春風と衝撃   作:オルンガだー太郎 

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#7:桐生院 葵と仲間たち

「えー? 葵ちゃんの指導?」

 

「は、はい。その、お手数なんですけど、ダメな部分があれば教えていただきたいのですが……」

 

ウララさんの引退レースまであと3日と迫った日の昼休み、中庭。

制服姿のフロウさんとドミツィアーナさんが顔を見合わせて首をひねる。

 

先日ロッカールームで抱き合って泣いた後は、とんでもないことをしてしまったと家に帰って青ざめた。

けれど、不思議なことにあれ以来、チームのメンバーとの距離がより縮まった気がする。

ディープさんとも少し気まずかったけれど、彼女なりにいつも通りに接してくれていた……と思う。

 

「うーん、どうだろ。わたしは全然いいと思うけどなあ」

 

「そっスね。自分にもよく分かんないっス」

 

「そうですか……」

 

「あ、でもねー」

 

フロウさんが何かに思い当たったように人差し指を立てる。

 

「葵ちゃんってさ、めっちゃデータ派っしょ? そういうとこヤタローちゃんと一緒なんだけど、ちょい違う部分もあって」

 

豪快に見えて、意外と分析家なところがあるフロウさん。

性格は全然違うけれど、デュオペルテさんと似ているところもあるんだ、と思う。

 

「なんかさ、細かいデータとかは葵ちゃんに聞いた方がすぐ出てきたりするんだけど、ヤタローちゃんはデータを出した上で、それに関する私の意見を聞いてくれるんだよね。ほら『フロウはどう思う?』ってさ」

 

「あー、分かるっス。小岩井さんスゲー聞いてきますよね」

 

たしかに、小岩井先輩は『葵はどう思う?』と何かにつけ聞いてくる。

それに対する準備ができていなくて中途半端な返答をした時でも、一緒に考えてくれる姿勢がある。

だから、意見を言いやすいというか、そういう雰囲気があるのかもしれない。

 

「まー時々めんどくさいこともあるんだけどさ。でも、嬉しいよね。寄り添ってくれてる感じがするし」

 

ニカッとフロウさんが笑う。

メンバーに寄り添うこと。

これが今までの私に足りなかったことだ。

ディープさんの周りで彼女の助けになりたいと思っていながら、彼女自身の考えを聞いたことがなかった。

 

礼を言おうとしたところで、校舎のチャイムが鳴った。

ドミツィアーナさんが何かに思い当たったような表情でフロウさんの方を見る。

 

「あれ、先輩。そういえば職員室に行かなくていいんスか? 確か呼び出しくらってましたよね?」

 

「え? ……あ”」

 

かなり蒼白な顔で、慌ただしくフロウさんが校舎の方へ走っていった。

校内で巨大な花火を打ち上げたり、夜中に寮を抜け出して後輩を海に連れて行ったり、彼女の行動は予測がつかない。

悪戯の類が学園にバレるたび、彼女と小岩井先輩、時には私も呼び出されてお叱りを受ける羽目になるのだけれど、その自由奔放さが彼女の特徴だし、そのままでいてほしい、と思う。

 

「ま、葵さん。頑張ってください! また何かあったら自分に相談ヨロっス!」

 

ドミツィアーナさんが私の肩に手を置いて、グラウンドへ走って行った。

彼女は彼女で中等部とは思えないほどしっかりしている。

私も負けないくらいしっかりしないと……と思いかけて、違ったことに気づく。

そう、頼れる時は頼るんだ。

私と、彼女たちはチームなんだから。

 

「葵ちゃーん!」

 

「わひゃっ……う、ウララさん!」

突然腰に衝撃を感じてよろめく。

振り向くと、ウララさんが飛びついてきていた。

奥の方から小岩井先輩と、デュオペルテさんもいる。

 

「お、葵。この後暇か? 一緒にランチ食べようぜ」

 

「わ、いいですね〜。葵さん、ぜひ〜」

 

ちょうどこの後、デュオペルテさんにも相談しようと思っていたところだ。

向こうから来てくれてありがたい。

先輩の前で相談するのは少し気がひけるけれど、問題はないだろう。

 

