春風と衝撃   作:オルンガだー太郎 

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#6:桐生院 葵と鋼の意志

【トレーニングメニューは常に、パートナーのキャパシティの少しだけ上をいくものであるべし:トレーニング白書p38より(現代語訳:桐生院葵)】

 

 

冬空を切り裂くようにして、ディープさんが調整用のダートコースを駆け抜けていく。

少しだけ霜が降りて硬くなった土を、ザクザクと。

100メートルほど離れたこのコース脇のベンチにも、気合いが伝わってくるような走りだ。

 

週末に迫ったウララさんの引退レースが発表されてから、彼女はより一層鬼気迫る雰囲気を醸している。

 

「……フッ!」

 

ウマ娘たちが肉体的に追い込みをかける時、普通は精神の方が先に限界を迎える。

そこに声がけをして背中を押すのが、教科書的なトレーナーの役目なのだが……。

 

「ディープさん! あと5周で切り上げましょう!」

 

放っておけば無限に走るつもりかもしれない。

むしろ、今はいかにブレーキをかけるか、が私の役目になっている。

オーバートレーニングになってしまっては元も子もない。

トレーナー白書にある通り、彼女のキャパシティを少しだけ超えるメニューを組みたいとは思っているのだが、その調整は困難を極めている。

 

時計はいつも通り出ているし、一見問題ないようには見える。

けれど、やはりあの入れ込み様は尋常ではない、と思う。

三冠のかかった菊花賞前ですらあそこまでの雰囲気ではなかった気がする。

やはり何か。

何か思い悩んでいることがあるのだろうか……?

 

「おいっちにーさんしっ!」

 

後ろからウララさんの元気な掛け声が聞こえてきて、ハッとした。

ボーっとしている暇はない。

今、自分は彼女のサブトレーナーとしてここにいるのだから。

 

「ディープさん! 最後の一周は3秒縮めてください!」

 

そう声をかけるとわずかに彼女のスピードが上がった。

どれほど過酷なタイム設定で追い込んでも、ディープさんは機械の様に正確なラップを刻みづつける。

惚れ惚れするほどの走り。

思わずため息が出る。

 

「すごいなあ……」

 

「すごいねえ……」

 

気づいたらすぐ横にウララさんがしゃがみ込んでいて、びっくりした。

口をポカンと開けて、ジーッとディープさんの走りを見ている。

 

彼女の引退レースまで、ディープさんとの対決まで、あと4日。

引退間際でも、ウララさんはウララさんだ。

横顔を何気なく見ていると彼女と目があってニコーッと笑った。

 

「葵ちゃん、なんか元気ないねっ」

 

「えっ」

 

口角をキュッと上げた彼女が、向こうで走るディープさんを指さした。

 

「プイちゃんと、一緒」

 

不意な一言にドキリとさせられる。

彼女の目にも、ディープさんの様子がおかしいように映っているのだろうか。

 

「ディープさん、やっぱり元気なさそうに見えますかね」

 

「そうだねぇ」

 

コロコロとウララさんが笑う。

不思議な雰囲気を持った娘だ、と直接話すたびに思う。

どこか浮世離れした、そんな空気感。

 

「わたしね、プイちゃんのこと、ずっと見てきたの。目を閉じてても、すっごくはっきり思い浮かべられるくらい。チョウチョみたいで綺麗だなあ、っていっつも思うんだ」

 

「蝶々、ですか」

 

いまいちピンとこない。

確かに彼女の走りはよく『翼が生えている』と形容されるが、その羽はどちらかというと超速で飛ぶ猛禽類の翼ではないだろうか?

 

「でも、今プイちゃん辛そうに走ってるでしょ」

 

「そう、かもしれないですね……」

 

「だからね、一緒に走りたいんだ」

 

クイ、と首を傾げて微笑む彼女は、散りゆく花びらというよりはむしろ鋼のように堅い大木のような力強さがあった。

 

ああ、なるほど、と心の中で密かに得心する。

今のディープさんの姿に、『辛そう』という言葉はしっくりくる。

まるで自分を罰するように走っている、と言い換えてもいい。

 

「ウララ先輩、どうしたんですか?」

 

いつの間にかディープさんがセットを終えて、こっちに歩いてきていた。

ぶい、とウララさんがピースサインを作る。

 

「えへへ、てーさつだよ!」

 

