この世界に魔法という概念は存在しない、なら俺が作っても問題ないよね? 作:Senyo-ru 238
「何で……こんなところに、飛竜が?」
抱き抱えた少女をゆっくりと降ろしながら、か細い声で呆然と呟く。
村を出たことがないとはいえ、この状態が異常だと言うことは、直ぐに判った。
この辺りが飛竜の縄張りである、なんていう情報はなかったからだ。
村から出ることがなかったんだから、知らなかったのではないか?
いいや。知らないなんて……有り得ない。
有り得ないんだよ!
「おっさん!ランズのおっさん!!飛竜が――」
「わかってる!
だが、馬が言うことを聞かねぇ!!」
飛竜の咆哮によって、荷車を引いていた2頭の馬が、パニックを起こしたように暴れていた。
このままでは、再起不能になる。
馬を失えば、荷車もろともに食われてしまうだろう。
「レナ!鎮静作用の匂い袋は、持ってきてるか!」
「ちょっと待って!
……うん、あるよ!」
「よし!……ブレイブ。
馬に匂い袋を嗅がせるから手伝ってくれ!」
「待て!どうするつもりだ!
興奮状態の今、目の前に行けば必ず足蹴りを食らうぞ!!」
「……首元にしがみつく」
一か八かの賭けに等しい行動を提案したために、絶句したような顔を向けられる。
失敗したらと考えるのも恐ろしいが、こんな状況だ――腹を括るしかない。
「……もしかしなくても、俺がしがみつくのか?」
「いや。
馬の背中目掛けて、俺をぶん投げてくれ」
「正気かっ!?」
「いいや、少しだけ頭が飛んでるかもな……」
諦めるようにため息を吐いて、そう軽口を叩きながらブレイブを見やった。
ブレイブの体躯で、荷車の上から助走なしで飛び移るのは無理があるし。
背も低く、体重も比較的軽い俺が行う方が、余程現実的に思えた。
「あぁ!ったく!!
判った、判ったよ!!だが、自信はないからな?
失敗しても恨むなよ」
「なら安心だな。お前なら大丈夫だろ?」
覚悟を決めた俺の表情を前に、ブレイブは頭を乱暴に掻きむしりながら、意を決したようにそう答えた。
力強い声の割に、少し頼りない応えだったが、目をつぶってやる。
「投げるって言ったが、お前を腹から抱えて投げ飛せばいいのか?」
「いいや。
膝抱えて丸くなるから、足から抱えて……玉を下から上に投げる要領でやってくれ」
「……」
「……」
「アルゥ!玉投げしようぜぇえ!!
お前ボールなぁ!!」
「危機的状況でネタをぶっ込んでんじゃねぇえよ!!
今シリアス展開だろうが!」
「んだよ、緊張解しとかないといけないだろう……」
「うるせぇ!!
時間がないんだから、早く準備しやがれ!!」
誰だ?この馬鹿に、日本の某スポーツアニメの台詞を吹き込んだ馬鹿は――……俺だったわ。
って、俺も脱線してどうする!!
目を逸らしたいのは判るけど、この後がシャレにならない。
転生したのに、死ぬなんてごめんだぞ!!
「ほら、とっとと準備しろ!」
「指示出す奴って余裕があって、クールで、カッコイイイメージがあるんだが……。
今のお前の姿からは、大分かけ離れ――」
「早うやらんか!!ブレイブ!!」
「飛竜がこっちに気がついたら終わりなんだよ!?
早く!!」
「判ってるわぁ!
おっらぁあ!!ぶっ飛んじまえぇええ!!」
「ちょっ!?待っ……てぇ!!」
ランズのおっさんとレナの2人に急かされ、やけっぱちのように俺を馬の方へぶん投げた。
合図も、タイミングもない状態で飛ばされ、軽くパニックに陥りながらしがみつく。
「……!?ーー〜〜!!」
「判る!びっくりするよな!?
俺もだ!!
でも、落ち着いてくれ!
お前だけが頼りなんだぁあ!」
ロデオのように、暴れる馬にしがみつきながら、匂い袋を鼻にまで持っていった。
ぐわんぐわんと揺れる視界に、限界を迎えそうだが必死に耐える。
「ー!ー!!」
「頼……む、落ち着、け!」
「……ー!…………」
「ふぅ……、何とかなっ!?
うぉおいぃ!??」
暫くして落ち着きを取り戻し、ほっとしたため息を吐いたのもつかの間。
一気に力が抜けて、馬からずり落ちた。
その衝撃で頭を打ってしまう。
「痛……っうぅ!」
「良くやってくれたアル!
ほら!さっさと乗り込めぇ!!」
「ああ、悪――」
「ゴァァァアアァアアア!!!!」
……間が悪いのか、ある意味良いのか。
捕獲した獲物を捕食していた翼竜が、等々こちらへ目をつけたように咆哮を放つ。
それによって、馬車馬は逃げるように、森の方角へと走り出す。
「うぉ!危なっ!!」
「あ、アル!!」
「クソっ!!」
急な方向転換により、荷車がこちらへと迫った。
避けるように後ろへと飛んだが、そのために馬車との距離が出来てしまう。
本格的に走り出してしまう前に、早く!!
