「先遣艦ゆきかぜより発光信号、〝ワレ、作戦宙域ニ突入、指示ヲコウ〟以上です」
磯風型突撃宇宙駆逐艦しらぬいの艦橋で艦長の
「レーダーに感あり、4時方向より敵艦隊。急速に接近中」
……きたか。
相馬は周囲に聞こえないように口のなかで呟いた。深海魚のような緑色をした敵艦は、両舷の目玉が緑色に輝いている。〝ガミラス〟という名前だけ判明している敵。青く美しかった地球を無惨な姿に変えた悪魔。相馬は艦橋の窓越しに敵艦隊を見据えていた。
「きりしまより入電〝ワレニ続ケ〟」
「きりしま進路変更、面舵30度」
足を固定していた磁力靴の拘束を解き、膝で着地の衝撃を殺し相馬は把手をつかむ。
「本艦も続く。船務長、電波管制解除。総員、戦闘配備。面舵30度、砲雷擊戦用意」
「艦種識別、超弩級宇宙戦艦3、戦艦7、巡洋艦22、駆逐艦多数。敵艦隊、進路変更。わが艦隊と同航しつつあり」
「……ちょっと多いな」
「艦長、全部倒すつもりですか?」
相馬の呟きに航海長が冗談ならがらに口を挟む。艦橋内でフフっと笑いが聞こえ、張り詰めた緊張が少しだけ解れた。
「敵艦隊より通信。……降伏勧告です」
「無視しろ。返信は沖田司令が行う」
通信士に受け答えながら砲雷長と、応急長を兼任する機関長からの報告にそ相馬は軽く頷いた。
「主砲発射用意よし。艦首魚雷、及びVLS攻撃用意よし」
「非常閉鎖確認した。機関室、
「戦闘配備完……」
「敵艦隊発砲!」
報告を遮って敵艦隊が斉射し、一瞬窓の外がピンクに染まる。
「きりしま被弾。くらま戦列を離れる!」
右前方を進むくらまはよろめきながらも、きりしまの盾になるように前に進み、敵艦隊の集中砲火を受けている。3発、4発と被弾し、突き抜けたくらまは装甲の繋ぎ目から光が溢れだし、その船体が引きちぎられるように爆散した。
「主機全力運転を開始。主砲にエネルギー送ります」
「エネルギー来ました。……主砲発射用意よろし」
目の前の光景を直接目にしてか、うわずった声の砲術士に砲雷長が声をかける。
「落ち着いて狙え。この
砲雷長が砲術士に語り掛けた。相馬にとってその信用があまりにも重い。語るべき言葉を持たない若造に向けられた言葉に返す言葉を持っていなかった。
「敵艦隊、射程圏内へ」
「目標捕捉した。照準よし」
相馬は息を吸い込み、一息に命じる。
「主砲斉射、撃て!」
時を同じくして、全艦艇が斉射する。最初からの全力射撃はそのことごとくが敵艦に吸い込まれていく。
「命中。なれど効果なし」
相馬は舌打ちを隠すのに苦労した。それほどまでにわかりきった結果だった。こちらの火力は敵艦隊に通用しない、という事実はあまりに不愉快な事実だった。
「ふゆづき被弾、〝ワレ操舵不能〟」
回避しきれず、敵弾を受けたふゆづきが錐揉み状態に陥る。制御を失ったふゆづきは巡洋艦なちの進路上に現れた。とっさの回避運動は間に合わずなちの上にのし掛かるように衝突したふゆづきはなちの核融合炉を誘爆させ、2隻とも大爆発をおこした。
「あきづき、つづいてたちかぜ撃沈」
続けざまに駆逐艦2隻が塵となり、一挙に砲火が薄くなる。
「主砲打ち続けろ! 手を休めるな」
「あたご被弾、落伍します」
艦が大きく揺さぶられる。しらぬいの後方にいたあたごが爆発しその衝撃がしらぬいを突き上げたのだ。
「いぶき、続けてゆうぎりが被弾。撃沈!」
そのとき、艦隊内通信が割り込んできた。護衛隊旗艦を務めるゆきかぜ艦長の古代守三佐だった。
「相馬、突入する。援護してくれ」
言うが早いか、ゆきかぜは転舵反転し、機関を全力で回しながら、敵艦隊へ突っ込んでいく。
「ゆきかぜ、敵艦隊へ突入!」
「援護するぞ! VLS開け。照準次第発射!」
艦前部にあるVLSからミサイルが複数発射され、敵艦隊目掛けて飛んでいく。見ればきりしまもミサイルを放っていた。