そのまま両手を広げて、ダーっとどこかへ走り去っていった。

 

「先輩……」

 

ディープさんが、小さくなっていくウララさんの背中を見送る。

彼女と話したから、と言うわけではないけど、やはりディープさんの横顔には少し辛そうな表情が伺える。

 

「ディープさん。お疲れ様でした。今日はこれで切り上げましょう」

 

「えっ……いえ、まだ、走れますけど」

 

「えっと。い、いえ。ローテーション的に考えて、今日はこれ以上走ることは推奨できません。すみませんが……」

 

「そう、ですか……」

 

何か声をかける前に彼女はクルッと背を向けて、ロッカールームへ去って行ってしまった。

一人コース脇に取り残される。

遠くの空でカラスが鳴いた。

 

もう少し別の言い方があったのではないか。

それとも、もう少し走らせてやればよかったのではないか。

 

自分の選択に対する疑念は尽きない。

白書にある『鋼の意志』を保つことがいかに難しいか……。

 

所在がなくて、何となくコースを歩き始めた。

ミーティングまで、あと40分はある。

今日は片付けなければならないような機材はない。

 

靴をおいてソックスを脱ぎ、裸足で土を踏みしめた。

ウマ娘の様に速くは走れないが、自分の足でコースを歩くのは好きだった。

ダートの柔らかい感触が足の裏を優しく包みこむ。

 

「わっ」

 

ボゴッとえぐれた溝に足を取られてつんのめった。

さっきディープさんが走った跡だろうか。

 

よく見れば、彼女が通ったコースに沿って深い足跡が続いている。

彼女の踏み込みのすさまじさを端的に物語る溝の線。

一歩ずつ、跡を辿るように足を動かした。

 

定規で線を引いたように、まっすぐその足跡は伸びていきーー。

 

「あれ?」

 

コーナーに差し掛かったあたり。

そこでわずかに足跡がガタガタと揺らいでいる……ような気がする。

 

「ん~?」

 

しゃがみこんで顔を地面に付けてみた。

確かに、少しだけ斜行しているように見える。

 

「……何やってんの?」

 

「わっ!! せ、先輩……!」

 

振り向くと、怪訝な表情の小岩井先輩と目が合った。

ほっぺたについた泥を払う。

変な格好でいるところを見られてしまって恥ずかしい。

 

「いや、その……ディープさんのコーナリングなんですが」

 

たった今見つけた小さな発見を言葉に代えて説明する。

コーナリングで彼女にしては少し膨らんでいるのではないかという仮説。

口に出してみると、あまりの取るに足らなさに萎縮してしまう。

 

私の説明を黙って聞いた先輩は、何か考えるようにして腕を組んだ。

 

「なるほどね。そしたら、ちょっと検証してみようか」

 

「検証、ですか」

 

そういうと先輩は隣のコーナーの方へ歩いていく。

 

「お、どうやら葵の仮説にまた別の要素が加わったみたいだぞ」

 

彼がしゃがみこんだので、釣られて地面を見る。

相変わらず凄いえぐれ方をしているディープの足跡。

 

「あ……」

 

「こっちのコーナーでは足跡は真っすぐ理想的な角度で曲がっている。俺の予想では、他の2つのコーナーの足跡にも問題はないはずだ」

 

ある特定のコーナーだけコーナリングにわずかな問題がある、ということだろうか。

そして、それを先輩は何となく分かっていたような口ぶりだった。

 

「プイちゃんはまだ様子が変なの?」

 

「は、はい……。まだその原因が分からなくて。すみません」

 

そう言うと彼は楽しそうに笑った。

 

「ま、俺と葵は次のレースで戦う相手同士だから、塩を送ることはできないけどさ。もし気になることがあれば、彼女に直接聞いてみるのもいいんじゃないかな」

 

「直接……」

 

「うん。まあプイちゃんは素直じゃないけど、正面から向き合えば教えてくれるとは思う。トレーナーから察してあげることも大事だけど、結局それだけじゃ独り相撲になっちゃうことも多いからね」

 

先輩が少しだけ寂しそうに笑った。

向き合う、か。

そういえば、同じようなことが白書にも書いてあったな。

 

『ご自身の心配をなさってください』

 

以前、直接聞いて交わされたときのディープさんの一言が脳裏をよぎる。

向き合ってまたかわされたらと思うと、不安だった。

 

