「早瀬ユウカです。よろしくお願いします」
「ん、よろしく、早瀬。今日は軽い顔合わせのつもりだったから……書類整理をお願いしたい」
早瀬ユウカは、連邦捜査部シャーレの顧問に赴任した『先生』に呼ばれ、シャーレオフィスビルの執務室に来ていた。
シャーレの先生は見た目は教師としては少しラフな格好をしているが似合っておらず、どちらかというと映画に出てくるようなダメな上司役が似合うような風貌をしている。
(割と軽そうな人だな……)
それを見たユウカは心の中で渋い顔をしながら、先生に指示を仰いで、キヴォトス内で起きている問題の規模の大きい順に書類や生徒の陳情書を電子化と整理が終わると、先生が紙コップに淹れられたコーヒーがユウカの作業机に置かれた。
「お疲れ様。実は三日前に赴任したばかりで、ここに置かれたままの書類には全然目を通せてなくてな……いや、助かったよ」
「急に指名されて赴任した。って聞きましたけど本当に急だったんですね……」
「今日ようやく陳情書に目を通せる位に暇になったし、今回整理してもらったのとは別の案件もあるから今日はもう帰ってもらって構わない。次は一週間後に来てくれればいい」
先生はユウカの分のコーヒーとは別に用意した自分の分のコーヒーを一口飲み、整理した書類に目を通し始める。
ユウカはその姿を見て、意外と仕事熱心なのか、それとも生徒にあまり興味が無いのか。第一印象としては見た目よりは真面目な人。という評価を下してからコーヒーを飲み切ってその日は帰った。
というのが、先生とユウカのファーストコンタクト。
数ヶ月経った現在はというと──。
「またこんなに散らかして……まったく」
目の前に広がるのは、書類の山だらけになっているデスクと部屋の片隅で適当にポリ袋に詰められたゴミの数々。
ここ数ヶ月で先生のダメな所も良い所も見てきたユウカだが、この光景を見慣れたくはなかったとこうなる度にぼやいている。
「早瀬か……休日に呼び出したのにすまない。今用意するから部屋の外で待って──」
「いや、いやいや。この部屋の悲惨な状況の説明を要求します! 要件はそれからです!」
一際大きい書類の山の裏から先生の声がする。ユウカは先生が動く前に、床に置かれたゴミを踏まないようにデスクに近づいて、先生の逃げ道を潰しに行く。
「生徒の陳情を聞いて回って、情報収集をしたり、資料の出し入れしたらこんな感じに?」
「なったとしても一週間出しっぱなしにしていたら業務に差し支えますよね!?」
「……自分が分かってれば問題ないから」
手を止めて座ったままの先生は、子供が隠していた悪戯が親にバレた時にするようなバツの悪い顔をしながら目に深い隈を作り髪もボサボサで、もう何日も寝てませんと言わんばかりの先生を見て、ユウカは眉間を揉みほぐす。
「問題です! この状況を見た他の生徒の心境を考えてください! ちなみに今日で勤務時間、何時間目ですか?」
「160時間ほど……」
24(一日)×7(一週間)-160(勤務時間)=8時間。
この時間が一秒も掛からずに脳内で計算できてしまったユウカは、先生の健康とブラックな労働環境に慣れてしまっている状況に頭を抱える。
もしかしたら手遅れじゃないかもしれない。一縷の望みを持って一つだけ先生に問い掛ける。
「先生、労働基準法って──」
「……知ってるけど、シャーレの先生は公務員扱いなんだ」
「…………ふぅ、とりあえず寝ましょう」
叫びそうになったがユウカはギリギリの所でクールダウンし、先生に仮眠を促す。先生は仮眠用に買ったが結局、今使うまで全く使用されていなかった寝袋に不本意そうに入ると気絶したように眠りに入った。
労基的にヤバいという自覚があるのなら、半分手遅れだが半分どうにかしないといけないという使命感をユウカは胸に刻む。
「……寝ている間に、領収書の申請とかできるようにしておこう」
ユウカはゴミ袋を片付けてから、先生が溜め込んでいそうな経費申請書の作成を行うために、デスクの隅に辛うじてに纏められていると言えなくもない領収書を何枚か取って目を通す。
昼食や生徒の陳情に対応した際に発生した経費が領収書が切られている。
きちんと日付ごとにクリップで分けられていて、その日使った金額もメモ用紙に記載している事も確認した。
(こういう所だけはキッチリしてるのにあの人は……。うわっ……先生のエンゲル係数、低すぎ……?)