幸い、カフェテリアは人影も少なく、すんなりテラスの席に座ることができた。

テーブルを4人で囲む。

私の指導のどこがダメか、同じ質問を彼女にぶつけてみた。

 

「うーん、難しいですねぇ」

 

パスタをくるくると器用に巻きながら、デュオペルテさんが首をかしげる。

 

「弥太郎さんはどう思いますか?」

 

「え、俺!?」

 

先輩が思わずパスタを吹き出しかけて口を押さえる。

それを見てウララさんがケラケラと笑った。

いつも質問されている意趣返しだろう。

おしぼりを手にとった先輩が唸りながらこっちを見る。

 

「うーん、葵の指導は、別に間違ってないと思うよ」

 

「ああ、そうですねぇ」

 

先輩の言葉にデュオペルテさんも頷く。

間違ってはいない、つまり正解でもないということだろうか?

デュオペルテさんが柔和な笑みを浮かべてフォークを置いた。

 

「レースやトレーニングの理論や、戦術の理解なんかは全くダメなところがないと思います。最新のトレンドもよく抑えてらっしゃいますし、使ってくれる言葉もわかりやすいです。なので、足りないところがあるのだとすれば、それは恐らく盤外の話なのではないでしょうか」

 

「盤外、ですか?」

 

「ええ。例えばですけど。……弥太郎さん、先週のオフの日って何をされてたんでしたっけ?」

 

また話を急に振られて、先輩が頭をかく。

 

「えーと、先週は、ウララとドミちゃんと3人で釣りに行ったよ。泊りがけで結構いいホテルを取ったから、めちゃくちゃ楽しかったなあ」

 

「あのね、ドミちゃんがお魚さん捕まえるのすっごく上手なんだ!」

 

ウララさんが思い出を撫でるようにパアッと笑う。

ドミツィアーナさんは釣りが好きなんだ。

そろそろ11ヶ月の付き合いになるけど、知らなかったな。

 

デュオペルテさんがグラスを掴んで水を口に含んで、またテーブルに置く。

一連の動作を思わず目で追ってしまった。

 

「……別に、オフの日も担当ウマ娘と一緒にいろ、と言っているわけではありません。でも弥太郎さんは、私たち一人一人が、何が好きで何が嫌いか、どういうスタンスで走っているのか、などについて細かく把握してらっしゃいます。一つ一つは小さなことですけど、限界まで体を追い込んだウマ娘たち同士の勝負の中で勝負を決するのは、案外そういう小さなところなんじゃないかと、思うわけなんですよ」

 

おお〜、と先輩とウララさんが拍手をして、デュオペルテさんが照れたように笑った。

 

担当ウマ娘の趣味嗜好か。

考えたことがなかったな。

トレーナー白書にも、担当のことを知れという内容のことは書いてあった。

けれど、それはトレーニングとかレースに関する事柄についての話だと思っていたのだ。

 

先輩がくるくるとパスタを巻きながら話を続ける。

 

「何回か言ったことがあるけどさ、俺たちトレーナーにとっての勝負所っていうのは、『レース以外の全て』なんだよね。実際にレースが始まっちゃったら俺たちにできることは何もないわけだから」

 

それは確かに、今まで何度か言われたことのある言葉。

頭ではわかっているつもりだったが、実際にチームを指揮してみて、改めて自分がチームのことを何も知らないことに気づいた。

 

トレーナーは担当ウマ娘を指導するものだとばかり思っていたけれど。

よく考えれば、先輩は何かにつけチームメンバーに意見を聞いている。

互いの考えていることを出し合って、時に採用し時に反対しながらトレーニングを構築しているんだ。

 

「でね、モチベーションの管理っていうのも俺たちの大事な仕事の一つだろ。彼女たちをスターティングゲートに送り出すその瞬間、彼女たちの背中をガッと押さなきゃいけない。そういう時のヒントになるのは、案外関係ない何気ない過去の会話だったりするんだよね」

 

そういえば、先輩はレースの前に色々と雑談をしている印象がある。

あまりに日常会話すぎて、何を話していたのかは覚えていないけれど……。

 

デュオペルテさんが少し咎めるように先輩の方を見た。

 

「……だからといって弥太郎さんのように、レース後に食べに行くレストランの話をされても困りますけれど」

 

「え!? あ、嘘。ダメだった?」

 

「いや、ダメというわけではありませんが、そもそもですね……」

 

考えなければいけないことは、思っていた数倍、いや数百倍も多いんだ。

私は、レースへと赴くディープさんにどんな声をかければいいんだろう?

