希薄人間と緋色の探偵   作:鮫肌猫

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Case1 津島有栖

「ワトソン君、コーヒーを1杯」

 

──また始まった。

 

19世紀の英国......というか、シャーロック・ホームズのクローゼットからそのまま引っ張って来たような服装のまま気取った笑みを浮かべる雇い主を見て、僕は溜息を付いた。

 

「僕の名前は見旗です、スカーレットさん。僕は医者ではないし、ましてやイギリス人でもない」

 

「ちょっと」

 

僕の答えが気に入らなかったのだろう。唇を尖らせ、彼女は僕に詰め寄る。

 

「折角私が男装までしてホームズを装ったというのに、随分と冷たいじゃないか!君がすべきだった事は簡単だ。別に着替える必要も無い。ただ少し、ワトソンになってくれれば良かったんだよ!」

 

「......」

 

まるでこちらが悪いかのように嘆く彼女を尻目に僕はコーヒーを淹れ始める。戯言は無視するとしても、自分の仕事は全うしなければならない。

 

 

 

 

見旗陸。それが僕の名前だ。6人目の子供だから"陸"と名付けたのだと聞かされた時は安直が過ぎるのではないかとも思ったが、名付けられてしまったからには致し方ない。

 

そんな僕だが、就職活動に関しては安直に....とは行かなかった。なんというか、僕は影が薄いのだ。それも、ちょっと異常なくらいに。

 

書類を出す所までは良い。自分は学問を充分に修めて来たという自信がある。しかし面接となると話が変わった。

 

──面接官の気を引けない。

 

持ち前の影の薄さが僕に牙を剥いた。世に溢れる面接の攻略法とやらを試してみたものの、結果は変わらない。悪い印象を与える方が幾分マシだと考え逆立ちで入室した事もあったが、普通に落ちた。

 

そうしてひたすら面接で落ち続け途方に暮れていた時に、スカーレットと出会った。彼女は驚くべき事に人混みの中から僕を見つけ出し、半ば強制的に仕事の助手として抜擢したのだ。

 

 

 

 

「スカーレットさん、コーヒーが出来ましたよ」

 

「ご苦労」

 

彼女は先程までの事が嘘であるかのように平静とした態度でコーヒーを受け取り、流れるような所作でそれに口を付ける。艶のある黒髪や整った容姿も相まって異様な服装を様になっていると感じてしまうのが少し悔しい。

 

「おや、見旗君。乙女の姿をそうジロジロと見るものじゃないよ」

 

「...僕が注目していたのはその珍妙な衣装です」

 

「へぇ」

 

ニヤニヤとこちらを見る彼女を視線から外し、机の方を向く。こういう時に何を見ているかを看破されるのはとても困ってしまう。

 

「そんな事より──」

 

僕が話を逸らそうとした直後、コツコツと階段を登る音が微かに響いた。

 

「......おや、客人が来たようだね。靴の音から察するに、女性か」

 

僕の勤め先である赤嶺探偵事務所は2階建ての雑居ビルの2階を専有している。階段を登る音が聞こえた以上、この探偵事務所に用があるのはまず間違いないだろう。

 

「失礼します」

 

少しすると、遠慮がちな声と共にドアが開かれた。ドアの先には10代かそこらの女性が立っており、ゆっくりと事務所の中に入ってくる。

 

「赤嶺探偵事務所にようこそ。まぁ座ってくれ」

 

スカーレットは客人に対してもいつもの態度を崩さず、席に座るように勧める。僕はカップを取り出した。

 

「あ......はい」

 

女性はスカーレットの対面に座り、指を組んだ。表情には期待と、それを覆う不信や不安が現れている。当然といえば当然だろう。赤嶺探偵事務所は普通の探偵事務所ではないのだから。

 

......スカーレットの今の服装が異常だ、という話ではない。いや、勿論異常ではあるが、そういうベクトルの話ではない。赤嶺探偵事務所は世にも珍しい怪奇現象専門の探偵事務所なのだ。

 

「私はスカーレット。さて、君はどんな用件で此処に来たんだい?」

 

名前を聞いた時、女性はスカーレットの方を怪訝そうに見たが、口は挟まなかった。偽名だと思ったのかもしれない。実際の所、それは正しい。

 

 

 

女性は津島有栖と名乗り、自らの体験を語り始めた。

 

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