「で、でも。ディープさんは私なんかが介入したら迷惑なんじゃないでしょうか……」

 

コートの裾についた泥をさっと払って、先輩が笑う。

 

「それは、分かんない。俺はプイちゃんじゃないからね。()()()()()、君には聞く権利があるし、彼女には答える権利も、あるいは拒否する権利もある。それだけさ」

 

夕日が遠くに沈んでいくグラウンドの照明が点灯した。

そろそろこのコースの予約時間が終了する。

私も部室棟へ引き上げないと。

 

「そうだ。今日この後、出張の件でウララと会議に出なきゃいけないから、チームミーティングは葵に任せていいか?」

 

「は、はい。大丈夫です」

 

私には聞く権利がある。

手を振りながら去っていく先輩の後ろ姿を眺めながら、心の中で白書のページをめくる。

グッと拳を握って、変な高揚感とともにグラウンドを後にした。

 

 

 

 

【時に衝突しても、鋼の意志で担当には向き合うべし:トレーニング白書p2より(現代語訳:桐生院葵)】

 

 

「あ、あ、あの! ディープさん!」

 

緊張して声が裏返ってしまった。

ああ、どうしよう。

ディープさんがちょっとびっくりしたような顔をしている。

 

「……はい、なんでしょう」

 

2人きりのミーティングルームで、見つめあう。

月の光を閉じ込めたような綺麗な瞳…………じゃなくて!

 

「えっと。その、ですね」

 

この間は軽くいなされてしまったけれど、今度はしっかり向き合わなければ。

小岩井先輩なら、彼女に何を言うだろうか。

きっと、いつもみたいに巧みな話術で、婉曲的なストレートを投げ込んで対峙するに違いない。

でも私には、そんな技術はない。

 

「あの、ディープさん。最近、というか、あの有記念から元気がないように感じるのですが、何か力になれることはありますか?」

 

つっかえつっかえ、ところどころ嚙みながら口をついた質問は、あまりにお粗末なものだった。

ディープさんもどこか呆気に取られているように見える。

トレーナー室に備え付けられている冷蔵庫の駆動音がジー、と部屋に響いた。

 

「私が、元気ない、ですか?」

 

「は、はい。勘違いだったら申し訳ないんですが……」

 

彼女の瞳がスッと黒くなり、背筋に冷たい汗が流れる。

気圧される、と言う言葉があるけれど、まさにその意味を体感していた。

 

ディープさんにとって、あまり触れられたくないところなのかもしれない。

あるいは、彼女が自分で解決すべきことなのかも。

彼女が明らかな苛立ちを見せて椅子から立ち上がった。

 

「いえ。気のせいです。……もう行ってもいいですか?」

 

「……ッ!」

 

バッと両腕を広げて、彼女の歩行を遮る。

この前のように、途中で彼女を返すわけにはいかない。

私には、彼女に質問する権利がある。

 

「さっき、コースを走っていた時、最後のコーナーを曲がる時だけ、ほんの少し斜行した跡がありました。致命的ではないですが、注意深く見れば分かる程度にヨれる傾向があります」

 

「…………」

 

早口に一息に喋りすぎて、胸がズグズクする。

瞼が熱い。

鼻の奥がツンとする。

それでも言葉が溢れて止まらない。

 

「偶然かもしれません。ですが、この斜行が第四コーナーに限って発生しているのであれば、無視はできません。お願いします。はな、話を、聞かせてください」

 

声が震える。

目の前の少女から放たれるプレッシャーに押しつぶされそうだ。

身長自体は私よりもかなり小さい。

にも関わらず、その存在感はなにか巨大な像を思わせるような迫力だった。

 

「貴女に、話すことは何もありません」

 

ディープさんの目が私を射すくめる。

私に質問する権利があるように、もちろん彼女には私の質問を拒否する権利がある。

淡々とした口調が、逆に一粒ずつ体に突き刺さるような気がした。

 

次の一歩。

 

退くか、進むか。

 

選択するのは、私だ。

 

「いえ、あなたには、私に話すことがあるはずです」

 

流れる涙もそのままに、とにかく広げた手が下がらないように力を入れる。

もはや意地だけで足に力を入れている状態だった。

 

「どうして、そんなことが。あなたに分かるんですか」

 

「……!」

 

