を吐き、唯依は再び視線を落とす。

 運用試験機として帝国陸軍の富士教導隊に卸されたのは「フェイズ2」仕様の不知火・弐型。そして肝心の次期主力機選定においても、不知火・弐型はF-15SE(サイレントイーグル)J・月虹(げっこう)との熾烈な争いを繰り広げている真っ最中でもある。

 これがフェイズ3だったなら。そう思ってみたところで、今更どうしようもないという事実は覆らない。

 

「あの日から私は、何を成せたというのだろうか?」

 

 あの日、フェイズ3・一番機を失ったXFJ計画はほどなく解体されることとなった。

 直後、人類の総力を挙げ喀什(カシュガル)のオリジナルハイヴ攻略に臨んだ『桜花作戦』では件のプロジェクトに参加していたメンバーも母国原隊へと復帰し、各々の戦地にて奮戦したという報も届けられている。

 それは唯依とて同じ。例えほんの一端であれ、人類勝利への筋道に貢献出来たことを喜ばしく思う気持ちが無い訳ではない。だがそれはあくまで斯衛として、帝国軍人として当然の務め。(たかむら)の本懐たる『武具拵え』の御役目、その成果では無いのだ。

 XFJ計画を通じて醸成された不知火・弐型は「例の残骸」ごと、その開発権限を本来の持ち主である帝国陸軍・巌谷(いわや)中佐の手元へと戻された。そうである以上、先の運用試験における華々しい業績はむしろ中佐の誉れとすべきだろう。

 私自身は未だ何も成しえていない。そういう思いに、ここのところ唯依はずっと燻っている。

 

「袖ひちて、掬びし水の凍れるを……」

 

 先程の呟きを唯依は再び諳んじる。この和歌は平安期の貴族にして歌人・紀貫之が詠み、古今和歌集にも編まれたものだ。

 昨夏、袖を濡らして掬った水は冬の間には凍てついていたが、立春を迎えた今は風に融かされていることであろう――そんな内容の歌。それは時節に合っているというだけでなく、何故か不思議と自分の境遇に重なるものがある。

 ただし己の心境としては春のそれには程遠く、従って凍っていた水が融けたか否かも判然としない。そして濡らした袖は今も尚、この腕にまとわりついたままでいる。――それを捨て去れぬのもまた己の不甲斐なさ、ということなのだろうか。

 

「こういう時、父様は……いやあの男ならば、どうするのだろうか」

 

 他人に頼ることなど出来ない。甘えは許されない。かつてBETAの侵攻に崩れ去る京都防衛線から生き延びた折、唯依はそう心に誓った。

 あの頃の頑なさに比べ、今は随分柔らかくなったものだと自分では思っている。だがそう思っているのは自分だけで、根底は何も変わっていないのかも知れない。

 

「――いい加減、私も変わるべきなのだろうな」

 

 その気も無いのに呟いて、それから唯依は手元の腕時計へと目を落とした。十三時五〇分。そろそろ列車が着く頃だ。せめて出迎えの時ぐらい弱気な私を見せぬようにせねば。そう腹を括り、唯依は新東京駅の改札口へと向かう。

 ここは戦前から帝国の公共交通における要衝であり、その鉄道網は関東一円にまで延びている。先頃発表された国土復興計画によれば北は青森、南は九州博多にまで高速鉄道が整備される計画もあるらしい。そうなれば人も物資も戦前同様、この東京を基点としてますます行き交いが活発になってゆくことだろう。

 待ち合わせ場所はここ、丸の内中央口の改札前。大正期に建てられたこの駅舎は当時の外観をそのままに近年復元されたものである。一九九八年のBETA横浜占拠時、この辺りへの被害も少なくなかったという。あれから四年の歳月が経ったとはいえ、その傷痕も今ではほとんど癒えてしまったと言って良い。どこまでボロボロにされたとしても決して屈せず、幾度でも立ち上がる。これが人の意志の強さなのか……いつぞやアラスカでも抱いた思いが再び唯依の中に蘇ってくる。

 美しく彫られた天井ドームのレリーフをしげしげと眺めていたその時、改札の向こう側にその男が姿を現した。向こうも気付いたのか、真っすぐこちらに歩いてくる。改札を通り抜け、そして目の前までやって来て――男は唯依に向け片手を挙げた。

 

「よお。久しぶりだな」

 

「ああ。――元気そうで何よりだ、ユウヤ」

 

 その男、ユウヤ=ブリッジスを出迎えるべく、唯依はこの東京駅へとやって来たのだった。

 

 

 

 

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