黒い瞳の同胞 〜イシュヴァール殲滅戦〜 作:リリア・フランツ
フー爺様達のおかげでほとんどの非戦闘員は脱出できた。あとは無事に砂漠を越えてくれれば…。
あとダリハに残っているイシュヴァール人は数十名。
武僧が3人。志願兵が9人。後から合流したり逃げ遅れたりした一般人が16人。たぶん、他にもいる…と思う。
そして…私。
生き残るため。未来を掴むため。
必死で戦っていた。
「最後の囮作戦を行う」
片腕の武僧が語り始めた。
「我らの戦力ではもはや全滅は必至。ならば、何の関係も無い一般人を逃がすことを最後の目標にしたい」
俯く武僧達。それってつまり…。
「命を捨てても構わない、という者だけでいい。この先のダリハの会議所で敵をひきつけてほしい」
片腕の武僧は続けた。
「あとの者は一般人を警護しつつダリハからの脱出を。ただ、これも望みは薄いが」
そして皆を見回し。
「囮を引き受けてくれる者は前へ出てくれ」
そう言って片腕の武僧が一番に名乗りをあげた。
結局。
前にでたのは4名。
片腕の武僧。
あのおっさん。
若い志願兵。
そして…私。
「娘よ、お前は…」
片腕の武僧が何か言おうとしたのを遮る。
「もう男も女もないわよ。赤い眼の同胞。それだけでしょ」
「…仕方ないだろ」
おっさんは諦めたように呟く。
「…そちらの若い方も…」
「もう家族は死んだ。思い残すことは無い」
片腕の武僧は深いため息をはいて。
「…仕方ない」
諦めた。
時間がない。
決まったことはすぐ実行された。
「イシュヴァラの御加護を」
お互いに言葉を交わして別れた。
生き残れる可能性はほとんど無い。
でも僅かでも可能性があるなら私は戦う。
『自分を大事にね』
一瞬ロックベル先生の言葉が過る。
…。
…先生、ごめんなさい。
約束…守れない…。
目立つようにわざと敵の面前を駆ける。
注目を集めつつ後退。
とにかく逃げている人達から引き離す。
そして数人のアメストリス人を斬り倒し。
怪我をした志願兵を担ぎながら。
私達は会議所へ立て籠った。
もう、袋の鼠。
本当に、逃げ場は無い。
数分もしないうちに会議所は包囲された。
「…無事に逃げてくれ」
片腕の武僧が祈っていた。
他は言葉も無い。
食糧、弾薬、薬。全て尽きた。
残った武器はおっさんのナイフと私のカタナだけ。
…本当に。
これで終わりだ。
「…もうちょっとアメストリス人を道連れにしてやりたかったな」
おっさんが呟く。
「リイア。ライ。俺ももうすぐ逝くからな」
怪我をして横になっている志願兵が涙を流す。
とりあえず私は。
(どうやって死のうか)
なんて考えていた。
その時。
《立て籠っているイシュヴァール人に告ぐ》
外から声がした。
《完全に包囲下にある。降伏したまえ》
降伏?
《危害は加えない》
…何をいまさら。
さんざん同胞をなぶり殺しておいて…!
《出てきたまえ》
当然、私達は動かない。いまさら降伏するつもりもない。
「誰がアメ野郎の言うことなんか信用するか!」
おっさんが叫び返した。
しばらく沈黙が続き。
《ならば攻撃する。いいな》
再び響く声。
私達はもう反応しなかった。
そして、5分後。
敵の一斉射撃が開始された。
会議所の壁は簡単に穴だらけになり。
弾が室内を飛び回る。
弾はイシュヴァール人の身体を容赦無く貫いた。
それでも一斉射撃は止まない。
銃声が途切れた。
なぜだろう。
私は…生きてる。
一瞬意識が途切れたように思えた。目の前が真っ暗になったからだ。
でもそれは違ってた。
真っ暗になったのは。
私の上におっさんが覆い被さっていたから、だった。
「…がはっ!」
おっさんが血を吐き出す。
「な、何をしてんのよ!」
おっさんは私を見て。
「だから…言ったろ。女が死ぬのは見たくねえ」
笑っていた。
「なんで…なんで…」
私は…泣いていた。
「私も死ぬのよ!いまさら何を」
「死んではならん」
倒れていた片腕の武僧が声も絶え絶えに。
「生きよ…」
そう諭す。
「でも…私…」
「俺や…家族の分まで…」
怪我をしていた志願兵まで。
「生きてくれ」
私を生かそうとする。
「なんでよ!なんでよ!最後の最後に…私だけ除け者なの!」
「うるせえよ…」
「お主が死んでは…ロックベル先生に顔向けできぬ…」
「女が死ぬのは…もう嫁さんだけで…勘弁してくれ…」
おっさんはナイフを握って私に近づく。
「これで…お前ともおさらばだな」
ナイフを振り上げ。
「じゃあな」
私の右眼に突き立てた。
《生きているとは思えんが…最後通告だ。降伏しろ》
激痛のなか。
私が聞いたのは。
アメストリス人の最後通告と。
壁が吹き飛ぶ音と。
「さらばだ」
「生きよ」
「…同胞よ」
男たちの、
最後の言葉だった。