希薄人間と緋色の探偵   作:鮫肌猫

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Case1 津島有栖 5

「それで、君。遺体の身元について検討は付いているかい?」

 

「いえ、死体も損壊していましたし」

 

「ふぅむ、真相に至るヒントは無数に散らばっていたと思うけれど...君が見ている遺体は、依頼人である津島有栖の家族だよ」

 

「......えっと、家族?いや、ちょっと待ってください。スカーレットさんは、自分で家族の有無について有栖さんに聞きましたよね?それに対して有栖さんは居ないと答えたはずだ。なのに、どうして家族が居て、挙句にその死体が此処にある、なんて話になるんですか?」

 

「いいや、家族が居ないと答えたからこそその遺体が家族だと推測出来るんだ。遺体が見えなくてもね」

 

「はぁ」

 

「君、先程から私が今から答えを言うからって思考を放棄していないかい?」

 

「というより、今はあまり頭を働かせたくないと言いますか......」

 

「...そうか。いや、なら結論を急ごう.....さて、今回の、幽霊と言うのも烏滸がましいあの怪物は、端的に言ってしまえば恐ろしい程に影が薄いんだ。君以上にね」

 

「......?そうだとしたら、どうして僕には見えたんですか?僕は別に霊視能力なんて持ってませんけど」

 

「そこは後だ。重要なのは、あの怪物が影の薄さを他者に"伝染"させる事が出来る点だよ」

 

「影の薄さの伝染?」

 

「影が薄い、というのは"存在感が薄い"とも言い換えられる。極限まで"存在を薄めて"しまえば人間は存在を記憶する事すら出来ない......実際、私の目には遺体が知覚されず、遺体の存在を覚えておくだけの事にすらこう見えて苦戦している」

 

「...つまり、死体も怪物も、見えないのはそれが理由なんですか?」

 

「ああ、それを可能にしているのが人間的に言うとすると"力場"のようなものなのだろうけれど......君の場合、影が薄いものだから人間と見做されなかったんだ。良くて同類、悪くて羽虫って所だね」

 

「......」

 

「少し話が逸れたね。ただ、ここまで言えば君も分かるだろう。津島有栖の家族はあの怪物によって全員この家で殺された。しかし、家族の死を彼女は忘れていた......それがこの事件の全てさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スカーレットは、話に一区切りを付け、息をついた。しかし、僕としては、いくつかまだ聞きたい事がある。

 

「......スカーレットさんが何を言いたいのかは分かりました。それで、どうしてその結論に至ったんです?」

 

「直感7割といった所かな。今回は道筋の3割が推理だったのさ」

 

...少なくとも探偵を名乗る者がするには馬鹿げた返答だが、スカーレットの場合これで百発百中なのだから始末に負えない。

 

「推理の側面としては......うん、依頼人が一人暮らしだったというのは、振り返ってみれば色々と違和感はあったろう?依頼に来た時の話を聞いて訝しんでいたが、こんな大きな家に一人暮らししていたというのは、普通ではない」

 

「それは...そうですね」

 

確かに、異常だ。それを超常の存在のせいにする思考回路を自分は生憎持ち合わせていないが、案外気付こうと思えば気付けたかもしれない。

 

「ああそれと、君になら見える可能性については最初から考えていたが、これも半分くらいは推理じゃないか?実際に"それ"を見れる私からすると、津島有栖が入れたというアプリの真偽は疑わしいが...偽物でも、本物でも身を隠したあの怪物を写すのはまず不可能だ。つまり、自己を永続的には隠しておけない、という事になる。そこで挙がった候補の一つが"力場"だった訳さ」

 

こちらは中々納得するのは難しい理屈であるが、推理半分という時点で半ば理屈は無いようなものだ。この調子では推理について延々聞く羽目になりかねない。

 

「...概ね聞きたい事は聞き終わりました。ただ、もう一つあります。結局、どうしてスカーレットさんは僕に死体をどうするか聞き返したんですか?」

 

この問いに、スカーレットは呆れたような、困ったような如何ともし難い顔をした。

 

「君も既に分かっているんじゃあないか?つまりだね、彼等の遺体が何処にあろうともそれが見える君以外にとっては何の問題も無いのさ。だから私にはどうでも良いし、依頼人にとっても....ちょっとした物理的な問題を除けばどうでも良い事項なんだ。既に忘れ去られた存在を見ても感情が湧く事はない。それは、最早幽霊にすらならないよ」

 

「.....」

 

スカーレットの言葉は正論というには些か....いや、かなり乱暴かもしれないが、奇妙な説得力を伴って僕に届いた。実際の所、死体が誰かに気付かれる事はないのだ。だとすれば地中にあっても、炎に焼かれても、地上に放置されていても変わらない。ぶつかれば転ぶだろう。それで怪我をしてしまうかもしれない。ただ──

 

「......なら、もう帰りましょう。僕は慈善家じゃない、探偵の助手です」

 

僕は、もう死体に近寄りたいとは思わなかった。

 

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