「こっち!!こっちよ!!」
「君は!?」
「早く!手を!!」
「……っと!!」
荷車の後方。
柱につかまりながら、白い少女がこちらに向かって手を伸ばしてくれていた。
飛び込むように手を掴むと、見た目から想像が出来ないほどの力で引っ張り上げられた。
「助かった、ありがとう」
「うん、どういたしまして」
「アル君!って、間に合ったの!?」
「ああ――」
少女のお陰と言いかけたところ、再度翼竜の咆哮に遮られ我へと返る。
少女に対して、ありがとうと声をかけて、手網を引くおっさんの元へと向かった。
「ふぅ……。無事だったか、アル」
「冷や冷やさせやがって……全く」
「いや、タイミング合わせずぶん投げたお前が!
全く、なんて言いながらため息を吐いてんじゃねぇよ!
……ランズのおっさん。
進路そのままで、森の中に入ってくれ」
「森の中で巻くつもりなのか?」
「ああ、考えがある。
それに、今から村に向かったところで追いつかれるのがオチだと思う」
「……判った、このまま行くぞ!ハイやっ!!」
急かすように手網を強く打ち付けると、それに応じるようにドンドンとスピードを上げていく。
だが、飛竜も負けてはいなかった。
こちらが先に走り出したというのに、距離がドンドンと近づいていく。
「……レナ、あれを貸してくれないか?」
「えっ?普通に嫌なんだけど?
何をするつもりなのさ?
まさか、投げる……なんて言わないよね?」
「ソノツモリ……デス。……ハイ」
「……アル君?
あれは調味料であって、劇物とかではないんだよ?
……分かっているかな?」
「ハイ、ワカッテ……オリマス。
……でも、アレが必要なんだ、頼む!
俺が可能な限りで、何でもするから!」
マジギレ寸前のような、すんとした真顔で、レナは矢継ぎ早に捲し立てる。
中々の迫力にたじろいだが、起死回生がかかっている以上、引く訳にはいかなかった。
だから、何でもすると言ってしまった。
後悔はない……。
後悔はないんだが……なんだろう、凄くやらかした感がある。
具体的に言うと、レナの唇がニヤリと歪んだ。
「ふふん、そうか。
いいさ、貸してあげるよ。
……後の埋め合わせが楽しみだね」
「……」
あー、やっぱり早まった。
でも仕方ない、命が掛かってるんだから仕方ない。
女装させられたとしても、言わば名誉の負傷である。
笑われようとも、堂々としていればいいんだよ!アル!…………いや、無理だわ。
乾いた笑み浮かべながら、レナから手渡された赤い粉が入った小瓶を受け取った。
切り替えるように息を吐いて、こちらを追ってくる飛竜を見据える。
躊躇を見せることなく、最高速度でこちらへと向かってくる。
当然か……。モンスターの中でトップクラスの強さを誇る竜が、人間を怖がる必要なんてないのだろう。
まぁ――
「そこが、お前の敗因だよ!飛竜!!」
「……!!ガアァァアアァア"ア"!!!」
こちらを追ってくる飛竜の顔目掛けて、栓を抜いた小瓶を放り投げた。
小瓶は見事飛竜の口に入り込む。
そして、悶絶するような叫び声を上げて、のたうち回るように翼をばたつかせる。
あれは、レナが愛用しているマイ七味なる、スパイスが入った小瓶だ。
興味が湧き、一回だけ試させて貰ったのだが……。
気を失って翌朝目を覚ますと、おしりから火花が散るような痛みが走った。
時間が稼げるかな?と思ったんだが……飛竜が悶絶するってどういう事だよ。
というか、その悶絶するほどの辛さを、余裕で口にできるレナの舌は……、一体どうなってんだよ。
「ランズのおっさん。
とりあえずの足止めはできたから、森の中を突っ走って巻こ――」
「――!!!」
――ドォォオオン!!
「なっ!!」
「っ!皆、しっかり捕まれ!!」
「またかよぉお〜!?」
「きゃああぁ〜!?」
ほっと息を吐いたのも束の間。
飛竜が放った火球が、荷車の横スレスレに通り過ぎて、進行方向の木々に着弾し、倒れ始める。
間一髪の所で、燃える木々を避けることが出来たが――
「……しくじったか」
「ア、アル君。
飛竜の目が真っ赤に染ってるけど……あれっ、て」
激高状態を現すように、怒りを燃やしたように、飛竜の目が赤く光っていた。
あぁ、最悪の状態だ。
このままいけば、俺たちは勿論のこと、この一帯が火の海になる。
「……怖い、怖いよ」
「たす、助けて。……誰か」
必死に思考を巡らせる中。
荷車の中から救いを求む、小さく、か細い声が耳へと入った。
その声に、俺は思考を止めて、鞄を腰に装着し直す。
「……アル、君?」
「……悪い、レナ。
ちょっと、この後のことを頼むわ」
「な、何を言っているのさ?
