黒い瞳の同胞 〜イシュヴァール殲滅戦〜   作:リリア・フランツ

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第十五話 生死の涯て 後

フー爺様達のおかげでほとんどの非戦闘員は脱出できた。あとは無事に砂漠を越えてくれれば…。

あとダリハに残っているイシュヴァール人は数十名。

武僧が3人。志願兵が9人。後から合流したり逃げ遅れたりした一般人が16人。たぶん、他にもいる…と思う。

そして…私。

生き残るため。未来を掴むため。

必死で戦っていた。

 

「最後の囮作戦を行う」

片腕の武僧が語り始めた。

「我らの戦力ではもはや全滅は必至。ならば、何の関係も無い一般人を逃がすことを最後の目標にしたい」

俯く武僧達。それってつまり…。

「命を捨てても構わない、という者だけでいい。この先のダリハの会議所で敵をひきつけてほしい」

片腕の武僧は続けた。

「あとの者は一般人を警護しつつダリハからの脱出を。ただ、これも望みは薄いが」

そして皆を見回し。

「囮を引き受けてくれる者は前へ出てくれ」

そう言って片腕の武僧が一番に名乗りをあげた。

 

結局。

前にでたのは4名。

片腕の武僧。

あのおっさん。

若い志願兵。

そして…私。

 

「娘よ、お前は…」

片腕の武僧が何か言おうとしたのを遮る。

「もう男も女もないわよ。赤い眼の同胞。それだけでしょ」

「…仕方ないだろ」

おっさんは諦めたように呟く。

「…そちらの若い方も…」

「もう家族は死んだ。思い残すことは無い」

片腕の武僧は深いため息をはいて。

「…仕方ない」

諦めた。

 

時間がない。

決まったことはすぐ実行された。

「イシュヴァラの御加護を」

お互いに言葉を交わして別れた。

生き残れる可能性はほとんど無い。

でも僅かでも可能性があるなら私は戦う。

 

『自分を大事にね』

一瞬ロックベル先生の言葉が過る。

…。

…先生、ごめんなさい。

約束…守れない…。

 

目立つようにわざと敵の面前を駆ける。

注目を集めつつ後退。

とにかく逃げている人達から引き離す。

そして数人のアメストリス人を斬り倒し。

怪我をした志願兵を担ぎながら。

私達は会議所へ立て籠った。

 

もう、袋の鼠。

本当に、逃げ場は無い。

数分もしないうちに会議所は包囲された。

 

「…無事に逃げてくれ」

片腕の武僧が祈っていた。

他は言葉も無い。

食糧、弾薬、薬。全て尽きた。

残った武器はおっさんのナイフと私のカタナだけ。

…本当に。

これで終わりだ。

 

「…もうちょっとアメストリス人を道連れにしてやりたかったな」

おっさんが呟く。

「リイア。ライ。俺ももうすぐ逝くからな」

怪我をして横になっている志願兵が涙を流す。

とりあえず私は。

(どうやって死のうか)

なんて考えていた。

 

その時。

《立て籠っているイシュヴァール人に告ぐ》

外から声がした。

《完全に包囲下にある。降伏したまえ》

降伏?

《危害は加えない》

…何をいまさら。

さんざん同胞をなぶり殺しておいて…!

《出てきたまえ》

当然、私達は動かない。いまさら降伏するつもりもない。

「誰がアメ野郎の言うことなんか信用するか!」

おっさんが叫び返した。

しばらく沈黙が続き。

《ならば攻撃する。いいな》

再び響く声。

私達はもう反応しなかった。

 

そして、5分後。

敵の一斉射撃が開始された。

 

会議所の壁は簡単に穴だらけになり。

弾が室内を飛び回る。

弾はイシュヴァール人の身体を容赦無く貫いた。

それでも一斉射撃は止まない。

 

銃声が途切れた。

なぜだろう。

私は…生きてる。

一瞬意識が途切れたように思えた。目の前が真っ暗になったからだ。

でもそれは違ってた。

真っ暗になったのは。

私の上におっさんが覆い被さっていたから、だった。

「…がはっ!」

おっさんが血を吐き出す。

「な、何をしてんのよ!」

おっさんは私を見て。

「だから…言ったろ。女が死ぬのは見たくねえ」

笑っていた。

「なんで…なんで…」

私は…泣いていた。

「私も死ぬのよ!いまさら何を」

「死んではならん」

倒れていた片腕の武僧が声も絶え絶えに。

「生きよ…」

そう諭す。

「でも…私…」

「俺や…家族の分まで…」

怪我をしていた志願兵まで。

「生きてくれ」

私を生かそうとする。

 

「なんでよ!なんでよ!最後の最後に…私だけ除け者なの!」

 

「うるせえよ…」

 

「お主が死んでは…ロックベル先生に顔向けできぬ…」

 

「女が死ぬのは…もう嫁さんだけで…勘弁してくれ…」

 

おっさんはナイフを握って私に近づく。

「これで…お前ともおさらばだな」

ナイフを振り上げ。

「じゃあな」

私の右眼に突き立てた。

 

《生きているとは思えんが…最後通告だ。降伏しろ》

激痛のなか。

私が聞いたのは。

アメストリス人の最後通告と。

壁が吹き飛ぶ音と。

 

「さらばだ」

「生きよ」

「…同胞よ」

 

男たちの、

最後の言葉だった。


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