数日分の領収書を見ていると、ユウカはある事に気づいた。
飲食関係の領収書が一日一食分のレシート分しかない。しかもコンビニでおにぎりとお茶が一個ずつ位の食費しか割けていない。
今までも何回か経費申請を手伝ったこともあったが、ここまで食費を切り詰めている状況はユウカの記憶の中では初めてだった。
「おはよう……ございます……」
「おはようございます、先生。よく眠れましたか?」
三時間近くが経ち、ユウカが書類の整理やゴミ出しを終えた頃、先生が目を覚まして起き上がった。
テンションが低いのは、寝起きが弱いのか睡眠不足故のそれなのか。目元を数回揉み頭を振ると先生は頭を仕事モードに切り替えて、デスクの上の書類が作業途中の物以外は全てファイリングされ、以前と同じように整理されていた部屋の現状に少し驚いた様子を見せる。
「これ、全部早瀬が?」
「はい。先生が寝ている間暇だったのでやっておきました」
「すまないな……」
「そう思うなら、もうちょっと頑張ってください」
申し訳なさそうに、ボソっとありがとうと呟いた先生を見たユウカは、私が居ないと駄目だなぁというダメンズウォーカーの典型例みたいな笑みを浮かべながら、領収書の中で申請が通るであろう物とそうでない物とを仕分けを始めた。
一度睡眠を挟み、本日彼女が来る前に何かやることがあった筈だとモヤモヤしていた先生だが、やろうとしたけど度忘れするなら、どうでも良いことか。と読みかけの陳情書を頭から読み直し、内容を洗い直す。
(送り主、ミレニアムサイレンススクールのゲーム開発部。
『開発部は今、存続の危機に陥っています。生徒会からの廃部命令により破滅が目前に迫っている今、助けを求められる相手はあなただけです。勇者よ、どうか私たちを助けてください!』)
面倒くさい依頼の予感がしてきた先生は一度見なかった振りをして、ちらっとユウカの方を見る。
彼女はミレニアムの生徒で、生徒会の会計担当。廃部になる部活は大体が人数不足か実績不足で、そこに出す予算を他に回すために廃部になる。予算ぐるみの話となるとユウカとぶつかることは明白である。
そして、先生は情けないことに財布の紐を彼女に握られている。
カードを使おうものなら、決済通知が行き。領収書を隠そうものなら、普通に怒られる。しかも、五千円以上の買い物は相談してからにしろとまで言われている。
つまり、金銭面の問題で先生はユウカに基本的に勝てるとは思っていない。
「六日前、コンビニで購入したおにぎりとお茶が……合計224円」
「先生、大人としてどうかと思う」
ユウカに聞こえない位の声量で呟いた先生は、仕事から脱線仕掛けた思考を一度戻して、真面目に考えると、正直今は厳しいというのが本音である。
廃部命令が出て切羽詰まってるのは、十分理解しているが少し前までアビドス高校の問題に掛かりきりだったため、大分疲労が溜まっている先生は絶対長くなることが分かっている案件にはあんまり乗り気ではなかった。
(いい感じにお茶を濁しつつ後回しにしよう。他、送り主はゲヘナ風紀委員……げぇ)
アビドスの件で、先生はゲヘナの風紀委員会に借りを作ってしまったため、断るのが不可能に近い。
先のミレニアムの案件と、どっちが楽そうかと考えると内容の軽さはミレニアム、拘束期間の短さは後者にな予感がしている先生は頭を抱える。
「五日前、接待交際費で……接待交際費!? しかも20万円!?」
しかし、今生徒から来ている陳情書の中では、確認した二つが大きそうな案件以外は片手間で片付けられる案件が細々とあるだけ。
大きな案件を受けずに生徒の声を無視するのは、大人としてほんのちょっぴり心が痛むせいで先生の中の選択肢にはない。
「先生! これは何ですかっ!!」
「あっ……セールスのねーちゃんの名刺?」
どっちかの案件を選ぼうとしている先生は顔を真っ赤にしたユウカに突き出された領収書と名刺を見て、昨日までに証拠を抹消する予定だった領収書の存在をようやく思い出した。
思い出したところで、もう見つかっているので手遅れである。
「セールスの人がブラックマーケットで、倶楽部沙喜遊場栖とかいう接待を伴う飲食店で働いてる訳ないですよね!」
頬の照りが引かないユウカに銃を突きつけられ、反射で両手を挙げながら先生は、五日前の夜の事を思い出す。
確か、あの日はアビドスにあるラーメン屋の紫関でベロンベロンに酔った後、気が付いたら気持ち良くなっていたことと、その時にとりあえずランクが一番上の嬢を指名した記憶が先生の中にある。
「生徒の模範となるべき教師が! こんな……い、いかがわしいお店に行ってるなんて言語同断です!