頼む……って、まさか!?」
勘づいたように、俺の元へ手を伸ばしたが、その手は俺には届かなかった。
横切る木々から生えたツタを掴んで、俺は荷車から離れる。
囮になるために。
「アル君!!」
「ゴァァァアアァアアア!!」
「危ねぇえ……なぁ!!」
レナの叫び声をバックに、飛竜は口を開けてこちらへと飛び込んでくる。
舌打ちをしながら、回避をするために、ツタから手を離して地へと降り立った。
飛竜は身を翻しながら荷車を追うことは無く、こちらを真っ直ぐと見据えた。
ただ真っ直ぐと俺を見詰めて。
「悪いが、こちとら秘策があるんでな!
遠慮なく使わせてもらうぞ!!」
下げた鞄から、魔法陣が書かれたスクロールを取り出した。
これだけ危機的状況なんだ、発動するに決まっている。
そうでないと……、一体いつ発動するというのだろうか。
「ガアァァアァアア"ア"!!!!」
「万物を燃やす炎よ!
我が呼び掛けに応え、敵を穿てぇ!
フレアァ!!」
火球を放とうとする飛竜目掛けて、炎と中心に書かれた魔法陣を投げかけ、詠唱を唱えた。
その呼び掛けに応えるように、スクロールは輝きを放った――。
気がした。
「――!!!」
「ちっ!!なら、これならどうだよ!!」
何も起きなかった。
炎を生み出すことはなく、スクロールは飛竜の火球に、呆気なく燃え散った。
だと言うのに、俺はめげることは無かった。
発動条件は整っている筈。
詠唱の仕方が間違えてるだけで、他の方法でなら発動する筈だと。
迫り来る火球を避けながら、スクロールを取り出して、考えうる限りの方法を試した。
だが――、
「……何で、だよ。
……何で!何も起きねぇんだよ!!」
言葉の通り、何も起きなかった。
残された最後の一つも、呆気なく燃やされた。
だから憤った。
これまで続けてきた事を否定された気がして、
お前の存在は無価値である。と言われた気がして、
ただ憤った。
「ゴァァァアアァアアア!!!」
「しまっ!?……がっ!!!」
当然の結果と言えた。
冷静さをかいたあまりに、大きく振るわれた尾の直撃を避けることが出来なかった。
投げたボールのように、木々にぶつかりながら数回跳ねて、ひれ伏した。
腹からは紅く熱い液体が、止まることなく広がり、体を徐々に濡らしていく。
腹の肉は抉れ、肋の骨が数本もっていかれた。
這いつくばって、進むことすら……もう出来ない。
……痛い!
痛い!痛い!痛い!
痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!いたい!いたい!いたい!いたい!イタイ!イタイ!イタイ!イタイ!……。
何も出来なくなった俺は、狂ったように痛みを訴え続けた。
誰に助けを求めることも無く、ただ……ひたすらに。
ずん、ずん、と重い足取りが、こちらへと近づいてくる。
逃げることも、抵抗することも出来なくなった。
小さく、哀れな生き物に。
飛竜は、確実にとどめを刺そうと、近づいてくる。
死ぬのは確実であろうに、どうやら自分でトドメを刺したいようだ。
……雪辱を返す。
紅く染ったその瞳からは、そういう意思が感じ取れた。
「ハ、ハハハ……。
こんな所で……行き止まりだなんて――な」
熱が冷め、心が折れたようにそう呟く。
結局、俺は思い描いた魔法使いになど、なれなかったのだ。
でも、まぁ。
レナやブレイブ達を逃がせれただけ、良しとしよう。
薄い笑みを浮かべながら、迫り来るであろう灼熱の炎を前に瞳を閉じた。
死という名の、暗がりへと放り込まれる覚悟を決めて。
「ハァァアア!!!」
「――っ!!グゥルァアア!?」
「ジーク!!その子は、無事!?」
「……気を失っている。
引きつけてやる、手当してやれ」
ドッ!という重たい音が、地を通して体へと伝わった。
うっすらと開いた視界には、俺と飛竜の間に割って入る、大剣を構えた男がたっていた。
「ゴァァァアアァアアア!!!」
「よく吠える……蜥蜴だ」
身の丈ほどの大剣を、ピザでも回すように易々と振り回した。
風を切る刀身は、仄白い煙を上げて烈火のごとく輝く。
その熱にたじろぐように、飛竜が身をすくめた瞬間。
「…………」
「――っ!!ガァァアアア!!!」
その隙を見逃すことなく、彼の者は飛竜の翼めがけて、大剣を振り上げた。
届くはずのない攻撃は、赤い火花を散らして、飛竜の翼を引き裂いた。