黒い瞳の同胞 〜イシュヴァール殲滅戦〜   作:リリア・フランツ

9 / 28
第八話 戦う理由

「…イリージャ!」

目の前の光景がスローモーションになった。

飛び散る血流。傾く体。

私は痛む足を忘れてイリージャを抱き止めた。

腹を貫いた剣が血に濡れている。このままだと…。

とにかくここを離れないと!

「まて!またぬかあー!」

…!

…もういい。

いまは錬金術師なんかどうでもいい!

「しっかりして。早く逃げよう」

痛む足を引き摺りながらイリージャを抱える。もう意識もない。

「おのれぇい!イシュヴァールのクソガキが!」

怒り狂って我を忘れてる。正直助かった。いま錬金術がきたらひとたまりもない。

が。

錬金術師の声を聞きつけたのか。

アメストリス人の気配が近寄ってくる。

まずい!

早く逃げないと!

まずい!まずい!まずい!

半ばパニックになりながら建物の裏側に転がりこむ。

早く、早く!

こんな時に足を怪我した自分が恨めしい!

イリージャが血を吐いた。

もう、どうしたら…。

あ…ヤバい。

私も血を流しすぎた…。

…。

向こう…から…アメストリス人が…。

もう…ダメか。

…。

ごめんね、イリージャ…。…。

…。

…母さん…。

…。

 

 

…。

…。

「…丈夫か!」

…う…。

…ま…まぶしい。

「…眼が開いたよ!」

…眼…?

…。

あ…私は…。

…。

…!!!

「イリージャ!」

辺りを見回す。どうやら病院らしい。

「イリージャ!どこ!?」

ベッドから降りようとしたら、

「待って!まだ傷が塞がってないわ」

止められた。

「で、でも」

「一緒にいた子ね?大丈夫、命に別状はないわ」

…無事?

不意に力が抜ける。

私は言葉をかけてくれた女の人を見た。

「…!」

一瞬、血が沸騰する。

その人は。

金色の髪に青色の瞳。

…アメストリス人だった。

 

必死にカタナを探す。

ない。ない。

あの時と同じ。あの時と同じだ!

焦る。何か武器は…!

「落ち着いて」

焦って動きまわる手をそっと抑える。

一瞬ビクッとしたけど。

…なぜだろう。不思議と落ち着く…。

そのまま私は横にされた。

 

「あなたが…ロックベル先生」

私も話には聞いていた。

自分たちの命を省みず必死にイシュヴァール人を助けているアメストリス人の医者夫婦がいる、と。

…まさか私が命を助けられるなんて。

そう。あの時路地裏に現れたアメストリス人はロックベル先生だったのだ。

そしてアメストリス軍に見つからないように病院まで運んでくれたらしい。

「…なぜ私を助けたの」

ロックベル先生は笑って答えた。

「患者にアメストリス人もイシュヴァール人もないわ。怪我をしている人達がいたら助ける。それが医者の仕事よ」

「…私は…アメストリス人を…何人も…」

軽く首を振るロックベル先生。

「…それは私達アメストリス人も同じ」

さてと、と呟いて立ち上がる。

「とりあえず養生しなさい。まずは怪我を治すことよ」

 

私の怪我は切り傷で大したことはないみたい。

まだ無理をすると傷口が開くから、と安静にするよう言われた。

けどイリージャが気になる。

「…いたた」

私は近くにあった棒を杖代わりにして歩いた。

 

イリージャは重傷者が集められた一廓にいた。

腹を貫通していたものの、幸い臓器や重要な血管には損傷はなかったらしい。

今は静かに寝息をたてているイリージャのとなりに座った。

「…無茶するんじゃないわよ」

そっと呟く。

でも、あの時イリージャが助けてくれなかったら…。

…。

面と向かって誉めると調子に乗るから。

(ありがと)

眠ってるイリージャの唇にそっと唇を重ねる。

そのまま立ち上がって私は歩き始めた。

 

しばらく歩いた時。

「…なんでアメストリス人がここにいるんだい」

後ろから声をかけられた。

…この声は。

「…おばさん」

そう。サンドウォールから脱出した時に匿ってくれたおばさんだ。

グンジャ陥落のときに行方不明になっていた。

「…スーちゃんかい」

酷い。

おばさんは右目を切り裂かれていた。

「無事だったんだね」

「…おばさん…」

不意に涙が浮かぶ。正直諦めていたのだ。

「話は聞いてるよ。あれからずっと戦ってくれていたんだってね」

何か答えようとしたけど。

(患者にアメストリス人もイシュヴァール人もないわ。怪我をしている人達がいたら助ける。それが医者の仕事よ)

ロックベル先生の言葉が過る。

「…私は…ただ…」

血に飢えてアメストリス人を殺していただけ。

何も…できなかった。

ただ…諦めて…憂さ晴らしをしていただけ。

何も言えずに俯く私。

そんな私に。

「ありがとね、スーちゃん」

優しい言葉がかけられる。

「スーちゃんが敵を引き付けてくれたから私は無事に逃げ出せたんだ」

すると、近くの老人が。

「儂もだ。おかげで孫共々生き長らえたよ」

他のベッドからも。

「俺もだ」

「ありがとな」

「助かったよ」

………。

………。

片腕を失った武僧が近づいてきて。

「感謝する」

頭を下げた。

「赤い眼の同胞よ」

………。

私は。

耐えきれずに。

…嗚咽した。

 

良かった。

私の居場所はあった。

私のしてきたことは。

…無駄じゃなかったんだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。