シャニマス猫物語   作:小林流

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芹沢あさひ 2

フギャ

「あっ、こら!」

 思わず一鳴き出てしまった。

 衝撃と黛の声に目を開けると見えたのはやはりというか青い瞳である。芹沢は私の尻尾をむんずと掴んでいた。本当に触りたがりな娘である。せめて起きてからにしてほしいものだ。私はのそのそと椅子の下から出て、芹沢の手をポムポムと押してやる。芹沢は頭を傾げたが、黛が「離してほしいってことでしょ?」と助け船を出してくれた。実にありがたい。私は一鳴きする。

 

 

 芹沢の手から逃れた私はお礼とばかりに黛の足に一度頭をこする。毛がつかないように注意も怠らない。黛の表情が少しだけやらかくなったように感じた。

 

 

「さっ、事務所に帰るわよ。あんたはどうする?」

 私は窓を見る。もう夕方である。もちろんご一緒しますよと、私はレッスン室の扉を抜けて、先に階段を下りていった。芹沢と黛はレッスン室を施錠しつつ、私の一歩後ろにつく形になった。後ろにいても芹沢の視線を感じる。まるで狙われる獲物のようである。

 

 

「あさひ、いい加減にしないと引っ搔かれるわよ」

「でも本当に嫌だったら、もう引っ搔かられてるはずっす」

「それはアイツが我慢してるだけって言ったでしょ?」

「なんで我慢するっすか?」

「そうね、………あんたのことが好きなんじゃないの?」

「好きになってもらうことなんてしたっすかね~、もしかしてわたし、猫に好かれやすいのかも……あっ!猫だ!」

 

 

 横を向いてみると一匹の黒猫が歩いている。首輪もないので野良であろう。野良は芹沢の声に驚いたのかぴょんと跳ねて走り出す。芹沢は姿勢を低くして、その猫を追いかけていく。

「わたしが猫に好かれやすいか、確かめるっす!」

「ちょ、あさひ?!」

「冬優子ちゃんは先に帰ってていいっすよ~」

 

 

 黛を見てみると、またもや眉毛を吊り上げた。つややかな黒髪が逆立っているように思えた。私は芹沢の後を追って駆け出した。断じて黛が怖かったわけではない。芹沢は抜群の運動神経で野良を追いかけていく。逃げられている時点で、芹沢はけっして猫に好かれやすいわけがないのに気づいてほしいものである。野良は逃走劇の末、公園へと行きつき、草むらの中に飛び込んだ。

 

 

「おーい!出てきてー」

 芹沢はずんずんと草むらに近づいていく。野良からしたら恐怖以外の何ものでもないだろう。私は、芹沢を止めるために彼女に近づいた。芹沢は手を草むらの中に突っ込んでいく。

 瞬間、野良猫は勢いよく飛び出してきた。三毛猫の前腕が芹沢に襲い掛かった。その勢いに芹沢は尻餅をつく。

「痛っ」

 

 

 白磁のような肌に線が走る。つぅと赤い滴が垂れてきた。

 私は肉薄する。芹沢の自業自得だが、しかしながらそういうものを飲み込んでなお守る価値が彼女たちにはあるのである。

 

 

 私は毛を逆立て大いに唸る。そんじょそこらの野良には出ぬ声である。目の前の野良がたじろいだので、その額に私の前腕を二度叩き付ける。

 爪を立てるのはやめてやる。

 その勢いに完全に心が折れたのか、野良は振り向きもせずに別の草むらに飛び込んだ。がさがさと世話しない音を立てて逃げ行くのがわかった。すまぬ野良よ。お前は悪くない。しかし私を怒らせたのである。

 

 

 私はフンと鼻を鳴らして芹沢を見る。珍しく驚いているようで固まっている。まったく、野良にああも無理やり触ろうとするのはご法度である。気をつけろと私は彼女に鳴き声を上げる。そしてズンズン近づいて傷口に鼻を近づけてにおいを嗅ぐ。あいにく絆創膏などという上等なものなど持てぬゆえ、私はせめてもの心遣いとしてぺろぺろと傷をなめてやる。

 

 

「お前………」

 芹沢は何かをつぶやこうとして飲み込んだ。電子音がなる。芹沢のスマホである。芹沢が出ると、ここからでも聞こえるほど声量が聞こえる。間違いなく黛であった。

「あっ、冬優子ちゃん、うん、そうっす。うん、ここから、えと多分10分くらいっす。すぐにいくっすよ」

 

 

 芹沢は黛の電話を切って、私の顔を見る。青い瞳に私の顔が映る。じぃと見つめられるとまた何かやられそうで思いやられる。しかし、意外にも芹沢はゆっくりと手を動かした。指先が私の頭に触れる。先ほどまでの乱暴な触り方ではない。今度はじつにおっかなびっくりといった様子であった。そしてゆっくりと毛並みに沿うように頭を撫でてきた。私はその触り方に心地よさを覚え目を細める。

 

 

 手が離れていくのを私は感じ、撫で終えた芹沢を見て一鳴きする。

芹沢は思案するように目を泳がせた後、私におずおずと話しかけてきた。

「ありがとう」

 いいってことよ。私が再び一鳴きすると、芹沢は笑った。

 

 

               ○○○○○○○○

 

 

 数日後の事務所。ソファで微睡んでいると視線を感じた。芹沢である。何かと思い、私は頭を傾げる。すると芹沢はガサゴソと手に持つビニール袋をまさぐった。そして芹沢は私の目の前に棒状のものを差し出した。実にそそられるニオイである。私は誘われるようにかぶりついた。これは鰹節である。それも我々猫専用のものらしく、味の塩梅が素晴らしい。

 

 

「おいしいっすか?」

 私は思わずうなずいて、ゴロゴロと喉を鳴らした。芹沢よ、なんというものを持ってきたのだ。これでは本日の昼食が入らなくなるではないか。しかし、美味いものは仕方がない。私は品がないのを自覚しつつ、貪るようにそれを食べきってしまう。その様子を見ていて満足したのか、芹沢の表情が輝いた。

「良かったっす!」

 

 

 食事を終えた私の脇に手を入れて芹沢は私を持ち上げる。そしてソファに座り、私を自身の膝の上に置いた。そのまま芹沢は再び袋をまさぐって取り出したるはブラシである。彼女はそれで私の背の毛並みを撫でていく。こ、これも素晴らしい。時たま天井が奮発して連れて行ってくれるブラッシングに匹敵するものであった。私はまたもやゴロゴロと喉を鳴らしてしまう。

 

 

「ここ気持ちいいっすかね?」

 ああ、最高です。私はだらしのない鳴き声を上げた。

「ここはどうっすか?」

 はい、天才です。私はゴロゴロと喉を鳴らした。

「あはは、良かったっす!」

 

 

 芹沢が私にブラシをかけてくれていると、席に座り仕事をしていたプロデューサーが話しかけてきた。

「あー、あさひ、何してるんだ?」

「猫先輩を労わってるっす!」

「猫先輩?」

「そうっす!猫は人間よりも早く年をとるっす!だから先輩」

「あはは、だから敬語なのか」

「はいっす!」

 どうやら芹沢は私のためを思って色々と調べ、用意してくれたようである。なんという素晴らしい娘であろうか。先日の一件が嘘のようである。私はあまりの心地よさに先ほどよりも深い微睡みに落ちていった。きっと今から見る夢は実に鮮やかで心地のよいものになると思った。

 

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