春風と衝撃   作:オルンガだー太郎 

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#6:『勝たせてあげられない』

決戦まであと1日と迫った日の午後。

昨夜から降り続いている雨のせいか、食堂はいつにも増して騒がしかった。

 

こんな天気でもなければ外に出て、ひとりでパンを食べるところだ。

一緒に食べる友達もいない私にとって、食堂は最も避けたい場所の一つだった。

 

カレーを受け取って、振り返って席を探す。

しかし、無情にも席は一分の隙もないほど埋まっていた。

 

最初に席を取っておかなかった自分の段取りの悪さにいら立ちが募る。

友達の1人もいれば状況は違ったかもしれないが、今更どうしようもない話だ。

ひとりトレーを持って立ち尽くすわけにもいかず、ホールの中を所在なくうろつく。

 

ダメだ。

散々歩き回ったけど、どこにも空席は見当たらない。

一見座れそうな椅子の上にも席取りの荷物が置かれていて、私の場所はもうどこにもなかった。

 

いっそ食堂から出て、階段で食べようか。

そんな考えがチラつく。

カレーを持ったまま廊下に出る自分を想像するとかなり惨めだったけど、ここで幽霊のようにさまよい続けるよりはマシかもしれない。

ため息が喧騒に溶けた。

 

「あっ! プイちゃん! こっちだよ〜!」

 

耳に覚えのある明るい声が聞こえてきて、後ろを向くとハルウララが手を振っている。

彼女の対面の席はちょうど空席のようだった。

藁にもすがる思いで人ごみをかき分け、そこに座る。

 

「あ、あの。すみません、ありがとうございます」

 

「今日、なんだか人が多いねっ! さっきまでトレーナーと食べてたんだけど、急ぎのよーじとかでちょうど行っちゃったとこだったんだ。 ね、一緒に食べよー!」

 

目の前の彼女はサンドイッチを口いっぱいに頬張っている。

食堂だろうがグラウンドだろうが、どこで会っても変わらない雰囲気。

ハルウララはハルウララだ。

 

その姿を見てホッとしている自分に気づいて、咳払いをする。

内心を悟られまいと、自分から話題を振った。

 

「明日の交流戦の件、すごい騒ぎになってますね」

 

「え!? そーなの?」

 

本気でビックリする彼女の姿に、こっちが驚いてしまう。

クラスに友達のいない私でさえ、このレースについて口々に話す生徒たちの姿を何度となく目にしているというのに。

 

対戦相手は明らかに格上だ。

そして彼女たちは、負ければ部の存続すら危うい状況。

 

「不安になったりしないんですか」

 

「うーん……」

 

ハルウララは答えるより先にサンドイッチを口に入れる。 

あぐ、と大きな口を開けて噛み付いたから、反対側から具が全部デロンと垂れてしまった。

その具をスプーンでパンにもう一度乗せながら、ニコッと笑う。

 

「トレーナーがね、未来のことが心配になったら美味しいものを食べろ、っていつも言ってるんだ。お腹いっぱいになったらねぇ、心配事もなくなっちゃうもん」

 

呑気なものだな、とため息をつきたくなる。

ハルウララも、あのトレーナーも。

状況をわかっているのだろうか。

以前も思ったけれど、外野の私の方が心配しているという説は当たっている気がする。

 

「プイちゃん、この後なにするの?」

 

「え? あ、今日は、スカウトしてきたトレーナーのもとで体験トレーニングの予定、ですね。天気次第ですけど、3時ごろからの予定です」

 

「そうなんだ! そしたら、食べ終わったら一緒に来て。 いいところを紹介したげる!」

 

その瞳を爛々と輝かせて彼女が私を見つめてくる。

強引だなぁ、と思わず苦笑してしまった。

 

食べ終わった食器を片付けて食堂のホールを出る。

ハルウララは私の手を引いて、ズンズンどこかへ歩いていく。

部室棟の扉を通って、さらに奥。

ついに旧校舎の方へ入り込んでしまった。

 

今まで全く足を踏み入れたことのない場所だ。

そもそもここは生徒が入り込んでいい所なのだろうか?

