マブラヴ トータルイクリプス ~桜舞う帝都より~【R-15版】   作:ろっくLWK

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歓待、そして思惑

 

  ZAP.YUI

 

 肉じゃがを作る時には幾つかコツがある。

 まずは下煮をした後、具材を取り分けて煮汁だけをゆっくり詰め、胡椒を汁全体に良く馴染ませる。こうすることで胡椒の風味が満遍なく煮汁に乗り、具材の旨味を一段と引き立てる。かと言って煮詰めすぎてもいけない。風味を活かすには適度なところで具材を戻し、味が均一になるようお玉で煮汁を掛け回し、火の通り具合と味の染み渡りの加減を計る必要があるのだ。

 以上が母から教わった肉じゃがの作り方であり、その母にレシピを教えたのは篁家の料理番。さらに系譜を辿ればレシピの由来は父・祐唯(まさただ)へと行き着く。

 だがそもそも日本の料理に胡椒を用いる風習など無い。それはある意味では父オリジナルの味付けと言えるのだがしかし、このレシピの本当の発案者は――

 

「……ふう」

 

 鍋の火を止め、そして唯依は一息をつく。後は自然に冷ましながら味が沁み込むのを待つだけ。食べる時にはもう一度加熱し、ほど良い温かさとなったところで皿に盛り付ければ篁家秘伝の肉じゃがは完成だ。

 

「唯依」

 

 鍋に蓋をしたちょうどその時、調理場に栴納が姿を現した。いかがしました? と唯依はエプロン姿のままで栴納の元へ向かう。

 

「料理の支度もあらかた落ち着いた頃合いでしょう。ここは私が見ておきますから、あなたは離れへ行ってユウヤ殿のおもてなしをなさい」

 

「え? しかし、他の料理がまだ……」

 

「お客人を手持ち無沙汰にさせるものではありませんよ。それにユウヤ殿は屋敷の者がお相手をするより、あなたと過ごす方がお気を楽にされる筈。それを察して振る舞うのも当主たる者の……いいえ、あなたの務めです」

 

「は、はい」

 

 相も変わらず、母には有無を言わさぬ凄みがある。おずおずと脱いだエプロンを傍の椅子に掛け、ユウヤの居る離れへ向かおうとした自分を「唯依」と、栴納が再び呼び止めた。

 

「何でしょうか、母様」

 

「あの話、もうユウヤ殿には……?」

 

 その問いに、唯依の表情は凍った。さすがは母だ。自分の肚積もりも何もかも、全てを見通している。

 

「……いえ」

 

「では今宵、伝えるつもりなのですね」

 

「そうです」

 

「あなたがそうと決めたのなら、母は何も言いません」

 

 でもね、と栴納が距離を詰めてくる。ひそひそと耳を打つように、栴納はこう述べた。

 

「忘れないで。私はあなたとユウヤ殿が決めた事を尊重し、二人を陰日向に支えるつもりです。これまで篁の家に、祐唯様に、ずっとそうして来たように」

 

 ぎゅう、と胸が締め付けられる。初めて母に真実を告げた時、母は何も言わず、ただ黙って全てを受け入れてくれた。恐らくはその時に覚悟したのだろう。ユウヤの存在を。そして、娘の選択を。それが篁に生きる女の――いや、「篁栴納」という一個の人間の愛によるものだということを、今の唯依はこれ以上なく痛感している。

 

「ありがとうございます、母様」

 

 ある意味において、自分の往かんとする道は奇しくも母のそれと酷似している。果たして自分はこの人ほど気高く揺らがぬ精神を持ってその道を歩めるだろうか。

 そんな思いを胸の奥へとしまい込み、唯依は調理場を後にした。

 

 

 

「ユウヤ、居るか?」

 

 離れの襖の前に立ち、中に向かって呼び掛ける。返事は無い。厠にでも出かけたのだろうか。そう思いつつ、今一度「ユウヤ?」と名を呼んでみる。……やはり返事は無い。しかし襖の向こうから人の動くような気配はする。

 気になってそっと襖を開けてみると、そこではユウヤが文字通り大の字になって、畳敷きの和室のど真ん中に寝転がっていた。

 

「ユウヤ……?」

 

 足音を忍ばせ近づくと、微かな寝息の音が聞こえてきた。どうやらここで待ちぼうけを喰らっているうちに、暇を持て余した彼はそのまま寝こけてしまったらしい。

 無理もないか。

 そっと傍に座り、そして唯依は弛緩し切ったユウヤの寝顔に目を凝らす。

 

「きっとあの日から貴様には、こうして安らげるいとまなどひと時たりとて無かったのだろうな……」

 

