希薄人間と緋色の探偵   作:鮫肌猫

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Case1 津島有栖 3

"早過ぎる"

 

家に入って、最初に感じた事はそれだ。

 

「......」

 

腐り果てた死体が、噎せ返るような腐臭を伴いそこにあった。何故家の外から異臭がしなかったのかが不思議な程に状態は酷く、僕には最初それが人間であると理解出来なかった。

 

「異常無し、か」

 

「...え?」

 

次に感じたのは、スカーレットの態度への違和感。確かに彼女が平静を失った所は見た事が無いが、それにしても死体に一切反応しないというのは異常だ。

 

「あの、スカーレットさん。その死体......」

 

僕が死体を指差すと、スカーレットはそちらを見て、頷く。

 

「ああ、なるほど。君には視えているのか。それなら"元凶"の方も見つけられるだろう。もしもまた異常なものがあれば私に報告してくれ」

 

「...ちょっと待ってください。つまり、スカーレットさんには何も見えてないんですか?僕には見えているのに?」

 

これはちょっと、信じ難い事だった。スカーレットは本来見えないモノを視るという点では僕よりもずっと優れている。

 

「視えないね。恐らくそれには目の良さはあまり関係無い。"気付かれていない事"が大事なのさ」

 

そう言って彼女はまた玄関の直線を進み始める。最後のは僕の考えを汲み取っての補足なのだろうが、意味が分からない。

 

「...結論を他人に話さない辺りはその服の探偵に似てますよね、スカーレットさん」

 

「おや、そうかな?」

 

スカーレットは少し嬉しそうに答える。別に褒めている訳ではないのだが。

 

 

 

 

「...慣れないな」

 

大きなリビングにポツンと存在する死体が視界に入ってしまい、僕は目を逸らす。1階を見て回っているので、既に見た死体だったが、何度見ても平気にはならない。

 

「今の所、遺体は玄関と此処の二つか。多く見積もるなら2階にも数人の遺体があるかもしれないが、大丈夫かい?」

 

「ええ、まぁ.....」

 

当然こんなものを見たいとは思わない、が。"この程度"でギブアップする助手というのもどうかという話だ。

 

「僕の体調より、スカーレットさん...は.....えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

居た。

 

「あ....うし──」

 

僕が何か言うよりも早く、辺りの椅子が独りでに動き、人を殺すのに充分な速度でスカーレットの元へ飛んでいく。

 

「...!」

 

.....が、人間離れした身のこなしでスカーレットはそれらを避け、周囲を油断なく見渡し始めた。

 

「.....やはり見えないな。君には何が見える?」

 

「あ、え、えっと.....」

 

そう言われて、僕はまたそこ存在するものを観察する。幽霊というには、明らかに異常なナニカ。四肢がない、何か奇妙な塊が、不完全なスペクトルのような姿のまま流動しているのだ。

 

「変な塊です!そんな事より早く対処を!」

 

「まだ駄目だ。場所が──」

 

「そうじゃない!」

 

こんな時に、咄嗟にうまい言葉が出て来ない自分を呪いながら、スカーレットを突き飛ばす。その僕の視線の向こう側から、死体が飛んで来ていた。"スカーレットには認識出来ない"死体が。

 

「──ぐっ!?」

 

気色悪さを塗りつぶすような恐るべき凶器が直撃した僕はそのまま吹き飛ばされる。痛い。動けないくらいには酷い激痛だ。多分、幾つか骨が折れている。

 

「陸!」

 

速やかに体勢を立て直したスカーレットが僕の足を持って引きずるように玄関の方に向かう。彼女の筋力はその身のこなしと比べれば遥かに劣る。明らかに良い的だが.....攻撃は来ない。ふと怪物の方を見ると、動きが止まっていた。

 

「.....っ!」

 

疑問を口に出そうとしたが、激痛で声が出ない。だが、スカーレットは僕の疑問を察したらしい。

 

「君は、気付かれていなかったんだ。存在しないはずのものが突然私を庇えば、驚くだろう。強大な存在ほど意表返しに弱い.....とはいえ、このまま大人しく帰して貰う事は出来ないだろうな」

 

そろそろ脱出が叶う所まで来た瞬間、扉の方から大きな音が聞こえる。そちらに顔を向けられないが.....恐らく、閉じ込められたのだろう。険しい顔で、スカーレットは続ける。

 

「すまない、私の誤算だ。心苦しいけれど、君には1つ聞きたい事がある。今、この直線上にその"変な塊"は居るか?」

 

こんな体勢で引っ張って来た理由がようやく分かった。つくづく人使いの荒い雇い主だが、負けるつもりがさらさら無い辺りは心強い。僕はそちらに視線を向ける。

 

「......っ」

 

怪物は、玄関に至る廊下を転がるようにして前進していた。少しすれば押し潰されて死ぬか....それよりも酷い目に遭う事だろう。僕はスカーレットの言葉に頷いた。

 

「よろしい」

 

傍から見れば僅かな震えのようなものだったかもしれないが、スカーレットには充分だったようだ。そのまま僕の足から手を離し、奇妙な詞を紡ぎ始める。自分の知る如何なる言語とも隔絶したそれは、速やかに物理的な形を為し、彼女の手に収まった。半透明の、拳銃とでも言うべき姿で。 

 

"魔術"

 

僕は彼女の助手として、その力がそう呼ばれている事を知っている。

 

「興味は尽きないが、今回は捨て置こう。滅び去れ、速やかに」

 

ポップコーンが弾けたような音が、辺りに響く。それと同時に、怪物の動きが止まる。刹那の内に空けられたいくつかの弾痕は怪物の大きさから見れば致命的には到底思えない.....だが、弾痕はその円柱をどんどんと広げ、遂には怪物を消し去った。放った弾丸が引き起こした結果を僕に問う事も無く、スカーレットは言い放った。

 

「この手に限る」

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