そんな疑いが首をもたげ始めたそのとき、曲がり角の奥から声が聞こえてきた。

 

「おい、小岩井。お前、ずいぶん偉くなったもんやなぁ」

 

「いえいえ、先生ほどじゃないですよ」

 

その声が耳に届いた瞬間に、私はハルウララを抱きかかえて、柱の物陰に隠れる。

どうしたの?と彼女が声を出しかけたので、急いで口を塞いだ。

 

「す、すみません。ちょっと隠れてください……!」

 

彼女の耳に口を近づけてヒソヒソとつぶやく。

どうやら廊下の向こうで、例のチームの監督が小岩井トレーナーと会話しているようだ。

監督にはこの前、ハルウララの件で牽制されたばかりだ。

なんとなく彼女と一緒にいるところを見られるのは気まずかった。

それにしても、交流戦でぶつかる予定の敵同士が何を話しているのだろうか。

 

「なんか企んどるんちゃうやろな。お前はほんまに、昔から小細工だけは上手かったわ」

 

「あはは……別に何もないですってば」

 

あの2人、関係性があったのか。

監督の口ぶりから、何かしら因縁があるのかとは推測していたけれど。

別々に自分と出会った人物が、知らないところで繋がっていたことに驚く。

 

「なあ、今からでも遅ない。棄権したらどうや。お前らのチームに勝ち目なんかあらへんやろ」

 

「いえいえ。ご心配には及びません。俺たちは、ウララは負けませんよ」

 

自分の名前が聞こえたのか、抱きしめている彼女の耳がピョコンと立ち上がる。

一方で、忌まわしいものでも聞いたかのように監督は大きな舌打ちをした。

 

「なあ、この学園が何のためにあるんか分かってんのか? トゥインクル・シリーズのファンは皆、勝者を見たいねん。ヘラヘラ舐め腐って人気取りだけ上手いウマ娘なんか、学園の面汚しや」

 

思わず、言葉の途中でハルウララの耳を塞いだ。

別にそんなことをしてやる義理はないが、何となく聞かせたくないような内容だと思った。

急に耳に手を当てられて、不思議そうに彼女が私を見上げる。

外の彼らに聞こえないよう、ヒソヒソと謝った。

 

「すみません、ちょっと我慢しててください……」

 

そう言うと、意外とすんなりハルウララが大人しくなる。

『ヘラヘラ舐め腐って人気取りだけ上手いウマ娘』。

ネットなどではたまに見かける激烈な中傷だが、音声で聞くとまた格別に強烈な響きだった。

 

「……変わりませんね、先生は」

 

「アホ。俺だけちゃう。誰もが心の奥底で思っとることや」

 

ドキリと心臓が痛む。

彼女には聞かせたくないと思って耳を塞いだけど、実際、以前は私もそう思っていたじゃないか。

今は…………今は、どうだろう?

チラリと下を見ると、ハルウララが満面の笑みで笑い返してくる。

今、すごい悪口を言われてますよ、と言ってやりたい気分になった。

 

「ご高説ありがとうございます。ですが」

 

小岩井トレーナーの穏やかな声。

あの男は本当に、いつも落ち着いているというか、冷静だ。

 

彼女の耳を塞いでいた手を退けると、スリスリと顔を埋めてきてくすぐったい。

まったく、犬じゃないんだから。

 

「ハルウララは、最強のウマ娘です。明日はそれを、俺たちのチームが証明して見せますよ」

 

うふ、とハルウララがくぐもった声で笑った。

背中を冷や汗がつたう。

マズい、彼らに聞かれただろうか?

