黒い瞳の同胞 〜イシュヴァール殲滅戦〜 作:リリア・フランツ
あの3人がくれた命。
どうしたらいいのかな。
「…おかげで死ねなくなっちゃったじゃない」
雨降りのセントラルを見下ろしながら、1人泣いた。
私はいまグレイシアさんの部屋に居候している。
すぐに出ていくつもりだったけど。
「今はまずい。お前さんの顔覚えてる奴も多いからな」
ヒューズに止められて足踏み中だ。
…お願いだから私の前でイチャつくのは止めてほしい。
私はいま平和の中にいる。
だけど現実が変わるわけじゃない。
その事実が私の心の重荷になっていた。
結局、イシュヴァールはアメストリス軍によって占領・閉鎖された。
イシュヴァール人の被害者数は不明。少なくとも半数は犠牲になった…らしい。私達イシュヴァール人は家族・財産・故郷・存在意義すらも奪われて散々になった。
他国へ逃れた者、国内でスラムを形成する者…どちらにしても行く先は悲惨だった。
勝利に沸き返るアメストリス人を見ると正直殺意が芽生える。だけど…いまは。
耐えるしかない。
耐えるしか…。
私はアメストリス国内に指名手配されていた。
「いた」…なぜ過去形かというと。
私はダリハ防衛戦で死亡したことになっているのだ。
そういう報告書をマスタングが提出したことで私の指名手配は解除された。
私は戦後軍法会議所に所属することになったヒューズの偽造でグレイシアさんの妹として戸籍を手にいれた。
私の意志とは関係なく私が生きるための手筈が整えられていく。
…私はまだ「生きる意味」を見出だせていないのに。
それと、私の右眼は回復しなかった。
あのおっさんに傷つけられた右眼にはしっかりと傷痕が刻まれている。
なぜあんなことをしたのか。理由はあとからわかった。
潰された右眼は赤い色…イシュヴァール人特有の赤眼だった。けどそれが塞がったことで誰も私がイシュヴァール人だと証明できなくなってしまった。
収容現場で当然私を殺そうとした者もいたらしい。けどヒューズやマスタングはアメストリス人として私に手を出させなかった。
あのおっさんはこの為に苦渋の判断を下したのだ。
私を…生かすために。
それとカタナも失った。
私の収容時のゴタゴタで行方不明になった。
あの混乱のなかで誰かが持ち去ったのだろう。まあ、正直な所どうでもいいけど。
そんな感じでただ時は無意味に過ぎていき。
あっと言う間に半年が過ぎていた。
ヒューズとグレイシアさんが結婚する。
そんな話が持ちあがった時、私は旅立ちを決意した。
いつまでもいて良い場所ではないし。いい加減グレイシアさんの好意に甘えすぎた。
その旨を伝えると、ヒューズには反対されなかった。
グレイシアさんは大反対だったけど…。
「お前さんが決めたことだからな」
ヒューズの説得にグレイシアさんも泣く泣く折れて。
私がセントラルを去る日は6月1日と決まった。
5月の半ば、セントラルへ出張で来ていたマスタングに呼び出された。
「ここから去るそうだな」
「…ええ」
とりあえず返事はする。
…本音を言えば、私、この人苦手。
「まあヒューズの新婚生活を邪魔する野暮を働かないことは結構なことだ」
そりゃそうでしょ、普通。
「私としては大いに邪魔してほしかったが」
「…はい?」
「何でもない。それより今日呼び出した要件だが」
私に一振りの軍刀を差し出した。
「持っていけ。餞別だ」
私は久々に剣を手にした。
「なぜ、これを?」
「内乱が終結したとはいえまだ治安が悪いからな。持っていて損はないだろう」
私は剣を抜いた。
カタナに負けるとも劣らない名剣だ。刃の上部には紋様が彫刻されている。
「こんな高価なものを…」
「私が貰ったものだが正直持て余していたからな。一向に構わんよ」
そう言って立ち上がった。
「どこへ行こうと君の自由だ。ただし、アメストリスに弓引く行為にはしるなら…」
「信用してもらえるかはわからないけど…その気はないわ」
振り返ってふっと笑う。
「…信用しよう。今はな」
立ち去ろうとする少佐に声をかける。
「そういえば一つ聞きたかったんだけど」
「…何かね?」
「何故私を助けたの?」
少し困った顔をしながら。
「…それはヒューズと同じ理由だろうよ」
と答えた。
私は苦笑しながら立ち上がり。
「マスタング。一応あなたは私の命の恩人。この借り、必ず還します」
マスタングは背中を見せてから。
「…期待させてもらおう。では、良い旅を」
去っていった。
そして6月1日。
私が旅立つ日。
結婚式が近づいて多忙なはずのヒューズとグレイシアさんが無理して見送りに来てくれた。
「これ汽車のなかで食べて」
グレイシアさんが包みをくれた。
「これは?」
「アップルパイよ」
とても良い匂いがする。
「…ありがとう」
ヒューズが話しかけてくる。
「達者でな、ルージュ」
「ヒューズ…さんもお幸せに」
私も笑って返す。
ルージュというのは私の新しい名前。
スー・モヌゥフは死んだことになっている。それでヒューズが私にアメストリスの戸籍を用意してくれた。そのときに私の希望でこの名前になった。
ルージュ。意味は赤。私が失った色だから。
「セントラルに来たら顔を見せなさいよ」
「じゃあな」
ヒューズに手を振り、歩き出す。
その時、思い出して尋ねた。
「そういえばヒューズ。どうして私を助けてくれたんですか?」
それを聞いて苦い顔をするヒューズ。グレイシアさんはクスクス笑っている。
ヒューズは頭を掻いて困ってるみたい。代わりにグレイシアさんが答えてくれた。
「それはね。お人好しだからよ」
遥か東方から伝わったモノノフの血。
この地で悲惨な結末を迎えつつあるイシュヴァールの血。
そして…憎むべきアメストリスの血。
それらが脈々と流れる私は…何人なのだろうか。
私の中の黒々とした憎しみはまだ消えていない。
それは私に囁き続ける。
復讐を。
だけどロックベル先生やグレイシアさんとの交流がそれを阻害する。
だけどこの憎しみが私の生きる糧。
ずっとずっと心の葛藤を抱き。
ひとつの目標を見出す。
それは。
ブラッドレイを殺すこと。
私はまた鮮血の道を歩き出す。
決して救われることのない闇を進む。
私はここに…イシュヴァラの教えを捨てる。
助けてもくれない神に縋るくらいなら。
この手を血に染める。
セントラル発の汽車に乗るとき。
仲良く走るアメストリス人の兄弟とすれ違う。
…彼らには私と正反対の未来があることを…。