春風と衝撃   作:オルンガだー太郎 

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#2:桐生院 葵の受難(b)

「そ、それでは。ミーティングを始めまひゅっ!」

 

昼の光が窓から差し込むトレーナー室。

私の前に、チームのメンバーが1人を除いて全員座っている。

トレーニング前の、全体ミーティングだ。

 

小岩井先輩とウララさんが旅立った次の日から、私がチームのみんなの前で喋ることが増えた。

先輩の言った通り、全員分のトレーニングメニューはすでに調整してあったので、思ったよりは私の負担は少ない。

けれども、見られながら何かを話すのはいつまで経っても慣れなかった。

 

「葵ちゃ〜ん。がんばってぇ〜」

 

オタオタしながら資料を取り出したところを、励まされてしまって恥ずかしい。

なんとか気持ちを立て直して、今日のメニューを伝える。

先輩からもらった資料には全員分のトレーニングメニューと次走の予定が細かに記入されている。

全体の進行管理と、現場でのコーチング、そして進捗の確認とその報告が、私の今の仕事だ。

 

チャイムが鳴って、トレーニング開始の時間。

彼女たちはトレーナー室を元気よく飛び出していった。

 

このチームのメンバーは全部で5人。

一番年上で、あと2ヶ月で卒業するキャプテンのハルウララさん。

その次に年長のデュオペルテさんとタイドアンドフロウさん。

そして中等部のドミツィアーナさんと、一番年下のディープインパクトさんだ。

 

話を聞く限りでは、みんな小岩井先輩を慕ってチームに入ってきたらしい。

ディープさんは少し違うみたいだけど。

 

グラウンドに集合した彼女たちに、今日のメニューを伝える。

といっても、各々が腕に巻いている端末にデータを送信するだけだけど。

トレーニングのラインナップを見てフロウさんは顔をしかめる。

 

「うげっ、今日フィジカル多めのメニューかぁ……」

 

「あら、ちょうどいい機会じゃない。フロウは最近食べ過ぎだから」

 

「いやいや! ペルちゃんが食べなさすぎなんよ。ドミたんもそう思うっしょ?」

 

「いや〜、フロウ先輩はそのだらしない体型を何とかしたほうがいいっス。ね、プイちゃん」

 

「え? あ、はい。そうですね」

 

「は? 先輩に向かって誹謗中傷か? どちゃくそナイスバディなんだが?」

 

清々しいくらいに性格がバラバラな彼女たち。

でも先輩とウララさんを中心に、よくまとまったいいチームだと思う。

彼女たちは1ヶ月間いないけど。

 

「デュオペルテさん。次の10周を、ひと回り30秒ちょうどで行きましょう!」

 

「はい〜」

 

実際にチームの指揮をとってみて、先輩の視野の広さを改めて実感する日々だ。

よくもまああんなに、全体を見通して個別に最適な声かけができるものだと思う。

こうやって1人でチーム全体を見ようとすると、情報量が多くて目が回りそうになる。

必死でメモを取りつつ、先輩への報告事項を練りながら、そのうえで正確に記録を取っていく。

 

「ドミツィアーナさんっ、今のタイムがこっちに同期されてないみたいです! そっち側の端末を一回確認してもらっていいですか?」

 

「あれ? 了解っス!」

 

トレーナー業はマルチタスク中のマルチタスク。

ちょっとでも気をぬくと……。

 

「フロウさんはあと3本、頑張ってください!」

 

「あれ、あと5本じゃなかったっけ?」

 

「え、あ。そ、そうでした!5本お願いします!」

 

「うーい。がんばりまーす」

 

うぅ。こんな感じでやらかしてしまう。

自分の無様な指示にため息が出そうになる。

こういうちょっとしたミスをしょっちゅう犯す自分が、情けない。

一昨日はデュオペルテさんの質問にうまく答えられなくて、結局先輩に助けを求めてしまったし、昨日は練習スケジュールを間違えて、チームに迷惑をかけてしまった。

 

改めて考えると、自分のダメさ加減にため息が出る。

こんなことで、本当に一人前のトレーナーになれるのだろうか。

不安が募った。

 

「あれ……」

 

休憩中だったディープさんが、フラフラと何処かへ歩いていく。

怪我をしたという感じの歩き方ではないが、どうしたのだろうか。

他のメンバーはタイム計測中だ。

別にストップウォッチを握りしめているわけではないので、少しくらい私が席を外しても大丈夫だとは思うけど……。

 

迷ったけれど、結局後を追うことにした。

自分がミスをする恐怖より、彼女の暗い表情の方が気になったから。

 

「ディープさん!どこへ行くんですか?」

 

「あ……蹄鉄の調子が、悪くて」

 

その手にぶら下がっているシューズを見ると、確かに蹄鉄が歪んでしまっている。

そういえば、彼女は蹄鉄に特殊な素材を使っているって先輩が言っていたけど、その影響だろうか?