少しの間耳をすませたが、特にこちらを気遣うような気配はない。

どうやら気づかれてはいないようだ。

 

「まあ、ええわ。明日は叩き潰したるから覚悟せぇよ。二度とチームを名乗れんようにしたる」

 

「ええ、お手柔らかにお願いしますね」

 

私たちが隠れていた柱のすぐ前を、大股でドカドカと監督が通り過ぎていく。

もうダメかと思ったが、こちらに気づいた様子はなかった。

 

彼の姿が見えなくなったのを確認して、外に出た。

タイミングよくトレーナーが角を曲がってきて、ちょうどバッタリ出くわす。

その瞬間にハルウララがトレーナーの腰に飛びついた。

 

「トレーナー!」

 

「うわぁー!! ……び、びっくりした。なんだ、プイちゃんも一緒か」

 

「……その呼び方はやめてくださいってば」

 

ウマ娘にあんな飛びつき方をされたら腰が壊れてしまいそうなものだが。

細く見えるけれど、意外と鍛えているのだろうか。

 

「さっき、すっごく怒られてたね!」

 

「いやいや、あの人はずっとあんな感じなんだよ」

 

「監督と、お知り合いだったんですね」

 

トレーナーはふと微笑んだ。

彼の手がぐしゃぐしゃとハルウララの頭を撫でる。

 

「むかし俺はあの人のチームにいたからね。恩師みたいなものなんだよ」

 

「そう、だったんですね」

 

それにしてはずいぶんと指導方針が違うようだが。

ひょっとしたら、方向性の違い的なところで道を袂を分かったのかもしれない。

 

「交流戦、勝算はあるんですか」

 

「まあね。作戦立てるのだけは得意なんだ」

 

「あのおじさんにも小細工が得意って褒められてたもんね!」

 

それは別に褒められてはないと思う……。

トレーナーも苦笑いだ。

 

普通に考えて彼女たちに勝ち目はない。

だが、この男が作戦を立てるのが得意、というのはウソではないだろう。

数回彼の練習を体験しただけでも、相当な曲者であることはわかる。

その作戦が、圧倒的な実力差を埋められるほどのものなのかどうか気になった。

 

「というか、2人はなんでこんなところにいるんだ?」

 

「えっと……」

 

「あ! そうだった。プイちゃん、こっちこっち! トレーナー、また後でね〜!」

 

ハルウララが私の腕をつかんでさらに奥へ引きずっていく。

手を振る小岩井トレーナーが廊下の奥に小さくなっていった。

 

いいところに連れてってあげる、と彼女は言ったけれど、どこまで引きずっていくつもりなのだろう?

 

古い木製の廊下を奥へ奥へ。

さらに階段を上って、建物の一番奥まったところ。

突然、ボロボロの小さな扉が現れた。

素人補修の跡のようなつぎはぎが当てられた、戯画的なまでに朽ちたドア。

ここが目的地なのだろうか。

 

そう思っていると、ハルウララがポケットから小さな鍵を取り出して扉を開く。

ギギギ、と木が軋む音がした。

 

中を覗くと、2人入ればギュウギュウになるような、三畳半くらいの狭い部屋。

そこに小さな椅子と机があるから、私とハルウララでもういっぱいいっぱいの状況だ。

 

「ここは……?」

 

「じゃーん! わたしの、前のトレーナー室だよ!」

 

ここが、トレーナー室?

前のということは、ドアに絵が描かれたあの部屋に移る以前、ここで仕事をしていたのだろうか?

いくらなんでも、狭すぎる気がするけど……。

 

キョロキョロと辺りを見回していると、ハルウララが何かに気づいたようにハッと肩を上下させた。

 

「あ、忘れてた! プイちゃん、ちょっと待っててね!」

 

「えっ、ど、どこに行くんですか!?」

 

あっという間にハルウララがドアを閉めてどこかへ走り去った。

狭い部屋に1人残される。

やることもないし、とりあえず小さな椅子に腰掛けた。

 

私の顔くらいのサイズしかない小さな窓に、シトシトと雨粒が打ちつけている。

部屋というよりも、広めの押し入れと言ったほうがしっくりくる狭いスペース。

けれど、雨音のせいかレトロな机と椅子のせいか、妙に落ち着く雰囲気が漂っていた。

 

それにしても薄暗いな。

スマホのライトをつけて探すと、ドア付近に電源を発見した。

スイッチを入れると、オレンジ色の照明で部屋が照らされる。

……なんだか、さらに居心地良い雰囲気になってしまった。

 

さっきは気づかなかったけど、頭の上に一段の棚が据え付けてあって、重そうな本がズラッと並んでいる。

背表紙が所々破れていてよく読めないが、どうやらトレーニング関連の書籍のようだ。

手持ち無沙汰だったし、なんとなく指をかけて一冊引っ張ってみる。

 

「うわっ」

 

手前に引っ張った瞬間にカチッと音がして、椅子のすぐ左の壁が勢いよくスライドした。

中は深い溝になっていて、おびただしい数のノートブックが積み重ねてあるのが見える。

 

か、隠し扉……?