というか20万ってなんですか! 一体どんなコトしたらそんな額まで膨れ上がるって言うんですか!?」
「一目惚れからの充実した一夜……かな」
顔を真っ赤にし続けながら、先生を糾弾するユウカを適当にあしらいながら逃走経路を考える。
窓から降りるルートは高過ぎる上に一度使ってバレているから使用不能。口を物理的に使って黙らせるのはこの状態で使うのは愚策なので使用不能。力押しで突破するのは勝てる見込みが一切ないので使用不能。
あんまり使いたくない手段だが、先生はある案を思いついた。
「こういうお店で一目惚れしても先生とは仕事の関係でしかないんですよ!」
「じゃあ、ユウカもそう?」
「えっ……?」
適当に喋っていたつもりの先生だが、想定以上にユウカがショックを受けたような表情だったのを見てほんの少しやらかしたと反省した。
「ユウカも色々手伝ってくれてるけど、それも仕事だから?」
「それは……そうじゃないですけど! そんな言い方はないでしょう! 私は……」
「悪かった。悪かったから、もうこの話やめよう。
ちょっと長めになる用になる。しばらく来なくて良いから」
言葉に詰まり、今にも泣き出してしまいそうな様子のユウカを見た先生は彼女の肩を優しく叩いて執務室から出ていく。
「先生……いや、誤魔化されないですからねっ!?」
ユウカの声を聞きながら、速足でオフィスビルのエレベーターに乗って逃げた。
今回のようなユウカの怒りを鎮める方法は時間を置くしかない事を知っている先生は、時間を潰す目的も兼ねて案件を片方こなしてから戻ることにする。
案件は無論、ゲヘナの風紀委員会からの依頼である。ミレニアムの案件ではどうやってもユウカとぶつかることが不可避なので多少内容が重くてもそちらを選ぶ。
すぐに移動を開始して、ユウカに悟られない動きで目的地へ向かう。
「……そういや、おっぱいデカかったな。あのねーちゃん」
今回の案件でゲヘナの風紀委員会に直接関わる訳ではない。
ゲヘナには校風故か問題児が多いが、風紀委員会ですら手を焼いている組織がある。その名も『便利屋68』便利屋の名の通り金さえ払えば何でもやるのだが、何でもやり過ぎる為にゲヘナの自治区から実質追放を食らっているゲヘナの中でも特にヤバい集団としてマークされている。今回の案件の内容は、その便利屋68の監視と報告を依頼された。
幸いなことに、アビドスの件で先生は便利屋にはシャーレの先生としてではなく、アウトローコンサルタントとして所属していたことがあるため、社長を名乗る陸八魔アルともコネがあり、周りからはバレているが先生とは別人という扱いで便利屋に席がある。
「もしもし、アルちゃん社長?」
『あら、先生じゃない。ふふっ……今日は何か依頼かしら?』
モモトークに登録されたアルの電話番号を呼び出すと、表面上は格好つけられている彼女が応答する。先生はそれを聞きながらスクエアタイプのフレームの伊達眼鏡を掛ける。
アウトローコンサルタントとしての先生は、無意味ではあるが掛けると気持ちの部分で頭が良く見えるという頭の悪い理由と変装も兼ねて伊達眼鏡を掛けるようにしている。
勿論その状態で先生に出会った生徒の中に、そもそも変装だと思っていなかった生徒が居る程無意味な。
「今回は依頼じゃなくて、コンサルの方。ちょっと近くに用事が出来たから、そっちに寄る」
一時間後、アビドス自治区の外郭の砂漠からは少しだけ街に近い場所にある事務所に、手土産を持って到着した先生は扉を開いて中に入ると、わざわざチェアーを後ろに向けて先生から姿が見えないようにしているアルがそこに居た。
「ようこそ、先生。今日は依頼でないのは残念だけど、今後もイイ関係を続けるために──」
アルが格好つけているが先生はそれをスルーして、勝手に客用のソファーに座って彼女にバレないように音を立てずコーヒーを淹れ、茶棚にしまわれていた羊羹に手を出す。
以前に数億程先生に寄付された事と、先生が定期的に依頼を出して報酬を払っているため、便利屋は毎日カップ麺生活よりは生活基準がマシになっている。
「──ところで、さっきから一言も喋っていないけれど……先生、本当に居るのかしら? ムツキが面白がって黙ってるだけとかだったりしないかしら?」
