マブラヴ トータルイクリプス ~桜舞う帝都より~【R-15版】 作:ろっくLWK
未知なる郷愁
ZAP.YUYA
車窓に映る風景はどこもかしこも一面ビルで埋め尽くされた都市群。それは現在の居住地である横浜の近傍にはまるで存在しないものであり、
「どうした、物珍しそうな顔をして。帝都は初めてか?」
何が可笑しかったのか、隣に座る唯依が口元に手を当てくつくつと喉を震わせている。まあな、と応え、ユウヤは視線を窓辺から唯依へと向けた。
「日本に着いてからこっち、国連軍基地以外の場所に行く機会なんて無かったからな。こないだの『甲二〇号作戦』が終わって、オレにもようやく外出許可が下りたってワケさ」
「そうか。そう言えば貴様は、“正規の方法ではない手段”で入国したのだったな」
「そういうことだ」
苦笑いし、そしてユウヤはかつての記憶を振り返る。
二〇〇二年一月一日。その日行われた『桜花作戦』中の世界的な混乱に乗じ、ソ連からカムチャツカを経由して日本に亡命する――その計画は甲二六号・エヴェンスクハイヴ付近に突如として出現した超重
「国連から城内省経由で報せが入った時は驚いたぞ。大破寸前の不知火・弐型が国連軍基地の滑走路に強行着陸、国籍不明のパイロット二名が日本への亡命を申請している――というのだからな」
「あの後、国際問題になったってのも聞いた。
その後ユウヤはしばらく国連軍に身柄を確保されていたのだが、ほどなくして釈放されるに至った。
『ユウヤ=ブリッジス。貴様はXFJ計画に従事中テロリストによって機体ごと拉致され数ヵ月間の軟禁状態にあったが、自力で機体を奪還し脱出。その際、現場付近にて機体事故により負傷していたソ連軍衛士・イーニァ=シェスチナ元少尉を人道救助。身の安全を図るため少尉と共にカムチャツカ経由での国外脱出を企図し逃亡中、エヴェンスクハイヴのBETA群に遭遇、これと交戦。その際乗機を損傷するも、超重光線級撃破に成功し戦域を離脱。国連軍函館基地へ強行着陸の後、シェスチナ元少尉と共に日本へ亡命を申請した――この事実に相違無いな?』
拘禁が解かれたその日、「事情聴取」と称して尋問官が述べた内容は明らかに、ユウヤたちの身辺を保全すべく何者かによって用意されたカバーストーリーだった。ぼろぼろの残骸と成り果てた不知火・弐型は一時国連軍に接収され、その後正式な手続きを経て帝国軍へ返還されたと聞き及んでいる。かくして亡命を認められたユウヤは開発衛士としての腕を買われ国連軍所属の衛士となり、『お偉いさんの希望によって』イーニァともども国連太平洋方面第十一軍・横浜基地へと配属されたのである。
「ところでどうだ、国連軍は? 貴様の部隊は確か先般の錬鉄作戦にも参加したと聞いているが」
「米国より人使いが荒いのは確かだな。よっぽど人手不足だったんだろ、オレみたいな素性の知れない人間ですら入っていきなり中隊長なんかに抜擢されるぐらいだし」
「貴様の技量ならばさもありなん、と言ったところだと思うが。して、戦術機の手応えは?」
「悪くない。さすがに
その評判を前もって聞いていたとは言え、実際に動かしてみた時の衝撃は今でも忘れがたい。
着地硬直の解消。挙動の間隙を縫う入力受付。
生身の肉体であれば当然出来るであろう動作が戦術機でも容易に再現できた時、戦術機に対する己の観念が「こうあるべき」と凝り固まっていた事を、ユウヤ自身もまた嫌というほど思い知らされたものだ。
「横浜で開発されたという例の新型OSだな。先ごろ斯衛にも正式配備されたが、私もあれには驚嘆させられた。一度あの制御感覚を味わってしまえば、もう
「お前でもそう思うか。あれと
「……成る程」
小さく含み笑いを洩らした唯依を、どうした? とユウヤは訝しむ。
「鬼に金棒、か。そのような諺を習得している辺り、日本での生活にもだいぶ馴染んだようだな」
