黒い瞳の同胞 〜イシュヴァール殲滅戦〜   作:リリア・フランツ

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第五話 もう一つの眼

最初に私が斬り込んでから、5分くらい過ぎたと思う。

ほぼその5分で…勝敗はみえていた。

 

 

 

ブラッドレイは近くに落ちていた鉄パイプを拾って構えた。

私は懐に忍ばせていたナイフを手に持って。

 

ブンッ

 

投げ渡す。

 

「…何のつもりかね」

 

「別に。負けた理由に武器の不備をあげられたくないから」

 

「大した自信だ」

 

「我ながら馬鹿だとは思うわ。自分から不利な状況を造り出してるんだから」

 

「ほお…ちゃんと現状を理解している。だったら私には時間が無いことも理解しているかね?」

 

「まあ…ね」

 

「結構。ならば早々に決着をつけよう」

 

その言葉と同時に私は最大速度で斬りかかった。

ナイフで防がれて…その後がわからなかった。

気がついたら私は10メートル近く吹き飛ばされ。

左腕の手首を砕かれていた。

 

「ぐぅぅ…!」

 

必死に痛みを耐えながら立ち上がる。

完全に骨をやられた。

 

「良い反応だ。頭を砕いてやろうかと思ったが」

 

避けきれないと思って咄嗟に左腕を犠牲にしたみたい。

自分の反射神経に感謝すべきなんだけど…ダメかもしれない。

 

「まだ右腕があるわ!」

 

痛みで身体の動きが鈍っているのがわかる。それでも再び斬りつけた。

 

「…人はそれを蛮勇と呼ぶのだよ」

 

私の斬撃の倍以上速い鉄パイプが軍刀を弾き飛ばす。

再び私の頭を狙って振り下ろされた鉄パイプを今度は右手で払う。

そのまま薙ぎ飛ばされる。

今度は右手の指全部折れたっぽい。千切れなかっただけマシかもしれない。

 

だいたいここまでで5分。

勝機なんてものを見出だす間もなく私の負けが確定した。

 

 

 

「随分と呆気なかったな。最初の威勢はどこに行ったのかね」

 

「…何も…言い返せないわ」

 

「中々いい剣筋ではあった。私の眼をもってしても一撃目を捌くのは冷や汗物だったよ」

 

ブラッドレイの…眼。

そうだ。あの眼だ。

フー爺さんの太刀筋すら見極めるあの…眼。

私にも…あの眼があれば…。

勝てたのに。

ブラッドレイを殺せたのに。

みんなの…仇を…恨みを…。

…畜生。

あの眼が…。

 

 

『見るのではない』

 

 

…?

 

 

『…感じるのだ』

 

 

…あ…。

 

 

『人が動けば空気も動く』

 

 

これは…フー爺さんが言ってた…。

 

 

『その流れを全身で感じるんじゃ』

 

 

全身で…感じる…。

 

そうだ。

見える必要はないんだ。

…感じるんだ。

 

 

 

「む…まだ立つか」

 

私は立ち上がる。

何度でも。

 

「往生際が悪い」

 

転がっていた軍刀を蹴りあげる。

 

「もう終わりにするぞ」

 

落ちてきた軍刀の先を胸の谷間に滑り込ませる。

タイミングを合わせて体を引き。

 

「…死ね」

 

服を切り裂く。

と同時に。

ブラッドレイの斬撃が私の元居た空間を通り過ぎた。

 

床に刺さった軍刀を口で噛んで引き抜く。

そして再びブラッドレイの一撃を避ける。

バックステップをして一旦距離をあける。

ブラッドレイはやや驚いた顔をしていた。

 

「…いきなり全裸になって私を誘惑するつもりかね?生憎私は既婚者でね。妻を裏切る気は毛頭無いのだよ」

 

ブラッドレイの言葉すらも…空気の流れとして感じられる。

全身が眼になった気分だ。今なら…ブラッドレイの動きも…わかる!

 

「…ふっ!」

 

再び走り出す。

ブラッドレイがナイフを逆手に持ちかえる。見ていたわけでもないのにわかる。

…いける!

 

「いい加減にしろ、時間の無駄だ!」

 

少し苛ついた感じでブラッドレイが鉄パイプを振る。

どこを狙っているか手にとるようにわかる。私はブラッドレイの攻撃を紙一重で見切る。

ブラッドレイの眼に驚きの色が広がる。

 

そして。

 

「…痛ぅ!」

 

ほんの刹那。

ブラッドレイが傷の痛みによって隙を生じる。

今!

今しかない!

私は咥えた軍刀を振り抜く。

 

「むっ!」

 

咄嗟に反応してナイフを防御にまわす。

でも私の斬撃はナイフを斬鉄し。

 

「ぐふぁ!」

 

ブラッドレイの脇腹を薙いだ。

そのまま体を反転させ。

 

「…むぅ…」

 

背後からブラッドレイの首に軍刀を突きつけた。

 

ブラッドレイが鉄パイプとナイフを放す。

 

 

 

私は。

 

 

 

 

勝った。


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