オリ主のせいで一夏くんにアピれない箒ちゃん 作:東京駅八重洲中央南口
タンタンタン、と箒はイラつきから足先で床を叩いた。
場所はIS学園の屋上。生徒が憩いの場として使う想定なのか、花壇やベンチなどが置かれており、整備も行き届いている。
平時であれば今度一夏を誘ってーー箒自身に一夏を誘う勇気があるかはさておく――お昼ご飯を食べに来ようとか思ったのだろうが。
箒の心中はそれどころではなかった。
――なんで明人もいるんだ!!
いや、わかる。箒の理性的な部分は状況を理解し、納得もしていた。
一夏と箒は恋人でもなんでもなくて、幼馴染としては明人も含めた三人である。だから久々に話せるとなれば三人で、というのはわかる。
更に周囲は女子ばかりで、できるだけ同じ境遇で仲のいい明人と一緒にいたいのもわかる。
……でもさぁ、あるじゃんこう、気を使うとかさぁ!
箒としては小学校時代から結構わかりやすく好意を表に出していたつもりだったので、察して貰えないのが不満だった。
なお実際のところ、小学校時代の箒の行動は欠片もわかりやすくなかった。一夏どころか明人も察せていなかった。
一夏の鈍感さと箒の分かりにくさのダブルパンチで、二人の意識はかなりすれ違っていた。
「改めて箒、久しぶり。だいぶ時間が経ったけど……それでも、見ればわかるもんだな」
「まー、なんやかんやで六年? かそこらは会ってねぇもんなぁ。よく一夏はパッと見で箒だと分かったモンだ」
それはつまり。明人はわからなかったのに、一夏は箒だとすぐ気づいたということだろうか。
ちょっとその事実は……嬉しい。ニヤけそうになる顔を見られないように、箒はさっと一夏たちに背を向けた。
そんな箒の様子に首を傾げた一夏たちは、箒が見ている方に何かあるのかと視線を向ける。
屋上のフェンスの向こう側。そこからIS学園全体と大海原が一望できた。
おぉ、と思わず声を漏らす一夏と明人。そこで箒も初めて自分が向いている方向から見える景色を認識した。
「なんていうか……こういう景色見ると、知らない世界に来ちゃったんだなぁって思うな」
「おいおい今更かよ一夏。周りに女子しかいねぇ時点でもう充分知らん世界だろうが」
言えてる、と一夏が苦笑する。イケメンは苦笑すら様になっていて、箒はまた一夏に見惚れてしまった。
そしてそれを自覚すると、箒はまた一夏から顔を背けてしまった。さっきからまともに一夏の顔が見れていない。
だが仕方ないのだ、と箒は心の内で言い訳をする。箒が思っていた数倍、一夏はイケメンへと成長していた。
別に箒は顔で一夏に惚れたわけではない。一夏の性格に惹かれたのだ。そこは声を大にして主張する。
しかしじゃあ顔は気にならないのか、と聞かれればそんなわけはないと箒は答えるだろう。
極論不細工になっていてもそれで嫌うことはないが、でも出来るだけ顔は良い方が嬉しい。それが箒の正直なところ。
そして実際に再会した一夏はそんな箒の強欲な願いを叶えるかのように、顔良し、性格良しのイケメンとなっていた。
「ああ、そういえば箒に会ったら言おうと思っていたことがあったんだった」
「な、なんだ?」
流石にチョロ過ぎると自分でも思っていたが、箒はもう一夏に話しかけられるだけでニヤけそうになる。
それを必死に堪えようとして、箒はまた仏頂面になっていた。
とはいえ一夏からすれば箒の仏頂面など見慣れたものだ。
昔から一夏と話す時は緩みそうな顔を抑えていたために仏頂面になっていたなど露程も思っていない一夏は、相変わらず箒は泰然自若として格好いいな、なんて思いながらずっと伝えようと思っていたことを伝える。
「剣道の全国大会、優勝してただろ? おめでとう」
「なっ……!」
予想外の言葉に箒は面食らって動きが止まる。
去年、確かに箒は剣道の全国大会で優勝している。しかしそれはあくまで中学レベルの話であり、自ら情報を仕入れようとしなければ知ることはそうそうないはずだ。
更に当時は箒はその立場から偽名を使っていた。だから一夏がそれを知っていたという事実に大きな驚きと……それから、それでも見つけてくれたという嬉しさに襲われた。
「凄いんだぜ、こいつ。新聞の何人も写ってる荒い画像の、載ってる名前も篠ノ之箒じゃないって状態から箒のこと見つけたのよ」
「別に凄くないだろ。昔と一緒の髪型だし、見れば誰だってわかるって」
「いやいや、少なくとも俺にはわかんなかったって。箒、めっちゃ美人になってるしさ」
明人からの補足情報に、箒の顔が赤らんでいく。更に箒自身には自覚がなかったが、弧を描こうとするのを無理矢理抑えようとして、口元がへの字になっていた。
同じ幼馴染である明人にはわからなかったのに、一夏は気づいてくれた。それは一夏が箒のことを特別視してくれているかのようで、心が躍った。
……実際のところ、一夏は友達全員を特別視しているだけなので、間違ってこそいないが箒が求めているものかというと……まぁ、残念ながら違っていた。
そんな真実も気付かなければ優しい夢に浸っていられる。
箒は脈ありかもしれないという事実に浮かれた結果、肩を組んで楽しそうに笑う一夏と明人を寛大な心で――いやちょっと待て何だその距離感は。
今は箒と一夏の強い絆を再確認するパートだろうが。一夏が自分だけ箒が見分けられるのは何か特別な理由があるのかな、とか言って恋心を自覚するかもしれないシーンでしょうが!