「笑いのツボはそこかよ。馴染んだかどうかはともかく、日本に関する知識は色々と増えたな。――ま、合成食の不味さには未だに辟易としてるが」
それももうすぐ解消される、という話は先日のニュースでも大々的に報道されたばかりだ。
過日甲二〇号・
だからと言って、BETA侵攻の脅威が日本から完全に取り払われたという訳ではない。最寄りのハイヴから大規模遠征を仕掛けて来ないとも限らないし、人類側の隙を突いて新たなハイヴが建設される可能性だってある。そもそもBETAの行動は徹頭徹尾、予測不能。ふとした折にある日突然地下から湧き出たとしても何一つとして不思議は無い……それが連中の恐ろしさなのだ。
こうした訳でどこを取っても油断出来ない状況であることに変わりは無いのだがしかし、『桜花作戦』以降も世界各地のハイヴ制圧作戦が順調に推移する中にあって、諸外国に先駆けて日本国民が勝利と復興に向けての活力を得始めたのもまた事実である。
「今度日米共同で、那須と長野にドデカい食品養殖プラントを建てるんだってな。あれが出来りゃあ日本でも合成じゃない肉や野菜が食えるようになるんだろ?」
「それだけでなく、非汚染地域の一部では既に国家主導で農業の再開も進められているぞ。既に絶滅してしまった家畜や植物などの品種を再生することは難しいかも知れないが、プラント建造と併せて交通網の復旧も進むことで、数年内には米国と遜色ない程度の食品流通が期待できる見通しだ」
「その日が待ち遠しいぜ! 合成ビーフに合成ポーク、どれもこれも毎日食うにゃキツ過ぎる。基地内のPXにはまあそこそこイケる所もあるが、それでもさすがに本物の肉と比べりゃ天と地の差ってヤツだ」
「さっきから随分と贅沢を言っているが、そんな環境の国に自ら望んで亡命した男の発言とは思えないな」
「カタいこと言うなよ。ここにいるのはお前と運転手さんだけだし、聞かれたからってどうなるモンでもないさ。それに、これでもソ連で食わされたメシよりはまだマトモだと思ってんだぜ」
「全く。……ユウヤは相変わらずだ」
唯依は呆れ返るようにせせら笑いをしながら、その束ねられた横髪を手で掬う。艶のあるさらさらな黒髪の一部を結わえる白い布。それは唯依のトレードマークであり、彼女の日本人らしさを感じさせる要素の一つでもある。
「その分、今日は楽しみにしてたんだ。今回の休暇だってわざわざこのために取ったようなもんだからな」
「それは畏れ多いことだ。『ブリッジス中尉』のご期待を裏切らないよう、せいぜい奮闘するとしよう」
「良く言うぜ。料理と言い剣術と言いお前の腕は信頼してるよ、『篁大尉』」
互いに顔を見合わせくすくすと笑い合い、それからユウヤは親指を立てる。
「頼んだぜ、最高のニクジャガをよ!」
せっかく日本に居るのだから、久々に肉じゃがを食べに来ないか。
そうしたためられた手紙がユウヤの元に届けられたのは今から一週間ほど前、甲二〇号作戦の成功に基地中が沸き立つさなかのことだ。
基地の人員が順次休暇を取り帰郷する中、亡命者という立場もあって帰る場所の無いユウヤは余暇を基地内で過ごすつもりで居たのだが、唯依からのその誘いには少なからず心を動かされた。
『ユイにあえるの、うれしいんだね。いってらっしゃいユウヤ』
基地を出る際、見送ってくれたイーニァは終始笑顔だった。横浜基地に来てようやくイーニァにも『友達』と呼べる存在が出来たらしく、きっと今頃も二人は基地であやとりやら何やらに興じていることだろう。だからこそユウヤは安心して基地を留守にすることが出来たのだった。
イーニァとその友達。付き合いの良い間柄というだけでなく、本質的な意味での相互理解者。あの二人が仲睦まじくしているところを見る度、それを微笑ましく思いつつも、ユウヤはどうしても思い出してしまう。
