希薄人間と緋色の探偵   作:鮫肌猫

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Case2 目眩猫

僕は夏が嫌いだ。別に何らかのトラウマ、或いは物語が存在している訳では無い。けれど、嫌悪に際して"夏は暑い"以上の言葉が必要だろうか?僕はそうは思わない。

 

「.....スカーレットさん」

 

赤嶺探偵事務所、夏の悪意を蒐めたような蒸し暑い部屋の中で、僕は呻くように彼女の名前を呼んだ。

 

「おや、どうしたんだい?」

 

僕の視線の先に映るホームズもどきは驚くべき事に平気な顔で椅子に座り込んでいる。魔術の類でも使っているのだろうか。

 

「事務所にエアコンを取り付けましょう」

 

「却下」

 

即答だった。なんという事だ、僕の雇い主に人の心は無いのか。

 

「そんな目で見られても困るよ、ワトソン君。生温い環境にばかり身を置いていると肉体もそのような環境に慣れてしまう。それは探偵として好ましくない。ほら、隣の物置に扇風機があった筈だ。それで我慢してくれ....ああ、勿論"それ以外"には安易に触れないように」

 

「扇風機があった所で熱風が送られるだけじゃないですか....」

 

最早呼び名を訂正する気力もない。僕はゆっくりと立ち上がる。不満はあるが、確かに扇風機があれば幾分か体感気温も下がる。焼け石に水とは言うが、焼け石を焼け石として放っておくよりは遥かにマシだ。

 

「はぁ....」

 

溜息を吐きながら、ドアノブに手を掛ける。ガチャリと音が響き、扉が....開かない。そういえば、鍵が掛かっている事をすっかり忘れていた。そして、困った事にそれは鍵の場所についても適応されていた。

 

「スカーレットさん、物置の鍵は──」

 

「ぶぎぃ」

 

「....え?」

 

全てを言い切るよりも早く、奇妙な声が後ろから響く。いや、そもそも、これは本当に声なのだろうか。最初はスカーレットがふざけているのかと思ったが....

 

「....おや、ワトソン君。どうかしたかい?」

 

「....」

 

振り返っただけで間違いであると分かった。そこにあったのは、いつも通りの事務所、いつも通りの彼女....そして、"黒色の欠落"。

 

「ぶぎぃ」

 

"それ"をなんと表現すれば良いのだろうか。黒とは物体が光を反射しない為に発生する空白に過ぎない。であれば、"それ"との距離感が測れない。"それ"の凹凸を判別する事が出来ない。まるで、光という概念を消し去ってしまったかのように。視覚は"それ"の前では無意味だったが、ドーナツの穴のように周囲の情報から、"それ"の姿を推測するのであれば....

 

「猫....?」

 

僕の認知は、"それ"の全体像を猫と見做した。

 

「ぶぎぃ」

 

「....っ!?」

 

ぐにゃりと、視界が歪む。それを正しく認知したから?声を聞いてしまったから?分からない、何もかもが混ざり合って曖昧だ。思考すらも歪んでしまったのだろうか。推測が積み上がらない。

 

「陸!」

 

歪んだ視界が黒に塗り潰される瞬間、最後に、誰かに触れられたような、そんな気がした。

 

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