何でこっちが明人と一夏のイチャつきを突然見せられてるんだ――早口でそう言ってしまいそうになる口を、すんでのところで箒は歯を食いしばって堪えた。
本人たちにそんなつもりは一切ないだろうし、箒が勝手に邪魔されたように感じているだけだというのは自覚していた。だからちゃんと頑張って堪えたわけだったのだが。
――しゃ、釈然としない……!!
箒ちゃんルート突入間近ですか!? ヤッター!! ぐらいの勢いで浮かれポンチモードに突入しようとしていた箒としては物凄く納得し難いものがあった。
しかもそこに追撃を加えてくるかのように鳴り響くチャイム。もしかして箒ちゃんのコミュパート終わりですか??
「そろそろ戻っとくべきだな」
「遅れたら千冬姉に怒られるもんな……」
今のチャイムが本来であれば一限目の終わりを告げるチャイム。ここから二限目が始まるまで十分あるとは言えど、屋上から教室まで戻るとなると安全パイをとってこの段階で移動し始めておきたい。
つまり、本当に箒ちゃんのコミュパートは終了であった。
いい感じの雰囲気になれそうな要素はいくつかあったはずなのにどうして……。箒は一夏と明人の後ろを歩きながら、今の休憩時間のやり取りを後悔と共に思い返す。
そしてふと、気づいた。
――もしかして私、ろくに喋ってない?
「さて、最初の授業はISの運用についてです。これからしばらくは座学ばかりですが、今から話す法律についてなどISを扱うにあたって覚えておかなければならないことは多いので、しっかり聞いてくださいね」
そんな言葉から始まった真耶の授業は、非常に分かりやすいものであった。生徒たちが入試のために勉強したことを、こんな意図があったんだ、そういう話に繋がるんだ、とより理解を進ませるようなものだったと言える。
その中で箒はうーん、と頭を抱えていた。別に先ほどの休憩時間でろくに喋れなかったことを後悔しているわけではない。
いや、もちろん後悔自体はしているのだが。頭を抱えている理由は別にあった。
――授業が全然わからん!!
箒の頭はお世辞にも出来がいいとは言えなかった。
赤点を取るほど、というわけではない。中学時代のテストを平均すれば六十点前後。
もちろん教科ごとの得意不得意で多少上がったりはするが……どれだけ良くても最大は八十点台だった。
それでも普通に進学する分には、身の丈に合った高校を選ぶなりどうにかなっただろう。
しかしここはIS学園。倍率のクソ高い中を勝ち抜いてきた学生が通う学校である。
授業はそれを前提として組まれたカリキュラムであり、当然その内容のレベルは高い。
IS開発者の妹の保護という理由で入試の結果に関わらず入学した箒が、そんな授業を理解できるわけがなかった。
箒だって別に努力しなかったわけではない。IS学園に入学する前に電話帳ほどの分厚さがある参考書を政府関係者から貰っていたためそれで勉強した。
けれど箒には効率的な勉強の仕方というものがさっぱりわからなかったため、その勉強が身になっていたかというと、残念ながら全くなっていなかった。
まぁそもそも強制入学させられて、身の丈に合わないレベルの勉強をさせられて身につくわけもなし。箒の現状は仕方のないものとも言えた。
だが箒はそこで諦めることをしなかった。
今だって必死に真耶の説明と板書をノートへと書き写し、あとで自室で復習して理解するつもりだった。
……何故箒がここまで真面目に勉強をするか。
立派なISの乗り手になりたいから? 違う。
IS開発者の妹という肩書きに見合うようになりたい? むしろそんなものは投げ捨てたい。
ではどんな理由があるというのか。答えはシンプルだ。
――勉強ができれば一夏に教えられる……!!
