黒い瞳の同胞 〜イシュヴァール殲滅戦〜   作:リリア・フランツ

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第九話 犠牲の先に

聖地の端にあるカンダ。

戦線はここまで後退していた。

圧倒的な兵力差もある。でも国家錬金術師の存在がやはり大きかった。

難攻不落を誇ったグンジャを陥落したのもたった1人の国家錬金術師だった。

…悔しい。悔しいけど。

認めるしかない。イシュヴァールには…勝ち目はない。

 

けど、認めることで見えてくることもある。

民族殲滅なんて事態は絶対避けなければならない。

ならば、生き延びる。

それを最優先にすべき。1人でも多く脱出させる。

最近の私はそんな事を考えていた。

 

だけど、同じ事を考えていた人がいた。

いや、私以上に深く考えていた。

…いや、いらっしゃった。

大僧正ローグ・ロウ様が奥地から前線へ戻り、皆に告げられた。

自ら出頭することを。

 

「絶対にいけません!」

「大僧正自ら出頭なさるなど!」

「我ら命など惜しみません!大僧正が行かれるならば我らも玉砕あるのみ!」

当然だけど反対意見が大多数を占めた。

「もはや決めた事。何人の言も容れぬ」

でも大僧正も譲らない。

「我が命をもって最後の犠牲とする」

大僧正の眼力に周りの僧たちも黙りこむ。

「……」

私はその場にはいなかった。隣の部屋で聞いていただけ。

だけどいなくて良かったと思う。

その場にいたら思わず「賛成」と言ってしまいそうだったから。

………。

私は多分…。

イシュヴァラの加護はうけられない…。

 

まだ完治してない怪我を看てもらいながらロックベル先生に相談した。

「私…薄情者だよね」

包帯を巻きながらロックベル先生が。

「そうね」

と答えた。

…思わず絶句する私。まあ、私から聞いたことだけど…。

「それでいいのよ」

呆けていた私に笑顔を向ける先生。

「他人を助けることは大事な事だし立派な事よ」

ふいに真顔になって。

「だけど自分の命を軽んじるような行為は誉められることじゃない」

強い一言だった。

「結果として…それは自分がした事を他人に強要することになる」

 

治療が終わって私が帰ろうとした時。

「まずは自分を大事にしてね、スーちゃん」

と声をかけられた。

そういえば私、ロックベル先生の名前知らなかったわ。

「今さらだけど、先生はなんて名前なの?」

少し笑ってから先生は右手を差し出した。

「サラよ。サラ・ロックベル」

私も笑って右手を差し出す。

交わされた握手。これがロックベル先生との最後の交流だった。

 

数日後。

私はまた前線に出た。

今回の目的は殺し合いではない。

大僧正ローグ・ロウの出頭までの警護。

…妙な気分だ。

私は皆を守りたいと願った。その願いが他の誰かの自己犠牲によって叶えられようとしてる。

大勢を助けるのに少数を犠牲に…か。

こんな現実が見たくて今まで頑張ってたわけじゃない。

犠牲になる大僧正も悲惨だ。だけどそれを容認しなければならない周りはもっと悲惨だ。

…イシュヴァラは私達にどれだけの試練を課すのだろうか。

 

止まらない。

アメストリス人も、イシュヴァール人も。

若い兵士を斬り倒しながら周りを伺う。

大僧正が名乗り出る隙をつくることができない!

これじゃいつもと変わらない。ただ憎しみをぶつけあって殺し合うだけ。

でも止まれない。死ぬわけにはいかないから。

死にたくなければ殺すしかない。

…アメストリス人を斬りながら。

私は泣いていた。

 

「…衛生兵!はやく来てくれ!」

私に斬られた兵士を抱き上げながら叫ぶアメストリス人がいた。

端正な顔立ちに細いメガネ。人を殺すようには見えない外見だ。

そのアメストリス人が私に気付いた。

「…お前は!」

メガネの奥に明らかな殺意がうかんでいる。

「…はあ!」

私に向けられた銃をカタナで叩き落とす。

そして背中に手を伸ばしたアメストリス人の喉にカタナを突きつける。

「…背中の隠し武器を捨てて」

悔しげに私を睨んだあと、ナイフを投げ捨てた。

観念したように腰を落とすと。

「…殺せ」

と呟いた。

 

少し前の私なら嬉々としてカタナを首に叩きこんだと思う。

だけど、手が止まる。

「…すまん、グレイシア」

そんな呟きが聞こえたから。

「…それ、誰」

私は思わず聞いてしまった。

「…お前には関係ないだろう。殺れ」

素っ気ない返答。

「…誰」

けど聞いてしまう。

「…知ってどうなるんだよ!」

怒りを私にぶつける。

「…誰…なのよ…」

私に睨み付け。

そして戸惑い。

困惑するアメストリス人。

「…何だよ…何で…お前が泣いてるんだよ…」

「わかんないわよ…わかんないわよ…」

ああ、ダメ。涙が止まんない。

「いつまで…殺せばいいのよ…」

私はもう立っていられなかった。

 

しばらく嗚咽してたらしい。

「…落ち着いたか」

アメストリス人が話しかけてきた。

私にハンカチを投げた。

「…グレイシアは俺の女だ」

「…そう」

涙を拭ってから私は立ち上がった。

「…あなた、生き延びたいよね」

「当たり前だ」

「…もう殺したくない?」

ふう、と息を吐く。

「…出来れば、な」

私は意を決した。この人に賭けてみよう。

「なら協力して」

 

あのアメストリス人が何かしら働きかけてくれたらしい。

一時的に戦闘が停止した。

その隙に白旗を掲げた大僧正が歩を進める。

 

遠目にだけどあのアメストリス人が大僧正と会話しているのが解る。

…どうやら、成功したみたいだった。

 

あの時。

私の提案を受け入れてくれたアメストリス人との会話を思い出していた。

「これで戦いが終われば…」

「私もそれを願う」

「…お前さん、何て名前だ?」

「スーよ。あなたは?」

「…ヒューズ。マース・ヒューズだ」

「…グレイシアさんによろしくね」

「…お前さんも…生きろよ」


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