なにも、何もわからない。

私には何も。

もしかしたら本当に、何でもないことなのかも。

全てが私の勘違いで、彼女の調子は悪くも何ともないのかもしれない。

 

でも、何もなかったとしても、何もないということを知りたい。

ただ、彼女の力になりたい。

それだって私のエゴかも。

 

けれど、私はどうしてもここで、彼女に向き合わなければいけない。

だってーー。

 

「だ、だって……私は、あなたのトレーナー、だからっ!」

 

もはや止めどもない涙が温かく頬を濡らし、情けなさと不甲斐なさで心の中がいっぱいになる。

けれど、私は桐生院の末裔として、彼女のトレーナーとして、ここで折れるわけにはいかない。

『一流のトレーナー』なら、絶対にここで退かないはずだから。

 

「……ほんとによく泣く人ですね」

 

椅子を引く音がして、顔を上げるとディープさんが座っていた。

長い黒髪をかきあげてため息をつきながら、ぽりぽりとこめかみを掻いている。

 

「すみ、すびばぜん……」

 

「ハンカチ、いります?」

 

これじゃ、どっちが年上かわからないな。

もらった布地で目頭を押さえた。

 

「別に、大した話じゃあないですよ」

 

ポツリポツリと彼女の小さな口が開く。

ヘナヘナと私も椅子に座りこんだ。

もはやあまり膝に力が入らなかった。

 

「レースで初めて負けたから、少し精神的に動揺しているだけです。第四コーナーに入ると、なんとなくあの有記念を思い出してしまって。それでヨレてしまうのかもしれません」

 

「そう、ですか」

 

そのレースの名前を口にするたびに、ディープさんは苦々しげな顔をする。

あれから経ったふた月の時間も、彼女の傷を癒すことはできなかったのだ。

これは、単純に負けて悔しい、というよりも……。

 

「勝ちたかったんですねぇ。有記念」

 

毎年12月に行われる有馬記念はトゥインクル・シリーズの総決算だ。

世代を問わず、現役最強を決めるレース。

だが、他にも大きなレースはたくさんあるし、彼女がそこまで有に思い入れがあったとは知らなかった。

 

「!!」

 

ジワ、と彼女の長いまつ毛の端に、涙の粒が浮かびあがった。

何気なく口にした一言だったのだが。

滅多に感情を表に出さない彼女の涙を見たのは、あの有が終わった後の控え室以来。

たしかあの時、彼女は泣きながらウララさんに謝っていた。

 

「有記念は……有記念だけは勝たなきゃいけないレース、でした。 う、ウララ先輩に。有の勝利を、あげたかった」

 

記念とハルウララといえば、記憶に新しい3年前のレース。

勝利経験のない彼女は人気投票で出走し、大差で最下位に沈んだ。

私は当時まだイギリスにいたけど、そのニュースはかなりセンセーショナルに扱われていたことを覚えている。

一般的なニュース報道や新聞ではおおむね好意的に受け入れられたものの、専門家筋やタブロイド紙などではかなり激烈な調子で叩かれていた。

きっと、日本ではさらに苛烈な意見が飛び交ったのだろう。

 

グシ、とディープさんが雑に目元を拭う。

 

「ディープ、さん……」

 

無敗の三冠を取った現役最強のウマ娘、そういった名声のヴェールの先に、彼女の濡れた瞳があった。

普段から見ていても、ディープさんはウララさんと仲がいい。

何もかも正反対に見える2人の間には、何か見えない絆のようなものがある。

 

あの有記念は、ディープさんにとってウララさんの敵討ちでもあったんだ。

 

「ウララさんとのレースは今週末です。一緒に、一緒に頑張りましょうね」

 

「……あ」

 

スッ、と熱が冷めるような、そんな感覚があった。

 

何がどうなったのか、まるでわからない。

物質的な加減は何も発生していないのに、空気が決定的に変わってしまった。

そんな感覚だった。

ディープさんがどこか機械的な、低い声で呟く。

 

「……桐生院さん。この間の記者会見の時も、すみませんでした。私が負けてなければ、あんなことにはならなかったので」

 

「えっ、いや。それは……」

 

ふぅ、と彼女がため息をついて、スッと立ち上がった。

 

「色々心配をおかけして、すみませんでした。レースまでにはしっかり調整しておきます。もう二度と、負けません。ちゃんと、守りますから」

 

「あ、ちょっ……」

 

今度は道を塞ぐ間も無く、ディープさんが部屋から出ていってしまった。

トレーナー室に1人残されて、呆然とする。

 

また。

 

また私は失敗したのか?