かつて常にイーニァの傍らにあった存在――そう、彼女のことを。
あの日抱き留めたぬくもりは、あの涼やかな笑みは、今はもう思い出の中にしか存在していない。
「そろそろ着くぞ」
その一声に、ユウヤの思考は断ち切られた。駅を発ってからおよそ三十分。車が角を曲がったところで、あれだ、と唯依が目の前の建物を指差す。
真っ白な漆喰の塀。瓦を重ねた黒い屋根の門。書籍でしか見たことの無かった、日本独自の建築様式だ。
「へえ……随分でかいな。さすがは譜代武家のお屋敷、ってところか」
「茶化すな。これでも別邸だし、武家の邸宅にしては小さい方なんだ」
車はそのまま直進し正門の前へと停まった。車を降りて木造りの大門を真下から見上げてみると、かなりの威圧感がある。これを毎度開け閉めするのは骨が折れそうだ。そう考えていた折、大門のすぐ隣にある『潜戸』と呼ばれる小さな通用口が「ぎい」と開き、和装に身を包んだ初老の女性が姿を現した。
「おかえりなさいませ」
「ただいまばあや。こちらが本日の来客であるユウヤ=ブリッジス中尉だ。滞在中くれぐれも失礼の無いよう、もてなしを頼む」
「畏まりましてございます。さあさブリッジス様、どうぞお荷物を」
『ばあや』と呼ばれた女性がこちらに手を伸ばしてきた。それにユウヤはどうにも躊躇いを覚えてしまう。
「え、いや。荷物ったって手持ちのバッグ一つだし、別に良いですって」
「そういう訳には参りません。これも私ども侍従の務めですゆえ」
「いや、ホント大丈夫ですから。どうかお構いなく」
「そうは申されましても……」
そんな二人のちぐはぐなやり取りを見かねたように、唯依がクツリと吐息を零した。
「遠慮はするなユウヤ。ばあやはな、篁家に久々の来客が訪れたことを喜んでいるんだ」
「え……そうなのか?」
「昨夜も随分と張り切ってな。やれ布団を干すだの、屋敷の掃除をせねばだの……あんなに生き生きとしているばあやを見たのも久しぶりだったな」
「お恥ずかしゅうございます。年寄りの冷や水とは重々承知しておるのですが、年甲斐もなく舞い上がってしまいまして」
「はあ」
「ばあやは昔から客人の世話をするのが好きなんだ。だから貴様がばあやに配慮するというなら、ばあやのしたいようにさせてやってくれ」
そうは言われてもな。困惑しつつ、ユウヤは唯依とばあやの顔を交互に見比べる。
嘘を言っている感じは確かにしない。純粋に歓迎されているのも間違いでは無いようだが、かと言って歳の行った女性に荷物を持たせるというのもいかんせん気が引ける。――いや、『郷に入っては郷に従え』なんて言葉もあるぐらいだし、これも日本流ってことか。かぶりを振って考え直したユウヤは「じゃあ、お世話になります」とバッグをばあやへ引き渡した。
「お荷物はご寝所にお運びしておきます。後ほどご案内致しますので、まずは母屋へどうぞ」
「あぁ、ありがとうございます」
ぺこり、とお辞儀をしたその時、「フフフ」と唯依がくすぐったそうな声を上げた。
「何だよ?」
「いや別に。ユウヤが不慣れなお辞儀をしているのがどうにもこう、可笑しくてな」
「――んだとぅ」
「それそれ、やはりユウヤはそうでなくては。いらん気遣いは無用だ。実家……いや、自室にいるつもりで存分に寛いでくれ」
今の唯依の訂正はこちらの事情を知る彼女なりの配慮だ。そうと直感して、分かった、とユウヤは快い返事をする。
「では行こうか」
唯依の後を追い、ユウヤも通用口を抜けて敷地内に足を踏み入れる。石畳を敷かれた歩道。そのおよそ五十メートルほど先に篁邸の母屋はあった。
木造の建物は真新しさも見受けられるが、華美な装飾や無用な派手さは一切無い。ほとんど平屋建ての母屋は記憶にあるユウヤの生家をひと回り大きくしたほどで、名家の屋敷にしては小ぢんまりとしたものだった。
「何つーか、落ち着く佇まいだな」