 ユウヤが大口を開け気持ち良さそうに眠っている。この篁家でユウヤがそうしてくれている事を、唯依は無性に嬉しく思ってしまう。

 普段はそうとは感じさせないのに、こうして間近に見ていると確かにあの人の面影があるような気もする。こと顔立ちに関して言えば、ユウヤは父方の血を色濃く受け継いでいると言えそうだ。

 

「ん……」

 

 果たして今、ユウヤはどんな夢を見ているのだろう。それは少々気になった。夢は唯依にとって必ずしも安寧の象徴では無い。時に忌まわしい記憶を呼び覚まし、時に苦痛に悶え苦しみ、時に罪悪感に責め苛まれる。それでもこのところはそうした夢を見ることも大分減ってしまった。

 それは年月を経たことであの日の傷が癒えつつあるからか。

 それとも、己に科した戒めを忘れ掛かっていることの証左であろうか。

 

「……Mom(マム)……」

 

 ふとこぼれたユウヤの寝言で、唯依ははたと我に返った。彼が見ていたのはどうやら母親の夢だったらしい。ふ、と口元を綻ばせた唯依は、彼に掛け布団でも掛けてやろうかと立ち上がった。

 

「……ん、んぁ……。……唯、依……?」

 

 振り返ると、ユウヤが目をしぱしぱさせながらこっちを覗き込んでいた。物音を立てぬようにと極力注意を払ったつもりだったのだが、どうやらユウヤの鋭敏な知覚に察知されてしまったらしい。

 

「ユウヤ。済まん、起こしてしまったか」

 

「あぁ、いや……そっか、オレ寝ちまってたのか」

 

「客人に退屈をさせてしまった。申し訳ない」

 

「いいって。退屈とかじゃなくてのんびりしてただけだし。にしてもホント落ち着くな~ここは。日に当たりながら水音を聞いてたら、ついウトウトしちまった」

 

 ユウヤが目を向けた縁側の先を唯依も眺める。ちょぼちょぼ、と音を立てているのは、離れを囲む日本庭園の一角に置かれた手水鉢の流水。少し日差しも傾きかけた晴天。時折吹く穏やかな春風が運ぶ陽気と花の香。これではユウヤならずとも眠たくなるのも道理というものだ。

 

「ところで、唯依こそどうしたんだ?」

 

「私か? いや、調理の段取りがあらかた着いたのでな。貴様の接待をするためにこうしてここへ来たというワケだ」

 

「何だよ。仮にも篁の当主が、わざわざオレなんかのために時間を割いてくれたのか?」

 

「今日のユウヤは篁の客人。であればこれも当主の務めというものだ。それに貴様は侍従の者に甲斐甲斐しく世話を焼かれるよりも、私と居た方が気楽だろう?」

 

「違いない」

 

 よっ、と弾みをつけてユウヤは身を起こした。やはり母様のお見積り通りか。そう思いつつ、唯依も彼の膝元にぺたんと腰を下ろす。

 

「もう一時間もすれば夕餉の支度が整う。それまでの間、私を話し相手に過ごすが良い」

 

「そうだな。じゃあ折角だし、来る途中にも話題に上がった戦術機とXM3の話でもするか」

 

 戦術機。そう、それは自分とユウヤを繋ぐもの。

 あの半年余りの中で二人が絆を育む懸け橋となったものであり、また二人にとって数少ない共通項の一つでもある。

 ――尤も、それはあくまで『ユウヤの知り得る範囲においては』という話なのだが。

 

「まずはXM3の機動制御関連についてだが、特筆すべきはだな……」

 

 

 

* * *

 

 

 

「――ふうっ、食った食ったぁ」

 

 ユウヤが満足げに腹を撫でている。篁家秘伝の肉じゃがは今回も十分お気に召して貰えたらしい。他にも料理番や栴納の手料理などを全てきれいに平らげた彼の食べっぷりが、唯依には微笑ましくもあった。

 

「どうだった、今宵の料理は?」

 

「すげー美味かった。味付けに拘ってるってのもあんだろうけど、ニクジャガなんかアラスカで食った天然モノの時と寸分違わず同じ味だったぜ。ありゃあどんなマジックだ?」

 

「家の敷地内に菜園を設けてあってな。肉じゃがだけでなく、今宵振る舞った料理は全てそこで採れた野菜類を用いたんだ。肉や魚などの食材については、さすがに合成のものを使う他は無かったが」

 

「いやいや、全然そうとは感じなかったぞ。とにかくメチャクチャ美味かった。お袋さんにも『ホントに美味かった』って、後でお前から伝えといてくれ」

 

「ふふ。ユウヤの口から直接伝えた方が、母様は喜ぶだろうがな」

 