何が言えるのだろうか?

 

3日後にやって来るウララさんの引退レースについて今から不安が募る。

ワイワイと話している2人の前で悩んでいると、トントンと肩をつつかれた。

顔を上げるとウララさんと目があって、ニッコリと笑っている。

 

「あのねあのね。前のレースの前に、葵ちゃんが『頑張ってくださいっ』て言ってくれたことがあったでしょ? あの時、わたし、とっても嬉しかったなあ」

 

「え……」

 

いつのことだっただろう。

もう覚えていないけれど、そんなことを言ったことがあっただろうか。

 

ていうか『頑張ってください』って。

我ながらひどい声かけだ。

けれど、ウララさんはそれが嬉しかったという……?

頭がこんがらがってくる。

どう捉えるべきか迷っていると、先輩が笑いながらフォークを置いた。

 

「まあ、禅問答みたいな話だけど。葵には葵の、自分の言葉がある。その上で、担当のことをよく知っているに越したことはないってことだね」

 

「は、はい」

 

わかるようでわからない。

正解のようで確信が持てない。

そんな、ふわふわとした心持ちだった。

 

「前に先輩は、ディープさんが『最強のウマ娘じゃない』って言ってましたよね」

 

「ん? ああ。あくまで俺の考えでは、だけど」

 

以前ポロッと先輩が口にして、ずっと気になっていた言葉だった。

史上最強の呼び声高いディープさんが、最強ではない、とはどういうことなのか?

 

「それって、彼女も『負けることがあるから』ですか?」

 

結局うまくは行かなかったけれど、昨日のミーティングルームで確かに一度は触れた彼女の素顔。

敗北を語り、涙をたたえたその瞳。

1人のウマ娘としての彼女は、最強と呼ぶにはあまりに無垢な一人の少女のようだった。

 

「んー、近い! ほぼ正解というか、俺の考えにかなり近いね」

 

カタリ、と先輩が手に持っていたカップをソーサーに置いた。

少し神妙な面持ちで私の方を見つめる。

 

「プイちゃんは、勝つことで存在を確立してきたような娘だ。レースに全てを賭けて、己の全存在をもって対戦相手の全てを叩き潰すような、ね」

 

彼女が見せる恐ろしいまでの勝負根性。

それがどんなものに裏打ちされているのか、考えたことはなかった。

 

「言い方は極端だけど、プイちゃんはレースの中で、他の全員を殺して生き残ってきたと思うんだよね。彼女にとって多分、レースはゼロサムの戦争なんだ」

 

「戦争……」

 

生きるか死ぬかの世界で戦ってきた彼女は、あの有馬記念の日、一度死んでしまったに等しい衝撃を受けたということだろうか。

だとすれば、この1ヶ月の様子も説明がつくような気がする。

 

「『レースが戦争だ』っていうのは、あくまで比喩の話だ。例え話だからこそ効力があるし、現実を脚色できる。いろんな考え方があると思うけど、少なくとも俺は、本気で戦争をしていたんじゃ、いつまでたっても『最強』にはなれないし、彼女の望むものは手に入れられない、と思うね」

 

「ディープさんが望むもの、ですか」

 

ウララさんが店員を呼んで、おかわりを注文する。

彼女の引退レースの日。

ディープさんは、また戦争へ行こうとしているのだろうか。

そこへ向かう彼女の背中を押すような一言を、何か自分は発せられるのだろうか?

 

月日はウマ娘より速く駆け抜けていく。

そして、とうとうウララさんの引退レースの日がやってきた。

私にとっても勝負の日だ。

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