 

耳をすませても何も音がしないので、部屋の周りには誰もいないようだ。

ハルウララも、行ってしまったきり戻ってくる気配がない。

あまり良くないことと思いつつ、怖いもの見たさで一冊、中のノートを手にとってみた。

 

表紙に『小岩井』とサインが書いてある。

あのトレーナーの持ち物みたいだ。

むくむくと膨れる好奇心とともに、ページをめくった。

 

「これ……」

 

絵というよりは何かの図が、くまなく全部のページに書いてある。

それは幾何学模様だったり、あるいは文字だったり。

よく見るとそれは全てトレーニングの草案のようだった。

 

1ページに1つ、それが1冊全てのページに書き込んである。

ざっと見ただけで、そんなノートが30冊以上積み上げられていた。

 

これを全て彼が考えたのだろうか?

彼の変なトレーニングの源泉はここにあったのか。

もしそうだとすれば、ちょっと……尋常じゃないな。

 

さらに何冊か手にとって、中を見てみる

やはり、ここにあるノート全てにトレーニング案が書いてあるようだ。

全部で何冊あるんだろう?

数えるため、一旦全てを取り出してみることにした。

 

「ん」

 

トレーニングノートのさらに奥。

3冊だけ、質の違うノートが積んである。

表紙には日付が記載されていることから推定すると、日記の類のようだ。

日付からして、1冊で1年に相当しているみたい。

 

……まあ、ここまでくればなんでも一緒か。

今度は躊躇もせず、手に取ってページをめくった。

 

「……!」

 

ビッシリとページを埋め尽くす小さな文字たち。

そこに綴られていたのは、小岩井弥太郎(こいわいやたろう)その人の、苦悩の日々だった。

 

イギリスの名門大学院を出た彼が鳴り物入りでトレセン学園へ赴任し、あの監督のチームで1年間研修をしたこと。

研修が終わり、チームに引き止められたところを無理に独立しようと思ったら、×××××のハルウララ(塗りつぶされていて判読不能)の担当に左遷されてしまったこと。

初めて会った時、勝ちに対するこだわりが見えない彼女に驚愕したこと。

練習にすぐ飽きてしまう彼女のために、次々新しいトレーニングを考えなければいけなかったこと。

×××××として地方・中央問わず全国の学園とレース場へ飛び回り、トゥインクル・シリーズの普及活動に尽力しなければならなくなったこと。

少ないトレーニング期間、無理な日程やレース間隔、そしてどこへ行っても完全アウェイの状況で、いつまでもハルウララを勝たせてやることが出来ないこと……。

 

初めは『日本のレースを変える』と大志を抱いていたのに、全くそこへたどり着けない絶望の日々。

思うように仕事ができない焦燥。

トレーニングの成果が芳しくない苛立ち。

満足に勝たせてやれない無力感。

そもそも、トレーナーとは何なのか。

その存在意義とは……。

そんな彼の心境が、2冊目、3冊目と日を追うごとに変わっていく様が、生々しく書き綴られていた。

 

そうして、2年前。

デュオペルテ先輩に逆スカウトされてチームを結成した時期で、日記は終わっている。

おそらく、そのタイミングでこの小部屋から現在のトレーナー室へ移ったのだろう。

 

細かくは読んでいないけれど、他人の過去を垣間見てしまった背徳感と罪悪感で胸がドキドキした。

あのトレーナー、そんなことを考えていたんだ。

何を考えてるのか分からなかったけど、結構、野心家なんだな。

というか、ちゃんと悩んだりするんだ。

 

興味深いのは、1冊目では『ハルウララを勝たせてやれないこと』に対する自責が高頻度で目につくのに、2冊目以降はその描写がほとんど見られないことだった。

彼の心境はどう変わっていったんだろう。

何がどうなったら、今のあの様子に落ち着くんだろう。

その機微を汲み取るためには、もっと詳しく読み込まないといけないみたいだった。

 

