昼休み、昼ご飯を食べながら話すのは。いつものことで、内容もまたいつもと同じような内容だった。
「全く愚弟の愚かさと言ったらね」
「はいはい」
「椿。少しは僕の話を聞いてよ」
なんでみんな私の前で惚気話を。幸せな話をするんだろう。私が掴むことのできない幸せの話をするんだろう。私のうちに抱える悩みを知っていながら、どうして話すんだろう。どうして傷口に塩を塗るような真似をするんだろう。
私の心の傷は『ズキズキ』と痛み続ける。
「女装させるなら、長髪と短髪どっちがいいと思う?」
「本人に聞いたら?」
「答えてくれないんだよ」
「そりゃそうだろうね」
同じ恋のはずなのに、まるで内容が違う。そもそも、同じ恋が存在しないんだろうけど。志保の恋の形は普通とはかけ離れていると思う。
恋の形が無いように、関係性だってたくさんある。
志保は女の子が好きで、今弟を女装させようとしている。それは女装した弟を女と思って恋がしたいのか。弟が好きなのか。それすらもはっきりしないけど。志保は、恋を始めようとしている。
前まで、志保は恋とは無縁だと思っていたのに。なんだか裏切られた気分だ。まあ、勝手に私が仲間意識を抱いていただけなんだけど。信じるって行為は一方的なもので。裏切られたは、勝手に思っていた信頼を裏切られただけ。信頼は自分の認識を相手に押し付けてるだけに過ぎないから。
互いに信頼しあってたら、その限りじゃないかもしれないけど。それらは悪友とか大親友とか言われるもので。人生で会えるかどうか怪しい存在だ。苦楽を共にした友人、っていうのには少しあこがれる。
もちろん涙や、志保は友達だ。多分それは彼女たちも同じだと思う。
「やっぱり女装と言えばスカートだと思うんだけどね。ミニスカはやっぱり無理だよねー」
「ロングスカートの方がいいんじゃない。弟ならすね毛処理とかしなきゃいけないんじゃないの」
「いや、それはそれでありだけどね、すね毛処理してミニスカも萌えるしね」
恋する相手に想いを馳せる姿は楽しそうだ。恋をしているだけで、人生は色づくものなんだろうか?
意味の無い思考だった。目の前に色付いた人生を送ってる友達がいた。
自分以外に大切なものができる感覚ってなんだろう。自分以外の大切なものが壊れた時、その痛みは死よりも苦しいんだろうか?
「志保、恋っていいもの?」
「椿がその質問をするのは珍しいね。興味出てきた?」
「毎日のように惚気話を聞かされたら、気になるわよ」
「あー涙の方は甘そうだよね」
志保の話も十分に甘い話だ。砂糖を吐きそう、っていう比喩表現があるけどあながち間違ってないと思う。胸焼けして気持ち悪くなるくらいの話を、毎日のように聞かされて。お腹いっぱいよ。
「そうだな。恋は辛くて切なくて楽しいもので幸せなものだよ」
「それは話を聞いてて解ってるつもり。後悔したことないの?」
「それは恋をしてってことでしょ」
「うん」
恋をしたことで払わなければいけない代償って何だろうって思った。人は生きるために常に代償を払って生きている。別に難しい話じゃない。
呼吸をすれば酸素を消費する。食べるということも植物や動物の命を消費している。
なら、恋をしたことで失うものって何だろう。
「一人が寂しくなることかな」
「どういうこと?」
「恋を一度経験すると、誰かと一緒にいることが当たり前になるんだよ。そうなったら一人でいることが寂しくなって辛くなる。今までどんなに一人でいることが、平気だったとしても。一肌恋しくなるんだよ。だから人生で一度でも恋をしたら、後戻りはできなくなる。しかも友情とはまた別物だから困るんだよね」
志保の話は自転車に乗れるようになったら、乗れなかったときの感覚を忘れるってことかな。恋をすることで待っているのは、苦しみだけなの?
「辛くなるんだ」
「端的に言えばね。でも、それ以上の幸せが付いてくるから。損得勘定で言えば得だと思うよ。加奈はそういう人間だろ?」
「そうね。私はそういう人間。だからこそ、やっぱり私は恋なんてできない」
「それは病気だから?」
「そう」
慢性骨髄性白血病。血液のガン。わかったのはたまたまだった。献血をして、その血液が検査されて。それで分かった。
薬による治療も可能で今してるけど。いつ再発するかわからない。爆弾を抱えてる人間と誰も付き合って結婚なんてしてくれるわけがない。だから希望を見る前に私は眼を瞑った。
「もの好きもいると思うけどね」
「いつ死ぬかわからない爆弾を抱えてる女と付き合って結婚したい男なんていないと思うけど。付き合えても、結婚できないわ。恋愛の先に見据えるのは結婚でしょ」
誰だってそうだ、恋愛の先に結婚を夢見る。そして子供を産むことを考える。多くの女はそこまで見据えているのだと思う。男の方は知らないけど。勝手なイメージ、男は少し先の未来しか見ていない、計画性のない人が多いと思うから。結婚まで行きつく人はそうそういない。
「それはそうだけどね。男の覚悟次第じゃないかな。椿を本気で愛する人が現れた時は、観念して受け入れなよ。その男逃したら次はないだろうからね」
「奇跡が起きたらね」
「奇跡は起きるさ」
「何の根拠もないでしょ」
志保が未来を知れる超能力でも持ってたら話は別だけど。この世界に超能力なんてものは存在しない。
「女の感、じゃダメかな」
「心の方は男でしょ」
「そうだね。じゃあ、のぞき見してるどこかの誰かがどうにかしてくれるよ」
志保の言葉に教室内を見回しても、皆友達とのおしゃべりに花を咲かせている。
扉の方を見ても、誰かが覗いている感じはない。
「誰も居ないけど」
「そりゃいないよ。どこかの誰かなんだもん。いないかもしれないし、いるかもしれない。そんな曖昧な存在だからね」
「ちょっと言ってる意味分からないんだけど」
「そのうち分かるさ、そのうち」
「あっそ」
たまに志保が変なことを言うのにもなんだか慣れてきた私だった。
「少し話が脱線するけど、椿の花言葉知ってる?」
「ほんとに脱線したわね。椿の花言葉なんて知らないけど」
「椿の名前の花言葉くらい知ってても損は無いよ。控えめな愛、謙虚な美徳。恋に興味を持ち始めた椿には、ピッタリだと思うよ。まだ花開いてはないけどね」
「どっちも私には似合わない言葉だと思うけど」
「花開いてないって言っただろ。恋の花が咲けば、分かるさ」
分かるさってまた適当な。でも……
もし志保が言うように、どこかの誰かがどうにかしてくれるなら。
私だって恋がしてみたい。