黒い瞳の同胞 〜イシュヴァール殲滅戦〜 作:リリア・フランツ
私が馬鹿をしていた間に戦況は最終段階に進んでいた。
聖地の9割はアメストリスに土足で踏みにじられ。
あと残っているのはダリハのごく一部のみだった。
夜になってからイシュヴァールの生き残りと合流した。
「嘘…でしょ」
合流してみて驚いた。
生き残りの約7割が女性や子供…非戦闘員なのだ。
「どうして…?」
「アメストリス軍の奴ら、ホントに見境無しなんだよ」
数人しかいない武僧が吐き捨てるように話した。
「子供だろうがイシュヴァール人とわかれば容赦無くズドン…飼われていた犬まで殺してたなんて話もあるくらいだ」
子供を抱えた女性が涙声で。
「あちこち囲まれて…逃げることもできないのよ」
辺りから啜り泣く声が聞こえる。
こんなに暗い…深い夜は初めてだった。
結局、残された手段は2つ。
逃げるか、死ぬか。
1人でも多く逃げられることに望みをかけての一斉退却。
あるいは全員玉砕覚悟で敵に突っ込みイシュヴァールの意地をみせる。
…なんなのよ、これ。
私、こんな未来を願って戦ってきたわけじゃない…!
「スーちゃん」
ふいに声をかけられて頭を上げる。
そこには片目に包帯を巻いたおばさんがいた。
「…おばさん…」
「私も逃げ遅れてね…」
「…イリージャは?」
「一緒だよ。いまは寝てる」
…安心していいのかよくわからない。
脱出していてほしかった。
…。
…脱出…か。
「おばさん、お願いがあるんだけど」
「…なんだい」
おばさんは宿屋を経営する傍らであの地域の纏め役をしていたはず。
「密入国に詳しい人を紹介してほしいの」
いまダリハにいるイシュヴァールの生き残りを束ねているのは最年長の武僧だった。
私がロックベル先生の病院で出会った片腕の武僧だ。
その武僧に頼みこんで会議を開いてもらった。
時間は深夜になっていた。
「撤退…か」
私はいま自分が考えていたことをぶちまけた。
「それじゃあ聞くが…どこに撤退する?」
当然、返ってくる疑問。
…大体、逃げられるのであれば皆とっくに逃げてるだろう。
私は一度大きく息を吸い、答えた。
「…包囲が手薄な砂漠に」
一気に静まりかえった。
というか呆気にとられてる。
…普通砂漠に逃げるということは。
「死ぬ気か!」
そうなるわね。普通なら。
「なぜそう主張する?」
片腕の武僧が私に聞いてきた。
「答えは簡単。これしか生き延びる手はないから」
若い兵士が怒号をあげた。
「ふざけるな!全員揃って砂漠で死ねっていうのか!」
その一声に呼応して意見があがる。
「何の準備も無しに砂漠を越えられるか!」
「怪我人もいるんだぞ!」
そして極論へと傾く。
「ならば!我らイシュヴァール人の誇りを胸に!」
片手に手投げ弾を掲げて。
「一斉に自決してイシュヴァラの元へ!」
集団自決を主張しはじめる。
「ちょっと待って!私の話を最後まで聞いてよ!」
私の必死の大声。
ようやく紛糾しかけた会議は沈静化する。
乱れた息を整えると私は話し始めた。
「何の策も無いわけじゃないの。最近までの唯一の脱出路だった東の山脈も街道を抑えられた以上もう使えない。アエルゴも亡命を受け入れない。だったら砂漠以外ないじゃない」
「だから!砂漠行ってどうするんだよ!」
「クセルクセス遺跡に行くの」
片腕の武僧が立ち上がる。
「…シンか」
私は頷いた。
「私の父は皆知ってのとおり行商でシンとの繋がりがある。さらに私の血筋は昔から剣術の修行の為にシンに留学する者が多かった。私もシンにはかなりの伝がある」
あんなに紛糾していた会議はまるで静かになった。
「さっきおばさ…いえシャン様の紹介でハンというシン人に会ってきたわ」
「ハンて…確か密入」
「いまはそういうことはいわないで。とにかく、そのハンという人が全面的に協力してくれる。クセルクセスまで必要なものは用意してくれるって」
「…どうやって協力をとりつけたのだ?」
「…私の父が遺した物で支払いました」
父さんが持っていた権益はかなりのものだ。その繊細を記した書物を渡した。
「本当に大丈夫か!?」
「裏切られるかもしれないぞ」
私はカタナの刃を握った。
「シンの人は一度交わした盟約は絶対に破りません!」
血が流れ出る手を皆に示した。
「だから私は盟約を信じます!」
絶対の宣誓を示す。
「半分しか混じってないかもしれない…それでも」
「このイシュヴァールの血をかけて」
静かになった会議は片腕の武僧によって締められた。
「赤い目の同胞により道は示された。ならば我らは戦うのみ」
私の案は。
「我らの子らを未来へと導くために」
可決された。