「適当に喋ってていいぞ」
「居るじゃないの! というか、そのお菓子は私が今日のおやつに食べようと楽しみにしてたやつ!」
アルが椅子の方向を正面に戻して立ち上がる。
先生が食べていた羊羹はキヴォトスで有名な和菓子屋が一日数量限定で開店後から行列が出来る程競争率の高い羊羹であったらしい。
「あ、そうなん? 半分残ってるけど食う?」
「食う? じゃないわよ!」
先生が食べたのは四本中二本。残り半分を死守する為に先生のから羊羹を奪還して、自身のデスクのロッカーにしまい込み、ちょっと無理して買ったチェアーに座り直す。
「くっ……! 流石アウトローコンサルタントね……油断するとすぐ先生のペースに乗せられてこうなってしまうわね」
「多分アルちゃん社長が乗せられやすいだけじゃないか?」
アウトローコンサルタント。というのは先生がアビドスの自治区を調査する際に便利屋と繋がっていたカイザーコーポレーションから身分を隠すためにでっち上げた肩書だったのだが、それがアルの琴線に触れて先生は便利屋からはアウトローコンサルタントの役職を与えられている。
「第一、アウトローがコンサルに頼るのってカッコ悪くないか?」
「良いのよ! コンサルタントって響きがカッコいいの!」
「さいですか……ところでメンバーは?」
先生がオフィスを見渡すと、いつもアルを弄ったり、後に引けなくする便利屋の他のメンバーが居ない。
風紀委員会からの依頼で、便利屋の活動報告を書かなければいけないのだが、アル一人のことを書いても仕方ないので困った。
もう既に剥がれているアウトローの皮を被り直すために、コンビニで買ってきたロックアイスをわざわざアイスボールにして、それと麦茶を注いだそれっぽいグラスをカッコつけて持っている。敢えて先生はそれには触れなかった。
「依頼に出払ってるわ。一人で暇してた所にちょうど先生が来てくれて助かったわ」
「なるほど?」
「まぁ、明日には帰ってくるんじゃないかしら?」
「つまり、今日はアルちゃん社長と二人っきり……ってコト!?」
グラスに口を付けていたアルだが、アウトローはこんな事では口に含んだ飲み物を吹き出したりはしない。落ち着いて麦茶を飲み干した。
「ええそうなるわね」
(先生と二人きりってコトは……大人なアレやコレがあるって……コト!?)
肝が小さくて、残念で可哀想。つまり、ちいかわ。
それが陸八魔アルという人間である。本人が望んだ状況になるとテンパり、想定通りに事が進むと調子に乗る。
そして、その結果周りが暴走して最終的には何かが爆発して散々な目に合う。先生が主導で動いた場合は辛うじて黒字になるが、その他は赤字になる。
彼女の性格が便利屋の収支に出ていると言っても支障はない。
「それはさておき、これなーんだ?」
「そっそ、それは……私の改ざん前の学生証!?」
ゲヘナ監視の初日は、こうして先生がアルを弄り倒して時が過ぎていき、そして数日が経った朝、先生がスマホの着信で目が覚め、起き抜けの状態で通話に出る。
『先生、おはよう。今、大丈夫かしら?』
ゲヘナ学園風紀委員会、委員長の空崎ヒナに一応の定期連絡をすると言われていたのを忘れていた先生は、少し焦って周囲の状況確認をする。
先生が寝ていたベッドの上では横に毛布一枚で、服を着ていない状態でぐーすかと寝ているアルと服を着ていない自分。
この状況を見た先生の起き抜けの頭一気に覚醒していく。昨夜ほんの少し溜まってきただけなんですと脳内で誰かに言い訳しながら先生はヒナに対する言い訳を考える為に時間稼ぎをする。
「悪い。今ちょっとだけ待ってほしい。今、アレが溜まっていて後処理をしてなくてな……」
『また? この前たまたますれ違ってたミレニアムの生徒が愚痴っていたわ。「先生は片付けが下手くそ過ぎる」ってね。私も忙しい方ではあるけど、月に二回は散らかさないわよ』
「ああ……うん、その件では早瀬には迷惑掛けてるし。しっかりしてる空崎は凄いと思うぞ。うん」
適当に受け答えながら、服を着て後処理に使ったモノをコンビニのビニール袋に入れて自分の懐に隠す。
