終結プログレス 作:カモカモ
「終わらない…………」
斎賀百の呟きは、しかし同僚たちの怒号によって掻き消される。
繁忙期、というわけではないが担当している雑誌の、コラムに二つ穴が空きそこを埋めるべく臨時で見つけてきたライター達の本当の締切日である今日は、もはや修羅場という言葉すらも生ぬるい様相を呈していた。
「終わらん…………」
虚ろな目で、ライオットブラッド1カートン分の封を切り、こくこくと喉を潤す。
「すみません斎賀さん、生きてま……ギリギリ耐えていますね」
「こんなところで、死ねるか……」
「まあ、確かにそれ飲んでるうちは死ねませんね!」
合法飲料すごい。
「それで、なにか用か?」
「ああ、その、今日も泊まりになりそうだから、差し入れとかご家族の人に連絡しといた方がいい、と課長からの伝言です」
「ご家族……」
あいにく、社会人になってから実家を出たため、血の繋がりのある家族に身の回りの品を要求するのは忍びない。
ただ、家族ではないが、同居している男は確かにいた。
「丹月に……連絡するか……………」
「ニツキ」
「丹月だ。 それが、どうかしたか」
なんでもないですよ、と同僚はパタパタと去っていく。半分以上死んだ脳みそで、なにか不味いことを言ってしまったか、と考えたが、
「さ、斎賀さん! 担当ライターが、『本当の本当の本当の本当の締切日はいつですか…………』、と泣き言を言い始めました!」
「泣いていても進まん! 書かせる、私が説得(脅迫)するから、電話をかわってくれ!」
迫り来る修羅場に思考はたちきられた。
◆
「斎賀さんの婚約者の名前をゲットした」
「まじで!?」
「実在してんの?」
「ニツキ、っていう名前らしいよ」
「……それ、本当に婚約者の名前? 同姓の友人のなまえとかじゃない?」
「えー、でも、同棲までしてるらしいし、そこは婚約者さん本人じゃないの」
「そもそも、その婚約、っていうこと自体が疑わしいというか」
◆
「わあ……」
一流どころの出版社に務める同居人からの、SOSで彼女の着替え一式を持ってこさせられた久佐持丹月の口から漏れたのはため息とも歓声ともつかない声だった。
ビル丸々ひとつ分、全てのフロアが同じ出版社の名前を冠している。しかも、それが五階建てくらいならわかるのだが、優に40階以上はあるだろうビルである。
それなりの、いいところの出である丹月ではあるが、さすがに親族経営の企業とは比べ物にもならない。
「さっさと、渡して、あと、いるものあれば買い足して……」
本人を呼び出すために、端末を操作しているのだが、出ない。
修羅場っている、という内容のメッセージは貰ったが、電話にすら出られない状況なのだろうか。
「ずっと待っておくわけにもなあ……」
丹月も一旦職場から抜け出してきた身であり、直帰せずに一旦顔を出せ、と上司にあたる兄から言付かっている。
受付にでも、預けておくか。
紙袋が、がさりと音を立てて風に揺れた。
「失礼致します、私、斎賀百の身内の久佐持丹月というも……」
「え、まじ!?」
「は?」
「ああ、いえ。 失礼いたしました。 ご案内します」
「え」
なんか、よく分からないうちに、丹月はあれよあれよのうちに、エレベーターに乗せられていた。
そんな、ノータイムで通しても大丈夫なのか、心配になってくる。
「突き当たって、奥のフロアにいらっしゃいますので、どうぞごゆっくり」
「はあ……」
ごゆっくり、で良いのか。
◆
「きたきたきたきたきた!」
「実在してたよじつざいしてたよ!」
「いや……まだよ! 斎賀さんが、これで婚約者さんに甘える仕草とかしない限り、私は認めない………!」
「え、なにさっきから」
「なんでかたくなに認めたがらないの?」
◆
からん、と三缶目の合法エナドリの空き缶が音を立てる。
ひとまず、一つ目の波はなんとか収まった。収まったというか、担当ライターにようやく書き始めさせることができただけだが。
百は、こめかみを揉みほぐしていた。
「百さん」
ああ、自分は相当に疲れているのだろう。
「百さーん」
そして、幻覚まで見えているらしい。
そこで、思い至った。
「夢か」
「夢じゃないよ?」
「夢なら、丹月が、ここにいるのも、なんら、おかしくはないな」
夢なんだから。
「手を、よこせ」
「え、は、はあ……」
百のものより、大きな手のひら。両手で掴んで、頬にあてがう。
「私は、疲れている」
「でしょうね!?」
「休む」
「え、ちょ、ももさん」
夢の中なのに、なぜかすぐに目蓋が落ちていった。
◆
「きゃー!」
「きゃーー!」
「さすがね……まさか社内でいちゃいちゃを見せつけて、仮眠するなんて。 恐ろしい女…………!」
「だから、さっきからどこのポジションなのよあんたは」
◆
「あー、あはは……」
丹月は、すやすや寝落ちた百と反対に、過覚醒状態に至った。
針のむしろ。
視線に釘を刺されている。
ざわつく、百の同僚社員達。
「その……なんというか、ご迷惑をお掛けしましたので、帰っても良いですか」
顔が熱い。
「う……うん…………」
人の手を枕にした女は、快適そうに寝てやがる。
ますますボルテージが上がる、周りの社員達。
「勘弁してくれよ…………」
「くさもちめ……」
「どっちかというと、俺が文句言いたいかなあ!」