愛しの一夏と勉強会を行い、先生役として頼られたい。
そんなどこまでも下心満載な理由が箒の原動力だった。
今日も乙女心エンジンはフルスロットルである。
まぁ実は箒は人に何かを教えたり説明したりするのがとんでもなく下手くそという悲しい事実があったりするのだが。
今までろくな人付き合いをしてこなかった箒には全く自覚できていない事実であった。
「――と、まぁここで話としては一区切りになるのですが。ここまでで何かわからないことはありますか?」
真耶の説明と板書が止まり、箒はようやく一息吐く。話を理解しようと頭を回しながらノートもしっかりとる。
中々の重労働だ。今もちょっと頭が重い。その上でちゃんと理解し切れたか、と言えば怪しいのだから困ったものだ。
だから当然、箒にはここで質問したいことがある。しかしここでもチキンを発揮して、目立つのは嫌だから授業が終わった後か、放課後に聞きに行こうと箒は黙っていることを選択した。
そんな箒の代わりというわけではないだろうが、とある場所から堂々と、天井へ向かって真っ直ぐと手が掲げられた。
「はい先生ッ!!」
「織斑くん、どこがわかりませんでしたか?」
手同様、堂々とした声に真耶はにこやかに対応する。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。素直にわからないことを聞けるのは良いことです。真耶はそんなことを思いながら続く一夏の言葉を待った。
「全部です!」
「……全部?」
「はい!」
あらとっても威勢のいい返事。
これが今までの話が全部わからないからというものでなければどれだけ良かったか。
真耶は想定外の事態に、そっと右手で顔を覆った。
「……織斑。入学前に配布した参考書はどうした?」
「古い電話帳と間違えて捨てました!!」
「馬鹿者が」
「ぐぇっ」
ばちこーん、と出席簿が振るわれる。
それから千冬は大きく溜息を吐いてから、こう告げた。
「再発行して後程渡す。今度は捨てるなよ?」
「は、はい! 気を付けます……」
「それから授業の方は一旦ノートをとるだけでいい。参考書で勉強した後にそのノートを使って授業の復習をしろ。それでわからなかった部分を質問するように」
そこまで言うと千冬は、では山田先生続きを、と言って教室の後方へと戻っていく。
真耶は一度苦笑を挟んだ後、授業を再開した。
そしてそんなやり取りを見ていた箒は。
――よし! これで一夏に勉強を教える大義名分ができた!
机の下で小さくガッツポーズを決めていた。
分かっていたことではあったが、一夏は突発的な強制入学組であり、事前勉強がほとんど出来ていないらしい。
とりあえず参考書は一通り読み終えているので、まずはそこから教えることにするかと箒は妄想の世界へと旅立った。
ちなみに。電話帳と間違えて参考書を捨てたなどの想い人の間抜けな部分は、残念ながら乙女心フィルターによってシャットアウトされ箒の記憶に残ることはなかった。
・篠ノ之箒
一夏くんのためなら勉強だってえんやこら。ただしコミュニケーション能力だけは改善しない。自覚ないからね。実は中学時代、テストの点数が伸びなかったのは転校しまくっていたのが原因だと思っている。転校の影響が全くなかったわけではないが、一番はもちろん転校のせいにして勉強しなかった箒自身。
・織斑一夏
参考書をゴミ箱へシュゥゥゥーッ!! 捨てる前に中身は確認しろ。根っこが真面目なので勉強する意欲自体はある。ちなみに新聞で箒の名前を見つけたのはただの偶然。新聞読んでたら何か知ってる奴載ってたわ。
・倉持明人
一夏あるところに明人あり。今回初めて喋った。一夏と別のやつが喋ってたはずなのに気付けば一夏と明人が喋っていることがしばしば。逆も然り。ちなみにこいつは実家が実家なので普通に授業に付いていけている。あとはわかるな?
・山田真耶
一夏みたいな生徒が数年に一人はいるのかと思い、後で先輩教師にアドバイスを貰いに行ったらIS学園設立以来初であると知ってまた頭を抱えるのは別の話。
・織斑千冬
一夏の頭を叩きつつも、実は内心ごみ捨てなどの家事全てを一夏に丸投げしてたのを反省中。