敵艦隊の弾幕をすり抜け、懐に飛び込んだゆきかぜは主砲を斉射しながら暴れまわる。密集隊形をした敵艦隊は無差別に主砲を撃つわけにもいかず、明らかに狼狽えていた。
「主砲撃て、敵艦隊を煽ってやれ」
にやりと砲雷長がこちらを向いて了解を示す。あの深海魚みたいな敵が狼狽える姿に胸がすく思いなのは周囲も同じようだった。
「ゆきかぜ、敵巡洋艦撃沈!」
船務長の声が艦橋を明るくする。
「よいづき被弾。本艦の進路上に来ます」
「回避しろ」
「よいづき爆発。本艦に損害なし」
相馬は頷いた時、船務長の声が艦橋を貫いた。
「本艦前方より敵駆逐艦2、急速接近!」
「主砲斉射、続けて艦首ミサイル発射!」
咄嗟の二段構えの策は効を奏した。主砲の輝きに目がくらみ、続けて襲ったミサイルの群れは反射的に舵を切った2隻は衝突し、その制御を失い、さらにしらぬいの砲撃が追撃する。
「爆発閃光視認、2隻撃沈! やりました!」
戦果に艦が沸き立ち、相馬も思わず笑みがこぼれる。なにげなしに拭った汗に相馬は自分が思いの外緊張していたことをようやく悟る。だが、戦闘は終わってなどいなかった。
不意に艦が激しく揺れた。これまでとは異なる揺れに相馬は足をとられる。
「被害報告!」
「艦尾に被弾、1番補機オーバーロードします」
「隔壁閉鎖、第1補機運転止めろ!」
突然、機関長の操作パネルが爆発した。主要電線がショートしたのかもしれない。爆発の破片が機関長を、そして後ろに立っていた相馬を襲い、制服を突き破る。
「機関長! 艦長!」
「くそっ……。俺は後でいい。機関長は?」
軍医が艦橋に入ってきて、爆発をまともに受けて反り返った機関長を引き起こしたが、機関長重症の報告だけだった。
「機関室、機関士を一人あげろ。機関長を下がらせるんだ」
負傷した相馬に変わって一時的に砲雷長が指示を出す。
船務長が新たな動きを告げる。
「レーダーに新たな艦!」
「新手か?」
「わかりません。しかし……外宇宙速度で内惑星侵入軌道をとっています」
「なんだ……それは。きりしまは知っているか?」
「おそらく。本艦ともデータリンクしていますから」
相馬は敵の新手の恒星間兵器かとも思ったが、きりしまからの指示がないため、報告だけして放置することにした。天本は他に行うことが多かったのだ。
気が付けば敵駆逐艦の砲撃が弱まっていた。こちらの艦が激減したからだろうか。相馬は船務長に問いかける。
「残存友軍艦艇は?」
「本艦のほか、きりしま及びゆきかぜのみです」
相馬は拳を握りしめる。
「きりしまより撤退信号」
「撤退だと!? この状況でか!」
流石に相馬は堪えきれない怒りを吐き捨てる。
「〝第1艦隊ハ現時刻ヲモッテ作戦ヲ終了、コレヨリ撤退スル、ワレニ続ケ〟」
船務長がきりしまからの指示を続け航海長がこちらを見る。
「きりしま、180度回頭。……ゆきかぜ、反転せず」
「艦長!」
航海長が急かす。
「きりしまより通信。モニターに出します」
白黒のモニターの向こうで艦隊司令官沖田宙将が現れる。
『古代、相馬。わしに続け!』
『沖田さん。僕は嫌です。逃げません。ここで撤退したら死んでいった者に顔向けできません』
「沖田司令、我々は冥王星を叩くために来たのです。今さら撤退するならばなぜここまで来たのですか!」
口調は厳しく、相馬は問い詰め、古代も断固として異を唱える。
『多くの犠牲を払ったが、作戦は成功した。ここは退く。明日のために今日の屈辱に耐えるのだ。
それが男だ』
自分に言い聞かせるように沖田の声は震えていた。
『沖田さん。どのような作戦かは問いはしません。
ですが男なら戦って、戦って、最後まで戦い抜いて。一つでも多くの敵を倒して、死ぬべきじゃないんですか?