ダバダバ、と特徴的な足音が部屋の外から聞こえてきて、心臓が跳ね上がる。

マズい、ハルウララが帰ってきた。

どう考えても、この日記とかは彼女に見せてはいけないものだ。

小岩井トレーナーも、そのために隠し扉まで作ったのだろう。

 

急いでノートを溝の中に詰め込んで、スライドを閉める。

カシャ、と壁が元どおりになったタイミングで、部屋のドアが勢いよく開けられた。

相当急いで来たのか、ハルウララは肩で息をしている。

 

「ふぅ……遅くなって、ハァ……ごめ、ごめんねぇ」

 

「え? あ、いえ」

 

日記を夢中で読んでいたから気づかなかったけれど、時計を見るとハルウララが去ってから30分以上も経過していた。

 

「はい! プイちゃん。おもてなし、してあげるね!」

 

彼女が机の上にポットとカップを乗せる。

ティーセットのようだった。

 

「あ、違った。なんだっけ。えーっとね……」

 

一瞬紅茶を注ごうとした彼女が手を止めて、何事かを考え込む。

やがて思い当たったのか、目を輝かせながら手のひらを私に差し出した。

 

「どーぞどーぞ、お茶ですが!」

 

ふんす、と鼻息荒く、その割に繊細な手つきでカップに紅茶が注がれていく。

小岩井トレーナーの真似でもしているのだろうか?

そう思うと、なんとなく可笑しかった。

 

とぽぽ、と金色のお茶が可愛いカップに注がれると、部屋にハーブの香りが立ち込めた。

ハルウララが見つめる中で、恐る恐る口に少しだけ含む。

 

「……! あ、美味しい……」

 

そう言うと、この上なく嬉しそうに彼女が笑った。

失礼な話だが、ハルウララが淹れたにしては、予想外に良い味だった。

 

「トレーナーがねえ、いっつも教えてくれるんだ」

 

「へえ。小岩井トレーナーは、紅茶がお好きなんですね」

 

「うん、そうみたい。何だっけ。マスコット?にいた時に好きになったんだって!」

 

「?? アスコット、ですか?」

 

「あ、そーかも! なんかねえ、紅茶の話する時、すっごく楽しそうなんだ……」

 

狭い部屋の中で、ハルウララと2人テーブルを囲む。

こんなにゆっくり、他人とお茶をするのは初めてだった。

ハルウララは楽しそうに、いろんな話をする。

トレーナーのこと。

デュオペルテ先輩のこと。

タイドアンドフロウ先輩のこと。

チームのこと。

 

ブル、とスマホが震えて、見るとスケジュール確認の通知が飛んできていて、驚いた。

もう1時間半近く喋っていたことになる。

 

「プイちゃん、大丈夫?」

 

「あ、えっと…………。トレーニングの時間、みたいです」

 

「そーなんだ! 私もねー、あと1時間で練習なんだぁ。あ、カップとかは片付けとくから、気にしないで!」

 

思いの外時間がない。

気は重かったけれど、今日のトレーナーは初めて会う人だ。

いきなり遅刻するのは避けたい。

 

重い腰を上げて、礼を言う。

美味しい紅茶だった。

ドアを開けて、会釈するためにハルウララの方を見る。

 

雨が上がったのか、小さな窓から光が差し込んでいる。

ハルウララの髪の毛に反射して、儚げに全身が輝いて見えた。

 

彼女は、明日決戦に臨む。

チームの存亡をかけた戦いに。

 

「……? どうしたの?」

 

「あ、いえ。えっと……その……」

 

こういう時、何と言えばいいのか分からなかった。

いやそもそも、何か声をかけたいのか?

彼女が勝とうが負けようが、私には関係ないじゃないか。

 

「あの……、お茶、ありがとうございました」

 

結局、口から出たのはそんな言葉だった。

逆光に照らされたハルウララが、ちょっと首を傾けて手を振る。

その仕草に、少しドキッとした。

 

扉を閉めて、狭い廊下を歩き出す。

何となく、明日にならないでほしい、と思った。

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