「亡くなった父が清貧や瀟洒を好んだというのもあるのだが、あまり広いと却って過ごしづらいという事もあってな。先のBETA関東侵攻により一部は壊れてしまったが、建て直しの際にそれまでよりも小さくし、代わりに緑を増やしたんだ」
「成る程」
唯依の説明通り、母屋の周辺は都心の一等地とは思えないほど多くの草木に囲まれていた。手入れの行き届いた庭木は勿論のこと、向こうには整備された日本庭園も見えるし、廊下で繋がった離れの周りにも植え込みや小さな池があったりする。自分の家でもないのに妙に心が凪ぐのは、自分が日本人の血を引いているからというだけでなく、この自然の多さに起因するところがあるのかも知れない。
「さあ、上がってくれ」
「お、お邪魔します」
母屋の玄関は外から見るよりもかなり広い作りになっていた。日本で暮らすこと早ニ年目、とは言え大半を基地内や前線で過ごしてきたユウヤには、日本の風習にまだまだ馴染みが無い。確か家に上がる時は靴を脱ぐんだっけ? などと考えていたところに奥から着物姿の女性がしずしずと歩いてきて、ユウヤの目前に折り目正しく座した。
「お初にお目に掛かります。篁唯依の母、
「あ、ど、どうも。あ、いや、国連太平洋方面第十一軍所属、ユウヤ=ブリッジス中尉であります。ほ、本日はお招きいただきまして、その……」
「だから、いらん気遣いは無用だと言ってるだろう」
横から唯依にちょっかいを出され、うるせえ、とユウヤは唇を尖らせる。
「唯依の申す通りです、私どものこれはお客人を迎える上での篁の礼でございます。お気になさらず」
そう言って恭しく顔を上げた栴納は、女性を外見の良し悪しで区別しないユウヤですら息を呑むほどの美人だった。その面立ちはさすが親子と言うべきか、娘によく似て凛としている。――唯依がもう少し歳を取ったらこんな風になるのかも。そんな考えが一瞬でも頭をよぎったことに、ユウヤは軽く自己嫌悪してしまう。
「ブリッジス中尉のご勇名はかねがね伺っております。不慣れな土地でこのようにしゃちほこ張った待遇、さぞや息苦しいこととは存じますが、何卒ご寛恕下さいませ」
「あ、いやえっと……ご、ゴカンジョ?」
「『大目に見てください』という意味だ」
唯依に耳打ちされ、顔がかあっと熱くなる。――くそっ。そんな難しい日本語、知る訳ねえっての。そんなユウヤの心の声を見透かしたかのように、栴納はくすくすと上品な笑いをこぼした。
「本当に面白いお方ですね、ブリッジス中尉は。堅苦しさを好まれぬご気性のようですので、不躾ながら以後『ユウヤ殿』とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。構いませんよ。オレもその方が気が楽ですし」
「言葉遣いもなるべく平易であるよう、侍従ともども配慮させていただきます。その方がユウヤ殿もご滞在中、気兼ねなくお過ごしいただけましょう。では会食の席までしばしごゆるりと」
三つ指をついて再び丁寧に座礼をし、それから栴納はしずしずと奥へ戻っていった。そのあまりに悠然たる身のこなしに、しばし呆気に取られたユウヤは「なあ唯依、」と尋ねる。
「さっきのアレって、土下座ってやつじゃないのか?」
「うん? いや、似てはいるが、いわゆる土下座とは意味合いが少々異なるな。あれは日本式の――そうだな、言わば最敬礼のようなものだ」
「そうなのか……」
そうと言われたところで全然区別が付かない。未だ微かな動揺を引きずりながらも、とりあえず唯依の勧めに従ってユウヤは靴を脱ぐ。
存分に寛いでくれ。それはありがたい言葉には違いなかったがしかし、勝手も分からぬ日本武家の仕来りや礼儀作法を目の当たりにして、そんな事は到底出来そうも無い。これは滞在中窮屈な思いを我慢する事が多くなりそうだ。
……これが篁家に対するユウヤの、率直な第一印象だった。