終結プログレス 作:カモカモ
キッチンという設備は、存外に狭くしようとすればいくらでも狭くできるらしい。一人暮らしを始めてすぐの頃には、実家たる斎賀家のキッチンがとてつもなく大きかったのだ、ということを実感した。最も、そこから時を置かずして、百は運命の相手ことお湯を入れて3分ラーメン・うどん・焼きそばに出会ったがために、多少手狭でも困ることは皆無になった。
で。
「百さん……邪魔」
肩と肩が触れて、なんなら腕と腕も触れる。
「草餅め、私の台詞だそれは」
邪魔とはなんだ。
「私は今、見ればわかる通り湯を沸かしている。この作業はすなわち崇高なものであり、優先は私にあって然るべきだ。違うか?」
「カップラーメン作ろうとしてるだけで、何を言ってるんですか。それなら、俺は今、いわば清めの作業に取り組んでいるわけで、優先順位はこっちの方が高いでしょ」
「皿洗いをしているだけで、何を言ってるんだ」
百の同居人は折悪く、食洗機の調子が悪くなっているために、手洗いという無駄な作業をこなすはめになっていた。
優く相手のふくらはぎを、百は蹴る。同じ力で、相手からも返される。
ぐらぐらと湯が沸く。蒸気で室温が上がる。
「そもそも、暑苦しいんだから、近寄るな」
「沸くまで、リビングでもどこでも、座っとけばいい話じゃん」
脇腹をついた。ひあん、と成人男性から変な悲鳴が聞こえてくる。それ見たことかと、百は湯をまな板においた容器にそそぐ。
その注ぎ終わって、ポットも置いたタイミングを狙われた。
「…………くらえ」
「ひうっ」
ぬるっとした感触が百の首に走り、ぞわりとした感覚が背筋を這う。濡れた手のひらのまま、してやったという顔をしている丹月が、百の目に映り込む。
「…………」
「…………」
百の指の関節が、パキパキと音を立てる。丹月が、水道のレバーを下げた。
カップラーメンは伸びた。
◆中秋ボイルドエッグ
丹月には、長年考えていることがある。
それは──
「卵を落とすだけで、月見を名乗るのは無理あると思うんだ」
「私の食料ストックを勝手に食べて、あまつさえアレンジすらしながら何を言うんだお前は」
試しに百へ卵の殻を手渡してみたら、全力で睨まれたのですぐに回収する。
「でも、百さんも思わない?」
「別に……」
「普段、目玉焼きって言われてるのに、この時期だけ急に月になれって言われる目玉は割と不便じゃないですか」
「私は別に、お前の目玉がいますぐ、新月になっても支障はないが」
二人で手を合わせてから、蓋をぺりぺりと剥がす。丹月の目論見通り、カップには半熟の卵が浮かんでいた。パラリと一味をかける。赤色が、やや白色がかった月にかかった。
百は同居人のある種奇行ともいえる、暴論は聞き流しつつ、一つの結論に至る。
「そうか。中秋の名月か」
「あー……」
「何も分かっていなそうな返事だな」
じっとりとした目で見つめられる。丹月は釈明する。
「いわゆるお月見を、しっかりイベントごととして把握してる日本人そんなにいませんよ」
「少なくともここにいるぞ」
「そりゃ、百さんは存在が希少な、いわば珍獣みたいなものだから」
「誰が珍獣だ」
丹月が黄身を箸で割れば、とろりと垂れたオレンジが麺に絡む。ずるずる音を立ててすすれば、それが唇にまとわりついた。
「そういえば百さん」
「なんだ、非常識人」
「月が綺麗ですね」
「適当に言うな草餅め」