これで後は通話に切らずにこっそり部屋を出ていけば、便利屋の直近を報告して終わり。というところまで持ち込んだ先生は心の中でヨシ! と指さし確認をする。
『……今、変なことしてない? もしくはもうしてたりして』
「いや、何もし──」
「ふぁぁ……先生? どこか行くの?」
ヒナの言う通りナニかはした後なのだが、先生はさっさと便利屋のオフィスを出ようとしたところでアルが起きてしまい、先生の顔がみるみる青くなる。無論通話を繋いでいたヒナにもアルの声は聞こえていて、スマホのスピーカー越しからだが、先生は確かに圧力を感じていた。
『先生』
「はい」
『報告は一括提出で結構だから、後日、学園の方で報告してもらいます』
「はい……」
あまりの圧力に言い訳する暇もなく、一方的に通話を切られてしまい。先生は額に手を当てて天井を見上げる。
便利屋は風紀委員会に目を付けられているが、先生も一定の信頼もあるが目を付けられている側の人間であるため、一ヶ月に一回は怒られている。
「せ、先生?」
「とりあえず紫関行ってくるか!」
寝起きで状況を把握出来ていないアルを放っておいて、またしばらくしたら来ると旨とする書置きを置いて先生は、ラーメン屋紫関があるアビドスの内郭の方へ出向いた。
〇
「っべ……迷った」
そして一先ず、アビドス高校の対策委員会に顔を出しておこうと学校の敷地付近を歩いていた先生は遭難していた。
アビドス高校は元が大規模のマンモス校というのもあり、現在は砂漠化被害もあり使われていない校舎もあり土地が広く、初めて訪問した時も先生は遭難して死に掛けていた。
廃棄された校舎や一部の周辺地域は先生が命を問題ない程度に削って取り戻したが、今、その土地に殺されかけているのは皮肉なものである。
「素直にモモトークで助けを……ここ圏外か」
気力が尽きて、砂漠化して砂まみれになった道路に膝を付いて項垂れる先生を見つけた一人の生徒が通りがかった。
「先生? こんなとこでどうしたの?」
「す、砂狼ぃ!」
砂狼シロコ。アビドス高校の生徒の中で一番問題のある生徒として、他の自治区まで名を轟かす生徒である。
一部ではテロリスト又はプロの強盗、或いは真のアウトローとして認識されているが、同じ学校に通う対策委員会の友人を思いやれる娘である。
遭難で若干心が弱っていた先生は彼女に泣きついた。
「……もしかして、また迷子?」
「委員会の方顔出そうと思って来たら、前に覚えた道とちょっとズレてて……」
「そんな予感がして、こっち来ておいて良かった」
「ホント、助かった」
立ち上がった先生は数時間砂漠を彷徨った疲労で少し立ち眩みを起こしたが、シロコに脇を支えられる。
この状況に何となく既視感を覚えた先生が口を開こうとしたが先にシロコが口を開いた。
「こうしてると、先生と初めて会った時の事。思い出すね……。あの時先生は酔っぱらって電柱と喧嘩してたけど」
「……その話やめない?」
その件でユウカにこってり絞られている上に大人として情けない話なので先生はシロコに話題の変更を提案をする。彼女はあまり口数が多くない生徒である事は知っているため、邪魔をしたくない気持ちも先生の中にはあるが、自分の黒歴史を語られることは流石に厳しかった。
「まだ電柱と喧嘩してるの?」
「……たまに?」
「そっか、仲直りできると良いね」
遠回しに酒を辞められたかどうかを聞かれた先生は、今度こそ辞めようと決意した。決意だけで辞められる気はしないというのは、先生をよく知る生徒なら口を揃えて言える。
「……ところで先生」
「どうした?」
「今日、委員会休みだから来ても誰も居ない……」
「砂狼……」
「……ん」
「そう言うのは最初に言ってくれ……」
先生は脱力して、夕食を兼ねて紫関の方へシロコに案内してもらった。
「大将! とりあえず生と餃子!」
「……私は塩」
現在、二人が来ている紫関ラーメンは屋台で営業しているが、先生が初めて来た際はテナントに店を構えていたのだが、色々あって便利屋に爆破されている。
店主の柴大将は現在の屋台形式も気に入っているとは言うが、紫関爆破の件は先生にも少しばかり責任があるため、定期的に店に足を運んでいる。