 

どう声をかけるべきか迷っていると、ディープさんはそのままにロッカールームへ去って行ってしまった。

その背中に何も声をかけられず、グラウンドに立ち尽くす。

自分の未熟さを突き付けられたような気がして、さらに落ち込んだ。

 

新年が明けて1月に入っても、ディープさんは疲労を考慮して別メニュー調整の日々が続いている。

彼女のトレーニング予定には、ランニングと軽い筋トレしか記載されていない。

私の目から見ても、今の彼女はどことなく覇気が失せて儚げな印象を受ける。

 

『プイちゃんの復活のカギは、葵が握ってると思ってる』

 

先輩の言葉を思い出すと、ため息をつきたくなる。

あれはどういう意味だったんだろう。

まさか、本当に適当にごまかしただけだったんじゃ……。

 

「おい、桐生院」

 

「ひゃ、ひゃいっ! …………あ、えと。早乙女(さおとめ)さん」

 

急に後ろから声をかけられて飛び上がった。

振り向くと、男性のトレーナーが腕を組んでこっちを睨んでいる。

短髪のサイドを刈り上げた精悍な雰囲気。

彼、早乙女さんは、私の数少ないトレーナー職の同期だ。

 

同期は全部で5人いるけど、互いに面識はあまりない。

トレーナー職の新人は、集合研修など無しにいきなり実地でOJTが始まるからだ。

けれど、早乙女さんは何かと私にちょっかいを出してくるから、たまにこうして話すことがあった。

去年の4月、同じ時期に小岩井先輩のチームの研修に応募して、私は受かって彼は落ちた。

そのせいかもしれない。

 

「お前んとこのチームはうるさいんだよ。もうちょっと静かに練習してくれ。こっちの気が散るから。そういう基本的なルールを守ってくれないとさぁ」

 

「ご、ごめん……気をつけますね」

 

威圧的な声を出されると怖くて怯んでしまう。

小岩井先輩がいる時は、少なくとも公に怒られることはなかった。

けれど最近は、早乙女さんだけではなく、多方面から嫌な視線を感じることが増えた気がする。

 

「ま、お前みたいな『名家のお嬢様』には常識なんて通じないのかもしれないけど」

 

「……ッ! そんなこと……!」

 

「とにかく。周りに迷惑をかけんなよ」

 

トゲのある口ぶりがグサッと心に刺さる。

言うだけ言って、彼は去っていった。

その姿が見えなくなってからも、心臓が嫌な風にドキドキしてしばらく動けない。

 

トレセン学園のトレーナーはかなりの難関職として有名だ。

普通の職場なら同期の絆みたいなものが芽生えそうなものだ。

けれど、桐生院という『名家のお嬢様』である私は、他の同期全員から嫌われている……らしい。

それもわざわざ早乙女さんが教えてくれたことだけど。

 

「そんなお嬢様とかじゃ、ないんだけどな……」

 

そもそもの話。

このチームと小岩井先輩は、チームを作っていきなり無敗の三冠ウマ娘を輩出したことで、他のチームやトレーナーから疎まれているみたいだ。

嫌われ者のチームと、その嫌われ者のチーフトレーナー。

加えて、同期から嫌われている(らしい)私……。

 

考えれば考えるほどひどい状況だ。

もはやため息しか出ない。

肩を落としていると、ランメニューを終えたフロウさんが歩いてきた。

 

「葵ちゃーん、終わったよ〜」

 

「あっ……は、はい。お疲れ様です。そしたら15分ほどインターバルを取りたいので、また14時になったら集合してもらえますか」

 

「ういーっす……あれ、なんか顔色悪くない? どした?」

 

「うえっ!? い、いえ、大丈夫です。ありがとうございます」

 

「ふーん? ま、じゃあプイちゃんとかにも言っとくね」

 

危ない危ない。

トレーナー間のいざこざで彼女たちに迷惑をかけるわけにはいかない。

よし、気持ちを切り替えて次のメニューの準備を……。

 

「……あ!」

 

メニューテーブルによると、次のトレーニングにはメディシンボールが20個必要だ。

今朝のうちに用意しておこうと思っていたのを、すっかり忘れてしまっていた。

さっき指示したインターバルは15分、ということは、猶予は13分と少し。

メディシンボールの重量は一つ10キロ。

台車を使えば二往復で運べると思うけど、どう考えても倉庫までは往復10分かかる。

 

