終結プログレス 作:カモカモ
男は、力なく項垂れて去っていった。
それを見つめる女──斎賀百は重々しい溜め息を吐く。
男女交際に至るまでのプロセス、要するに″そういう″お誘いを近頃されることが多くなってしまった。
客観的に見て、自分の容姿は整っているらしい。それ故、入社当初は毎日のように声をかけられていたのだが、全て断っていたらいつしか快適な日々が訪れた。
だが、その穏やかな日々が崩れつつある。理由は分からない。ただ、今週に入って四人からお誘いされてしまった。心底、めんどくさい。
──やっと、家族から持ち込まれるお見合いという名前の面倒ごとを回避する手段を手に入れたばかりだというのに。
「聞いているのか、永遠」
「んー」
腐れ縁のカリスマモデルこと天音永遠は、悩ましい顔をしながら手元のストローの袋を芋虫みたいにしていた。ポチョポチョ水滴を落としては、ビローンと伸びる。
本日、百は休日だというのに、学生時代からの一応親友の女に呼び出されて連れまわされて、現在は休憩のためにカフェに居た。
「おい、トワ。お前が何か話せと言うから、喋ってやったんだろうが」
「まさか、そんなモテて困っちゃうみたいな話聞かされるとは思ってなかったんですぅー!」
永遠はそんなことを言いながら、またもやコップの縁についていた水滴を芋虫にぽちょりと落とした。その刺激をうけて芋虫が伸びる。
「そんなこと、言ってないだろう」
「誰が聞いても、私と同じリアクションとるよ」
そんなわけあるか。
「丁度良い。せっかく話してやったんだから、知恵を貸せ」
「えー」
不満ブウブウの永遠は、しかし飲み物に口をつけてから、
「そんなもん私じゃなくて、カレシさんに相談しなよ」
「……カレシ?」
誰のことだそれは。そんな奴、生まれてこの方存在したことは、ない。
「お付き合いしてるんでしょ、あのサブリーダーと」
「ああ……。 あいつのことか」
お見合いで顔を合わせて、利害関係の一致からなしくずし的に『お付き合い』している男の顔が浮かんだ。
「カレシではないぞ」
恋愛関係ではないし、お互いにそんな気持ちを持ってはいない。
「なら、婚約者でも何でも良いけどさ」
心底だるそうに、永遠はドリンクの氷をかき混ぜる。
「そうするか」
「そうしな、そうしな」
「トワ、機嫌悪くないか?」
「気のせいでしょ」
◆
「というわけで、何か案を出してくれ」
「はあ……」
VRネットカフェの無料のドリンクコーナーで、百はことのあらましを、久佐持丹月に説明した。
月に一度、お付き合いの進捗を報告する必要があるため、デートと称してVRネットカフェを利用しているのだ。尚、お互いに別の個室を借りている。
「あー、百さんアクセサリーとかつける習慣ありますっけ?」
「ないな」
「だよなぁ」
丹月は、緑色の液体(ずんだ味らしい)に口をつける。そして、
「なら、雑貨屋でも帰りに寄りましょうか」
「別に良いが、それでどうにかなるのか」
「多分」
実に頼りない返事だった。
利用時間いっぱい滞在して、その後計画通り雑貨店に入った。
「で?」
「何でも良いんすけど……これにするか。百さん、好きなやつ選んでください」
「ああ」
マグカップコーナーで立ち止まった。
手近なやつを指差した。
「OKっす」
「こんなもので、どうにかできるのか?」
「まあ、半々かな」
「おい」
「大丈夫ですよ。後は、百さんが一言添えれば完璧になるから」
丹月はレジへと向かう。
百が支払おうとして、止められた。
「なぜ止める」
「百さんが、自分で買うと意味が何もないので、これくらいは払いますよ。うん、だから、睨まないで、怖いから!」
睨んでない。
結果として、丹月の作戦は成功した。
◇
「あー、なるほどね。百ちゃん、そのマグカップを職場に持っていって、『男から貰ったキャハッ』てしたんだ」
「その心底腹立たしい女の物真似は私のつもりなのか?喧嘩なら喜んで買ってやる」
前回二人で会ってから一月後、永遠は尋ねてもいないのに、百からことの顛末を聞かされていた。
百のお相手という人物は、それなりに社会経験を積んできた男なのだなと、永遠はある程度安心する。
そんなことよりも、問題は。
「それで、百ちゃんの耳のそれはどうしたの?」
「これか?その雑貨屋が1000円以上お買い上げで、一割引セールをしていたので、あいつが一緒に買っていたものだ」
「へー、ほー、ふーん」
百の耳から、キラリと硬質な光が放たれる。
気づいているのだろうか、この腐れ縁は。世間一般的に、それはプレゼントと呼ばれるものであるということに。
そして、何より相手は気づいているのだろうか。この女にお洒落をさせるということが、どれ程の偉業を成し遂げているのかということに。
「ふーん」
「なんだその目は」
「ベツニィ」