「……先生、また電柱と喧嘩するの?」
「程々にするから、見逃してほしいな」
本当に決意だけだったアルコール断ちは数時間で終わったが、先生がジョッキで生ビールを飲み満足そうにしているのを見たシロコは、先生が喜んでるなら良いかと特に何も言わずに塩ラーメンの麺を啜る。
ユウカやアルと居る時は先生は相手にストッパーを任せて好き勝手にやる事が多いが、シロコの場合は気を抜くと過激に事を解決しようとする彼女のせいで先生が冷静にならないといけないという気にさせている。
そういう意味では先生を一番先生らしくするのは、シロコかもしれない。
「先生……一つ聞きたいことがあるんだけど、良い?」
「っぷはぁっ……バレないお金の稼ぎ方以外なら相談に乗るぞ」
「私が退学届け出して、カイザーのところに行った時。退学届けのサインの所に銃弾撃ち込んだったって、本当?」
「んっ、んん……!」
先生が盛大にむせて、咳き込む。
アビドスの件でカイザーコーポレーションから小鳥遊ホシノに加えてシロコにも取引を持ち掛けられた結果、先生がその場のノリと勢いでそういう事をした事実はあるが、それも先生の中では立派な黒歴史の一つである。
「したの?」
「……してないです」
「ノノミからやったって聞いたんだけど」
「大将ー! 生と紫関ラーメン追加ー!」
先生は面と向かって感謝されたり、褒められるのは苦手な方である。だからか、こうして有耶無耶にして誤魔化そうとするがシロコはそれを察し、故に先生をにネクタイを掴み、自身の方を向かせる。
「……先生」
「あ、はい」
「……あの時、色々言ったけど。改めて、ありがとう」
「お、おう」
先生の注文した生ビールと〆のラーメンが届くと同時にシロコが手を離す。
若干の酔いもあるが、多少は素直に感謝を受け止めて照れ隠しで麺を啜ってスープも数口飲み味を確かめる。この味が守れたから良しとして先生は自分を落ち着ける。
その後、先生がラーメンを完食して紫関を離れるまでは、会話が特にないまま気持ちの良い風が吹くのみだったが、酔い潰れて寝てしまった先生を見たシロコは先生を背負って学校の空き教室で休ませることにした。
「うへぇ……あ、ここ……アビドスの教室?」
「あ、先生……起きた?」
先生が目を覚ますと机の上にブレザーを片側だけ半端に脱いだシロコが座っていて状況を飲み込むのに数秒掛かった。
流石に昨日の今日は無い。先生は頭を横に振って落ち着こうとしたが、シロコが耳元で囁く。
「……先生。何しても良いし、何もしなくても良いよ?」
〇
翌朝、先生は昨日の内にシャーレのオフィスには戻る予定だったのだが、結局戻れなかったため、早朝に急いで出発して、午前九時に戻れたがオフィスに待ち伏せしていたユウカが顔に笑みを張り付かせて先生を出迎えた。
「せ~ん~せ~い~! とりあえず色々報告お願いして良いですか? あと、そのマフラーなんですか?」
「え? ……あっ」
ユウカに言われて自分の首元を触った先生は寝ぼけて、うっかりシロコのマフラーを首に巻き自分のネクタイを置いてきてしまった事を今になって気づいた。
寝起きで鏡を見て、首に齧られた跡が見えたから何かで隠さないと。という思考にはなったが、何で隠すかに気が回っていなかった先生は、近くに落ちてたシロコのマフラーを首に巻いて外に出て行った。
「先生。そのマフラー外してください」
張り付いた笑顔のままユウカに聞き手の右手首を力強く掴まれて逃げることを封じられた先生は、大人しく無抵抗のままマフラーを外して、その場で正座した。
「先生の言動に、三十四個言いたいことがあります! 最近は先生らしくなってきたのに! 目を離したらすぐこうっ!」
「早瀬ー、先生の手が凄い痛いから手加減してくれない?」
「嫌です。私が絶対に先生をまともな大人にするので覚悟しておいてください!」
ユウカは仕方ないダメな大人だな。この人は、私が何とかしないと。という先生の禁酒の決意よりは固い決意をした同時に先生が動かない事を確信して、少し綻んでしまった表情を隠すために先生に背中を向ける。
「先生、今から反省会を始めます。逃げないでくださいね?」
先生×風俗嬢は純愛です。