なんで朝のうちに確認しておかなかったんだろう、私。

自分の段取りの悪さにほぞを噛んでいると、視線の先、10メートルほど先の壁際に、1人のトレーナーが寄りかかって何かメモを取っているのが見えた。

 

「あれは……」

 

柔和な顔つきの男性。

彼も私の同期のうちの1人だ。

何かと突っかかってくる早乙女さんと違って、話したことはない。

けれど、辞令を受けた日に見た優しい雰囲気が印象的で、何となく気になる存在だった。

 

お願いしたら運搬を手伝ったりしてもらえないかな。

いや、でも早乙女さんによれば、私は同期全員から嫌われてるらしいし……。

うーん……。

 

「あ、あの!」

 

結局、思い切って話しかけることにした。

私が嫌われていようが何だろうが、チームのトレーニングが優先だ。

半人前とはいえ、私はサブトレーナーなのだから。

彼女たちに迷惑はかけられない。

 

「と、突然すみません。あの、ご存知ないかもしれないんですが私は……」

 

「桐生院さんじゃないですか。どうされましたか?」

 

穏やかな受け答え。

とりあえず、悪くは思われていないようで安心する。

 

「わ、私のこと、ご存じなんですか……?」

 

「あはは。当たり前ですよ。僕らの代のライセンス試験トップ合格者ですから。知らない人はいないと思います」

 

「え!? あ、えっと。恐縮です」

 

「それより、今日はどうされましたか?」

 

とりあえず手短に事情を説明して、一緒にボール運びを手伝ってもらうことになった。

倉庫からボールの詰まったボックスをピックして、台車に乗せて2人で戻る。

 

横で台車を押す彼の顔を盗み見る。

迷惑をかけているのに、嫌な顔一つしていない(ような気がする)。

それどころか心なしか楽しそうに見える。

気のせいかもだけど。

 

「すみません、私の不手際で手伝わせてもらって」

 

「いえいえ。それにしても、桐生院さんもミスをしたりするんですね」

 

「わ、私なんてミスばかりで……。さっきも早乙女さんに怒られてしまいましたし」

 

「早乙女さん? …………ああ」

 

そう言うと、彼は何かに思い当たったような顔をする。

 

「まあ彼は、前から桐生院さんのことをライバル視していましたから。きっと、焦っているんでしょうね」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「ええ。彼は、何と言うか…………独立志向が強い人なので」

 

お気を悪くされたらすみません、と彼が謝る。

そこで、私の家について言われているのだと気づいた。

 

「このところ桐生院さんがどんどん先へ行くものですから。彼なりに思うところがあるのでしょう」

 

「先、ですか」

 

キョトンとしていると、彼も少し驚いたように付け加える。

 

「ほら。代理とはいえ、もう1つのチームを背負ってらっしゃるじゃないですか。しかもあのディープインパクトさんのチームで」

 

グラウンドへ続く小道を抜け、フロウさんたちが休憩しているベンチ前に台車を止める。

彼はにっこりと笑った。

 

「もちろん、僕も同期として期するものはあります。一緒に切磋琢磨していきましょう!」

 

穏やかな口調のなかに、秘めた闘志を感じさせる言葉。

太陽は関係なく、どこかまぶしく見えた。

 

「運んでいただいてありがとうございました!」

 

「いえいえ。いい刺激になりましたよ。午後のトレーニングにも活かせそうです。では!」

 

去っていく彼の背中に向かって、お辞儀をした。

なんというか、久しぶりに対等な立場で話せたのがとても嬉しかった。

 

「いや~、葵ちゃんも隅に置けないねぇ」

 

「実は結構やり手だったんスね……職場内恋愛もほどほどに頼むっス」

 

いつの間にかフロウさんとドミツィアーナさんが後ろでニヤニヤしていて、驚いた。

 

「そ、そんなんじゃないですって!」

 

ああ、なんかムキになって余計変な感じになってしまった。

 

「はいはい、じゃあ、練習を再開しましょうか」

 

デュオペルテさんが空気を読んでか、手を叩きながら空気を変えてくれた。

ありがたい、と思いつつ、こういう切り替えも自分でできるようにならないとと反省する。

 

「葵ちゃーん、次のメニューなんだっけ?」

 

よし、いつまでも落ち込んでいる場合ではない。

パンと頬を叩いて気合を入れる。

これから始めるフィジカルトレーニングは、私が唯一(それなりに)自信のあるパートなのだから。




このパート、少し長くなってしまったので一旦切ります。
次回、桐生院葵フィジカルモンスター編です。
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