黒い瞳の同胞 〜イシュヴァール殲滅戦〜   作:リリア・フランツ

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第十話 壊れる心

希望だった大僧正が処刑された。

しかし殲滅戦は止まらない。

結局、私達の僅かな希望は裏切りによってあっさりと潰えた。

 

大僧正が亡くなった、という知らせは僅かに生き残ったイシュヴァラの武僧を逆上させた。

ただでさえ不利な状況は武僧の暴走の多発によってさらに悪化し。

ついにカンダも陥落寸前まで追い詰められた。

 

怒りと絶望に振り回されながらも私は躍起になって戦っていた。

カンダにはロックベル先生の病院がある。怪我人が沢山収容されている。

私は怪我人が逃げるまでの囮として戦っているのだ。

 

いまカンダで戦っているのは十数名の武僧と数百人の一般人。

アメストリス人との兵力差も武力差も圧倒的。本当に玉砕覚悟だ。

正直私も今日は生き残れない、と覚悟していた。

 

また1人、私に斬り倒されるアメストリス人。

「どうしたの!私を倒せるアメストリス人はいないの!?」

私は敵を挑発しながら歩を進める。

近くの建物から銃声。けど私は気配でとっくに敵の存在に気づいてる。

頭を少し下げて銃弾を避ける。

と同時に建物の窓に足をかけて跳躍。弾を避けられて驚愕してる狙撃兵を両断した。

「アメストリス人の男は腰抜けしかいないのね!」

また通りに降りてさらに挑発。

すると若いアメストリス人が怒りの表情を見せていた。

「イシュヴァール人の小娘が何を偉そ」

問答無用でぶったぎる。

「…あの世で同胞に詫びなさい」

気が付いたら私の周りには誰もいなくなっていた。

「…イーさん!カイさん!」

私と一緒に戦っていた人達もいない。

…また私だけか。

「…腰抜けアメストリス人!もう終わり!?」

とにかく敵を引き付けなければ。

私はまた罵声をあげながら歩き始めた。

 

夕刻。

私の歩いた後には多数のアメストリス人が倒れていた。

何か最近は私の顔を見て逃げ出す奴がいる。

…まあ戦わずにすめばそれもいいか。

イリージャやおばさん達は脱出できたかな…と考えていると。

「ここにいたか、黒目のイシュヴァール人」

私に殺気を含んだ言葉が飛んできた。

「…何?」

「随分とご活躍のようだな。だがここまでだ」

なんか自信たっぷりの奴だ。手に何か変な模様を…。

…錬金術師!

「この国家錬金術師のアタ」

私は皆を言わせず斬りかかる!

「っ!ぐぎゃあああ!」

私は男の右手を斬り落とした。

私も伊達に今日まで錬金術師と戦ってきたわけじゃない。

錬金術が何か模様のようなモノから発動するのはわかってる。

だったらまずはそれを叩く!

「こ、小娘がぁ!」

血の気が失せた顔を私に向ける。

けど、その時には私の刃は男の肩口にあった。

「イシュヴァラを冒涜する錬金術。それを使う錬金術師」

カタナに力を込める。

「お前達は闇より深い場所に堕ちろ!」

鮮血が大地を濡らした。

 

虫の息だった国家錬金術師にカタナを突き立てる。

それを見ていたアメストリス人の兵士は一気に戦意を無くす。

やがて1人2人と逃げ始めた。やがて我先にと走り始めた。

「…これでいいか」

私も一旦引き上げることにした。

…なんか背後で「化け物だ」とか「女じゃねえ」とか聞こえたけど。

…それでもいいか。

 

私は無人と化した病院に顔を出した。

皆逃げれたか、それが気になってたんだ。

中は人の気配はない。怪我人は無事に逃げ出せたようだ。

「…よかった」

安心した。

私も皆の後を追おう。そう決めたとき。

倒れているアメストリス人が視界に入った。

「………」

それは…男女だった。

そして、女の人には見覚えがあった。

「…ロックベル…先生…?」

私は近寄って確認してみた。

それは、間違いなくロックベル先生だった。

「そんな…そんなことって…」

虚ろに開いた青い瞳がすでに絶命してることを物語っていた。

「…ロックベル先生…」

不意にロックベル先生の笑顔が過る。

『サラ。サラ・ロックベルよ』

あの時の会話と。握手の感触が。

…私の心を砕いた。

「……うわあああああ!」

私は初めて。

アメストリス人の為に泣いた。

 

走った。

とにかく走った。

涙を流しながらカタナを振り上げる。

私はもう、どうでもよくなった。

何も考えず。

アメストリス軍の陣地に突っ込んだ。

 

突然現れた私を見てアメストリス人は呆然としていた。

そんなの関係なく、私はただの「殺戮」をはじめた。

 

私の全身を血が染める。

「誰だ!」

叫びながら斬る。

「誰だ!ロックベル先生を殺したのは誰だ!」

誰彼構わず斬る。

「誰なのよ!出てきなさいよ!」

泣きながら斬る。

…アメストリス軍の兵士の食堂は大混乱に陥った。

 

何人斬っただろう。

肩で息をしながら私は立っている。

私は銃を構えた兵士に周りを囲まれていた。

「出てきなさいよ!殺してやる!」

まだ興奮が抜けない私は叫ぶ。

そこに見覚えのあるアメストリス人が来た。

「おい!お前どういうつもりだ!」

あの眼鏡…確か。

「…マース・ヒューズ」

あの時、私の提案を受け入れてくれたアメストリス人。

「お前、もう殺したくないってのは嘘っぱちか!」

その言葉と共に大僧正の顔が浮かんだ。

「うるさい!お前が言うな!大僧正を殺したお前らアメストリス人が言うな!」

私は泣き叫ぶ。ほとんど絶叫だった。

マース・ヒューズは少し苦い表情を浮かべる。でもすぐに怒りにとって代わった。

「ならお前は何をした!!俺の部下を斬り殺したのは誰だ!」

「うるさい!うるさい!うるさあい!」

私は正常とは言えなかったと思う。

…多分、壊れてた。

「ロックベル先生を殺したのは誰だ!」

また叫ぶ。

「…ロックベル?」

マース・ヒューズが怪訝な顔をする。

「もう面倒くさい!みんな殺してやる!」

カタナを握り直し、殺意を纏い。

マース・ヒューズに斬りかかる。

「…もう死んでいましたよ」

その言葉が私の耳に届く。

「私の部隊がたどり着いた時には…もう亡くなられていましたよ」

その言葉を発した人間。

長い黒髪を後ろでまとめた冷たい目をした男が私を見ていた。


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