 唯依の手掛けた料理は肉じゃがのみならず、他にも焼き物に汁物と複数あった。その全てにユウヤが舌鼓を打ってくれたことは純粋に嬉しかった。――今も尚そう思うことは、未練では無い。そう自分に言い聞かせつつ、ところで、と唯依は話を切り出す。

 

「腹が落ち着いたら湯浴みをしてはどうだ。篁の湯殿はかつて、当時の崇宰(たかつかさ)家のご当主から直々にお褒めを頂戴したほどの名湯だぞ」

 

「おお! 良く分かんねえけど、そいつぁ凄えな」

 

「支度が出来次第ばあやに案内させる。それまでは離れに戻ってゆっくり過ごしてくれ」

 

「分かった。――しかし、何だな」

 

 何かを言い淀んだユウヤに、どうした? と唯依は尋ねる。

 

「こうまで至れり尽くせりだと何つうか、申し訳ねえ気分になっちまうな。これが日本流のホスピタリティ(おもてなし)だ、ってのは解っちゃいるつもりなんだが」

 

「何を言う、今日の貴様は我が篁家の大切な客人だ。保養にでも来たつもりで大きく構えていれば良い」

 

「まあ、な。ほらオレってさ、今までどこ行ってもこんな風に扱われたことが無かったもんで、つい……な」

 

 そうか、そう言えばそうだった、と唯依は一つの事に思い至る。

 ユウヤはその出自ゆえ、生家だった祖父の家でも軍に籍を置いて以降も、こうした手厚い待遇を受けたことなど無かったに違いない。

 慣れないから落ち着かない、と言うよりもむしろ、自分にはそうされるだけの資格なんて無い――そうとまで考えていたとしてもおかしくは無いのだ。

 

「……深く考えるなユウヤ。先の錬鉄作戦や聞きしに及ぶГ(ゲー)標的掃討戦において、貴様の挙げた武勲はこの日本帝国や世界各国、ひいては全人類に多大なる恩恵と安寧をもたらしてくれたんだ。これはその礼……いや、私なりの恩返しだとでも思ってくれればそれで良い」

 

「恩返し……って、なんか大袈裟だな」

 

「これでも足りないと思っているくらいだぞ? 謙遜せず、素直に受け取れ」

 

「そういうことならまあ、ありがたく頂戴しておくぜ」

 

「うむ。湯殿の支度も程なく出来よう。食い過ぎたからといって、そのままさっきのように大いびきをかくなよ」

 

「そこまで寝ぼすけじゃねーよ。まあ腹ごなしに、軽くトレーニングでもしてるさ」

 

「夜になればまだまだ冷え込む時期だ、くれぐれも油断はするな。ではな」

 

「ああ。おやすみ、唯依」

 

 離れへと向かうユウヤの後ろ姿を見送って、唯依はほつりと吐息を落とした。

 恩返し、か。口を突いて出た言葉を胸の奥で反芻したその時、ふと思い出に残るあの人の優しい声が唯依の耳を震わせる。

 

『……どなたからか恩を受けたら、別の方にお返しするの。そうすると、大切な方からいただいた恩が大きく広がっていくでしょう? ……人の絆はね、そうやって紡がれるのよ』

 

 ――恭子様。私は貴女から、沢山の方々から受けた恩を今、お返し出来ているのでしょうか。

 あの日お教え頂いたことを、少しでも実践出来ているでしょうか。

 叶うのならば今ここで、それを貴女から教えていただきたかった。私の往くべき道をもっとご教示願いたかった。

 けれど、それは、もう叶わぬ事。

 だから私は……そうあるように努めます。貴女から教わった事を私なりに考え、噛み砕き、これからも実践して参ります。

 そしていつか、貴女のお言葉を体現できる私になりたいと、そう思います。

 恭子様もそれを九段で願って下さっているのだと、そう信じて。

 ……そんな誓いを心に秘めつつ、踵を返した唯依は自室へと向かう。

 既に夜の帳も落ち、母屋に響くは侍従たちの後片付けの喧騒と吹き込む夜風の涼やかな音色だけ。家のもてなしとしてはこれにて一区切り。だがユウヤをこの家へと招いた真の目的は、ここからだ。

 

 

 

 

 自室で仕事関連の書類整理をすること数十分。「失礼いたします」という小さな声と共に、障子戸にぼんやりと小柄な人影が浮かび上がる。

 

「ばあやか。して、仕儀は」

 

「はい。手筈通り、ブリッジス様を湯殿へご案内致しました。他の侍従もみな片付けを終え、詰所に戻りましてございます」

 

「分かった。ばあやも今宵はもう休んでくれ。――手配ありがとう」

 

「勿体無きお言葉です。それでは……」

 

 障子戸の影がふつと失せる。よし。引き出しを開け、中のものをそっと懐に忍ばせて、唯依は静かに立ち上がった。

 

 

 

 

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