そのために、皆はここにいるのではないのですか?』
『古代、我々は死ぬために戦っているのではない。生きるためにだ。戦場に巣食う死に魅入られるな。
今は死ぬときではない。生きてさえいれば、まだ希望はある!』
「我々は、あの緑色の悪魔を倒すためにここまで来て、多くの艦を、皆を失って。
それでも、ここで引けというのですか! ここで引いたら! 彼らはいったい何のための犠牲だというのですか!」
『断じて、断じて無意味な犠牲ではない! 相馬、古代、まだ地球には希望がある。だから、引くんだ。今希望を失わないために』
僅かな沈黙を置いて古代が口を開いた。
『……だからゆきかぜは戦線に留まり、きりしま撤退を援護します』
「古代さん!」
相馬が絶した。
『相馬。このままでは地球艦隊は全滅だ。このままでは地球を守るものがいなくなる。地球を頼んでいいか?』
「古代さん、あなたは……」
『古代。やめるんだ、撤退するんだ。地球はお前のような者を必要としている。相馬も古代もそれは同じなのだぞ』
沖田と相馬の説得に、画面の向こうで古代が微笑んだ。
『その言葉は仲間への手向けとして、自分が預かって参ります
ありがとうございます』
『頼む。わかってくれ』
『お元気で、沖田司令。地球のことを頼みます。
相馬、後を任せたぞ』
「古代三佐。お約束します。必ず……」
通信が切れる。
相馬は沸き上がった感情の嵐を必死に飲み下すので精一杯だった。もう、数人しか残っていない同期、先輩、後輩。皆が先に行く。残された者にすべてを背負わせて。背負わせられた十字架はあまりに重すぎるのだ。
「ゆきかぜ加速。敵艦隊へ突入しました」
「艦長、指示を! 貴方は艦長でしょう!」
砲雷長の叱咤に相馬は前を向く。
そう、俺が艦長だ。そう言い聞かせてクルーの顔を見まわす。
「転舵反転180度。本艦はきりしまに続く」
「了解。きりしまに続きます」
砲雷長が歌い始めた銀河航路はいつしか、しらぬいの乗組員全員が歌っていた。ゆきかぜに送る手向けのように。
「本艦後方より遊星爆弾2、型式MN-3、木星軌道通過。軌道は変わらず、コリジョンコースです」
冥王星沖会戦から三週間経過し既に残存艦2隻は火星周回軌道にて待機していた。
あの赤い星が人の手によって、一度は海を湛えていたとは信じられない姿だった。暗く赤い光を放つ星は、生命の息吹を感じられる姿ではない。今では青かった地球さえ、その姿を火星に酷似させていた。
「きりしま、
「機関始動、本艦も続く」
〝了解〟と応じた機関長は指揮官の姿を見る。負傷した相馬に変わって副長兼任の砲雷長が指揮を執っていた。
航海士が舵を取り、砲雷長をちらと伺う。その時、艦橋の隔壁が解放される音が響いた。
「艦長!」
「悪いな、少し状況を知りたくてな」
相馬は負傷した様子を感じさせずにクルーへ問いかけた。
「艦の損害は軽微です。補機は壊れましたが、主機は生きてます。地球へは十分に持ちますよ」
努めて明るく報告をする機関長にそうかと答えてから、相馬は「航海長、指揮を任せる」と改めて命じた。
相馬の目は眼下の火星に囚われていた。
「そういえば艦長は……」
そんな相馬を見て砲雷士が申し分けなさげに声をあげた。相馬は砲雷士に気を使うなと言うように手を降る。
「ああ。俺は火星生まれさ。荒れ果てたあの星は母なる星というわけだ」
既に通りすぎ、一路地球を目指す遊星爆弾は遠くからでもその目に映る。
〝もう無理だ。地球を、火星を醜く変えたあれを止める力はない〟
誰にも聞こえないように内にこびりついた泥を飲み込んで、艦橋を後にする。
たった2隻の地球艦隊は地球まで数日の距離にまで近づいていた。
時に西暦2199年2月4日。地球の滅亡まであとわずか1年、地球はその死を目前のものとしていた……。