シャニマス猫物語   作:小林流

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和泉愛依 1

 

 

 わたしの耳を吐息が揺らしている。

 

 在籍するアイドルたちのほとんどは未成年の少女であるが、芹沢あさひと、小宮果穂はまだまだあどけなさの残るような年頃である。彼女たちはその体のエネルギーを使い果たすように踊り、歌い、話し、笑うので、ときたまこうしてソファで眠ることがあった。それについては、何も問題はない。むしろそれだけ努力し頑張っている少女たちが、いわゆる職場である事務所で眠れるほどリラックスできるのは喜ばしいことだ。

 

 

 しかしながら、ひとつだけ苦言を呈するのを許してほしい。彼女たちにほとんど非がないのも理解しているものの、これだけはやめてほしいことが一つだけある。私を睡眠のお供にするのはやめていただきたいのである。わたしは抗議の意味を込めて芹沢の顔を見る。

 

 

「ぅうん…………」

 眠る芹沢の寝言か何かが私の耳をくすぐる。

 私がぶるりと震えて鳴くのを我慢してやる。

 状況は一向に好転しないのである。

 

 

 

 現在、収録を終えた芹沢はソファで気持ちよさそうに瞼を閉じている。そんな彼女の腕に抱かれている毛玉、それが私である。彼女たちはなぜか私を抱え込んで眠ることが多かった。おそらく、ほどよく柔らかくほどよく暖かい、我が畜生ボディは抱き枕のごとき性能を秘めているからであろう。

 

 

 だが寝息を立てる彼女たちの腕から抜けだすのは至難の業である。

 なにせ、この四足の肉体は狩りは得意でも手先は不器用。前足は力を入れると爪がシャキンと伸びる野生使用なのである。

 

 だから腹に回された腕とその指を解くことは実に難しい。別に無理矢理抜けだしても良いのだが、それではせっかく気持ちよく眠る彼女たちを起こすことになろう。

 

 

 彼女たちの稼ぎによって飯にありつけている一介の猫としては気持ちよく眠っていてほしいのである。私は小さくにゃんと鳴いた。そろそろ自由になりたいのである。というのも、私の体内に存在する膀胱という部位にそれなりの水分がたまってきているからである。迂遠な言葉を用いずに言えば、漏れそうなのである。成猫となり幾数年。この年でお漏らしなぞプライドが許さないのである。だがそろそろ限界も近い。

 

 私はもう一度小さくにゃんと鳴いた。

 

 

 アイドルの睡眠とわたしの膀胱の板挟みである。わたしは力ない猫だけども、どちらも大事にしたいのだ。私はその手でちょんちょんと芹沢の手を触ってみる。猫の前足は、むにむに、ぷにぷに、さらさらである。肉球と毛のコラボレーションであった。くすぐったくなり離してくれると思いきや、「むぅう」と唸って、さらに力を込められてしまった。実に不覚である。いよいよダムの決壊も近い。

 

 

 

 その時である。

 

 

 カンカンと階段を上る音がした。誰かが事務所にやってきたのだ。浅倉か田中以外であれば、私の事を救ってくれるだろう。

 

「おつかれ~」

 

 見えたのは麦畑のような肌の少女、和泉愛依であった。

 和泉を見て、私はまた一鳴きした。

 

 

「あれ?あさひちゃん、おやすみ中?」

 和泉はソファに近づいてくる。そして私と芹沢の顔を交互に見やると、にんまりと微笑んで手提げ鞄の中からスマートフォンを掴むと、かしゃりかしゃりと撮影しだした。和泉はすぐに写真を撮りたがるのである。

 

 

「アハハ、やっば、かわいい~」

 そのままさらに連続でかしゃりかしゃり。そんな違いなどないだろうに。それよりも、もはやわたしのダムは決壊寸前なのである。わたしは決死の思いを込めて和泉を見つめ、なんとか手招きをする。すると、和泉は一時撮影を中断し、私の方に近寄った。

 

 

「おっ、どしたん?」

 和泉の目を見て、私は腹に回される手をむにむにと触る。頼む、頼む、助けてほしい。私はとうとう、か細い鳴き声が漏れてしまう。

「なになに、抜けだ出したいの?」

 

 

 わたしはコクコクと頭を振り、肯定を示した。和泉は合点がいったのか、芹沢を起こさぬように丁寧に彼女の手を解いてくれた。私は一目散に我が砂場へと向かう。もはや猶予はなかった。

 

 

 

○○○○○○

 

 

 

 にゅあ~

 様々なものから解放されたわたしは、間延びした長い鳴き声をあげた。危なかった。けれども尊厳は遵守することができた。

 

 わたしは大きく伸びをして、こり固まった気持ちと体をほぐしていく。芹沢はまだきちんと眠れているだろうか。わたしはソファに軽快な動きで戻った。

 

 

 ソファでは未だ寝息を立てる芹沢の姿があった。彼女の安寧は守られたようである。これも私の忍耐と和泉の力のたまものである。私は立役者ともいうべき和泉の姿を探す。

 

 彼女はソファ近くにある椅子に座りポチポチとスマートフォンをいじっていた。私は邪魔にならぬよう。彼女に近づき、足の甲に我が肉球でぷにぷにとしてやった。感触は悪くないはずである。私の姿に気づいたのか和泉はなになに~と呟きながら、我が脇のしたに手を入れて抱き上げる。先ほどはどうも!と思いを込めてにゃんと鳴く。私の姿を見て、彼女は頭を傾げる。

 

 

 

 まこと口惜しい限りである。この口がきけるなら感謝の言葉を伝えられるものの。しかしながらこの舌はざらりとした猫舌である。言葉にならぬなら瞳と鳴き声と体で感謝を伝えるほかないのである。感謝に一滴の悔しさを混ぜ込んだ渾身の鳴き声である。

 

 

 にゃん

「おお、うん、にゃあ」

 

 

 和泉は可愛らしく一鳴きした。

 

 だめだ、まるでわかっていない。

 わたしは伝わらぬ悲しさにモゴモゴとした。和泉はニコニコとしている。抱き上げた私を机の上に乗せ、また数枚パシャリと撮影してくる。遙か昔、わたしがまだ人だった頃、これほどまで携帯電話で撮影しただろうか。いやしていない。この事務所のアイドルぐらいしか女子というものに触れあわぬので断言できかねるが、今時の女子はこんなにもカメラ好きなのだろうか。微笑む和泉は答えてくれそうになかった。

 

 

 

「うぅ……う~」

 わたしと和泉のスマホが向かい合っていると、ソファの方から芹沢の声が聞こえた。私は机から降り、彼女の元に戻った。乱れた髪と服がじつにわんぱくである。芹沢は未だ少しのまどろみを含んだ青い瞳を宙に漂わせてる。

 

 

「おはよ~あさひちゃん。よく寝てたね~」

「うー、愛依ちゃん、……おはようっす」

 

 芹沢は両腕と体をぐぐっと伸ばして、ふわぁとあくびをした。

彼女のがうつったのか、なぜかわたしも、ふあぁと大口を開けてあくびをしてしまう。

 

 

カシャリ。

 

 

 見ると和泉はニヤリと笑ってまたもや撮影したようである。

「えっへへ、もうかわいいなぁ二人とも。……いや一人と一匹?」

 和泉はよくわからない顔をした。

 

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