何を間違えた?

何が、どうなって……。

 

「あれ? 今プイちゃんが走っていきましたけど、なんかあったんスか…………って、わー!!」

 

部屋に入ってきたドミツィアーナさんの顔を見た瞬間に、また涙がポロポロ溢れてしまった。

 

「いや、これは……その」

 

何か言い訳をしようと思っていたら、ドミツィアーナさんに抱きしめられる。

彼女の後ろから話し声が聞こえてきて、フロウさんとデュオペルテさんも次々部屋に入ってきてしまった。

 

「ドミたーん。この後ファミレス行こー……ってうお! なになに? どした??」

 

「あ、葵さん、大丈夫ですか?」

 

ああ、なんだか収拾のつかない事態になってしまった。

こんなに泣いていてはトレーナーとして示しがつかないのに。

 

「いえ……な、何でも。大丈夫、ですからぁ……」

 

「葵さんが1人で泣いてたんス! きっと一大事に違いないっスよ」

 

あれよあれよと言う間にトレーナー室の真ん中で4人で抱き合う格好に。

震える体に体温が寄り添って、ただ温かかった。

こうして皆で抱き合っていると、まるで感情を共有した一つの生き物に統合されたように感じる。

固くなっていた体が解き解されて、何故か涙が止まらなかった。

 

「うっ……ごめ、ごめんなさい……私、トレーナーなのに……」

 

3人が、黙って背中をさすってくれる。

顔が火照ってたまらない。

やがてデュオペルテさんが顔を上げた。

 

「葵さん。聞いてください」

 

透き通るようなグレーの髪。

いつくしむようなその瞳に吸い込まれそうだ。

 

「あなたには、仲間がいます。私たちはチームなんです。無理に相談しろとは言いません。けれど、時々……頼ってくれると嬉しいな」

 

「うんうん。葵ちゃんさ、自分だけで全部背負っちゃうんだから。困るな~まったく」

 

泣き笑いの空気が温かく部屋を包んだ。

『鋼の意志で自分の道を貫く』トレーナーにしては情けないような気もするけれど。

でも、トレーナーだってチームの一員なんだ。

1人で戦うのも、1人で背負い込むのも、健全とは言えないのかもしれない。

『自分の道』を進むために、誰かを頼ることが必要なのかも。

 

「ディープさんに、何もしてあげられない自分が情けなくて……すみ、すみません」

 

「葵ちゃんはよくやってる。よくやってるよ。それに……」

 

フロウさんが私の涙を拭って、笑った。

 

「ほら、プイちゃんには、ウララちゃんがついてるから、きっと大丈夫」

 

「そうですね。ウララさんにはきっと、考えがあるはずです」

 

デュオペルテさんが差し出したティッシュで鼻をかんだ。

彼女たちは、よっぽどウララさんのことを信頼しているんだ。

 

「ほ、ホントですか……?」

 

「いやー、別に確証があるわけじゃないっスけど」

 

ドミツィアーナさんが手を差し伸べて、私を引き起こした。

 

「何つーか、ウララさんは、ものすごいんで」

 

そう言って彼女は笑った。

どういう意味なのかはよく分からない。

だが、頼りになる私のチームのメンバーが言うことだ。

ここは信じたほうがいい、と思った。

 

「じゃ、葵さん。また明日っス!」

 

手を振って寮へと帰っていく3人を、校舎の入り口から見送る。

 

私は今まで、トレーナーはウマ娘を教え指導する立場だとばかり思っていたけれど。

彼女たちが何を思って、チームに何をしているのかを考えたことがなかった。

考えてみれば、私が彼女たちの力を借りないことよりも、あらゆる手段を用いてディープさんを復活させることの方が優先だ。

 

一瞬だけ垣間見た彼女の素顔。

彼女がなぜ走って行ってしまったのか、どうしてあそこまで切羽詰まっているのか、解決しなければならない謎は残っている。

 

明日、機会があればみんなに助力を仰いでみよう。

それが、少しでも現状打破のカギになるのであれば。

 

ディープさんの次のレースまではあと4日。

もうなりふり構ってはいられない。

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