黒い瞳の同胞 〜イシュヴァール殲滅戦〜 作:リリア・フランツ
暑い。
暑い。
…ほんとに暑い。
まあ当たり前か。砂漠の真ん中にいるんだから。
数週間前まで居たシンは涼しいところだった。同じ世界なのになんでこんなに違うんだろう?
そんなくだらないこと考えていたら父さんが話しかけてきた。
「どうした」
「…なんでもない。ちょっと考え事してただけ」
「…ふん」
さっさと先に進む。これだけ無愛想なのによく行商人なんてできるわね。
「もうすぐアメストリスよ。がんばって」
母さんがいなけりゃ商売成り立たないわけよね。
母さんの苦労がわかるわ。
私の名前はスズ。スズ・モノノフ。
もっともアメストリスでは「スズ」「モノノフ」は発音しにくいので「スー・モヌゥフ」と呼ばれてる。なんでこんな珍妙な名前なのかは…追々。
私はかなり複雑な混血の血筋だ。父さんは生粋のイシュヴァール人で行商人をしてる。母さんはアメストリスとシンと…東洋の島国の民族との混血。
そんな私には様々な血が表れている。
薄い栗色の髪は父さんの白髪と母さんの茶髪の中間。
白い肌はアメストリス人のおばあちゃんから。
そして…。
右の赤眼はイシュヴァール。
左の黒眼は東洋の島国。
世にも珍しい黒赤妖眼。
そんなのが私、スー・モヌゥフだ。
しばらくすると蜃気楼かと思えるような街並みが見えてくる。東の果ての街ユースウェル。そこからさらに南に行ったところにあるのが私の故郷、サンドウォール。
東の大国シンとの交易の拠点と言われてる砂漠に面した街。
とはいえ鉄道が埋もれてしまった現在、たまに砂漠を越えてくるキャラバン相手のみでは、ね。
交易の拠点なんて今では名ばかりだ。
街に近づくたびに込み上げてくる懐かしさ。
それと同時に感じる不安。
いまアメストリスでは大きな内乱が起きている。
アメストリス人とイシュヴァール人は見た目も文化もかなりの違いがある。当然折り合いも悪く、何かと争いが絶えなかった。
そんな時、アメストリス人の将校が誤ってイシュヴァール人の子供を射殺してしまう事件が起きた。
両民族の関係は一気に悪化し、内乱へと発展したのだ。
それを伝え聞いた父さんはすぐ帰国を決意した。
父さんはイシュヴァール人の中で穏健派の筆頭として知られている。今回の帰国が内乱を止める為だということは私でもわかっていた。だから3年前から剣術の修行の為にシンに留学していた私も帰国することにしたのだ。
私の一族は東洋の島国が源流の独特な剣術を受け継いでいる。母さんは興味が無かったらしいけど私は四歳くらいから師匠でもある大爺様から剣術を学んでいる。
その修行の一環としてシンで「相手の気配を探る術」とやらを身に付けるよう言われたのだ。何の役にたつのかわからないけど…。
3年振りのサンドウォールはさらに寂れた気がした。
あれだけ賑やかだった市場も現在は閑散としている。建物に人の気配もないようだ。
代わりに増えたのは瓦礫と弾痕。この街も戦場となっていたのだ。
しばらく進むと父さんが誰かと話していた。
私も少し覚えてる。確か父さんと昔一緒に商売してた人だ…。
「…いいから早くここから離れろ」
「まて。まってくれ。まだ間に合うだろう」
「無理だ。アメストリスの奴ら、もう…」
そんな会話が聞こえるなか、とてつもない轟音が響いた。
私たちのすぐ横の建物が突然爆発したのだ。
さらに続く轟音。それが戦車によるものだったことを知ったのは随分後だ。
「アメストリスの奴らだ!」
「…!」
「あいつが…ブラッドレイが…大総統令を」
大総統…令?
「あの…何それ?」
「…君は?」
「スーです。スー・モヌゥフ」
「ああ、娘さんか…大きくなったなあ」
感慨深く私を見つめてる…じゃなくて!
「あの、それよりも」
「ん?…あ、大総統令か」
私は頷いた。ある嫌な予感を胸に。
「大総統令3066号。つまりイシュヴァール人殲滅を命令したんだ」
私の嫌な予感。
それはイシュヴァール人の危機。
そして。
私自身の運命の転換。
先に見えてくるのは鮮血の道のり。
これが、その始まりだった。
少しづつうつしていきたいと思います。
誤字脱字等ございましたらご指摘いただければ幸いです。